118話 Day 1/5
半透明の皮膚に覆われ、血管が透けて見えるそれは、何か別の生き物のようだ。
けれど当初と比較すれば、輪郭の大部分がそれらしくなっている。
注目すべきは魔力の流れだった。ポッドの中で未だ意識のないエルダと、培養液の中に揺蕩う、なりかけの腕との間に、かすかな魔力の流れが発生している。
まるで血管が繋がっているかのように、双方の間で魔力がゆっくりと循環しはじめたのだ。
互いが互いの一部であると、ちゃんと認識できているのか。
この場合、五体満足の状態で、万一のためにスペアの四肢を作ったとしたらどうなるのだろう。
いや、その発想は危険だ。うっかりARK氏の耳に入ったが最後、即実行に移しかねないので、決して口に出さないようにしなければ。
◇
村へシモンやアスファ達の様子を見に行った。
シモンはアスファ、リュシーと一緒に、灰狼の村に滞在することになった。
幼馴染み達から虐げられていたらしく、慢性的に栄養不足で小柄な彼は、この国の基準で十三歳ぐらいにしか見えないけれど、実際は十五歳だった。
彼が故郷の村を出たのは、ちょうど十三歳の頃だったそうだ。ギルドのある町まで行くにもそれなりの日数がかかり、そこで登録して、ランクを上げられないままじりじり一年数ヶ月が経過していたのだとか。
シモン自身は討伐者になりたいと望んだことはなく、幼馴染み達に引きずられるようにして遠くへ来てしまったという。
「あいつら、そんな悪い連中には見えなかったんだけどな……まあ、フェロールも最初は良い人そうって思っちまったし、俺の見る目がねえだけか……」
アスファは自嘲気味に言っていたが、そうでもないだろう。
彼らに対するアスファの第一印象が悪くなかったのは無理からぬことだ。彼らはアスファや、その仲間のエルダやリュシーに対し、間違いなく悪意がなかったのだから。
気の強い男の子同士が初対面で角突き合わせ、なんとなく意気投合するのは一種の挨拶の流れ。
滅茶苦茶になったのは遺跡に入ってからで、もしそれさえなければ、案外今も普通に仲良くなっていたかもしれない。
「シモンに対しても、ひょっとしたら悪気なんてなかったかもね」
「ええ? なんでそうなるんだよ?」
「虐げてるつもりはなく、本気で幼馴染みと〝遊んでる〟つもりだったのかもしれないってことだよ。自分のやってることを、第三者として客観的に見られないお年頃って言えばわかるかな」
「うぐ」
過去の己の記憶に心当たりが大量に出てきたのか、アスファが赤面してうなった。
「客観的に、シモンに対して自分達のやってることが何なのか。当のシモンがどう感じているのか。そういうことを考えられず、単純に楽しい毎日を送りたかっただけなのかもね」
けれど現実という名の壁にぶちあたり、焦燥と苛立ちをうまく逃す方法を知らず、癇癪を起こしてシモンに当たり続けた。一番弱くて一番大人しいシモンには、安心して文句を言いやすかったから。
シモンからすればたまったものではない。
「だから、って……ぼくに、あいつらを、許せって、言うんですか?」
シモンに闇色の顔色で上目遣いに尋ねられた。
こんなに可愛くない上目遣いがこの世に存在したとは……。
「え、なんで? んなこと言ってないけど? 普通に怒ってりゃいいでしょ」
「へ?」
「相手にどんな事情があろうと、たとえ相手がお子様な思考回路でやりすぎただけであっても、酷い目に遭わされたほうからすれば知ったことじゃないし。怒りまくって嫌いまくったらいいんじゃない? 『ふざけんなてめえら、一発ぐらい俺に殴られてから逝きやがれ!』って夕日に向かって叫んでやれば?」
「……なんで夕日?」
「ノリで。すっきりするよ? そして数年後に思い返して恥ずかしくなるまでがお約束だ。さあいざゆかん、新たなる自分探しへの旅へ!」
「――……」
「待てシモン本気でやるなよ? 早まるな!! 師匠も変なことすすめんなよ!!」
いつの間に師匠になったのか。まあいいけれど。
ちなみにシモンは、ドーミアのギルドで再登録することになった。どうやら、草のギルド証の有効期限が過ぎていたらしいのだ。
一定期間ごとに依頼をこなさねば失効してしまうので、最初は幼馴染み達とともに、彼らがぶつくさ文句を垂れるのを我慢しながら、生活のため地道におつかいや採集依頼を受けていたそうだ。
ところが、シモンの達成した依頼は正しく評価されなかった。そのうちのいくつかは、ロイク達が横取りしてしまったからだ。
悪質である。非常に悪質なのだが、ロイク達にはことの重大さがよく理解できていなかったと思われる。
アスファ達から聞いた話や、シモンから聞く彼らの言動は、とにかく「幼い」のひとことに尽きた。
(「おカタイこと言うなよ、ちょっとぐらいいいじゃん?」てな感覚だったっぽいなぁ)
精神的にまったく未熟な、短慮で単純な子供が、気の合う者同士でつるんで、悪ぶった自分を格好いいと思い込んでいた――そんな姿しか思い浮かばない。
彼らに己の言動を反省させる機会も、成長させる機会も永遠に失われてしまった。それは残念なことであった。
ただし中にはまったく反省も成長もせず、そのままチンピラや犯罪者になる者も多いので、今を生きているシモンは、いつまでも彼らに囚われる必要などないと瀬名は思うのだった。
そんな彼は、自ら討伐者になる道を選択した。
どうやら、アスファ達にいろいろ触発され、自分を鍛えてみたくなったらしい。
「いままで、ぜんぜん、努力とか……してこなかった、から。弱い弱いって、そればっかりで」
そう語る少年のまなざしは、むしろ実年齢よりも大人びて見えた。
とりあえず、アスファ達以上に、シモンの疲労の度合いは大きい。栄養状態がもとから悪いせいで、ダメージが一層ひどいのだ。
とりあえず最低限の身体を作れと、食べさせて眠らせた。
さて、シモンの指導係には誰がつくことになるのだろう。
一度は証が失効していても、彼が草として活動していた実績は、事情を考慮して評価に含まれることになった。
努力をしてこなかったからこうなったんだと、シモンは自虐的に言うけれど、ちゃんと地道に頑張ってきた甲斐はあったではないか。
彼はきっと、望むものになれるだろう。
他の幼馴染み達はランクアップのチャレンジ自体させてもらえませんでしたが、シモン君単品だったらOKなのでした。
悪い仲間達のせいで割を食ってたシモン君です。