151話 そろそろ本題へ行きましょう
遅くなりましたが更新いたします。
デザートのシャーベットに舌鼓を打ち、暖かい茶を配ってホッとひと息。
いい具合に肩の力が抜け、それぞれの緊張もほぐれたようだ。
料理を取りに行く際に、隣合った者と話がはずむ光景もそこここで見られた。全員に同じメニューを順番通りに提供するのではなく、自由なバイキング形式にしたのは正解であった。
綺麗に空になったワゴンを引き上げ、全員がなんとなく席に落ち着いて静かになった。
そろそろか、と誰もが思い、来た当初よりも余分な気負いが抜け、身構えずにその時を待った。
シェルローが辺境伯と目礼を交わし合い、開始の合図となる。
「では、始めようか」
それから始まったのは簡単な自己紹介だ。ほとんどは顔見知りであるが、中には初めて会う人物もいる。
「マクシム=ディ=グラヴィスと申します。魔女殿と精霊王子の方々にはお初にお目にかかる」
生真面目そうな屈強な中年騎士は、デマルシェリエ領の中央にあるイシドールの町の騎士団長だった。
辺境伯の本邸があり、騎士団もドーミアより大きいらしい。
「マリユス=ルーセ=ラ・フォルマと申します。皆さんとお会いする機会は少ないかと思いますが、お見知りおきください」
どこにでもいそうな平凡顔、いまいち年齢不詳な青年は、領地を持たない一代貴族の子爵だった。万人に「可もなく不可もなく」と評されそうな彼はその実、とあるやんごとない姫君に忠誠を誓っており、しかも黒猫リドル氏の同業者だという。
彼はリドル氏の知り合い枠で参加してもらった。
「なんか全員知ってる顔ばっか集まってるねぇ。でも精霊王子さん達は初めましてだね。あたしはしがない薬貨堂の女将やってるババァさ。名はゼルシカ、よろしくね」
なんと、女将ゼルシカは今回の客人達すべてと顔見知りだったらしい。小柄な細いお婆さんでいながら、相変わらずの貫禄であった。
三兄弟が面白そうなものを見る目になったので、どうやら気に入ったらしい。
ひょっとしたらこういうのが存在力っていうのかな? 瀬名は彼女を見ながら少し思った。
≪ゼルシカ殿のご夫君はグラヴィス騎士団長だそうです≫
≪なぬ!?≫
≪お子様はいらっしゃらないようですが、ご夫婦仲はよろしいとのことで≫
≪――えええええ、ま、じ、で~!? 女将と結婚できた英雄がここに!? つうか出会いは!? お二人の馴れ初めはどのように!? え、別居状態!? 訊いたら駄目な感じ!?≫
≪駄目ではないと思われますが、この席で根掘り葉掘り尋ねるのはやめておきましょう、マスター≫
≪うあああ、気になるー……!!≫
小鳥の報告に眠気が吹っ飛んだ。一時的とはいえ頭が冴え渡った。コーヒーより強烈であった。
このタイミングでそのネタを投下してくるとは――小鳥、侮れぬ。
◇
既に誰もがある程度くだけた雰囲気になっており、簡潔極まりない自己紹介は、無駄なくさっさと終わった割にさほど事務的な印象はなかった。
場慣れしていない討伐者組の四名は、多少緊張しつつ名前のみを名乗って終わる。それでも最初のカチコチにこわばった様子から比べれば、噛みもせずすんなり乗り切れた印象だった。
大人数を招いての宴会は初めてだったので、今回は様子見としてシェルロー達以外、精霊族も灰狼達も裏方に徹してもらっている。
今度また機会があれば、その時は彼らもできるだけ参加させてあげたいものだ。
食材の消費量も準備にかかる時間も膨れあがりそうなのが玉に瑕だけれど、ただ食べて笑い合うためだけの宴を、いつかまた彼らと一緒に楽しめたらいいと思う。
「えー……それでは、本題へいきたいと思います。皆さんに資料と、記録用の紙をお配りいたしますので目を通してください。気になるところがあればお手もとの紙に書き記していただき、ご質問があれば後ほど質問時間を設けますので、その時にお願いします」
瀬名の合図とともに、硬い面持ちで資料を配り始めた人物の姿に、何名かが唖然としていた。
アシスタントのドニ=ヴァン=デュカス氏である。
氏は灰狼の村へ来てから、まさに水を得た魚だった。最近では当人も、「あれ、ひょっとして俺こういうの向いてるんじゃね…?」と少しずつ自覚が芽生えてきたようである。
つたない技術で作った紙はまだ荒いが、端を丁寧に切り落とし、美しい筆跡で要点がわかりやすくまとめられ、それなりにまともな見栄えの資料に出来あがっていた。
当初配る予定だったものがあいにく破棄の流れとなり、再作成の時には彼にも頑張ってもらったけれど、こちらの話したことを瞬時に記憶して書類に落とし込む能力も高く、かなり重宝した。
資料の一番最初には、やや大きめのタイトルが書かれている。
――〝多種族連合工作軍〟第一回作戦会議――
(は?)
(え?)
誰もがそれに目を落とし、ぽかんとした。
え、なにこれ?
どういう意味?
そんな声が聴こえてきそうであった。
「冗談でも酔狂でもありません。正真正銘の、大真面目な作戦名ですよ」
「作戦名……」
「はい。作戦の趣旨を端的に言えば、〝味方の死者ゼロ人〟です」
「――――」
客人達が一斉に息を呑んだ。
「ゆえにテーマは、大軍同士の熱い血みどろの正面衝突ではなく〝工作〟。主な活動は、搦め手で攻略、死角から奇襲、闇からの囁き、崩れゆく足もと……」
「いやちょっと待ってくれ後半から何かおかしい!?」
「おま、それどこの悪鬼妖魔の手管……」
「大丈夫だよライナス殿、グレン殿、安心してくれたまえ。成功しても失敗してもどのみち相手の心に癒えない屈辱が残るだけで、こっちには損がまったくない方針でいくから」
「いや全然安心できないんだけど……!?」
「ご質問は後ほど受付いたします。時間は有限なので、先へ進みますよ。さあ皆さん、一枚目をめくってください」
次のページ、タイトルは〝グランヴァルの崩壊と終焉〟――
そこかしこで、隠しきれないうめき声があがった。
彼らが長年、心底いまいましいと思いながら、どうしてもあと一歩でいつも尻尾を掴めなかったグランヴァル。
その実態が、到底彼らの知り得なかった細部にいたるまで、すべてがその紙の中に明らかにされていた。
「こんな……こんなことが……」
「そうか、だからか……」
どうやってこれほどの情報を掴み得たのか。
このようなものが事実であるものか、嘘八百を並べているに決まっている、証拠はあるのか――そんなふうに頭から疑って詰問する人種は、そもそもこの宴に招かれていない。
そしてこの資料の書かれ方からすると、瀬名の切り崩し方からして、彼らのやり方とは根本的に異なっていた。
彼らはあくまでも、グランヴァルの悪事の証拠をつかんで光のもとに晒し、失脚させるなり罪に問うなりを目指していた。
けれど瀬名はそのいずれも目指していない。
ただ追い詰め、追い込み、華々しい舞台から引きずり落とす。
「この作戦に関しては、うちの精霊族と灰狼達メインでやってもらいます。まずは――……」
気怠そうに詳細を説明する瀬名の声に、ある者は感心し、ある者は呆れ、ある者は戦慄しながら、いつしか全員が真剣に耳を傾けていた。
明日は所用というか残業入ってしまい更新できないと思います…(T T)