145話 ある日、ある森の【呪術士】が (7)
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秘薬を呑んだその瞬間、己を中心とした一定範囲の中にいる人々が、最も美しいとする美の基準。
それが己のものとなる、ですって?
そんなの、初耳よ……。
まさか自分がこんな、こんな無様な姿に変わり果ててしまうなんて。
囚われの身になった犠牲者が、すべての望みを絶たれ、呆然と虚空を仰ぐのを見下ろすのが好きだった。
あたしを憎悪しながら従わずにいられないしもべ達、そいつが強ければ強いほど、踏みつける時のあの瞬間はたまらないわ。
ぞくぞくする。なんて楽しいの……!
どいつもこいつも最初はあたしを甘く見るのよね。だってこんなに若くて素敵な身体を持ってる美貌の呪術士なんだもの。
自信たっぷりで偉そうな奴ほど、後悔して真っ青になるところが本当に可愛いったらないわ。
そう、あたしこう見えて強いのよ。
呪い、陥れ、死を、恐怖を、甘美なる絶望を与えし者。そこらへんの低レベルな魔術士のお嬢さんと一緒に思ってたら、後でとっても怖い目に遭うのよ?
うふふふ……。
……そう。それがあたし。
それが、あたしなのよ。
なのに。なのになのになんなのよこれは!?
こんなのあり!?
ふざけんじゃないわよ鉱山族の毛むくじゃら短足野郎ども、あたしが動くたびに歓声あげるんじゃないってのよムカツク!!
っきいいいい、そこの顔と頭と身体しか取り柄のない高慢ちきなインケン精霊族ども!! いつまでも笑ってんじゃないわむかつくううう!!
「……褒めた?」
「やかましいわぁあ!!」
「取り柄がそんだけあったら人生、必勝組だと思うんだけどなー……」
「うるさいってのよ!! ――そう、そうよ、あんた何だってのよ!? さっきこいつらが何ともなかったのって、絶対あんたのせいでしょ!?」
「うん、よくわかったね?」
「わからないわけないでしょあの状況で!! よくもあたしの邪魔してくれたわね、この女……!!」
「え、何故バレた!? 今は防具つけてんのに!?」
「このあたしが男とそれ以外の生物を見間違うわけないでしょうが!?」
「そ、そうなんだ……へー、すごいなー、いやほんとに……」
なに真面目に感心してんのよ、馬鹿にすんじゃないわよ!!
ああでも、この手、この足、この体形、最悪だわ……!
全然素早く動けないし、精神波を乱されまくりで術も不発に終わるし!
そうよ、最悪だわ。なんて最悪なの。
一度この姿になってしまったら、薬の効き目が切れそうになるか、さっきみたいにさんざん削られて消耗でもしなきゃ、ずっとこの姿のままなのよ。
完全に切れる前に秘薬を服用すれば、またあたしはあの美しさを取り戻せる――んだけど、作りかけの薬は吹っ飛ばされたし、最後の二粒はもう呑んじゃったし。
せめて一粒だけ残しておけばよかった……!
いいえ待って、違うわ、もしまだあれが残ってたって、今ここで呑んだら結局同じことじゃないの!?
村も町もない荒野のど真ん中、酒樽体形の鉱山族どもに、ぞろぞろ取り囲まれてる限り……
……あら?
あたしひょっとして、もしかして、終わった?
「おおーい、シェルロー、エセル、ノクト~?」
「くはははは……」
「ぶ、くくくく、……ふ、腹筋が……」
「……ッ、……!!」
「おいこらいい加減にしなさいって。そろそろ起きないと私がやっちゃうよ? あんたら仇にトドメ刺さなくていいの?」
「く、く……す、すまん……」
「わ、わかった、起きる……」
「あ、わたし殺りたいでーす♪ 殺らせてくださーい♪」
「だったら、さっさとしなさい。まったくもう」
「はい、ごめんなさい♪」
「ふ、くく……」
笑いの衝動を残したまま、精霊族の男どもが立ち上がった。
すんごく馬鹿にされてる、コケにされてるわ。むっかつくうう……!
……でもそう、こいつら、油断しないのよね、こんな時も。笑い過ぎて目尻に涙浮かべてたって、あたしがこんな惨めでさんざんな姿になってたって。
容赦もなければ、情けもかけない。敵は敵。あたしがこんなになってても、それでもこいつらの隙を突こうとするって、こいつらは知ってるのよ。
やりづらいわ、だから嫌なのよ頭の出来のいい長寿生物って。だから勿体ないけど殺すのも拾って飼うのも断念したのよ、あんなに可愛いおちびちゃん達を。
野垂れ死んでたらよかったのに。もしくはずっとおちびちゃん達のままだったらよかったのに。
「残念だったな?」
思考なんて読めないくせに、実は読めるみたいなタイミングで言ってくれる。
こういう思わせぶりな話し方がこいつらは得意で、相手は余計に翻弄されてこいつらのことが怖くなるの。
そう書物に書かれてた……いえ、違うわ。話を聞いたんだったわ。
お師さま。いつだったか、あの方が話してたわね。
アタマ固いし小うるさかったけど、一応尊敬はしてたのよ? だってあたしに素晴らしい禁忌の奇跡をたくさんくれたんだから。
「え~、もったいないのお~」
「やっちまうんか~? もったいないの~」
「せっかくカワユイのに~」
「シッ! ……おじさま達、今は静かにしててくれる? 奴らの爆笑がぶり返したら、いよいよ収拾つかないから」
「ひそひそ……そうかの?」
「ひそひそ……すまんの~」
コケにしてる。こんなコケにされたのって生まれて初めてよ。
せめてもっと、劇的な死闘の後で、美しいあたしのままだったら。なのにこれじゃあ、ただの喜劇じゃないの。
あたしの役柄はとことん馬鹿にされる道化役。どうして、どうしてよりによって、このジャミレ=マーリヤが?
「……似合いだと思うぞ?」
「ああしかし、楽しかった。まさかこの件で、こんな愉快爽快な気分になれるとは!」
「不覚とった腹立たしさなんて、笑い過ぎてどこかへ吹き飛んじゃいましたよ」
にこやかに、言葉通り心から愉しげに、奴らはあたしを取り囲んだ。
◇
八つ裂き? 細切れ?
ずばばばばって一瞬だったからよくわかんないわ。
つまり徹底的に殺られたのよね。ちっ、女ひとりに三人がかりって酷いと思わないわけ?
肉塊になって真っ赤に飛び散って、不幸中の幸いだったのは、ソレがあたしの身体なんて思えなかったってところ。
あんなコロッコロでぶくっぶくの、ちっさいオバサン体形があたしの身体なんて冗談よしてよ!
――そう。あたしは、あたしがそうなるのを視ていた。
呪術士になってホントよかったわー。こういうの得意なんだものー。
あたしはとっても強いのよ? だからって最強無敵なんて自惚れちゃいないわ、こう見えてもね。
うっかりミスで殺されることもあれば、事故だってあるだろうし。だから身体が死んじゃった後の対策だってばっちりなのよ。
こう見えて頭、結構いいんだから? ――なぁんて、魂だけのあたしに姿なんてないんだったわ!
視える奴なんて、そうそういやしないわ。でもま、この連中には気配とか感情とかで気取られそうね。
だから長居なんてしないわよ。厄介な場所からは、さっさとオサラバするに限るわ!
――あたしの、新しい肉体のもとへ。
こんなこともあろうかと、呪印つけといたのよ。とっても綺麗で、愛らしくて、清純そうな容姿の女の子に。
ほっそりとして、白くて、男達が放っておけなくなるような器。
自分が一番素敵だと、うまくやってると思い込んで、お馬鹿なお嬢さんだったわねぇ。結局のところ、やってることは自尊心の高いお貴族様のお嬢様、そこから抜け出せてなかったんだもの。
あの程度のお姫様なら、案外ほかにいなくもないのよ。自分がやっていることを理解できてるくせに、にもかかわらず本気で自分を聖女と信じ込んでたりとかね。
もっと頭のオカシイ狂った女、いっぱいいるのよう?
あたしがその身体と容姿もらってあげて、もっと有効活用してあげるわよ。
――レティーシャお嬢さん?
あなた、カシムを間に挟んで、自分の名前は知られてないと思い込んでたみたいだけど。
お薬の材料を何度も提供してくれて、目をつけられてないと高をくくってたみたいだけど。
甘い、甘いわぁ。嗤っちゃう。
身体が手に入ったら、高笑いしてあげる!
速攻で逃げたおかげで、あいつらはあたしの存在に気付かなかった。
鼻歌を歌いたい気分で、大気の流れに乗って駆ける。
あのお嬢さんは、あたしともう切り離せない。離れられない。細いけれど頑丈な紐で繋がれて、どこにいたって見つかるの。
もうすぐ、もうすぐよ。気配がどんどん近付いてくる。肉体におさまっている時と周囲の視え方が違うから、一番頼りになるのはその気配。
これからあたしは〝レティーシャ=エーメ=グランヴァル〟になる。大貴族のお姫様が呪術士なんて面白くない? うふふ。
しばらくは大人しくしてあげる。潜んで、ゆっくり力を取り戻すの。
そうしたら、憶えてなさい、あんた達?
とっても、怖い思いをさせてあげるわ――……
【させん】
――は?
目の前に、男が立っていた。
急流に乗って娘のもとへ急ぐあたしの、ちょうど前方。立ち塞がる位置に、その男は立っていた。
周囲とは異なる風景。魂だけの世界。異界の道。
どうしてそんなところに、生きた男が立てているの?
どうして――目が合った、なんて、感じるのかしら?
大柄な男は、体格に見合って大きな剣を抜いた――……
(えええ!? 嘘ッ、まさかこいつ!?)
嘘でしょ、なんでなんで!?
なんでこんなところに、こんなところに〝加護持ち〟がいるのよう!?
【断罪の神〝エレシュ〟の御名において……】
いやッ、嘘でしょ!? やめてよ!?
もしかしてあたし、ほんとに終わり!? ほんとのほんとにこれで終わり!?
いやよ冗談でしょ、こんなのあり!?
あたしまだ若いのよ、やりたいことがいっぱいあるのよ! まず新しい身体を手に入れるでしょ、それから王宮に食い込んだり、あの国を転覆させたり、あの国に病魔を蔓延させたりとか……
あ
………
◆ ◆ ◆
凄まじい剣閃が虚空を斬った後、見えない何かが波紋となって少年を打ちつける。
そして何事もなかったかのように、ウォルドは大剣を鞘におさめた。
誇るでも気負うでもなく、泰然として、連なる山脈のごとき静けさを纏う彼の瞳が、つい先ほど何を捉えていたのかを、正しく理解できる者は少ない。
「…………すげ」
何故か数奇な命運のもとに、その〝少数〟の道を知らず歩み始めた少年――アスファは、止めていた息をようやく吐いた。
ウォルドは振り返り、かすかに笑む。
「おまえも同じことができるようになるぞ? 素養は俺よりもあるはずだ」
「無理!! むりむり絶対、むり!! 俺が出来るわきゃねえよ!!」
ぶんぶん音がしそうな勢いで頭を横に振った。
「第一、剣だってねえし」
「おまえの場合は、あの剣が重要な役割を果たすのは間違いないが――おい、もしかしてまだ【エル・ファートゥス】を返してもらえていないのか?」
「…………うん」
「……そうか。…………無事だったら良いな?」
「………………うん」
二人の脳裏を、小さな青い羽がひらりと舞った。
ジャミレさんに愛着わいてしまってもう倒さなくていいかなとか気迷いかけたり。
いやしかし、災いのかたまりなのでこの展開は仕方がない…。