150話 和やかなお食事会はいいものです
いつも来てくださる方、ありがとうございます。
初めて来られる方も気に入ってくだされば嬉しいです。
まだ陽の明るい時間帯、続々と客人達が到着し始めた。
灰狼達に出迎えを頼み、来客用の宿泊区域へ案内してもらう。
非公式で内輪の宴会という体裁ではあるが、それなりの地位にある方々を相部屋に押し込めるわけにはいかない。
部屋数を多めに設計してもらってよかった。
灰狼はみな意外と器用で、戦闘だけでなく日曜大工や裁縫なども得意とする者が多かった。
彼らの手になる家具や寝具はなかなか上等である。材料の質や手触りにもこだわっており、太古の民族を彷彿とさせる色合いやデザインが、ヨーロッパ風の文化のこの国にあって、なんともいえない異国情緒を漂わせていた。
ちなみに風呂は個室ごとではなく共同浴場だ。露天風呂つきの温泉旅館仕様にしてもらったので、見栄えは悪くないだろう。
もちろん体調や身体的な理由、刺青で秘密の暗号を描きこんでいる等の事情があれば、小さな浴室のほうに案内する予定だけれど、今のところその申し出はなかった。
アスファには女湯への接近禁止令を出しておいた。
「なんでだよ!? つか、誰が近付くか!!」
真っ赤になって否定していたが、さてどうだろうか。
うっかりスケベはいつどんな時に発生するとも限らないのだ。予防線は張っておくべきである。
◇
招待客が全員到着した頃には、暮れの空が朱く色づきはじめていた。
森の夜の訪れは早い。灰狼達の案内で村の様子を興味深く観光――いや見学していた面々は、食事会の会場へと誘導されて集まってゆく。
今回は訓練場をそのまま使う。ストーンヘンジのような石にぐるりと取り囲まれた広場は、拡張されてさらに広くなっていた。
そこにあった樹々は伐採したのではない。精霊族達が植え替えた、というか、文字通り別の場所へ移動させたのだ。
移動させたのである。
伐ってもいない。引っこ抜いてもいない。
根がうにょうにょうにょ、と動いて、スペースをあけてくれた。
移動後の盛りあがった土は、土の魔術で平らにならしていた。
シュールな光景であった。
(こりゃ、カルロさん達が下手に伐採できないわけだよ…)
魔術というより、精霊族の固有魔法のようなものらしい。
遠慮しながら必要量を伐るのはいいが、大々的な伐採で農地拡張やら街道整備やらができないのは、これを目の当たりにすると一発で理由がわかる。
普通の樹には善意も悪意もなく、明確な意識や感情が宿っていることは滅多にないけれど、精霊化あるいは魔物化した樹木もどこかには存在する。
そしてこの森の樹々は、ほかの森よりも〝存在力〟が強いのだそうだ。それは魔力とは別の力だというが、瀬名にはよくわからなかった。
「瀬名の存在力も強いぞ。自分ではわからんだろうが」
「ええー?」
「操作可能な魔力と違い、これを説明するのは難しいのだがな。以前カルロ氏から聞いたのだが、彼があなたを〝魔法使い〟で相違ないと確信したのは、完璧な魔力の制御より何よりもまず、存在力が他と違っていたかららしい」
なんだそれは。
いつの間にシェルローがカルロ氏と話していたのかも気になるが、そんなわけのわからないもので納得したと聞かされても、反応に困る。
「そもそも、魔力とは別のものだからだろうな。魔力操作や保有魔力量とは関わりなく、気付く者は気付くし、気付かない者は気付けない。――まあ、あなたはあまり気にしなくともいいだろう」
「えー? 気にしなくていいって言われたら逆に気になるよ……」
と思っていたのだが、そこにエセルがやって来て、出来上がった料理のチェックを頼まれているうちに、有耶無耶になって忘れているのだった。
◇
フルコースではなく、自由に好きなものを取って食べられるバイキングにした。
この国では、大皿料理を家族や仲間同士で分け合って食べるのはよくあることだ。ただし同じ皿や鍋の中身を自分の箸でつつくことはなく、取り分け用の匙やフォークなどは必ずついている。
さすがに王侯貴族は食事を他者と分けたりしないので、相手を間違えたら不敬罪で投獄コース間違いなしであったが、今回の客人達にそういう心配はいらないだろう。
料理長はむろん、料理が得意な精霊族の中でも天才と名高いエセルディウスである。
食材の確保や下ごしらえなどは灰狼達が活躍し、料理は精霊族がメインで行った。
客が多いだけでなく、身内用の食事も用意する必要があるので、多数の料理自慢達が競うように大量の料理を作ってくれた。
この森の限定品・輸出禁止の食材も大放出している。
ほかでは食べたことのない美味しい料理をたっぷりと食べ、大満足してもらい、その後のちょっとしたお話合いへの気力体力をしっかり養ってもらいたい。
メニューはこんな感じだ。
裏テーマが〝ファミレス〟なのは誰にも内緒である。
エセルがAlphaから仕入れた料理の知識を、こちらの世界の食材とミックスさせて限りなく近いものを作ってしまった。
●サラダ
・レタスとトマトとモロッカ芋の新鮮サラダ
・いろいろ野菜と燻製肉のレムル風サラダ
●肉料理
・豚頭鬼肉のチーズインハンバーグ ……トマトor照り焼きorエシュロン風ソース(この世界にもチーズがあった)
・大岩鳥の蒸し焼き ……照り焼きソースorタルタルソース(この世界にタルタルはなかった)
●パスタ(この世界はショートパスタしかなかったのでロングパスタを作った)
・ほうれん草と朱身魚のクリームパスタ(大きさ本マグロ級、見た目ピラニアの魔魚)
・山菜と各種キノコのトマトソースパスタ(妙なキノコは入っていません)
●その他料理
・カボチャとグロッタ豆のグラタン
・味付けいろいろライスボール ……無味・ピラフ・炊き込み等
・サンドイッチ各種 ……野菜・肉・ゆでたまご等
●シンプルなパン〈黎明の森〉風(ふわふわもちもち食感の丸いパン)
●甘味
・各種フルーツの盛り合わせ
・桃の氷菓子
ドリンクは林檎水・花茶・麦酒を用意した。
酔っぱらわれると困るので酒はどうかとも思ったのだが、
「ほうほうほう、よく冷えて美味いのう!」
「すっきりさっぱりとして美味じゃのー!」
会議だろうが宴席だろうが酒がなければ問答無用で出席不可、そんな方々のために外せない。
まあ麦酒は度数がさほど高くもないので、弱い人に飲ませなければ問題ないだろう。
たくさんの種類を選びつつ、苦手なものは避けられるよう、料理はすべて瀬名基準で二~三口サイズに抑えている。とはいえ、ひと口でいける方々はかなり多そうだ。胃袋の容量と食べる速度が異人種なので仕方がない。
巨大樹を輪切りにしたテーブルの客席はグループごとに用意し、それらを中央に寄せ、ぐるりと囲んで料理を配置する。
湯気や美味しそうな匂いに、さっそくよだれを垂らしそうな面々があちこちで見受けられた。
とりわけ、アスファ、エルダ、リュシー、シモンの席だ。
例のごとく「なんで自分達はここに参加しているんだろう」と言いたげな風情で、豪華面子に緊張してカチコチになっていたのだが、運ばれてくる料理のワゴンにそわそわし始めていた。
訓練で身体をよく動かしているので、余計に食欲がそそられているのだろう。
全員が広間に集まり、それぞれの席についているのを確認して、瀬名はいわゆる主役席の前に立った。
全員がザッ、と起立する。
いつもの瀬名であれば、内心「うおっ!?」とのけぞっていたに違いない。
しかしこの時の瀬名は寝不足と開き直りにより、ネジがどこかに数本抜け落ちていた。
「急なお誘いにも関わらず、お集まりいただきありがとうございます。堅苦しい挨拶は抜きにして、まずは皆さん、食事をお楽しみください」
初対面の顔もあったのだが、彼らが誰かとか、そもそも今回の集まりの趣旨は何かとか、そういう大切な説明の一切が後回しにされた。
(自己紹介は後でもできるし、この宴席の後に何を予定しているか、説明せずともわかろうしな。それより、満腹になった後で瀬名の眠気が倍増しないか、それだけが心配だ…)
シェルローは弟達と顔を見合わせて苦笑し、瀬名と同じテーブルについた。
料理は灰狼の誰かに頼み、適当に持ってきてもらうことにする。自分達がうろついて、客人の誰かが声をかけてくるような事態は今は避けたい。
食事の時は美味しく、楽しく。無粋な腹の探り合いで穢したくはないのだ。
まあ、瀬名が開始の挨拶をする前から飲んでいた一部種族のおかげで、早くも和気あいあいとした空気が流れ始めているのだけれど。
「……ねえ、私の目がおかしくなったのかな? ローグ爺さんが七人見えるんだけど……」
半分夢でも見てるのかな。瀬名がぼんやりとした口調で尋ねた。
「いや、大丈夫だ。正しく七人いる。討伐者組の席はユベール殿、グレン殿、ウォルド殿、アスファ達の七名だ。ローグ殿は彼の兄弟達と別の席に座ってもらった」
「きょうだい……?」
「美味いものが喰えると聞いて、突発参加、だそうだ」
「なるほろ……」
髪やヒゲの色、編み方などで簡単に区別はつくけれど、背丈や体格が似ている。
重苦しい空気を払拭したければ、鉱山族をひとり置いておけば解決と言われるほど、とにかく彼らは動じない気にしない遠慮しないの三拍子だ。
彼らがどんどん料理に手を出してくれるおかげで、ほかの客人達からも遠慮が消えた。
「おおお……こ、これはなんだ!? とろりとチーズが出てきおった!」
「美味しいですねこれは……! こんな料理があったなんて……!」
「これはどのようにして食すのだろう?」
「フォークでこう、ぐるぐるとソースに絡めながら適量をとって食べるそうですよ」
「どれもソースが凄いな、こんなにさまざまな種類があったとは……」
「野菜の鮮度も凄いですぞ。ぱりっと音がしそうだ」
「この赤い艶々したのは、なんという野菜だろうか」
「こ、これがあの〝畑潰し〟だと!? 信じられん」
「正しい環境で育てたら、このような食感と味わいになるそうです。驚きですよね」
「私はこの、白い味付けなしのがいいですね。ほかのも美味ですが、ほんのり口に残る甘味がくせになるといいますか」
「このパンも美味しいですよ! サンドイッチなるものも美味ですが、この丸いパンの感触、食感、色合いといいまるで……」
まるで、何なのだろう。一部の席でほんのり桃色の空気が漂った。
「やっべぇ、これうま! めちゃうま!」
「たまりませんわ……この、グラタン、だったかしら? ミルクがこんなに美味しくなるなんて……!」
「あなた、ミルクは苦手でしたのにね。私はこの、蒸し焼き肉がいいですね。つい食べ過ぎてしまいそうです」
「パンでいろんな具材を挟んだのもいいねえ。食べやすい大きさに切られてるのが罠だな、止まらないよこれは」
「がつがつがつ……」
「もぐもぐもぐ……」
「もぐもぐもぐもぐもぐ……」
飲み物は各席の中央、取っ手のついた陶器の中に入っている。氷の魔石の粉と一緒に練り込んで焼いた一品で、飲み物が常に適度に冷やされている。
鉱山族の席だけ、テーブル脇に麦酒の樽がデンと用意してあった。いちいち冷却用の器に移し替えるのは面倒なので、樽ごと冷やしている。彼らはぬるくなる前に飲み干してしまうので、樽で問題ない。
花茶と麦酒は珍しくはないけれど、林檎水はこの森にしかないので、風味を好んで消費する者が多かった。
こってりとした料理のほかに、皮をむいて切り分けた果物もある。口がさっぱりとする上に甘味は貴重で好まれるので、料理と交互に口にする者もいた。
そうして、皆がたっぷり食べて飲んで、大量に用意した料理がからっぽになる頃、最後のとどめに桃の氷菓子――シャーベットだ。
手の平サイズの小さな器に盛ったシャーベットは、食後のほんのささやかなデザートだったのだが、感激の面持ちでちびちび食べる者が多かった。
ひょっとしたら、この日一番味わってゆっくり食べられた料理は、これだったかもしれない。
突然ですがESN大賞に応募してみることにしました。
きっちりラストまで書ききることが大切だと思っているので、150話までほぼペースを落とさず書けたら駄目もとで応募しようと前々から考えていました。
ただ、既に読んでいただいている方々はご存知と思います。……このお話、ジャンルは何ぞや?
なろうに初めて登録し、さあ投稿するぞとなった時点で、SFとファンタジー両方選べないと知った日の衝撃はもはや懐かしい思い出…。
ともあれ、しっかり書きあげることを目標に今後も続けてまいります。