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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
たびびとレベル1、始動
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13話 十五歳、はじまりの町で (2)


 この星には、大気中に溶け込んだ魔素とは別に、世界中の大地をうねるように流れて満たす、強いエネルギーの奔流が存在する。

 ARK(アーク)氏はそれを竜脈と表現した。その流れには稀に、地表へ接して湧き出す箇所があり、太古の人々はそこに〈祭壇(アルタリア)〉を設け、そのエネルギーを利用し、魔物の脅威から身を守る結界を築いた。やがてそれが現在の神殿になっている。


 〈祭壇(アルタリア)〉の存在する場所には人が集まり、人が多く集まれば村や町ができる。

 上空から撮影し、それをもとにARK(アーク)氏が起こした地図によれば、このあたりは高山と森が多く、平地が少なかった。

 まず小さな山の頂に〈祭壇(アルタリア)〉があり、そこに神殿を築き、神殿を守るための城が築かれ、山すそに拡がる形で結界を拡張しながら、町が形成されていった。だから町全体が堅牢な外壁にぐるりと囲まれている上に、町の中にもさらに防壁がある。

 加えて、〈黎明の森〉の北方山脈から降りてくる大河。大部分は森の中で地下へと流れ込んでしまうが、一部が枝分かれし、森を出て西へ流れていた。

 水もまた人の集まりやすい条件だった。ドーミアの周囲は天然の堀で囲まれ、高所にある町の内部の巨大な水路には、揚水装置でたっぷりと水が引き入れられていた。


(うわーっ、うわああーっ! なんかいかにも城塞都市って感じ! かっけー! テンションあがるわぁーっ)


 堀の上に築かれた、巨大な石造りの橋をゆっくり歩く。

 鳥肌がぞわぞわ止まらない。

 歩みがゆっくりなのはわざとではなく、前の人々の進み具合が遅いからだ。どうやら平素より人が多いらしく、旅人や行商の馬車が何台も続いて列を成していた。


(すごい……人がいっぱいだ。ナマの人類、すんごく久々に見たわ……)


 こんなにたくさん人がいるのに、ヒキコモリ人種の自分が全然緊張していないのは何故だろう。

 ちょっと首をひねって、すぐに理由がわかった。


 衣装といい建造物といい、右を見ても左を見てもファンタジー。


 これだ。ほかに理由はない。


 町へ入る際には身分証の提示と、入町税の支払いが求められた。身分証があれば支払いを免除、あるいは減額され、身分証のない者はより高めに設定されている。

 払えるほどの現金を持っていない場合、何らかの物品を納めるケースもあった。

 何でも良いわけではなく、町によって品物は指定されており、消費量の多い薬草や魔物の素材などが定番のようだった。

 ただし期間ごとに指定品が変化することもあり、注意が必要とのこと。



「身分証がない? では入町税、あるいは指定の物品等を持っているか? よし、あちらに並べ」


「ふむ、指定薬草三株、確かに。滞在許可証を発行する。あちらで受け取れ」


「セナ=トーヤ? 貴族でも商人でもギルド員でもないっつーことは、ひょっとしてあんた〝レ・ヴィトス〟か? ――おおっやっぱりか、すごいな坊や! 最近の魔術士はほとんど貴族ばっかりだからなあ、みんなここより大きな町へ行っちまうし、この辺じゃ滅多に見かけないんだよ。ところでこんな若いのに一人旅か? ん? ――へえ、お師匠さんと引っ越して来たのか。お師匠さんはどうした? ――なるほど大変そうだなあ、お弟子さんだけで薬を売り捌けっつっても普段だったら難しいぞお? ああ、だから祭り期間に合わせて来たんだな。まあでも下手なお偉いさん()の使用人になるよりマシだと思うぞお、オレの親戚んとこの娘がけっこうデカい役人の家に勤めてるんだけどなあ、こないだ久々に会ったら愚痴るわ愚痴るわ――」


「おい、いつまで喋ってんだ! 後がつかえてんだよッ!」


「うわっ、すんませんっ!」


「ったく……すまんな坊や、こいつ喋り始めたら止まらねえんだ。さくさく行くぞ。――この木板に唾液を一滴落として、こっちの木板と重ね合わせろ。……よし、ではこちらの木板が滞在許可証となる。期間は十日、それ以降は更新の申請手続きが必要だ。失効した状態でうろついてたり、第三者への譲渡、あー、つまり勝手に他人にあげたり売ったりすると捕まるからな。更新せず町を出る時は必ず返却し、再び入る時には今回と同様に入町税、または相当額の指定物品による支払いが必要となるので気をつけろ。わからないことはあるか? ……よし、通っていい」



 門の前は小さな広場になっており、兵士達からの身分証検めは、流れ作業でさくさく進む。

 それでも町へ入りたい人々の数が多いので、振り返れば瀬名の後方には、新しい列がかなり伸びていた。陽はまだ高いので、これから先もっと増えるかもしれない。


 それはともかく、滞在許可証とやらは魔道具だったようだ。二枚組みの小さな木板で、片方は自分で所持し、片方は役所かどこかで保管されるらしい。

 偽造やなりすましなどが困難で、持ち主が死亡、あるいは破損した際には、控えの木板が変色し、即座にわかる仕組みになっているのだとか。

 魔道具はたいがい高価なのだが、平民の一般的な身分証はかなり安価で済む物だった。ギルドに登録して身分証を新たに発行してもらった者や、町を出る者などからは滞在許可証を回収し、特殊な方法で浄化して再利用が可能になっている。

 本身分証は木板以外にも、地位や身分によって、金属板や魔獣の骨などさまざまな種類がある。唾液ではなく血液を染みこませるもので、当然ながら再利用はできなかった。


≪これ魔法抜きで同じ道具作るとしたら、相当なハイテクノロジーだよね≫

≪DNA型鑑定や生体センサーなどの存在しない時代は、確実に無理でしょうね≫


 お喋りな役人のお兄さんによって、勝手に名前を記入されていたが――何気なく目を落とした瞬間、つい声が出た。


「おい」

《なかなかの達筆ですね》


 エスタ語で〝セナ=トーヤ=レ・ヴィトス〟と書かれていた。

 流れ作業であの大人数を捌かねばならない以上、どうしても一人一人への対応には限界があるのだろうが、人の名前に勝手に付け加えるのはいかがなものか。


≪レ・ヴィトスって呼び名だよね? ちゃんとした人名じゃないよね?≫

≪そうですが、公式文書等には記入する決まりになっていますよ≫

≪え、マジ?≫

≪耳慣れない家名を持つ外国人と区別する必要がありますし、本身分証にも平民は〝どこの村出身の何の仕事をしている誰〟といった記載がされます。正式名ではありませんが、公的な手続きの際には職業と同じ扱いで書く必要があるのでしょう≫

≪まーじーでー?≫

≪むしろあの人物の仕事ぶりが、程よい感じに大雑把で助かりました。もし几帳面なタイプに当たっていたら、真偽を確かめるためにその場へ引き留めようとされていたはずですよ。どこも魔術士が不足していますし、ギルドに所属していない魔術士ならば、人となりや実力を確認して、問題がなければスカウトしたいと考えるはずですから。その際の断り文句をいくつか準備していたのですが、不要になりましたね≫

≪なんだとう……?≫


 怪しまれないためだけに設定したはずの職業(ジョブ)が、何だか変な方向に……。





 早朝に(スフィア)を出たにもかかわらず、ようやく門を通過した頃には、太陽が中天に差し掛かっていた。門前に続いていた人と馬車の成す長蛇の列を思い返せば、たとえ身分証を持っていたとしても、結果的に五十歩百歩だったかもしれない。

 ともあれ、無事に通過できただけでも良しとすべきだろう。

 雪解けの季節を迎え、ドーミアの町全体が春祭りに浮かれていた。多くの露店が並び、行商人が行き交い、旅の一座が賑やかに楽と踊りを披露する。

 平素より格段に人口密度が高く、どこからともなく訪れた異国の少年――セナ=トーヤは、誰からも警戒を集めることなく、町の中に紛れ込めた。


(っっふおおおおう、生ファンタジーだああああ!!)


 雰囲気たっぷりの町並みはもちろんのこと、長靴を履いたスタイリッシュな黒猫や、執事服を身につけた気難しげな白兎が脇をするりと通りぬけて行った瞬間、魂の底から絶叫がほとばしった。

 呆けているうちに、彼らは人ごみに隠れて見えなくなってしまった。

 追いかけたい。

 追いかけては駄目だろうか。

 ――あっ、あっちにはグラマラスなお姉様に豹柄の耳と尻尾が!?


≪落ち着いてください、マスター≫


 小鳥から冷静なつっこみが入った。今の叫びは念話を使わなかったのに何故わかった。

 いや、もはやそんな些末事どうでもいい。


≪この感動を抑えていられようか!! いや抑えてるけど!!≫

≪くどいようですが落ち着いてください、マスター≫

≪だから落ち着いてるじゃないか!! 見た目は!!≫

≪…………≫


 小鳥が何か言いたげな雰囲気で沈黙した。瀬名以上に表情のない小鳥なのに、何故そんなものを読み取れたのかは謎だ。

 ともかく、くどい上に失礼な奴である。この感激を情熱の赴くまま、ボディランゲージで垂れ流したりするわけがなかろう。そんなことをすれば狂人と勘違いされ、警備兵につまみ出されてしまうではないか。

 そんなもったいないことをするものか。


人族(ヒュム)がメインの町にしては、他種族多くない?≫

≪……そうですね。もとからの住民だけではなく、祭りの影響で一時、いつもより多く集まっているようです≫

≪このタイミングで来て良かった……!!≫

≪…………≫


 心の中で感激の涙を滝のようにこぼしつつ、瀬名は右肩にとまった有能な小鳥に心からの賞賛を贈った。

 反応が微妙だが、どうかしたのだろうか。


≪あ! あの店の看板、〈薬貨堂・青い小鹿〉って書かれてる! ファンタジーな薬屋で小鹿が青いとかもう入るしかないよね! よし、あそこに入ろう≫

≪……私は何と返せば良いのでしょうかね……?≫


 小鳥が何やら呟いていたが、念話なのに聞こえないという(スキル)をいつの間にか体得していた瀬名は、うきうきと店へ向かうのだった。




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