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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
東の地へ
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154話 思わぬ組み合わせ

※本日、書く時間が取れなかったので前に更新した分の見直しをします。

 いつも来てくださる方には申し訳ありません。2019.12.8


 初夏。北方の山頂にまぶされた白は年中とけることはなく、しかし平地に吹く風が肌を刺す日は遠ざかった。

 日が暮れれば多少冷え込みはしても、凍えて指先が危うくなるほどではない。


 村人のささやかな用事や頼みを聞き、仕事を手伝い、漫然とゆるやかに、いつの間にか夜を迎え、いつの間にか朝日を浴びる日々。

 数えればさほどの日数は経過していないのに、これほど〝何もしなくていい〟日々を経験したことのない兄弟の頭には、「これでいいのか?」と疑問がもたげて離れなくなってきた。

 今までが働き過ぎなんだ、だからこれでいいんだと言い聞かされても、身に染みついた強迫観念に似たそれは一日二日で払拭できるものではなく――こういうのを魔女いわく、仕事中毒(ワーカホリック)と呼ぶらしい。

 初めて耳にする言葉だが、仕事をしていない自分に強い不安を感じ、休息をとらずに働き続けようとするカシムとカリムは、まさにそれであろうと断言されていた。

 否定できない。


「何にも考えずのんびり過ごすっていうのが、こんなに難しいなんて思わなかったよ……」

「……俺もだ」


 過去に培ってきた腕や経験が錆びついてもこの先困る。だからそれなりに頭を働かせ、手先を動かし、身体も定期的に鍛えてはいた。

 幸いにして、訓練相手には事欠かなかった。それに灰狼の村は、どうしてこんな一部族の村にと呆れるほど、世界各地の情報がどんどん入ってくる。

 帝国の間者としての強制任務から解放された今のほうが、その頃より新鮮で豊富な情報に恵まれているなんて皮肉な話だ。

 しかも、諜報活動をせずに良くなり、何故か却って以前よりも各国の情勢に強い興味が湧いてきていた。

 衝動をやりすごす意味でも訓練に身を入れたかったが、一日中身体を動かし続けていたら誰かに「やり過ぎ!」「休め!」と止められてしまう。


「まさか、ほんの数日休むだけで苦痛に感じるほどだったなんて、我ながらどうにもこうにも……」

「ああ……働かせてもらえないことに文句つけたくなる日が来るとはな……」


 二人の顔立ちはまるで異なるが、溜め息をつく表情はそっくりであった。


「……コル・カ・ドゥエルは、本当に滅びているんだろうか」


 カリムが呟いた。


「……わからん。だが、ほらを吹く理由がない」


 渋面でカシムが答えた。

 少なくとも、ここの連中は皆、その前提で行動している。

 その話は、カシムとカリムがこの村に来る前、夕食会の名目で人を集め、その席で語られたらしい。


 魔女のもとに結成された〝多種族連合工作軍〟――冗談かと思ったら、本気だった。


 ドニから話を聞いていたら、どうにも強制参加というか、問答無用で有耶無耶のうちにメンバーに組み込まれた連中もいるような印象しかない。

 魔女が凄まじい情報収集能力を駆使し、集めた情報をもとに作戦を組み上げ。

 あの手この手で敵の死角を突き。逆手に取り。

 カシムとカリムは、そうして捕獲された戦利品の一部だった。


(でもって、俺らもその一味に多分、強制参加させられるんだろうな……)


 現時点では休養をとらされているけれど、そのうち何らかの仕事を任される日も来そうだ。

 そら恐ろしいような、期待半分なような。

 複雑な気分で、今日ものどかな木漏れ日の広場で、茶の湯気がほんわりとのぼる。


「ちょいと失礼するよ――あんたらがカシムとカリムかい?」


 眼光の鋭い老婆に声をかけられた。

 細身だが力強さを感じる。

 二人はその老婆を知っていた。


「ああ、そうだが」

「あたしはドーミアの薬貨堂でしがない女将やってるゼルシカっつーもんだ。ここ座っていいかね?」

「構わん。おまえもいいだろう?」

「もちろん」


 とうとう来たか?

 口には出さなかったが、二人とも思った。

 すると老婆――ゼルシカは何を思ったか、ふふんと鼻で嗤った。


「いい若もんが、『腐ってる』っつーカオしてるよ。自覚はあるかい?」

「…………」

「――……」

「あるみたいだね」

「……悪いか?」

「悪かないさ。健康的な証拠だ」

「『腐ってる』のに?」


 カリムがまぜかえした。

 ゼルシカは小柄なのにどっかりと音がしそうな勢いで座り、呵々と笑った。


「そういうところが、さ」


 豪快で動じない女傑に、毒気を抜かれる。

 もとより敵意は抱いていなかったが、どうにも勝てる気がしない若者二人だった。

 ゼルシカは革袋の中から器を取り出し、「わけてもらっていいかね?」と卓の中央にある茶の入った入れ物を指した。

 変わった形の容器は〝急須〟と呼ぶらしい。


「まだ一杯分あるはずですけど、冷めているかもしれませんよ?」

「いいよ、喉かわいてる時にゃあ、熱い茶より冷たいほうがいいからね」


 ゼルシカが急須を手に取ろうとするのを制し、カリムが彼女の器に茶をそそぐ。

 冷めた茶を旨そうに含み、目を細めて、おもむろにゼルシカは言った。


「多種族連合工作軍とやらの噂は聞いたかい?」

「……ドニから聞いた」

「噂って。あなたも一味じゃないんですか?」

「ふはは、その通りさ! なんかいつの間にやら仲間に入れてもらっててねえ、面白そうだから楽しませてもらうことにしたのさ!」

「はあ……」

「面白そう、か?」

「ああ、面白いじゃないか。味方に犠牲をただの一人も出さない、そのためには手段を選ばない。潔くていいねえ。昔、あたしが騎士やってた頃のクソッタレな上層部が生きてたら、耳に叩っこんでやりたい発言さね。騎士たるもの美しく模範的な手段を選べ、目的のためには犠牲もやむなし――でもね、そいつらの頭ん中にゃあ、〝自分が被害を受ける〟って発想はなかったんだ。死ぬのはそいつの下の者さ」


 ゼルシカの瞳がぎらりと輝いた。


「だからやんちゃして、討伐者に転向してねえ。気付いたら高ランクになんぞなってたさ。若気の至りってやつさね」

「やんちゃ」

「わかげのいたり」

「旦那にゃあその前から面識あってねえ、あたしが騎士団やめるっつったら、結婚してくれとかほざきやがったよ。(とお)以上も離れてる若造が何をと思ったけど、可愛くてついねえ」

「わかぞう」

「かわいくてつい」


 まて、これはのろけなのか。何故どうしていきなりのろけ話になった。

 カシムは半眼で意識が遠のきそうになり、カリムは瞳をきらきら輝かせていた。


「おっと悪いね、年くったらつい脱線していけない。――あたしは良いと思うのさ、工作軍。最初っから無駄に命と命の()り合いなんぞ、しなくて済むんならそれに越したこたぁないんだよ。騎士は守る者であり、侵略する者であるべきじゃあない。だから伯も若君も、うちの旦那も最終的には抵抗なく受け入れたよ。彼らの信念と、何ら相反する考え方じゃあないんだから」


 先ほどから話に出ている旦那が誰なのか、二人は甚だしく気になっていた。


「で、だ。既にドニ先生とやらに聞いちゃいるかもしんないけど、まずグランヴァルの豚頭鬼(オーク)親子の陥落と、精霊王子さん達を呪いにかけた呪術士の始末が同時進行でおこなわれた」

「……灰狼の連中が、俺とカリムを確保。同時にグランヴァル方面を精霊族(エルフ)の女どもが担当。追い込まれた姫君により、俺が呪術士の所在を知る者だと判明……というかあれは、もとから知っていたんじゃないのか?」

「さてねえ。確信は持てなかったかもしれないよ。くだんの呪術士の最期を聞いたかい?」

「……聞いた。有り得ん」


 カシムは遠い目になり、カリムは乾いた笑いをもらし、ゼルシカは爆笑した。


「くっくっく……じゃ、続けるかね。コル・カ・ドゥエルは、セナが直接出向く。精霊王子さんも一緒に行くはずだけど、ほかの面子は聞いてないね。ただ、神官達は同行させないって話だ」

「え、神殿の総本山って言われていたのに、ですか?」

「むしろ、だから心情を慮って同行させない、と?」

「ちょいと違うみたいだね。実際、どういう経緯があって滅びたのか、今んとこそれを詳しく知ってるのはセナと、あの使い魔。それに神官長殿も、どこか知ってたふうだったね。しれっと『実は滅びてるんですよこれが』なんざ言われた日にゃ、皆の驚きっぷりったらそりゃあ凄いもんだったけど、一番落ち着いてたのがあの神官長だったんだから」


 ついにこの日が来たか、と顔に書いていた。ゼルシカにはそんなふうに見えた。


「ま、これについちゃあ、ほかにも調べ足りないところがあるみたいだし、そこんとこはっきりさせてから教えてもらえるだろ。んで、南の都市同盟は、ウォルドとアスファ達が向かう予定だとさ」

「どういう人選だ?」

「アスファって、例の少年では? 彼こそがコル・カ・ドゥエルに同行したほうが良さそうなのに…」

「さてねえ。でもってあんた達は、あたしと、灰狼と、神官達と一緒に、〝東〟へ行くよ」

「な」

「えっ」


 何故。

 カシムとカリムは絶句した。




ゼルシカさん生き生きとしてます。

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