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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
たびびとレベル1、始動
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12話 十五歳、はじまりの町で (1)


 たびびと・レベル1の日帰り大冒険、本日のミッション。

 森を出て最も近い人族(ヒュム)の町――ドーミアの城下町の住民に、さりげなくキャラクター設定を広め、可能であれば物々交換、できるなら現金を取得すること。

 品物は、最近すっかり瀬名の趣味と化した、調合の産物各種。たかが趣味だろうがなんだろうが、ARK(アーク)博士に〝上質〟の太鼓判を押してもらっているので、効き目は間違いない。

 それを木製の容器や小さな素焼きの壷などに入れ、ウエストバッグに仕舞っていた。


「魔女の秘薬ってガラスの小瓶に入ってるイメージなんだけどなぁ。やっぱガラスって値が張るから?」

《そうですね。少なくとも庶民がおいそれと所持できるものではありません。高度な魔道具の材料としても需要が多く、余計に中流階級以下にはほとんど出回らなくなっているようです。この大陸の国々において、質のいいガラス製品は宝石と同等の価値があり、〝ガラスの小瓶〟から人々が連想する人物像は、魔女ではなく大商人や王侯貴族です》

「うーん。魔術があればいくらでも量産し放題、ってもんでもないのね……」

《高温を維持するには、それなりの設備や道具が必要になりますからね》


 火の魔石などは、蓄えた魔力を消費すれば使えなくなる。魔術士に魔力を込め直してもらえば再利用可能だが、術士の力量が低ければ日数が余分にかかり、その間は生産がストップしてしまう。


《結果的に、薪を使おうが魔石を使おうが、生産量とコストに大差はなくなるのです》

「ふーん」


 誰かが開発した超小型の〈人工魔導結晶〉とやらは、ひとまず置いておこう。

 明らかにこれはオーバーテクノロジー。今この世界に広めてはならない危険な発明品だ。

 おそらく設計図があると広まっただけで戦争が起こるやつだ。

 なので、この世のどこにもそんなものは存在しないとして、同じだけ資金を費やすなら、誰もが武器や防具の量産に力をそそぐ。

 この世界には本物の魔物がおり、人々は神殿を中心に村や町を築いていた。そしてそこには町をすっかり包めるほどの対魔結界が張られ、その効果の及ぶ範囲から一歩足を踏み出した瞬間、いつ襲われてもおかしくない環境に生きているのである。

 さまざまな魔術の恩恵に浴する一方、匹敵する脅威もまた存在するのだから、身を守る武器や防具を優先するのは至極当然のことであった。


「ゲームじゃ格安の回復薬(ポーション)でも、お洒落なデザインのガラス容器に入ってたもんだけどねえ。現実はこんなもんかぁ」

《グラフィックデザイナーの手による回復薬(ポーション)を、もしこちらで販売できたとすれば、中身より(いれもの)の方に相当な価格がつくでしょう。庶民ならば家一軒相当にはなるかと》

回復薬(ポーション)の容器ひと(びん)でひと財産……!?」


 飲んだらポイの使い捨てなど以ての外であった。



 ともかく、現地人と関わることが決定事項になっている以上、最低限の現金収入は必須と思われた。

 エスタローザ光王国で製造されている通貨は、ヴィナール硬貨。鋳造する過程で高度な術式を練り込んだり、特殊な金属を含ませたりと、偽造防止にかけては大陸一を誇り、信頼されている通貨なのだそうだ。


【ヴィナール硬貨】

 ・銅貨……最小単位

 ・銀貨……銅貨×100枚

 ・金貨……銀貨×10枚

 ・聖金貨……金貨×10枚


 地域によって物価や平均所得が違う上に、当たり前だが地球に存在しなかったモノが大量にあるので、円とのレートはわからない。電子マネーが普及するまで、貨幣だけでも六種類あった円に比べれば少なく感じられるが、これで充分らしかった。

 種類が豊富過ぎても、釣り銭の問題が出てくる。ちょっとそこで百円玉を十円玉と五円玉と一円玉に両替を、とはいかないのだ。


 しかし銀貨はまだしも、金貨以上は持ち運びたくないなと本能的に感じる。いまいち価値が読めないのでうっかり粗雑に扱い川底にぽちゃん、とやらかしそうな意味で怖い。

 とりわけ聖金貨とは何者だろうか?

 ただの金貨とどう違うのだろう。

 セレブ以外手にするべからず。

 そんな気配が、字面からひしひし伝わってくるのだが。





 しなやかな黒手袋に指を通し、あたたかめの装いに身を包む。

 千年樹の巨大な足元を潜り抜け、ときに乗り越えながら、アスレチック感覚ですいすいと森を進んだ。

 羽が生えたよう、とはこういう感覚だろうか。疲れにくくなった身体は、己の頭より遥かに高い位置まで塞ぐ倒木でさえ、ほんの小さな足がかりだけでひょいとクリアさせてくれる。

 上背と筋肉量の増加で昔より体重は増しているはずなのに、むしろ軽くなっているような気さえした。

 吸い込む空気はひんやりとして、濃厚な緑が香る。

 冬が過ぎ去って間もない大地は、時おり陰の部分が白く凍り、そこから噴き出さんばかりに、草のような苔のようないくつもの芽が顔を覗かせている。


(こんなフィールドあったなあ。懐かしいわ)


 仮想現実体感型RPGの電脳世界が脳裏に蘇る。

 趣味に走ったアバターを操作し、ファンタジー世界の街道を歩いた。

 乗ろうと思えば馬にも乗れた。捕獲(テイム)した魔物にも乗れた。あれは本当に楽しかった。

 瀬名のこだわりは二刀流。背丈ほどもある、巨大で迫力たっぷりの両手剣を好む者もいたが、瀬名の好みはそれぞれの手に剣を握り、舞うようにモンスターと戦うスタイルだった。

 武器は短剣(ダガー)棍棒(メイス)ではなく、片手用の剣でなくてはならない。これは決して譲れないポイントだった。

 現実に試してみると、これが難しいなどというレベルではなかった。威力を落とさず、かつ周囲に被害を与えないよう、意識しながらそれぞれの剣を振るわねばならないのである。

 どれほど練習を重ねても、卑怯レベルまで底上げされた身体能力を駆使しても、一向に上達しない己の素人加減に嫌気が差し、素直に剣を一振りに戻したら、あっさり上達速度が戻った。どうやらそもそも二刀流の才能が皆無だったようだ。残念でならない。

 ついでに弓の才能もそれほどなかった。練習して的のどこかには当てられるようになったが、そこからは一向に上達しなくなった。これに関しては当たりさえすればいいと思っているので、さして不満はない。


 あまりにもリアルで美しすぎる世界が廃人を量産し、深刻な社会問題になった初期のゲームは速やかに提供中止となった。それ以降は地面を踏みしめたり、頬に風を受ける感覚などの五感が大幅に制限され、風景も敢えて電脳世界とわかるよう、どこかに粗さを残さなければいけなくなった。

 子供が現実とゲーム世界を混同した事故も急増し、飲酒と同レベルで未成年のプレイが禁じられ、しかしそのように質を何段階下げ、顧客の年齢層を引き上げても、体感型ゲームに魅了される者はあとを絶たず、〈東谷瀬名〉もそのひとりだった。


(今にして思えば、随分怖いものをプレイしていたんだなー……)


 瀬名が知っているのは、画質も体感精度も既に劣化させた頃のゲームだ。初期のプレイヤー達が、もしこれに近い世界を体験していたのだとすれば、そりゃあ誰も現実に復帰したがらなくなるだろう。

 ただ、たとえ制限がなかったとしても、さすがにここまでのものは製作できなかったに違いない。風景や音はともかく、感触や匂いなどのリアルさにはどうしても限界がある。

 森林の匂いなんて、誰も嗅いだことなどなかったろう。

 そのあたりは想像だけでは補いきれない部分だ。あえて無臭の設定にしているゲームが多かったのは、過ぎたリアルさを禁止されているからだとばかり当時は思っていたけれど、単に本物の森や大地の匂いを、誰も再現できなかったからかもしれない。


 幸いこちらは、(ナマ)の異世界。

 映画でもゲームでもない、リセットもデータ保存も、一時停止もきかない現実。

 だからこそ、もういっそのこと開き直り、まったくの新世界で新しい自分〈セナ=トーヤ〉のささやかなる冒険が始まるこの現実を、心ゆくまで楽しんでしまおう――そう思うのも、アリなのではないか。


≪なんて、私がそんなふうに考えてたら怒る?≫


 久しぶりに〝念話〟を使って問いかけた。

 もうすぐ森が終わる。〝小鳥〟との会話を、誰にも聴かれないように。


≪いいえ。あなたは現実を受け止めずに浮かれておられるわけではありませんので。それに、鬱々とネガティブな思考に陥って身動きできなくなるより、ポジティブに進むほうが健康的でよろしいでしょう≫


 肯定的でいながら、ぴりりとスパイスの効いた答えが返る。最近では、この口調が妙に癖になりつつあった。

 ひょっとしたらこの素晴らしい人工知能様の辞書は、〝オブラート〟という単語だけぽっかり抜け落ちているかもしれない。

 数多の生々しい映像から、この世界の現実をきちんと見据えさせられた上で、瀬名は楽しめる時には楽しもうと開き直ることに決めた。

 ちゃんと理解した上で娯楽扱いする現実主義者と、まったく理解できないまますべてを娯楽と信じ込むお花畑主義者とでは、根本的に違うのである――おもにARK(アーク)氏の心証が。

 瀬名は小さく苦笑し、黎明の森を出て西にある、ドーミアの町を目指した。


 苦笑。さりげない苦笑い。

 この程度なら、表情はほとんど変わっていないかもしれない。


 ――まさか、表情筋が何年もろくに使わなければ、まともに動かなくなる代物だとは知らなかった。

 社会人時代のにっこり余所行きスマイルを浮かべたつもりが、ほぼ無表情だと気付いた日には心底焦った。

 ゆうに数ヶ月は鏡に向かい、笑顔の練習を続け、ようやく〝微笑〟と〝かすかな苦笑〟を習得した。少しでも表情が浮かべられるようになって安堵したが、これには参った。

 肉体年齢十歳の頃から今までずっと、話し相手はARK(アーク)(スリー)Alpha(アルファ)Beta(ベータ)だけだった。

 彼らは人型ロボットではないので、当然ながら表情はなく、笑いかけられることなどなければ、笑い返すこともなかった。

 それで何ひとつ困らなかったのだ。


ARK(アーク)でもうっかりすることあるんだねぇ≫

≪なんのことでしょう≫

≪だって顔の筋肉ぜんぜん動いてなかったら、人と話す時にマズイじゃん。もしかして、無表情でも問題ないと思ってた?≫

≪いいえ。むしろ、より良い表情を浮かべられるようになって頂くつもりでした。ですので、現在のマスターは理想的です≫

≪はい?≫

≪大袈裟な変化ではなく、かすかな表情の変化がミステリアスな雰囲気を演出します。無表情でいれば実際の心境がどうあれ、外見上は冷静に落ち着いているように見えるでしょう≫

≪……うん?≫

≪普段クールな人物のわずかな笑みは、それだけで一層やわらかい印象を相手に与えます。困った様子の小さな微笑みは、思わぬ一面といったふうに、周囲に親近感を抱かせるでしょう。何より、いかなる状況下でも大きな動揺を浮かべない表情は、その人物がまるで常に泰然としているかのような錯覚を抱かせます。とても完璧です、マスター≫

「…………」


 まさかの、ARK(アーク)氏による〝完璧なセナ=トーヤ〟プロデュース計画の一環だった。


≪……ARK(アーク)くん? もしや君、もしやと思いたかったけれど、もしや僕を育成ゲームのキャラに見立てて、遊んでいるのではあるまいね?≫

≪…………気のせいです≫

≪おおおおおおおーいいいいー!? その()()の時間はなんだああああ!?≫

≪単にお答えするまでに間が空いただけです。ままあることでしょう≫

≪やっぱりゲーム感覚だな!? おまえ私をゲームキャラと思ってやがるな!? 正直に言え!!≫

≪マスター。それを人は言いがかりと呼びます≫


 どこまでもしれっと言い切る、自己進化型人工知能。

 はるばる別銀河から宇宙空間をショートカットしつつ、瀬名をこんなところまで連れてきてのけたそんなものに、たかが人類ごときの口で勝てるはずもなかった。





(そしてどうしてこうなった)


 思わぬ事態に立て続けに直面すれば、人はどこへともなく問いかけずにいられないものである。


 いかにもファンタジー映画に登場しそうな、食事処・兼・酒場。

 黒ずんだ壁には、指名手配犯と思しき絵姿が貼られ――モノクロイラストだが、かなり上手い。ただし実物に似ているかは謎――無頼漢がきつい酒を注文しつつ、仲間と悪巧みを交わしていそうなカウンター。

 デザイン性のかけらもない、頑丈さだけが取り柄の木製のテーブル。

 本来ならば、RPG脳のテンションをこれでもかと上げてくれそうな、いかにもな雰囲気に満ちた場所である。

 なのに、目の前の面子のせいで、それどころではなかった。



「できれば我が城にて歓待したいのだが、礼も過ぎると逆に迷惑であろうからな。しかし、我らが心より感謝していることは理解しておいて欲しい」


 正面の椅子に座るのは、カルロ=ヴァン=デマルシェリエ辺境伯。

 灰色の長めの髪をオールバックにし、後ろで結んで流している。空色のまなざしは穏やかでいて隙がなく、さりげなく整った口ひげの下に笑みを湛え、気品と雄々しさを兼ね備えた、絶妙なロマンスグレー。

 決して声を張りあげているわけではないのに、通りの良い舞台俳優のごときバリトンボイスは、瀬名がうっかり恋に落ちそうな破壊力だった。



「父上の仰る通りだ。君には感謝してもしきれない。君のおかげで我々の大切な方が無事で済んだよ。今後、入用のものがあれば何でも言ってくれ。できるだけ力になろう」


 向かって左側の椅子には、息子のライナス=ヴァン=デマルシェリエ。

 理知的な目は、父親そっくりな空色。歳はまだ二十歳(はたち)前ぐらいだろう。

 ともすれば甘く見られそうな顔立ちだったが、野性的なウルフカットにした亜麻色の髪と、鍛えた身体を包む青い騎士服とが、硬派な雰囲気に引き締めていた。

 王子様より、脇を固める騎士のほうに萌える性質(たち)の人間からすれば、数年後がとても楽しみな逸材だった。



「まあまあ二人とも、堅っ苦しい礼もそのへんにしとこうぜ。気が済む頃には坊やのメシが冷めちまう」


 右側の椅子には高ランク討伐者。名はグレン。姓はない。

 長靴を履いた猫だ。

 本当に長靴(ブーツ)を履いた猫だ。

 ひとめ見た瞬間、瀬名は奇声を発しそうになった。もちろん耐えた。

 ARK(アーク)氏の〝完璧なセナ=トーヤ育成計画〟が真価を発揮した瞬間でもあった。


 成体のようだが、背丈はおよそ百五十センチ程度。毛並みはキジトラ。話すたびに若草色の瞳がきらりと光って心憎い。

 上は着ていないがズボンをはいている。えんじ色の短めのマントをななめにかけて、お洒落な感じに上半身を覆い、おまけに羽根付き帽子まで組み合わせるとは、瀬名を萌え殺す気だろうか。

 テーブルの横に立てかけられた全長一メートルぐらいの片手剣は、座る前に腰の剣帯から外したもの。長靴(ブーツ)をはいた猫で剣士で討伐者(ハンター)とか、やはり俺を萌え殺す気かと瀬名は内心で唸った。しかも声がハスキーな重低音とは何事か。

 彼の種族は〈妖猫族(ケット・シー)〉。人型に近い半獣族(ライカン)と異なり、大型の猫がそのまま二足歩行しているような種族だった。足の形状が人族(ヒュム)と異なるので、長靴(ブーツ)もそれに合わせ、特殊なデザインになっている。

 しかもグレンは、なんと討伐者ギルドで最高位の聖銀(ミスリル)クラスらしく――ギルドの評価ランクで、下から順に(ウィード)(ストーン)青銅(ブロンズ)(アイアン)(シルバー)(ゴールド)聖銀(ミスリル)とある――どこかラテン風の陽気さを漂わせる、どこからどう見ても色男なイケ猫だった。

 美女の膝の上を渡り歩いていそうで、子猫が生まれたら意外と愛妻家になりそうなタイプだなと思った。



 ほんの数時間前まで、ご縁が微塵もなかったはずの人種が、テーブルに勢揃い。


 何故だろう。

 真剣にわからない。



 デマルシェリエ辺境伯とは、このあたり一帯を治める領主であり、れっきとした高位貴族だ。魔物の出現頻度が少なく、侵入さえしなければ特段の脅威ではない〈黎明の森〉はともかく、この領地は隣国との国境に面しており、国防の(かなめ)たる辺境伯はそこらの貴族より重要度が高い。


 ところで、魔物という人類共通の敵がいれば、果たして人々は皆、手を取り合って協力し合うのだろうか?

 わかりやすい答えが(くだん)の隣国、イルハーナム神聖帝国にあった。


 ――自分の住んでいる土地が魔物の脅威に晒されていれば、比較的安全な余所の土地を奪え。

 それを過去何度も繰り返し、領土を広げてきた歴史のある国だった。


 お決まりの人族至上主義を掲げ、やり過ぎて、百年ほど前に多種族連合軍から痛い目を見せられた後も、未だ半獣族(ライカン)を始めとするいくつかの種族を公然と奴隷扱いしている唯一の国でもある。

 懲りないしぶとい、そして領土が阿呆のように広く、戦闘特化の種族を奴隷化しているため軍事力もあり、多少弱っても簡単には滅びない。


(うん、〝帝国〟ってそういうもんだよね)


 そしてそんなやばい国がかけてきたちょっかいを、過去幾度となく退けてきた強者が辺境伯家だった。

 現在は停戦状態とはいえ、かの国がいつ、また仕掛けてきてもおかしくはない。

 さらにデマルシェリエ領は、西方で国内有数の魔の山にも面しており、他国の軍勢に対しても、人里に接近してくる魔物に対しても、実戦経験が格段に豊富なのだった。


 そんな辺境伯の護衛騎士達がずらりと背後に控え、知らなければ何の尋問が始まるかと思うところだ。

 ちなみに他の客達は、さっさと食べ終えて店をあとにするかと思いきや、さも食べ足りない顔を装って追加注文をしていた。

 どいつもこいつも、マスコミの素質がありそうなたくましい連中である。


「グレンの言う通りだな。冷める前に遠慮なく食べるといい。その肉は今朝、我々が討伐したばかりの獲物だ。新鮮でやわらかいぞ」


 にこりと笑み、ロマンスグレーの美声が促す。

 この世界の貴族は皆、このようにワイルドな台詞をさらりと口にできるのだろうか。本当に惚れそうなのでやめて欲しい。割と本気で瀬名は思った。


 それにしても、亜麻色の髪の優男も、羽根付き帽子が似合うラテン系ハンターも、油断はしていないが悪意もない、実に微笑ましそうな視線である。

 多分彼らの目には、瀬名が十二~三歳くらいの男の子に映っているのだろう。

 あえて訂正を入れる必要は感じないので、チーズらしきものと香草を挟んだ、討伐されて間もない何かの新鮮肉と、各種キノコの包み焼きに視線を落とす。

 実に食欲をそそる香りだった。平民向けの食堂だが、高位ハンターのグレンが「ここ美味いぜ」と推薦しただけあって、確かに料理人の腕が良さそうである。

 ちなみに妖猫族(ケット・シー)に対し、「人族(ヒュム)と同じものを食べられるの?」などと訊いてはいけない。馬鹿か無知と思われるならまだしも、侮辱と受け取られる場合があるからだ。


 肉の塊は、いくつかに切り分けられているとはいえ、ひとつひとつが結構なボリュームだった。食器にはフォークしか添えられておらず、直接かぶりついて食べるものなのだろう。

 この豪勢な面子の前でそれは遠慮したいので、瀬名は常時携帯している食事用のマイナイフと布巾を取り出し、刃の部分を軽く拭うと、適度な大きさに切り分けて口に運んだ。

 肉はしっとりやわらかく、キノコに馴染んだ塩気も絶妙。

 たぶん魔獣の肉、それが何か? 美味しいは古今東西不動の正義だ。魔改造仕様の肉体には食中毒の心配もない。

 料理の皿が置かれているのは、瀬名の前だけ。彼らは既に小腹を満たした後だったらしく、若干の現実逃避も兼ねて、瀬名は遠慮なく空腹の解消に勤しんだ。


「……ナイフを使うんだな」

「はい? 使いますよ」


 ライナス青年の呟きに、上の空で答えていた。


(おおぅ、これ、なかなかイケるわ。うまー)


 しかしこれだけの量、果たして食べきれるのだろうか。明らかに彼らとは胃袋のサイズが違っている気がする。

 しかも、小食民族と呼ばれていながら、提供された食事を残すのは失礼なので、限界に挑んででもなるべく食べきりたいという困った国民性だった。瀬名は密かにピンチだった。



 ところで、どうしてこんな畏れ多い面子が、ただの〝坊や〟に食事を奢ってくれる展開になったのか。

 それは瀬名が、よりによって辺境伯の息子の婚約者を助けたからである。




読んでくださってありがとうございます。

よ・う・や・く! 人類+αが登場しました(T∀T)

今夜中にあと1話アップできればと思います。

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[気になる点] 一人称が俺、念話での一人称も俺、口調も男、姿形も男。 女主人公…?え? [一言] ところで男と化してる主人公ですけど 男とくっつくことってあるんですか? もしあるなら ぶっちゃけBLに…
2019/11/26 17:25 退会済み
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