126話 狩人の月 (4)
あれです、下手に「何話です」って予告しないほうがいいですね←
年末の忙しさが徐々に。いっそ(4)を前後編に分割しちゃおうかなと血迷いかけました。
毎日更新が目標なので、短いですが書けたところまで投稿します。
首輪や腕輪といった道具ではなく、皮膚に直接焼きつけられた。
ただの印ではなく、血に浸透し、魂にも食い込む、呪術的な隷属の紋様。物心つく頃には既にそれが背中にあり、無い自分など想像もできない。
ふと、カリムは〝これ〟から逃れられたのだろうかと疑問がよぎった。
いったい、どうやって?
裏切りを禁じ、逃亡を禁じ、自死を禁じ、敵に利することを禁じ、それ以外の生き方を夢見る言動の一切が禁じられている。
幼い頃からずっとそう生きてきた奴隷の大半にとって、それはただの日常に過ぎず、そこから外れるなど最大の恐怖でしかない。
(魔女とやらが、何かしたのか?)
だが、それを尋ねることはできなかった。たとえそれが純粋な興味からくる問いかけだったとしても、自由を得る方法をこちらから知ろうとする行為になってしまうのだから。
だから、どうあがいても不可能なのだ。実際どれほど馬鹿らしかろうと、勝ち目のない無駄な戦闘に己を投じ、抵抗しなければならない。
無抵抗は敵に利をもたらす。それ以外の何でもないのだ。
まったく、自分はいったい何なのだろう――昔はこんな余計な疑問など一切覚えなかったのに、歳を経るごとに、気の迷いが知恵ある魔物のように囁きかけてくる。
己を破滅させるその声に従ったら最後だ。主の不興を買った奴隷が無残に潰される様を、いかに残虐に苦痛に満ちた方法で処分されるかを、自分達はそれこそ痛いほどよく知っている。
逆らえるはずがないのだ。疑問にすら思ってはいけない。
己にできることは、せいぜい抵抗を見せて、隙をついて足の一本でももらうことぐらいだ。
初めからそう約束でもしていたのか、もしくは暗黙の了解でもあるのか、ガルセス以外は手を出してくる様子がない。
体格差、そこから予想できる力の差、体力の差を鑑み、長引かせて隙を窺うのは下策だとカシムは判断した。
殺す気でかかった最初の一閃は難なく弾かれ、即座に振り払った第二撃もあっさり受け流される。
硬質な刃のかすめる音だけが周囲に響いた。真正面から相手の攻撃を受け止めたりはせず、力を〝流す〟戦い方をするガルセスに、カシムは胸中で冷や汗を流した。
猪突猛進しそうな男に見せかけて、戦闘時には冷静で慎重――こういう敵が最も厄介なのだ。隙がなく、挑発にも乗らない。
三撃目も難なくいなされた瞬間、ぞっと首の後ろが冷たくなり、カシムは慌てて飛び退った。
追撃は来ない。
感情の読めない、ぼんやり輝く双眸は、さっきまで豪快な物言いをしていたアレと同一人物とは到底思えなかった。
(ふん……手加減しやがって)
殺そうと思えばできるのだろう。ただ、どうしてかやらないだけ。
勝ち目はない。普通ならばそうだ。
が……およそ戦闘系の半獣族には、悪い共通点がある。
身体能力の高さにあぐらをかき、武具にあまり重点を置かないところだ。
ガルセスの剣も、ごく標準的な鉄剣だと見て取ったカシムは、息を整えると見せかけ、全力で跳ねた。その瞬発力は今まで誰にも負けたことがない。
全身をしならせ、己の剣に全力を乗せ、避けようのない角度を狙い降り下ろす。皇子の奴隷として恥ずかしくない程度の上等な剣を与えられていたカシムは、たとえ相手の腕がそれなりであろうと、武器の格のせいで、いなしきれなくなると経験的に知っていた。
勝てるとは思わない。ただ、こちらを舐め切った相手に、多少後悔させてやりたくなるのは仕方ないだろう。
ガルセスの剣を破壊する。それだけを狙い、カシムは吼えた。
――ところが。
「なっ……!?」
がきぃん、と凄まじい反発が己の手首を襲い、激痛とともに地へ投げ出された。
砕かれたのはカシムの剣のほうだった。
「うっ、ぐっ……な、何故、ただの鉄の剣が……魔鉄に……」
「いや、鉄じゃないぞこれ?」
ガルセスはあっけらかんと言った。
すっかりもとの表情で。
◇
しばらく前に、魔女や騎士団と共闘して大きな魔物を倒した。
なかなかしぶとい強敵だった。
しかし彼らの刀剣類はその魔物に通用せず、彼らは騎士団の弓を――魔石の矢じりを使ったそれを借りて戦った。
そして反省したのだ。いくら強い力を誇っても、武器がお粗末過ぎて歯が立たなければ論外。
今度また同じような魔物と戦う時、また役立たずに成り下がらないためにも、ここらで強い武器を構えておいたほうがいいだろう。
実は魔女のもとへ移住するのが遅くなったのは、腕の立つ戦士にそこそこの武器が行き渡るよう、硬そうな魔物を選んで狩りまくっていたからである。
さらに素材さえあれば一朝一夕で武器が出来上がるわけもなく、鉱山族の鍛冶師に依頼し、彼らの報酬用に高く売れそうな魔物を狩った。
そうして灰狼の部族は、自分達の装備を強化していたのである。
「ちなみにこれは最近ドーミアの鍛冶師ギルドで購入したものでな! なんといったか、竜並みにでかい植物の魔物が町なかに出て、そいつの棘なんだそうだ。頑丈で切れ味最高で使い勝手も良くてな、ちょっと黒光りする鉄みたいだが鉄じゃないぞ!」
「――――」
つまり。それは。
カシムはこれ以上なく目を瞠った。
つまりこいつに武器を与えたのは、自分なのか。
驚きが一周まわって嗤いたくなった。
痛む腕。武器を砕かれる反動だけでなく、ガルセスが力を押し返し、地に打ちつけられた。
もう戦えない。最初から勝てもしない相手だった。そしてこの男以外にも、あと四頭控えている。
(……だが。みすみす捕獲される気は、ない)
カシムの目がすぅ、と据わった。
なかなかカシム君捕獲まで辿り着けません。