155話 工房のヌシ
昨日は突然更新お休みして申し訳ありませんm(_ _)m
ちゃっちゃか毎日アップして進めたいんですが、忙しい時期に入ってしまいました。
でもなるべく間を空けずに更新していきますのでよろしくお願いします。
灰狼の村は〈黎明の森〉の端に位置するが、ちゃんと森の中に設けられている。
外側から見て村の姿がむき出しになっていると、通りすがりの何者かに「デマルシェリエ領にはみ出ているのではないか」とくだらぬ因縁をつけられかねないからだ。
ゆえに、街道を呑み込む勢いで外側に侵食している樹々は伐採して道を整え、建築資材に変えつつも、それ以上平地を拡大させることはしない。
外側からは鬱蒼とした森の姿を保ちつつ、少し中に踏み入れば、灰狼の村が森を囲む回廊のように広がっていた。
迷わない範囲で村を拡張する必要があるので、どうしても道のように長細くなるのだ。
けれど不便はない。充分に広いし、住まいは快適。
そして樹々は天然の壁であり、目隠しになる。
外と行き来する唯一の門から、少し奥に行けば中央広場があり、そこからさらに奥まった場所に訓練場がある。
中央広場から右手には居住区が連なり、左手側には工房区が新たに出来ようとしていた。
つくりかけの工房区にあるのは武器・防具などの武具工房だけでなく、装飾品や焼き物の工房など多様だ。
灰狼達の中でそれらを得意とする者は、本格的な設備を持たず、自宅で作成する者が多い。各地を転々とする流浪の部族だったためであり、ゆえに誰もが一定以上の技量を身につけている代わりに、そこそこ以上のものを作ることができなかった。――身体能力の高さから、今まではそれで問題がなかった。
では今、出来つつある工房区に、何者がおさまっているかというと。
「なんだい爺ィ、あんた本気でこっちに移住してきたのかい」
熱気のある工房の前を通りかかり、ゼルシカが呆れて声をかけた。
愛嬌のある小柄なずんぐりむっくり体形の老人――バルテスローグが、愛でていた戦斧から顔をあげて片手を振る。
「ほひょ。ご挨拶じゃの婆ァ。なかなか快適じゃぞー?」
「そりゃそうだろうよ。ひょっとしてここぁ、あんた用の工房かい? わがまま吹っかけて迷惑かけてんじゃないよ?」
「だって今まで鍛冶する時は弟の工房使わせてもらっとったもんだから、肩身せまかったんじゃもん。それにこっちのほうが面白い素材にいっぱい巡り会えそうなんじゃもん!」
「爺ィが『もん』とか言ってんじゃないよ気色悪いね! いいトシなんだから引退したらどうだい!?」
「放っとけ婆ァ、そっちこそいつまでブイブイ言わせとるんじゃい!」
そう。この工房区には、鉱山族の居住区が新設されていた。
その数は十名。少ないようで、すべて鉱山族と思えば多い。
何より彼らは、鍛冶仕事が天職。灰狼達の手慰みよりも、遥かに上等で本格的なものを短期間でつくりあげてしまう玄人ばかりだ。
しかしだいぶ設備が整っているものの、上等な武器は鍛えあげるのにそれなりの日数がかかる。彼らは転居して間もないので、並べられている作品群はどれもここへ来て製作されたのではなく、移住の際に持ちこんだものばかりだった。
ちなみにバルテスローグは最高ランクの討伐者だが、鍛冶の腕前も優れている。
というより、自力で素材を集めるために討伐者に登録したのが始まりだった。ギルドに素材収集の依頼を出しても、依頼を受けてくれる者がすぐに現われるわけではない。
それよりも討伐依頼をこなしながら採集や採掘をするほうが、ずっと効率よく珍しいものが手に入った。どこに何があるか、という情報が、討伐者ギルドに所属していれば豊富に得られたからだ。
そうして、気付けばランクが上がっていた。
「あんたらがカシムとカリムかの?」
「あ、ああ……」
「そうだが……」
「セナと灰狼の連中がこの二人の武器を壊しちまったんだろ? 出かける前にここで揃えるって話だったんだが、誰だか聞いてるかい?」
「聞いとるも何も、ワシが注文受けとるぞい」
「あんたが?」
「そじゃ。何日前じゃったかのー。弟のほうがこっちに来た直後あたりかの? この二人用の武器と防具を新調させたいっつー相談されての、ほいじゃワシが準備しとくわ、つーてな」
「俺が来た直後って……」
「そんな前からか?」
カシムとカリムが目を瞠った。
その時点では、カシムはまだここの誰とも出くわしてすらいなかったはず……。
「備えあれば憂いなし、つーとったな。そんでま、新しく鍛えるには日数が足りんし、ワシの作品とか親戚の作品の中で良さげなもんを探しといたんよ」
「へえ、さすが。抜かりないねえ」
ゼルシカは素直に感心しているが、兄弟達の内心は複雑だった。
彼らが以前持っていた武器は、魔鉄製の剣だった。鍛えれば普通の鉄鋼より頑丈で魔力の伝導性もよく、魔力の一定以上濃い地域でなければとれない鉱物の一種である。
聖銀ほどではないが、普通の戦闘奴隷では手にできない特上品で、まさかあれがあんなに容易く破壊されるとは思わなかったのだ。
ちなみに武具の格は、以下の段階に分けられている。
【なまくら】……草ランクの討伐者や素人が手にするレベル。二束三文の安物。
【並】……石ランクが手にするレベルの一般的な武具。可もなく不可もなく。
【上】……強度や耐久力が並より上。石ランクでも頑張れば購入できなくもないが、大抵腕が見合っていない。一般騎士などが手にするレベル。
【特上】……低ランクでは買えない。貴族や金持ち、上級騎士などが手にするレベル。【魔道武器】は上級の武具に術式・魔石などを仕込み、このランクに含まれるケースが多い。
【稀少】……腕のいい職人が全身全霊で鍛えた完成品。聖銀の武具や一部の神輝鋼などはだいたいここに入る。
【神話級】……伝説の天魔鋼の武具はここに入るとされるが、カシムとカリムは皇子に仕えていた頃もそんなものにお目にかかったことがない。どうせ眉唾だろう。
「そのセナはどうしたんだい? 姿見えないんだが」
「そいがなー。どうも、準備に忙しゅうて二連徹したらしゅうてなー?」
「二連徹ぅ?」
「そいで、殺気がエライことになっちもーて、地獄界の獄猟犬も尻尾巻いて逃げそーな目つきになっとったんよ。そいでま、精霊王子達が『こりゃヤベエ』つって、寝かすために強制連行してったわ」
「なにやってんだいあの子は……」
「完璧主義なもんで、事前の対策を徹底的にせんと気が済まんらしいぞい。おかげでワシもあと数日はのんびりできるわな」
「ん? ってえと、もしや爺ィ、あんたも参加すんのかい?」
ゼルシカは聞き逃さず、バルテスローグが愉快そうに「ほひょっ」と笑った。
「まあの。ワシ、セナとコル・カ・ドゥエルに行くことになったんよ。詳しゅうはまだ言えんけどなー」
「はん。くえない爺さんだね、ちゃっかりと」
「……」
「……」
どっちもどっちだ、と二人は思った。
彼らのために準備されたという武器は、以前の魔鉄製の剣より細身で、一見すれば少し輝きの鈍い鉄剣に見える。
しかしカシムは一目でそれが何の素材か気付き、これ以上なく渋面を作った。
「……【イグニフェル】の幼体、か?」
「えっ」
カリムはぎょっとして顔を引きつらせた。それはかつて彼らがドーミアに送り込んだ魔性植物であり、現在、灰狼の戦士達が好んで使う武器の素材だ。
そして、カシムの剣を砕いた族長の武器も。
半獣族のほとんどが並から上級の武器で満足し、灰狼の部族も以前はそうだったという話だが、彼らは今後を見据えてその〝弱点〟をなくすことにした。
そのひとつが、この素材を用いた武器や防具である。これは腕の悪い職人に鍛えられる素材ではないので、自然と武具のレベルも上がる。
カシム達に提供されるという、その細身の剣は、どう見ても稀少な最高品質の武器であった。
「そいからこっち、重鎧は動きを阻害されるといかんからの、軽鎧でええじゃろ。素材は剣と同じじゃぞい。あとこやつ、精霊族から提供された鎖帷子な。精神耐性の強い聖銀の鎖が編み込まれとる優れもんじゃぞい!」
「み、聖銀って」
「そ、そんな最高級品を……」
「性能がいいのは歓迎だが、鎖帷子だけ素材を変えてんのは何か理由でもあんのかい?」
聖銀という言葉にまったく怯まず、ゼルシカが鋭く尋ねた。
「【イグニフェル】は中に着込む防具としちゃ、作りづらい素材つーのもあるんだがよ。なんぞよくわからんが、精神耐性にちぃとばかし重点を置いたほうがいいかもしれんぞい」
「なるほどね……精霊王子さん達が前に不覚取った相手も、そんなんだったね」
意味ありげな会話に、カシムとカリムは居心地の悪い思いで目を交わした。
趣味に情熱を傾けるローグ爺さん。
瀬名と通じ合うものがあります。