144話 ある日、ある森の【呪術士】が (6)
全部書ききれなかったので短いですが更新いたします。
魔術とは、そういうものだ。
――この世界の人々にとっては、意識するまでもなく当たり前のことなのだろう。
しかしこの世界の〝外〟から来た異邦人にとっては、そのすべてが当たり前ではなく、いちいち細かいところまで意識せずにはいられない。
通訳官の仕事と同じだ。彼らは現地民が「なんでそこまで」と引くほどに、細々とした単語の意味まで詳しく調べて知ろうとする。
そうやって理解しなければ、別の言葉に訳せないからだ。
瀬名やARK氏にとっての魔術とは、そういうものだ。
若さだけならまだわかる。けれど〝美貌〟まで与えるとなれば、それはつまりどういう性質のものだろう?
この世界の人々は魔術に慣れ過ぎているために、誰もあまり深く考えず、肝心な仕組みを見落としがちなのだ。
おそらく【若還りの秘薬】が出来た当初は、夢の薬のように認識されていただろう。ところが誰かが何度か使っているうちに、「これは扱いを間違えるとやばい」と気付いた者がいた。
要するに、この秘薬がもたらすとされる〝美しさ〟とは、何のことを言っているのだ?
美しさとは何だ? ――哲学か。
いいや、これは単なる子供の疑問だ。
見るものすべてが真新しく映り、すべてが新鮮な驚きと発見に満ちた、未熟な子供の発する疑問。
とても素朴で、単純で、だから賢い大人達は今さらそんなものに目を向けたりはしない。
何を当たり前のことを訊いているんだと鼻で嗤うだろう――初めのうちは。
そうして自分がその答えを持っていないことに気付き、愕然とする。
(だってねー、御簾越しで顔もわからない相手とか、逆卵型の顔とか、黒々しいおはぐろとか、眉毛が……とかさー。現代で考えたら何でそんなのが美女の条件? ってなるじゃん)
美というものは時代の移り変わり、流行り廃りによっていくらでも変化する。緯度と経度が違えばなおさらである。
どんな時代、どんな国、どんな文化の中にあっても、美女の条件がまったく同じなんてそんなわけがなかろう。
金髪を好む国もあれば、黒髪を好む国もあり、太った女性ほど好まれる国だってある――その家の豊かさを示す象徴として。
どんな時代、どんな国、どんな文化の中にあっても、その秘薬を使った者が〝美しい〟と〝言われた〟のなら。
時の権力者に見初められて寵愛を受けた者がいる。すなわち痛い女の子のアタシキレイな勘違いではなく、その美には相手を虜にするだけの客観性があった。
主観的な美ではなく、他人から見て美とされる。
ではこの場合、基準となる〝他人〟とはどこからどこまでの範囲をいうのだろう?
術士が「アタシをキレイにしなさい!」と命じたとする。命じられた秘薬や呪術からすれば、「そんな曖昧なこと言われたって…」と途方に暮れるしかない。
しかし命令は遂行されねばならない。だから基準を設け、曖昧さを排除し、命令を最適な形で実行する。
人それぞれの好みではなく、その時代、その場所にいる大多数が〝美〟と感じる条件を。
では、拾い上げる大多数の範囲とは、どこまでを設定しているのだろう?
国か? 町か? いいや、そういう〝単位〟ではない。
この大陸には都市国家が存在する。戦があれば国境線が変わることもある。町が合併したり壁で分けられることもある。
術士を中心とし、その範囲は通常の結界がそうであるように、円を描いて設定される。半径はひとまとまりのコミュニティを形成し得る範囲、おそらくはそれで充分だ。
――で、話を戻そう。
【若還りの秘薬】がどうやばいのか?
質問の答え。――いまのジャミレさんがそれです。
多分だが、きっと昔にも、大変なことになってしまって「はああぁあぁあ!?」と叫んだ呪術士がいたのだろう……。
「何よこれぇ!? なんでアタシこんなんなってんの!?」――と。
そして赤々と血走った眼で原因を探しまくり、とんでもない落とし穴が判明した、そんな感じだったのではなかろうか。
ひょっとしたらスマートを通り越し、鳥ガラ体形になったかもしれない。
全身が毛深くなったりしたかもしれない。ヒゲが生えてきたかもしれない。
もふもふの耳と尾が生えて……きたら望むところだとつい思ってしまうのは、己が穢れているからだろうか。
「こういう場所って、誰にも邪魔されず危ないものにいくらでも手を出せて、呪術士にとってはいい環境だったんだろうけどね」
他人から奪った知識をそのまま使うだけで、自力で理解する努力を怠ってきた。
ジャミレ=マーリヤは今まさに、そのツケを支払っていた。
自業自得である。
師の研究を受け継ぐような殊勝さはないという話だったし、実験とやらも自分の頭で苦心してひねり出したものではなく、他人様から横取りした成果をそのまま実行して試す程度のものでしかなかったろう。
誰かに完成させたものを取り上げるほうが、遥かに早くて楽だから。
人の住めない広大な荒野で。
その中に湧いた不自然な森で。
誰もいない広い広い土地の中で、もしそこにいるのが自分だけであれば、自分の理想が基準となって形になりもしよう。
ただし、そこに生きた他人が現われたら話が変わってくる。
「――とまあ、そういう性質なんじゃないかな? と思ったんだけど、当たりだったねえ」
駄目でもともと、外れていたとしても鉱山族は戦力として期待できるから、大勢連れてきて損はまったくない。
ないのだが……別の意味で弊害が出てきてしまったやもしれぬ。
「おおおう、めんこいのう、めんこいのう!」
「じょーちゃんカワエエのう、ひゅーひゅー!」
「ワシのとこにヨメにこんか~?」
「うううううるっさあああああいいッッ!!」
般若の形相――のはずなのだが、なぜだろう、迫力がこれっぽっちもない。
コロコロとまんまるっこい鉱山族の女性が、まるで幼児のおててのようにふくふくとふくよかな手をジタバタさせている姿にしか見えない。
一生懸命攻撃しようとして、リーチの違いと体重の違いで目測が狂いまくり、タプンとふとましい腹部が足もとを隠し、石ころに躓いてコロンと転がっている。
気の迷いで微笑ましくなってしまった。
身体強化?
それってなんだっけ?
そんな光景が繰り広げられていた。
三兄弟は息も絶え絶え、ひとり残らず地面にはいつくばって瀕死状態。
お腹を抱えてダンゴ蟲のように丸まりピクピク震えているのだが大丈夫だろうか。
「ARKさんや……やってみたはいいものの、これ、どうやって収拾つけたらいいのかな……?」
《肝心の王子達がKOされてしまいましたし、あの方々はあの通りですしね……》
……ひとまず、嵐が過ぎ去るのを待とう。
それしかない。
ジャミレさん退治までいきませんでした…。