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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
白き賢者の楽園
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117話 再生とリスク


 ――エルダの腕は必ず復元する。


 そう約束してしまった己のミスに、瀬名は後になって「まず…」と舌打ちした。


 治癒や浄化に特化している神聖魔術において、失われた身体の部位を治せるほどの術は高位も高位であり、それを可能とする者は滅多にいない。

 念のためウォルドにも確認してみたけれど、百年にひとりいるかいないかレベルの稀少さであり、現代では存在しないはずだとすまなそうに言われてしまった。

 精霊族(エルファス)のほうはシェルローに確認したが、彼らの知識にある魔術や秘薬でさえ、〝ないものを生やす〟方法は持っていないのだそうだ。せめて落とされた腕が完全な形で――潰されたりしていない状態で――回収されていれば、繋いで治す方法はあったので、さりげにあの〝祈りの間〟のどこかに落ちていないか、戦闘前に視線をめぐらせて探してみたらしい。

 残念ながら、見つからなかったわけだが。おそらくあの歯車か、ブロック状になって移動する床に呑み込まれてしまったのだろう。


 今後の参考として、時間が経過して保存状態の悪い腕でも接合に問題ないのか尋ねてみたら、秘薬と魔術の双方を駆使すれば高確率で治せるのだとか。ただしもちろん損傷が酷過ぎれば治らなかったり、治っても半々の確率で後遺症が残るらしい。

 この世界の医療水準で考えれば、それでも最先端に違いなかった。


 神聖魔術より効果は落ちるけれど、ほかの魔術にも治癒や浄化に近い効果をもたらす補正魔術が存在する。そういう魔術があるせいか、予想にたがわず、この世界、医療方面の進歩が亀の歩みなのだった。

 いや、医療方面だけではない。魔術でできることに関しては、技術が発展しにくくなる傾向があるのは全体的に言えることだ。それほどゆるやかな発展の速度でありながら、別銀河までSOSを届けられた魔導科学文明とやらが、そこまで到達するのにどれほどの歳月を要したのか、想像すると気が遠くなるのだけれど。


 もちろん瀬名は、ウォルドやシェルロー達をあてにしてアスファに約束したわけではない。

 ないのだが、彼らにさえでできないことを「できる」と断言してしまった状況が、当初思っていた以上にまずかったと後になって実感したのだ。

 神官達にことの重大さを理解させるため、〝治せる〟事実を知られないよう筆談で伝えたのが功を奏した――いや、それよりアスファに読み書きを教えておいたのが功を奏したのか。

 彼は学のない平凡な農村出身であり、そこの村人は自分の名前すら書けない者が一般的だった。もし彼が現在も文章を読めなければ、口で伝える以外に手段がなかったのだから。


(アレ? 勉強始めて何ヶ月? ……ひょっとしてあいつ、私の地頭より物覚え良い……?)


 ……。

 それはともかく。

 シェルローをはじめとする精霊族達は、まずあの場にいた神官すべてに、彼らの許可がない限り、その日あった出来事を他者に語ることを一切禁じた。精神支配系のかなり強力な術をかけており、その後の尋問にはドーミアの騎士団だけではなく、必ず彼らのうち誰かが同席するよう話し合いで決まったそうだ。

 瀬名がエルダを完治させる気でいる。それをいちはやく感じ取っていた彼らは、瀬名以上に迅速な対処をしたわけだ。


 そして瀬名は、いざその段階になって頭を抱えたわけである。


 エルダをもとの状態に戻してやりたい。それは今も変わらない。

 が、治せると証明してしまうことで生じ得る、かなり大きなトラブルがいくつも想定された。


 ひとつめ。治せて当たり前、どうせ治るんだからと、人の身体を軽々しく扱い、大事にしなくなる危険性がある。

 東谷瀬名(オリジナル)の時代にも、そういう問題が深刻化しているとニュースになっていた。何が問題って、自分の無謀で自分が怪我をする分には自業自得で片付くけれど、他人に怪我を負わせておきながら「どうせ治るからいいだろ」と平気な顔でほざく輩が増えていたのだ。

 アスファ達がそんなゲスになるとは思わないけれど、「次も治せてもらえる」と慢心して油断を招くかもしれない。――手軽にほいほい治せるものではないと、重々認識させておく必要がある。


 ふたつめ。縁もゆかりもない連中が噂を聞きつけて、「治してくれ」と押し寄せてくる可能性。

 シェルローやウォルド達が細心の注意を払っていたのは、この部分だ。


 みっつめ。神殿はもちろん世界中のあらゆる機関から目を付けられる。

 現時点で既に結構、森購入やら精霊族やら灰狼やらのせいで、多方面からそこはかとなく目を付けられている気がしなくもないけれど、それ以上に。


 そして最後。――そういったもろもろを想定し念入りに対処した上で挑みながら、結局やっぱり治せない可能性だ。





 チキンハートと言うなかれ。

 いやこの際、言われたっていい。

 案外、最後の可能性が実は小さくないと後で思ったのだ。

 エルダの腕を復元すると宣言した時点では、ARK(アーク)氏に詳細を確認しておらず、独断で決めてしまったのだから。

 実は無理だったらどうしよう。よぎった不安は、《なんとかなると思われます》と言ってもらえて、大部分は払拭できた。

 全部ではなかったのは、《可能です》と断定してもらえなかったからだ。

 

「経過はどう?」

《上々です》

「……このまま上手くいってもらいたいね」

《凶器が鋭利な刃物のため切断面が綺麗であったこと、ウォルド殿の応急処置により傷口から上部へ損傷が拡大しなかったことが不幸中の幸いと言えます。精霊族がエルダ嬢の口に垂らしていた液薬も、自己治癒能力を高め、傷口から侵入する雑菌に効果のあるものでした》


 医療ポッドの中で横たわり、眠り続けるエルダの表情は穏やかだった。

 すぐ横では、透明なカプセルの中で少女の腕が培養されている。

 もうすぐ出来上がるそれは、エルダ自身の細胞が素になっていた。


 この〈スフィア〉には、人間をまるごと複製できるほどのクローン設備はない。けれど重篤な怪我や病気の治療を目的として、部分的な複製や復元は可能な再生医療設備があった。

 瀬名はエルダの腕を「これで復元できる」と確信していた。ところが――エルダが魔術士であるということを、念頭に入れていなかった。

 この世界には魔素があり、魔力があり、魔術士がいる。

 そうして、あの偽物の【神】の一件で思い知らされたのが、〝魂〟というものがどうやら、実在する可能性。

 被害者達は恐怖と苦痛の中、はじめは己を痛めつける相手へ憎悪をつのらせ、やがてひたすら、その苦痛から逃れたい、それだけを願いながら命を落とした。その強烈な負のエネルギーのかたまり、あれを〝魂〟と呼ぶのなら。

 今までぼんやりとした概念程度に捉えていたそれの、認識を改めなければいけないかもしれない。


 瀬名にはない、魔素を魔力に変換する体内器官と、魔術を発動させるために重要な、おそらくは〝精神〟や〝魂〟の力とやら。

 それらの要素を含めた場合、エルダの身体の一部分から採取した細胞を使い、彼女の右腕のみを培養することが果たして本当に可能なのか。

 腕が培養できたとしても、上手く接合させられるのか。


「とりあえず、腕は出来そう、と……あとはちゃんとくっつけられて、なおかつ動かせるようになるか、ってとこだね」

《さらに、魔術を以前通りに発動できるようになるかも確認が必要でしょう。術の発動の際、方向を示すために手の平を前にかざすという行為を多用する者は少なくありません。エルダ嬢も、詠唱のみでは制御がやや甘くなる様子でした》

「ああ……的を撃つ訓練の時とか、特にそうだったね……」


 単にそうすればイメージしやすいというだけではなく、もし、手指そのものにコントロールを補助する機能が備わっているとしたら。

 この場合、心配なのは拒絶反応だ。自身の細胞で作られたとはいえ、本来そこにあった腕と、新しくくっつける腕は別物なのだから。

 それに、せっかく〝腕の怪我〟そのものを隠したのに、リハビリに長い年月をかけさせるわけにもいかないので、限りなく以前と変わらない状態に戻さなければいけない。補助脳を介して医療データを定期的に保管していたなら、万一何かあっても以前とほぼ違和感のない身体の一部を速やかに再現できるのだが、むろんこの世界にそんなものはない。


 ただ、エルダは前々から何度も会っている人物だ。ARK(アーク)氏は瀬名と会う周囲の人々の健康状態などもチェックしているので、エルダの身体、すなわち〝腕〟のデータも以前から持っていた。もちろん本人には内緒で、である。

 そのデータのおかげで、腕の復元作業は順調に進められているらしい。データのない初対面の人物だったら、こうはいかなかったそうだ。


《成長を速める段階で、悪性腫瘍の成長も速めてしまう可能性もあります。エルダ嬢はその点、不安がありません。むろん警戒は怠りませんが》

「そっか……」


 少女の表情は穏やかそのものだが、栄養剤のチューブが痛々しく見えてしまう。

 この医療ポッドの中にいれば、一週間程度なら筋力も低下しないはずだけれど、胃腸の働きは弱ってしまいそうだ。


 こればかりはシェルロー達にも見せるわけにはいかず、瀬名とエルダのみが〈スフィア〉に籠もって、数日。

 その間、瀬名は何もせずぼんやり怠惰に過ごしていたわけではない。

 むしろ、そろそろ準備段階を終える頃かと、ARK(アーク)(スリー)と話し合っていた。


 ――心おきなくのんびり怠惰な日々を過ごせる未来のために、本格的に動き始める段階へ。


「とりあえず、必要な情報は出揃った感じかな……?」

《招集をかけますか?》

「何ごともなければ、エルダが完治して起き上がれる日はいつ頃になりそう?」

《あと三~四日ほどかと》

「五日後の予定でお願い」

《かしこまりました》


 瀬名は頷き、胸中で毒づく。


(まったく、余計な足踏みさせてくれたもんだよ……しかもエルダ達のトラウマになってたらどうしてくれる? 脅威に対抗するためだの他に方法はないだの、思い込みで先走りやがって)


 自分達以外は誰も何もしていない、できはしないなどと、何故そうも増長できたのだか、あの連中は。

 おかげで、五日も遅れが出てしまったではないか。


 精霊族の話によれば、魔王が誕生したと思しき日は、十数年前らしい。

 十数年と比べれば、たかが五日、されど五日。

 スケジュールにうるさい文化で生まれ育った記憶のある瀬名にとっては、許し難い遅れなのだった。




想像されてた方は多いと思いますが、こんな感じでした。

次回はシモン君の今後になると思います。

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