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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
狩りと獲物
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129話 なんだってこんな所に


「食べ終わったら村を案内するよ。といっても、俺もついこないだ来たばっかりの居候なんだけど」


 自慢できないことで胸を張り、がつがつと皿の中身をたいらげた。ひたすら寝て体力を使わなかったカシムと違い、起きてそれなりに働いていたカリムは病人食では物足りなくなると見越し、こぶし大のパンをちゃっかり用意している。


「今日一日は硬いもの食べさせるなって言われてるんだ、悪いね」

「いいけどよ」

「歯ぁ欠けそうってぐらい硬いパンに慣れてる身としては、充分やわらかくてしっとりしてると思うんだけど、これでも駄目って言われちゃったからさ」


 自分だけ多めに食べるのが申し訳ないのか、繰り返すカリム。

 カシムは鬱陶しそうに「構わんから気にせず喰え」と、手をひらひらさせて促した。

 カリムは心なしか表情を輝かせ、丸いパンにかぶりつく。綿の詰まったクッションのように、歯で沈みこんだパンがもとの形に戻るのを見て、カシムはついごくりと喉を鳴らした。


(いや、いかん……喰いものをせびれる立場か)


 カリムは自分を居候と言っていた。つまりカシムのみならず、こいつもまだ立場がはっきりしていないのだ。





「おや、全部食べたかい?」

「はい、ありがとうございます。すごく美味しかったです」

「そりゃよかった! また夕食ん時は呼ぶからね、なんか希望があるなら早めに言いな」

「はい!」


 目尻にシワを刻んだ灰狼の女達が快活に笑い、カリムは愛想良く礼を伝えていた。食事担当なのか、大量の食器を抱えてこれから水場へ移動するらしい。

 女のお喋りに巻き込まれたくないカシムが、背後でさっさと離脱したそうな気配を発しているのを察知したか、カリムは早々に彼女らへ空になった食器を渡し、世間話を切り上げてくれた。

 カリム自身、表情や振る舞いは社交的に見せかけていても、実際それを好んでやっているわけではない。

 長年仕事で身に染みついたものが反射的に出るだけだ。


 ただ、この村ではそういう事務的な側面がかなり引っ込み、本音の部分が出やすくなっていることはお互いに確かだった。

 これまでの定石は一旦放り投げねば、この状況には対応しきれず、頭も追い付かない。

 とにかく、こんな奇妙な村は帝国どころか、今まで渡ったどんな国でも見たことがなかった。

 

「灰狼達の希望を聞きながら、精霊族(エルフ)が設計した村なんだってさ」

「これ、どこぞの遺跡の間違いじゃねえのか……?」

「現役で村人がたくさん住んでる、新しく出来たばっかりの村だよ。俺らの部屋、綺麗だったろ? どこもあんな感じらしい」

「………」


 建物がすべて、半分森に呑み込まれている状況。しかも樹齢何千年だかわからないレベルの巨木ぞろいだ。

 これがつい最近できたばかり?

 せめて数百年ぐらいなければ、こうまでにはならないものだろう?


「つまり、こういう芸当が可能な連中だったってわけだね。カシムは知ってた?」

「いいや……初めて知った」

「殿下はどうだろうね? 果たしてこれをご存じだったのか」

「――……」


 カシムは渋面を作って押し黙る。

 答えられなかった。


「こういう状況だから言えるってのも皮肉だけどさ…………見通し甘かったなって、ここ来て毎日痛感させられてるんだよ」

「……こんなもんを、どう予測しろと?」

「うん。ほんとそうだね。でもさ、なんだか、悪い女の詐欺にまんまと引っかけられた気分」


 苦笑する兄弟に、カシムは渋面を保ったまま、内心では激しく同意していた。





 話しながらゆったり歩いている最中も、通りすがりの村人に声をかけられる。



「お、起きたのか。もう大丈夫なんか?」

「気分悪くなったら言えよー」

「我慢すんじゃないよ、若モンはよく無理するからねぇ」

「快気祝いっつって野郎どもに飲まされそうになったら、あたしらんとこに来な! 奴らシバいてやるからね!」

「いい男は大歓迎よ~」



 カシムはなんとなく、隣で遠い目をしている兄弟の胸倉をつかんで無言になった。


「いやカシム、胸倉つかんで睨むだけってやめて」

「…………」

「うんわかった、言いたいことわかったから」


 いかにも渋々と手を放しながら、舌打ちする。

 完全な八つ当たりであった。


「なんなんだあいつら?」

「うん、なんなんだろうね……」

「なんで俺らはこうも自由に歩き回れてんだ? 捕虜だろ? 拘束して外から鍵かけるもんだろ普通は? 小蟲の一匹も湧いてない寝台に寝かせて、湯気の立つメシたっぷり喰わせる捕虜ってなんだ!?」

「うん、俺もあいつらに『悪いけど村からは出ないようにしてくれな?』ぐらいしか言われなかった時に、同じ台詞で突っ込んだよ。そしたら『大変だったんだなあ』って涙目で労わられちゃったさ。どうすればいいかわからなかったよ本気で」

「……こっそり出てみるか」

「捕まった挙句に長老の爺さん婆さんに囲まれて、二人まとめて小一時間説教を食らうに金貨百枚」

「説教かよ!? つうか、試したのかおまえ」

「はははは……あれはなかなかキツかった……」


 捕虜を野放しにして、警戒心が緩いのか、逆に警備体制へ絶対の自信があるからこその緩さなのか。

 いや――あの連中、そこまで深くは考えていない気がする……。


「理不尽だ」

「同感。連れてこられた当初は、俺はいつの間に別の世界へ迷い込んだんだって心境だった」

「俺はおまえの足跡をきっちり追体験してるってか? 洒落にならん…」

「そんな兄弟のために、我々がちゃんと現実にいると実感できる話題を振ろう。――魔女は現時点で、我々に〝目と耳〟の役割を期待していない」


 一瞬にして現実感が戻り、カシムは顔を上げて横を歩く兄弟を見た。

 冷静な視線が返り、さっきまでの哀れっぽい台詞が嘘のように淡々と続ける。


「寝返りを誘われたからには、情報源としての役割を求められているかと最初は思っていた。けれど今日に至るまで、ただの一度も尋問らしい尋問を受けていないし、帝国へ戻って二重間諜をこなすよう強制されるでもない。今後もそれをさせられることはほぼないとみていいだろう」

「何故そう断定できる? 俺らの最大の価値はそれだろう?」

「常識的に考えたらそうだな。ただ相手は、大人しく俺らの常識に沿ってくれるような相手じゃなかったってわけだ」

「……その魔女とやらは、俺らにどんな価値を見出した? 何をさせたがってる?」

「何も」

「は?」

「何もしなくていい。俺らがやすやすと帝国の呪いから解放されて、この村で平穏無事に暮らしてることこそが、最大の嫌がらせを兼ねた攻撃になるんだと」

「――何を言ってやがる? 意味がわからん……」

「これから会う人物の話を聞いたら、嫌でもわかるさ」


 おまえも知ってる相手だよ、とカリムは意地悪そうな笑みを浮かべた。





 村の奥に広間があり、そこには横倒しにした丸太を真っ二つに割った椅子と、巨木を輪切りにして加工した歪な円卓がいくつか並べられていた。

 表面を削り、何か艶出しを塗っているのか、時おり反射して目をくすぐる。刺すほどの強さはなく、卓の高さも色合いも、大雑把なようで職人の腕の良さが窺えた。

 円卓の一番向こうに、長方形の黒い板が立てかけられている。


(あれは、黒板ってやつか?)


 帝都の大学院にあったものとそっくりだ。むろん自分が通っていたのではなく、仕事で潜入していたのである。

 その黒板の前の椅子に、三十代前半ほどの男が座っている。

 何やらひっきりなしにペンを動かし、周りにはいくつかの書物らしきものが並んでいた。

 端のあまり整っていない皮紙を重ねて紐でとめたような、つまり雑なつくりの書物もどきだ。紙にとって陽光は天敵、長時間晒し過ぎてはならないもののはずだが。

 たまの日干しをしているふうでもない。

 飾り気のない乳白色の長衣に、緋色と黄色、橙色の糸で織られた鮮やかな肩布をかけ、幅広の茶色の帯でまとめている。

 灰狼達の好む配色だが、男の頭部に獣の耳はなかった。


人族(ヒュム)か)


 座していてもわかる、ひょろりとした体形。ただ、痩せこけているわけではない。縦に長いせいで細い印象になるだけだ。

 やや骨ばっている頬、とがり気味の顎。熱心に書へ向かう様は、少々気難しそうな文官や教授といった風情。


(なるほど、な……雇われたか、それとも俺らのように捕獲されてきたか。これも魔女とやらの指示なら、先見の明がある女だ)


 半獣族(ライカン)の部族は、力を偏重し、学を軽んじる者が多い。

 人族を圧倒できる身体能力を誇りながら、それでも帝国に勝てなかった理由がまさにそれだ。

 さほど頭の出来が良くないためにたやすく騙され、罠にはめられ、それでもまだ力で何とかできると単純に思い込む。

 数多の部族が一致団結して歯向かえば逆転も可能だった場面でも、部族間の無駄に高い自尊心が協力を阻み、そんな場合ではないと叫ぶ声は、脳筋どもの鬨の声にかき消された。

 今や病床で大人しくしている皇帝と、どこかへ失せたその取り巻きどもは、デマルシェリエ侵攻の際、かたくなに正面突破にこだわって失敗を重ねたが、帝国領にかつてあった半獣族どもの部族はそれ以上だったのだ。

 幸か不幸か、稀に生まれる〝頭の出来がいい者〟だったカシムとカリムは、世界中で諜報活動に明け暮れながら、彼らの祖先がどのようにして首輪と鎖をかけられたかを理解してしまった。


 半獣族の中でも、狼系の連中が頭ひとつ抜けているのは、その〝賢さ〟だ。だから帝国領において狼系の部族は、抵抗戦力の旗印にならないよう真っ先に滅ぼされ、戦闘奴隷としてはかなり稀少な存在になっている。

 灰狼の部族はさらに別格と噂に聞く。身体能力の高さも、狩りにおける連携の見事さも、咄嗟に戦略を練る頭の良さも。

 そう、いくら日頃の言動があれでも、自分達の捕まった流れを思い返せば、あの連中は言動以上に〝賢い〟としか思えない。

 それに学まで合わさったら――どれほど厄介な存在になるか、想像もしたくない。


(しかし、俺の知ってる奴だと?)


 この男に会った憶えはないが。どこかで名前だけ目にしたのだろうか?

 どこぞの文官か、学院の名簿にでも載っていたか、それとも何かの著者か……。


「やあドニ先生、ちょっといいかな?」

「んー……少し待ってくれ、あとこれだけ……」


 ドニか。その名前なら聞き覚えが――



「――――っておいぃッッ!?」

「うぉわぁッ!?」

「ドニって、ドニって!? あのドニか!?」

「あははは~……」

「嘘だろ!? コレがアレか!? なにがどうなってこうなった!?」



 半笑いを浮かべるカリムに食らいつけば、全力で視線を逸らされた。




お久しぶりのドニさんでした。

すっかり馴染んでます。

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