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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
カウントダウンの後~〈黎明の森〉の宴
149/316

148話 戦だけは絶対にノーセンキューですよ

昨日お休みしましたが更新再開いたします。

前章がこんなに長くなると思わなかったので、これDay5/5の後に持ってきたら良かったんじゃ…

と思いましたが順番の変更はできませんし、このまま行きます。


 時はしばし遡る。

 精霊族(エルフ)の〝秘密の道〟を知った翌日、客人達が到着し始める前。

 瀬名の意識と瞼は半分だけ踏み留まり、しかし今にも奈落へ落ちそうになっていた。


 久々の徹夜である。本当に何年ぶりであろうか、予習復習で一睡もできなかったなどと。

 やることと確認事項が山積みで、気付けば仮眠すらとっていない。

 濃いめのコーヒーで睡魔に抵抗しつつ、〈スフィア〉のダイニングルームでEGGS(エッグズ)から送り込まれる映像をチェックしていた。


《現在も一機、上空に待機させておりますが、今夜中にはさらに四機を呼び戻します》

「五機もこっちに付けていいの?」

《はい。一段落するまでは、あなたの近くに》

「……あいつらにタマゴ鳥、見せても大丈夫かな?」

《あの三兄弟に関しては、あなたがシェルローの膝枕とブラッシングをツケにしている以外は大概何でも大丈夫でしょう》

「ぐぼッ」


 コーヒーを噴きそうになった。

 変なところに入ってしまい、しばらくむせる。

 瀬名は涙目でARK(アーク)氏に抗議した。


「な、何かねその膝枕とブラッシングってのは!?」

《――もしやマスター。まさかですが。いえいくら何でも》

「や、ちょい待ち、えーと…………あっ……」

《思い出されましたか。すなわち忘れておられましたか》

「おおお黙りっ」

《ですから勢いでそんな約束なさるんじゃありませんとあれほど》

「やややかましいっ。たまたまド忘れしてただけだってばっ!」

《つまりお忘れになっていたことに変わりありませんでしょう。それをあちらが納得してくださればよろしいのですがね。私は知りませんよマスター? 日数も経っておりますし、放置したままある日突然、法外な利子を請求されても……》

「いやシェルローがそんな闇金な真似するもんか。きっとしない。大丈夫だ、うん」

《…………》


 さてどうでしょうかと囁く声に耳を塞ぎ、目の前の映像に集中する。


 空間に浮かびあがる映像の大半は平面だ。立体映像は情報量が多く、リソースが膨大に割かれるため無駄に多用はしない。

 魔物の姿や建築物の構造を詳しく知りたい時だけ、背景も含めた平面表示の映像を流す横に、余分な背景を除いた立体映像を置いたりする。

 立体映像装置は建築やあらゆるデザイン関係、ゲームや映画といったエンターテイメント関係など、どこかが使い始めたらあっという間に一般家庭にも広がり、瀬名の父の部屋にも古いゲーム機があった。

 電脳世界にダイブし、仮想空間でプレイするゲームが主流となってからも、「レトロ趣味」やら「アナログ人間」と呼ばれる人種からの根強い需要があるとされ、毎年いくつかの新作が販売されていた。


 ランチを乗せるトレイ一枚分の大きさのゲーム機に、かつて人類を初めて月へ運んだコンピューターより高度なものが搭載されていたというのだから、今にして思えば、ここよりも遥かに冗談のような非現実世界だった。


「大軍と大軍がぶつかり合って死者多数、なんて展開は今後も絶対に嫌だからね」

《もちろんです》

「初志貫徹。誰が何と言おうと、目指せ山も谷も急流もないまったり平和なスローライフ。強大な敵を前に、どれほど味方が損害を受けようと世界平和のために突っ込んでいくなんて、まずもって私にそんな真似できやしないし、知り合いにそれをさせたくもありません。絶対に許しませんよ」

《もちろんです。以前から申し上げておりますように、今後の方針にそのような展開は一切ありません》


 仲間の屍を乗り越えて成長する英雄物語には心惹かれる。

 けれど、乗り越えられる屍の立場には断じてなりたくないのである。


 気力精神力がすり減り、瞼が重すぎて、瀬名は少々攻撃的になっていた……のだが、自覚がない。

 危険な状態であった。


《損害といえば。地球外生命体やモンスターに立ち向かうパニック映画などで、まれに軍の半分以上が壊滅してなお、地下に潜り機能し続けている展開が見受けられましたでしょう》

「ああ、あったね」

《身も蓋もない言い方をすれば、映画向けのフィクションです。半分も壊滅すれば組織として機能しなくなりますし、逃亡者も出るでしょうから、現状の維持だけで精一杯になるのではないかと。作戦行動の続行などまず不可能と思われ、たとえ英雄がそこにいたとしても、自軍の損耗に関してはどなたもシビアですよ》

「うん、まあね……」


 個人で広域殲滅系の魔術を使える者もいない。

 精霊族(エルフ)の戦士は凄まじい攻撃魔術を平然と扱うが、殲滅と呼ぶレベルまではいかない。


《人族の闘争に限定すれば、同程度の軍団防衛魔術(レギオンマジック)があれば、無効化または相殺されてしまうでしょうね。また、魔術士のほとんどは貴族または研究職であり、軍に在籍して実戦に加わる例はほとんどありません。それらの要素を含め、この世界の常識や過去の例から見ますと、侵略する側の損耗が三割を超える場合、よほどの利益でも見込めない限り、取り戻せない失態となります》


 結果的に辛勝できただけでは、必ず後で咎められる大失態だ。

 防衛する側は、もし後がなければ全滅覚悟で迎え撃つしかないケースがあるものの、そうでなければ自軍の損耗に構わず戦いを継続することは現実的ではない。

 だから戦の時は、当然ながら味方の死者数を抑えることが大前提になるわけだが……。


「一割でも一パーセントでも嫌だっての。だから帝国もそうだけど、ほかの国相手でも、大きかろうが小さかろうが、戦は絶対ナシ。断っじて、ナシだ」

《はい。承知いたしております》


 何故そんな決意表明を今さら繰り返しているかというと、妙に最近、瀬名の周りに戦力が集まってきているからである。

 これ、正面からやりあっても帝国に勝てるんじゃ? という空気がどこからともなく蔓延してきているからだ。

 忘れてはならない。――国家間の争いと瀬名は無関係だ。

 灰狼およそ七百名が近所に住んでいても。

 精霊族およそ二百名が()を縄張りにしていても。


《噂を聞きつけた鉱山族(ドワーフ)の一部から移住の打診が来ておりますが》

「よきにはからえ」

《かしこまりました》


 反射的に答えてしまったが、どんな質問だったかな。

 つい聞き流してしまった。――まあ、後で確認すればいいだろう。


 とにかく、その意向を今回きっちりと、強制的にご協力いただく予定の皆様方にお伝えし、本来の大事な目的を再認識していただきつつ、情報提供ならびに作戦会議と洒落こもうじゃあないかと、そんな趣旨でたくさんの方々をお招きしたのだった。

 表向きは「みんなの引っ越し祝いに宴会するからごはん食べにおいでよ♪」としか言っていない。

 けれど皆さん優れた方々だ、きっと裏趣旨を読み取ってくださるだろう。

 辺境伯一家やその部下達は友人枠だ。瀬名にとってだけでなく、精霊族にとっても友誼を結んだ相手である。

 それから一部の討伐者達。

 それから……。


 ザラついた紙に目を落とす。ドニが音頭を取って、灰狼の連中と作成した植物性の紙。

 今回招待した人々に渡す予定のものだ。こちらが用意した最低限の資料もあるけれど、話が少々長くなると思われるので、必要ならば各自これにメモをとってもらう。

 招待客の名を明記したものはない。調査すればわかる者にはわかるだろうが、明確な証拠としては残さない。


 表面が荒いため一般的なペン先では書きにくく、水分の多いインクでは滲みやすいので、紙の質の向上と同時にインクや筆記具の研究まで始めたそうだ。

 あのしょぼい元運び屋のおじさんの中でいったい何が起こったのだろう。

 果たしてどこまで進化する予定なのやら。

 より質のいい紙をより多く作る技術の向上――遥か昔に紙の量産をやめた世界の出身者には、その目標に邁進する人々の姿が、なんだか複雑で、ただ眩しい。




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