152話 まだ序の口ですよ
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さて、グランヴァルから分捕る予定の〝商品〟をどうするか。
それらが騙し取られた、あるいは盗品であるならば一時保管し、持ち主のもとに返却するのが筋だろう。
国境線と異なり、領地の境目には壁も柵もない。精霊族の秘密の道を使わなくとも、他領に運び込むこと自体は難しくはなかった。
しかし、ある日どこかの騎士団が大量の盗品などを押収したとなれば、方々から注目を集めるだけでなく、しかるべきところに辻褄の合う説明をする必要が出てくる。
それだけでなく、あらゆる犯罪者からも目を付けられてしまうに違いない。グランヴァル一家が駒として動かしていたのは、期間限定で雇うチンピラの寄せ集め、仲間意識のない烏合の衆だ。彼らは自分達のトップ、雇い主が何者なのかわからないまま金のために動いているが、そのような噂を聞きつければ「もしかして」と気付く者も出てくるだろう。
もし自分達がまんまとしてやられたとなれば、怒りと屈辱で煮えたぎり、普段の仲間意識のなさを返上して、手を取り合って報復をもくろむかもしれなかった。
「だからレティーシャ嬢にはこの際、悲劇の姫君になってもらおうと思います」
父の裏事業に前々から心を痛めていた善良なご令嬢が、両親を断罪するために頭をひねり、勇気を出して全力を尽くした。そんな物語にしよう。
ある日突然、侯爵夫妻が自ら悪事を暴露し始め、気がふれたようになるのも。
罪なき人々から奪い取られたあらゆる品々が、他領の騎士団に〝無事届けられた〟のも。
すべては勇気ある令嬢が、呪われた侯爵家の歴史に終止符を打ち、己の親の罪をあがなうために――
そんな、誰もが好みそうな美しい物語を流そう。
「ただ問題は、その後のレティーシャ嬢をどうするか、なんですよね。投獄はいくらなんでも酷いって意見が出るだろうし、妥当なところで神殿行きになるだろうとは思う。けど、神殿で大人しくしててくれそうにないっていうか、ぶっちゃけ、質素で窮屈な生活から抜け出すために、神官を誘惑したり殺害したり平気でやりそうな気がします。お嬢さんの罰になるどころか、そんなのを送り込まれた神殿の人達にとってこそ何の罰だって感じになるでしょう。だから、どうしようかなと」
何名かが神妙な顔で頷いた。
ここに集められた面々の中に、瀬名の言葉を口から出まかせとわめく輩や、あの令嬢の上辺にあっさり騙される者はいない。
誰もが信頼できる者を厳選した結果、自然とそうなっていた。
「失礼、よろしいでしょうか?」
ラ・フォルマ子爵が手を挙げた。
「なんでしょう?」
「はい。その令嬢について、ちょうど我が君から魔女殿にご提案があり、お会いできた際にお伝えするよう申しつけられておりました。この場でお話ししてもよろしいでしょうか?」
「提案? ええ、聞かせてください」
「ありがとうございます。――侯爵夫妻が拘束されれば、レティーシャ嬢は一時的に館へ軟禁状態となるでしょう。その後、出奔していただき、行方不明になっていただくのがよいかと」
「行方不明」
「はい。わたくしは主の命による調査で、レティーシャ嬢本人に接触し、人となりをある程度は把握できていると自負しております。先ほど魔女殿も仰られた通り、まず彼女は質を落とした生活環境に耐えられません。たとえそれが下級貴族の子女ほどであり、庶民からすれば充分に贅沢な環境であっても、です」
「……神殿に行く前から、既に逃げたくなりそうな感じかな」
子爵は頷いた。
逃亡が難しくなる僻地の神殿に送り込まれる前に、なんとか逃げ出してしまえないか――レティーシャはそう考えるだろうと瀬名も思う。
けれど、サイコ令嬢を野に放つのはまずい。
それでも逃亡を阻止せずに、あえて見逃してやるメリットは何だ。
「この件、わたくしにお任せいただけませんでしょうか?」
「……逃亡から結末まで、ざっとどんなシナリオを予定してるか聞いてもいい?」
――貴人が口にする〝行方不明〟すなわち〝闇に葬る〟の意だ。そのぐらい瀬名は知っている。
「ひそかに想いを寄せていた青年が、不幸な身の上の令嬢を館から連れ出すのです。令嬢はどこか遠くで、きっと今も幸せに暮らしている……単純にして胸を打つ、美しい物語の結末です」
万人が「可もなく不可もなく」と評し、一度会ってもたいして記憶に残らず、すれ違ってもスルーしそうなラ・フォルマ子爵。
彼は見るからに傑物ぞろいの集団の中にあって、その外見と平坦な声音の普通感が、逆にジワリとくる人物であった。
「グランヴァル侯爵家が取り潰しになったのちは、新たな領主が選ばれることになります。新領主は令嬢の境遇に心を痛め、彼女が恋人と手に手を取って姿をくらますのを気付きながら見逃してやった、むしろ逃避行のお膳立てをしてあげた……そんな噂があれば、領民は心優しい新領主に対して好意的になり、領地改善もずっと容易になるでしょう」
「なるほど。――ドニ君?」
「へっ!? おお俺!?」
「今の話で演劇のシナリオ書いてみてくれない? できるだけ感動的に」
「はああ!? 無茶言わねーでくださいよ、なんで俺が!?」
「観劇の経験はあるでしょ? 本格的なやつ」
「そ、そりゃあ、常識つーか、たしなみだったし……」
「ちゃんとした劇の構成を知ってて、上流階級の好みも庶民の好みも理解できて、文才がある。はっきり言って適任がほかにいないし、ためしにでいいから一本書いてみてくれない? お礼は各種果物をふんだんに使った焼き菓子でどうだ」
「うっ!! …………わ、わかったよ……」
辛いものが好きそうな外見でいて、どっこいドニ氏は甘党なのであった。
いろいろ無茶ぶりをして申し訳ないとは思っている。けれどこの男、こちらの要求を存外すんなりこなしてしまうのだから仕方ない。いったいどこまでできるのか、可能性を追求したくなってしまうのだ。
アスファ達は焼き菓子と聞き、ちょっと羨ましそうにしている。
「では魔女殿、このご提案については……」
「採用。一般の方々に被害が出ない範囲であればお任せしますので、後で首尾だけ教えてください」
「かしこまりました。良いご報告ができますよう、最善を尽くします」
確実に成功させますと大言しないところが抜け目ない男である。
次に、押収したのが物ではなく人であった場合についてだ。
騙されて借金奴隷に落とされた者、陥れられて犯罪奴隷にされた者、誘拐された者、悪質な孤児院や悪辣な親戚などから売り飛ばされた者――そういった人々もかなりの数にのぼると思われた。
彼らは一時保護したあと、事情聴取ののち、故郷や家族があるなら帰してやるようにする。
では、帰郷を望まない者はどうするか。
「デマルシェリエ領の、今まで手を付けられなかった場所の街道整備。それからグランヴァル侯爵領の、長年放置されてきた治水工事なんかで労働力を募集するのはどうでしょう?」
「……ふむ。新生グランヴァル侯爵領を治める者にもよるが、かの領地の改善に人員をつぎ込むのは良いと思う。しかし、さもしい質問になってしまうが、雇うための資金はどうする?」
「それはもちろん、被害届けが出そうにないところからがっぽりと」
「…………セナ」
「いえすいません、冗談です。普通に国に請求したらいいと思いますよ。侯爵家が潰れて財産没収となったら相当な額にのぼるでしょうし、それらを被害者の救済にあてるよう要求するんです。足りなければ、支援金を募るのもいいかもしれません。デマルシェリエに限らず、他の領地でも労働力の足りていない、なおかつ治安の悪くないところがあれば、そちらへ声をかけるのもいいかも」
辺境伯は頷いていた。もし王宮が金貨一枚も出さぬと言い張れば――そのようなことはないと思うが――支援金を募る案は悪くない。
「ラ・フォルマ子爵。その際は、子爵のご主人にもご協力願えるであろうか? 旅芸人の一座などを雇い、ご令嬢の勇気をたたえる演劇とともに、罪なき人々の救済をわずかなりと訴えれば効果的ではないかと思うのだが」
「この場で確約はいたしかねますが、お伝えしておきましょう。わたくしの意見としては、ご興味を持っていただけるのではと存じます」
「すまぬな。よろしく頼む」
◇
グランヴァルについての情報と計画の共有は一旦終了し、次のページをめくる。
――〝その人々はどこへ?〟
一瞬意味がわからず、奇妙な顔で首をかしげる者が続出した。
けれど資料を読み進めるうち、どんどん表情が険しくなってゆく。
「魔女殿……これは、事実なのか?」
グラヴィス騎士団長がうなるように尋ねた。
その問いかけをたしなめる者はいない。皆が心をひとつにしていたからだ。
「事実です。うちの小鳥さんが調査しましたものでね……この光王国でかき集められて奴隷化された人々は、最終的にイルハーナム神聖帝国へ流されてました。労働奴隷として」
「なんたる……!!」
「信じられん……!」
憤り、口々にののしる。
けれどまだまだ、これは序の口だった。
「彼らの仕事内容ですが、裏道の建造です」
「う、裏道?」
「はい。――帝国の海岸沿いをぐるりと南下する、大規模な隠し通路です。行き先は大陸最南端の、ガラシア都市同盟」
「なっ…」
「なんだと!?」
つまり都市同盟は、帝国の次なるターゲットか。
もしくは手を組んだか。