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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
東の地へ
161/316

160話 突入

ゼルシカさん命名・白1号のおかげで順調過ぎる一行ですが、そろそろ。


 地図上で見れば小さくぽっかりと開いた穴でも、実際その場に立ってみれば、遥か向こうの切れ目まで、果たして何日ぐらいの距離があるのだろう。

 途切れた岩山の一方に、その建造物は特段何かで偽装することもなく、堂々と地上に頭を出して口をひらいていた。

 ちょうど岩山の切れ目――海から吹きつける強風を岩が遮り、背を向ける形で入り口を構えている。

 その肌に伝う蛇のように、青黒い金属と石材を組み上げた路が伸びていた。

 壁と天井にしっかりと覆われ、窓はなく、道を通すというより管を通したような姿である。


 通路の重量を支えるのは、頑強な岩肌に突き立てられた巨大な杭。

 ほかにも時折、天に向かって突き刺す槍のごとき岩礁や、巨大な海蝕柱の数々も支えとして利用され、重量を分散させつつ、ゆっくり伸ばしながら築いていったようだ。

 ぎりぎりに接近するまでもなく、その内部構造はタマゴ鳥によって丸裸にされている。

 通路はおよそ七割ほどが完成しているという話だったが、建設途上の基礎部分も含め、距離だけなら既に九割ほどが南の諸国の手前まで伸びていた。


 まずは入り口付近の見張りと警戒を行う詰め所がある。そして遠大な通路を半分ほど行けば、岸壁がちょうど窪みになった箇所に砦が建造されていた。

 通路は思いのほか広く、ゼルシカ達の乗ってきた馬車が余裕ですれ違えるほど。これはごく少数が利用するための侵入経路ではなく、明らかに大軍が通過することを想定されているからだった。

 


 ――〝監視役:半獣族(ライカン) 二十名〟

 ――〝入り口付近で待機中:八名 砦で待機中:十名 通路内に点在:二名〟


 ――〝違法労働奴隷:人族 八十名〟

 ――〝入り口付近で待機中:十五名 砦で待機中:なし 通路の南端で作業中:六十五名〟



 大規模な国家事業としての工事に携わる労働力としては、多いとは言えない数だ。

 しかし使い潰すことを前提とし、何名か減っても何名かが新たに補充されると考えれば、かなりの数と言えた。

 新人を積んだ馬車が到着すれば、怪我や病で働けなくなった者は海に放り投げられるのだろう。そういう〝現場〟をカシムとカリムは幾度も目にしたことがあり、失敗すれば自分達もああなるのだと肝に銘じていたものだった。


 ゼルシカが荷袋の中から、奇妙な丸い筒を取り出す。

 木材で作られた筒には小さな開口部があり、ゼルシカはそれを紐で矢の先にくくりつけていた。

 半獣族(ライカン)は人族よりも嗅覚に優れている。しかし遠方にあるにおいまで嗅ぎ分けられる種族は、実はごく一部だ。近くにあるにおいなら細かく嗅ぎ分けられるけれど、相手の姿が点にしか捉えられない距離ともなると、風の動きや周囲の状況によってまったくわからなくなる。

 ごく一部の例外である灰狼達は弓を構え、岩の隙間から正確に詰め所や入り口付近を狙った。

 こちらは風下。鼻のきく者があちらにいたとしても、こちらのにおいを気取られる心配はほぼない。


 ゼルシカが筒の中に小さな火種を放り込み、素早く栓をぎゅっとしめ、灰狼の射手が弓の弦から指を離した。

 次々と風を切る音を立て、何本かの矢が過たず目的地に達した。

 とりわけラザックの矢は正確に遠くまで届く。詰め所の前でたむろしていた連中の、ちょうどド真ん中に落ちた。


 音は届かない。が、男達の動きが慌ただしくなり。

 ぽん、ぽぽん、と弾け、そのあたり一帯がもうもうと白く曇るのがわかった。

 

「あの〝差し入れ〟にも入れといたやつさ。丸一日はおねんねだよ」

「それはいいが……こっちに薬の粉末がこないか?」

「ここまで来た頃には風で薄まってるさ。――気付け薬と中和薬を渡しとくよ。全員、腕輪はつけたろうね?」


 全員が頷き、己の腕を指さした。





「よく効いてるみたいだね」

「ああ、このへんの連中はみんなぐっすりだな」


 意識のない監視役どもを縛り上げ、次々と小屋の中に放り込んでゆく。

 一緒に眠りこけていた労働奴隷の鼻に気付け薬を嗅がせ、腕輪を見せながら「静かに」と囁いた。


「飲め。頭がはっきりする」


 目覚めた後も眠気でうとうととしている連中に、眠気覚ましの中和薬を配った。

 半覚醒状態でぼんやりと命令に従った彼らは、次第に意識がはっきりとして、何か異常なことが起こっているとようやく気付いた。


「騒がず指示に従ってくれ。怪我人や病人はいるか?」

「我々は神官です。治癒を行いますので、こちらへ集まってください」


 人々は信じられない面持ちで愕然とした後、これは現実なのかと頬をつねる者もいれば、目を潤ませる者もいた。

 興奮して歓声をあげたそうな様子の者もいるが、命令に従って大人しくしている。


「腕輪の効果もちゃんとあるみてーだな」

「そうだな」


 ラザックがほっとして呟くのに、カシムは相槌を打った。

 騒がれたり勝手な行動を取られては収拾がつかなくなると危惧していたので、皮肉ではあるが、従順でいてくれるこの状況はありがたい。


「何やってんだい、あんた」


 ゼルシカの呆れた声が耳に入り、そちらを見やると、カリムが眠りこけた大男の顔面に染料でらくがきを――下まつげを何本も描き足し、唇部分をべっとりと塗ったくっていた。

 下まつげどころか唇まで分厚く黒いので、心底不気味である。

 さらには切り取った布を紐状にして、頭に可愛らしいリボン結びをいくつも作っていた。

 顔を上げたカリムは、「すっきり爽快!」と満面の笑みに書いていた。


「いやこいつ、嫌いな奴なんですよ! 昔っから俺とカシムを愛玩獣人とか皇子のコレとか、声高に喋り散らしてた阿呆でしてね! 否定しても聞きやしないし、しまいには『なんなら遊んでやるぜ』とかニヤニヤしながら迫ってきやがって、気色悪かったのなんのって!」

「……あー、そういや、いたな……こいつだったか……」

「中でのびてる奴の中に、こいつの取り巻きも何人かいたよ。よかった、ここにいるのが屑ばっかりで」


 この連中の末路を具体的に想像しているのだろう。カリムは実に嬉しそうだった。


「そうかい、んじゃ気兼ねなく放置できるね」

「仕事に積極的になれる条件があるのはいいことだぜ」


 ゼルシカとラザックが軽い調子で言い、カリムは「はい♪」と頷いていた。

 カシムはもういちいち突っ込まず、心のこもらない声で「よかったな」とだけ言うにとどめた。

 実際、良心の呵責もなく、気兼ねなくやれるのはいいことに違いないのだから。


 事前にタマゴ鳥から得ていた情報で、内部構造のみならず、誰がどこにいるのか現在地まで丸わかりだ。

 ワイヤーフレームの立体構造図の内部に、生体反応が光の点で示されている。区別がつきやすいよう、監視役は赤、労働奴隷は緑、ゼルシカ達の一行は紫色の光点で表示されていた。

 ここにいる誰もその地図の名称を知らず、どんな技術で成されているものかも知らなかったが、光の線の中に散りばめられた光点を見て、漠然と星座のようだと思った。


「んじゃ、行くとするかい」


 ゼルシカが指揮をとる。

 今後の流れはいたって単純だ。

 この通路を制圧し、囚われ労働者達をすべて回収した後は、()()()()()()()出る。


 まずは乗ってきた馬車から雪足鳥をおろし、ゼルシカと神官二名、カシムとカリムは引き続き御者席に座り、灰狼達は一頭ずつに直接騎乗する。

 馬車の中には神官達の治癒魔術で回復した人々を乗せ、戦闘員が前方で露払いを行う。

 道すがら、一行は小さな魔道具を設置していった。魔道具の円盤には、からくり時計のような複雑な円陣が浮き上がり、二本の針が異なる速度でカチ、カチ、カチ、と時を刻んでいた。

 ゆっくり回る短いほうの針先が、ある文字を示すタイミングで、その道具の真上に巨大な雷が落ちるようになっているらしい。精霊族(エルフ)いわく、【雷霆】と呼ばれる高度な魔術式をおそろしく小さくまとめたもので、例の青い小鳥が設計したのだとか。

 時限式の、設置型高度魔術――いや、魔導式だ。大破壊を引き起こすほどの威力はないものの、通路を崩壊させるには充分なのだという。


 タマゴ鳥いわく、既に完成している部分の通路を行く者は滅多におらず、監視役の大半は砦で待機しており、わずかな数のみが労働者達に指示を出しているとのことだった。

 食糧や建材その他は砦のほうに定期的に運び込まれている様子で、本格使用に入るまではほとんど人がいない。

 情報通り、行く手を阻む戦力などほとんどなく、一行はかなりの速度で通路を進むことができた。

 後方の魔道具もとうに十個以上は仕掛けている。

 おそらく数百名規模の人々の命を吸い、他国に住む数万の人々をこれから血祭りにあげるために建造された道など、破壊してしまうに限るのだ。


(砦はまださほどの大きさではない。そこで待機中の十名など、この面子の前には敵ではないだろう)

 

 城塞と呼ぶほど立派なものではなく、あくまでも補給を行う用途で建造されたものだ。交代で労働者達に命令を出す者がそこで寝泊まりをし、労働者はみな通路で寝ていた。

 朝も夜もなく、食べる時間と寝る時間以外のすべてが、通路を進ませるためだけに費やされていた。


 その砦を落とす。

 食べ物は労働者達に分配し、怪我人や病人がいれば治癒を施し、体力のある者を集め、そして南の国へ向けて残りの道を通す。

 完成させる必要はない、ただ自分達が通り抜けられるだけの通路があればいい。

 その骨組み部分はほぼ出来上がっており、砦にある建材で充分に足りることもタマゴ鳥によって確認済みだった。


(普通に考えれば、正気の沙汰とは思えない作戦ばかりだ。それがすべて実現しやがるんだから、カリムの主張は間違っちゃいないな)


 好きこのんで与しているわけではないし、カシム自身は付く相手を選べたためしもなかったけれど、少なくともこの連中と敵対せずに済んだのは僥倖だったのではないかと、今はもう疑いもしない。

 ところが。


「……なんか、ヤぁな感じしないかい?」


 あらゆることを気にしない代表格のゼルシカが手で合図を送り、全員をその場に止めた。


「何かって?」

「別に何も感じませんが…」


 神官二人が顔を見合わせ、首をかしげている。

 ゼルシカはラザックをちょいちょいと呼んだ。


「なんかこう、肌がざわっとする感じなんだけどね。あんたらは何かにおったりしないかい?」

「……()()()()()()()()感じではあるな」


 ラザックが真面目な表情で返すのに、カシムとカリムは眉をひそめた。

 灰狼達が耳をひくつかせ、前方に意識を集中し、何かを嗅ぎ取ろうとしている。

 カシム達には何も臭わず、何も感じないが、この連中が揃いも揃ってこの反応なら。


(何かある)


 無意識に剣の柄に手をやっていた。

 己の鼓動が早まるのを耳で感じる。



 ――〝緊急事態〟



 タマゴ鳥が突然、赤く目立つ文字を表示させた。



 ――〝砦 監視役の生命反応:消滅〟



「は?」

「なんだって?」



 ――〝砦 生存者なし 敵性反応:一体〟




次は多分戦闘回です。

次話はあさって更新になると思います。

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