149話 お食事会のお誘いですよ
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とある昼下がり、ドーミア城の一室にて。
あくまでも非公式に、と前置きした上で、灰狼の使いの少年達はドーミアの領主に封筒を渡した。
尾や耳をぴこぴこと揺らし、あどけない顔立ちは無邪気そうだが、歳の頃は十二~三程度だ。もうこのぐらいになれば、充分な判断力と戦闘能力が備わっている。
世辞にも質が良いとは言えない紙に、無印の封蝋。気楽な非公式の集まりだからといって、貴族を招待するにはマナーを欠き過ぎている手紙だが、あえてそうしたのであろう相手を思い浮かべ、カルロ=ヴァン=デマルシェリエは気にせず封を開ける。
抜き取った便箋の最初の一行には〝夕食会のお誘い〟――。
「……すぐに参加者を確認する。すまんが、それまで別室で待っていてもらえるかな? おやつを用意させよう」
「うんっ、いいよっ」
「わーい、おやつ♪」
使いの少年達が従僕とともに退室するのを待ち、辺境伯はちょうどその場に居合わせた面々に顔を向けた。
息子ライナス。
ドーミア騎士団の団長セーヴェル。
それから、辺境伯が治めるもうひとつの大きな町、イシドールの騎士団の団長グラヴィスを幸いにも呼び寄せたばかりだった。
何かとドーミアのほうが有名になりがちだが、イシドールはドーミアより規模が大きく、領地のほぼ中央に位置し、辺境伯の本邸もこの町にある。
「父上、〈森の魔女〉殿はなんと?」
「夕食会のお誘い、だそうだ。出席者数を確認したいらしい。即座に返事が欲しいと」
「――――」
ライナスとセーヴェルは瞬時にして悟った。
過去最大の大嵐がドーミアの大神殿を襲ったのは、わずか数日前である。
彼らは神殿内に不穏分子の影響が広まりつつあることを前々から懸念していたが、基本的に互いは不可侵の立場にあり、そもそも神殿を護るために騎士の城が築かれた歴史もあって、どうにも手を出しあぐねていた。
そんな折に例の魔女が容赦なく大鉈をふるい、高位神官が何名もその資格を失って、上層部の顔ぶれが半分ほども消える流れとなったのがつい先日。
一部は投獄され、一部は破門、一部は見習いに格下げの上で僻地の神殿に送られることが確定している。
そんな時期にこの面子を招待しておいて、ただの〝お食事会〟で済むものか。
ただひとり、状況をよくのみこめないグラヴィスだけが怪訝そうにしていた。
五十代半ばほどの頑強な男である。祖父の代から長年デマルシェリエに仕えており、忠誠心の強さでは一、二を争う。
辺境伯は大雑把な招待状もどきを彼らにも回し、内容を確認させた。
そこには目の前に迫った日付と、辺境伯とライナスとセーヴェルには極力出席して欲しい旨、もしほかにも出席させたい者がいれば人数を明記のうえ早めに返信して欲しい旨が簡潔に書かれていた。
貴族、それも辺境伯に対する手紙としては言語道断な代物に、グラヴィスが鼻白む。とてもまっとうな反応である。
――常識人、ひとり確保。
そんなふうに辺境伯が思ったかは謎だ。
「ちょうど良い、グラヴィス。そなたにも魔女殿と面識を得てもらいたいと常々考えていた。ともに出席せよ」
「は――しかし、よろしいのですか? このように無礼な……」
渋るグラヴィスと正反対に、ライナスはやけに笑顔だ。
「グラヴィス騎士団長。これは非公式なものだからこそ、形式をあえて無視しているんですよ。普段のセナだったらもっと丁寧にします。噂はイシドールにも届いているでしょう?」
「は、若君……討伐者達から噂を伝え聞いておりますが、しかしあいにく、お人柄についてはあまり……」
「ああ、そうでしょうね。それは仕方ないか。ちなみに最近の噂でびっくりしたのは、少年のふりをしてたけど実は女性だったっていうところでしょうか。あれはまあ、本当に、目と耳を疑ったけれど……」
「男を装わねば身の危険が段違いに多くなる――領主として耳の痛い話だが、セナ=トーヤ以外にもそのような女性がいるのは事実だ。夫に先立たれ、両親を亡くし、何らかの事情により独力で生きねばならなくなった女性がまれにそれを選択する。セナ=トーヤも、周りに誰もいなかったのだ。精霊族や灰狼達が彼女のもとへ集まるまではな」
「………」
しんみりとした表情でグラヴィスが目を伏せた。
しかし本題はここからである。
「普段のセナ=トーヤは、物腰穏やかで、とても丁寧な方なんですよ。話す時の発音や食事の仕方も気品がありますし、気遣い屋で、我々に対して極力失礼がないように注意を払ってくれている。最初の頃なんて、父上や僕が気軽に話しかけていったら『いいんですか?』って心配されましたから。下々の者に気安く接していたら、眉をひそめる方々がいるのでは、とね」
「そうなのですか」
「ええ。普段の、何事もない時のセナ=トーヤは、この手紙の十倍ぐらい、気遣いあふれる控えめな人物ですよ」
ライナスがにっこりと笑み、セーヴェルが深々と頷いていた。
嘘は言っていない。事実である。
「その通り。そして――沸点を突破した時は、この手紙の十倍でも可愛らしいほど、形容し難い何かになっている」
「は?」
辺境伯が意味深な笑顔で告げた言葉に、生真面目なグラヴィスの目が点になった。
「そなたも会えばわかる。覚悟せよグラヴィス、此度のセナ=トーヤは、間違いなく後者だ」
わざとらしく手紙をひらりと振ってみせ、さて肝の太い者、精神力の強い者は誰かと、辺境伯は巻き込む面子を頭の中に並べ始めた。
◆ ◆ ◆
出席者。
デマルシェリエの領主、辺境伯カルロ=ヴァン=デマルシェリエ。
その息子ライナス。
ドーミア騎士団団長ノエ=ディ=セーヴェル。
副官である安定のセルジュ=ディ=ローラン。
その部下数名。
イシドール騎士団団長マクシム=ディ=グラヴィス。
その部下数名。
ドーミア大神殿の神官長ザヴィエ。
ほか神官数名。
討伐者ギルドのドーミア支部長ユベール。
聖銀ランクの討伐者グレン、ウォルド、バルテスローグ。
〈薬貨堂・青い小鹿〉の女将ゼルシカ。
グレンの息子にして女王ラヴィーシュカの黒猫リドル。
どこにでもいそうな平凡顔の子爵、彼は某所からの推薦状を携えている…。
以上、そうそうたる顔ぶれが〈門番の村〉を目指して集まることになった。
辺境伯の領地のメインはイシドールの町とドーミアの町。
これもう都市でいいんじゃ? というぐらいの規模ですが、この国の基準では町に分類。
懐かしのお客様も集まります。