111話 逆鱗 (3)
感想、評価、ブックマークありがとうございます! 遅くなりましたが、おかげさまで111話です。
しかし昨夜はPCの不調で難儀しました…。ポインタがちゃんと表示されなかったり画面がすぐ固まったりと、システム復元に辿り着くまでが長かったです。
シモンの救出には、瀬名とシェルローのみで向かうことになった。
シェルローはこの場で唯一、瀬名やARK氏の〝異質さ〟を知っている。〈スフィア〉の姿を目にして、一時その内部で暮らしたことさえある、この世界で瀬名以外のたった三名のうちの一人だった。
それでいながら詳しく知りたそうにも、気になっている素振りもまるで見せない。瀬名の背景や過去についての疑惑には完全に目を塞いで、周囲の者にも決して詳細を漏らさず、不快感や警戒心を抱かせないラインを完璧に守り、それでいて彼女の生活の中に自然に存在した。
内心では興味津々だろうにおくびにも出さず、同胞達にもそれを禁じる徹底ぶりである。
そうでなければ、瀬名は彼らとの関わりを躊躇わずに絶っていただろう。
シェルロー達三兄弟に対しては、瀬名もARK氏も遠慮の必要がない。「これを見られたら困る」と手段を選ばなくていいので、例の広間への同行者は彼ひとりだ。
精霊族と灰狼の半数はドーミア城へ向かっている。ことの成り行きを伝え、神殿を押さえる必要性を説くためだったが、どうやら既に騎士団によって、密かに包囲網が築かれているらしい。
彼らが動いたのは、精霊族と灰狼が治癒院を包囲した直後のタイミングだったという。
《治癒院、神殿方面ともに、こっそり逃亡を試みた神官数名が捕縛されております》
「わお。さすが……」
騎士団の情報網も侮れない。
城からはドーミアの町が一望できる。見張りがこの辺りの異変にいち早く気付くのは当然だが、何が起こっているのかを即座に判断できたとなれば、実は前々から神殿に目を付けていたのかもしれない。
「今回の件は、腐敗した一部の暴走だな。騎士団も機会を窺っていたふしがある。ただ、連中に腐敗していた自覚がないせいで、手をこまねいていたようだ」
「あ、やっぱりそうなんだ。タチ悪いんだよねえ、そういう奴らって……。あからさまな悪党のがずっとやりやすいわ」
「そうだな」
阻む者のいない廊下を進み、すぐにアスファ達の脱出した大扉の前に到着した。
アスファもリュシーも、ここから外に出られた瞬間は心底ほっとしたろうに、その直後に待ち構えていたのがアレである。その時の心境は想像に難くない。
「どうやって開けるの? ぶっ壊す?」
「いや、壊したら設置し直す手間がいるだろう。普通に開ける。――【女王の子シェルローヴェンの名において命ずる。閉ざされた道よ、我が前の扉を開け】」
頑丈そうな分厚い金属製の扉の紋様に眩しい光が駆け巡り、次の瞬間、重々しい音を立てながらも、従順に自ら開いていた。
「こんなものだな」
こんなものでいいのか?
こんなにあっさり?
オープンセサミ並みにお手軽で、全開になるまで所要時間およそ一分なのだがいいのだろうか。
おかしい。アスファ少年の話では、長々と神聖魔術を唱えてやっと開いたニュアンスだったはずなのだが、勘違いだったのだろうか。
混乱する瀬名をよそに、シェルローはさっさと同胞に指示を出す。
「我々が侵入している間、他者を寄せ付けるな」
「はっ」
「では行こう、瀬名」
「あ、うん。そうだね」
破壊行為が無用で穏便に開いてくれたのだから、まあ良しとしよう。
◇
月輝石の含まれた石材は、周辺をぼんやり乳白色に浮かびあがらせ、どこか冷たい月の中を歩いているような錯覚をもたらす。
話によれば、この遺跡で正しいルートを進むには神官の導きが必須であり、逆行しようとすれば牙をむくとのことだが、アスファ達の脱出に使われたこの道も例に漏れず、凶悪な数々の罠が満載であった。
回転蓋の落とし穴、迫る壁、落ちる天井、飛んでくる矢――よくもまあこれだけ手間をかけたものだ。
ただしどこに何があるか事前に判明していれば、避けるなり妨害するなり破壊するなり、やりようはいくらでもある。
「……なんか、変だね。釈然としない、つーか」
「というと?」
「神官がいれば〝正しいルートがわかる〟んだよね? でも、そのルート上にもきっちり致死性の罠があるのって、なんでかなと思って」
「ああ。確かに妙だな。神官のいる利点は、言ってしまえば〝迷わない〟一点のみだ」
神官の導きによって不要な道は隠され、迷わず正しい道を歩める。その道を逆に辿ろうとすれば、迷宮は本性を現わし、蟻の巣のような分岐で臆病者を惑わせ、数々の罠によって襲いかかる。
なのに、正しいはずのルートを通ってもしっかりと罠があるなんて、少々おかしくはないだろうか。
試練なのだからある程度は危険な要素を残しておかねばと、要らん気を回した奴でもいたのだろうか。
試練を受ける当人ではなく、周りを犠牲にするような危険を?
「それに、この矢もさ。ぶっちゃけ、もったいなくない?」
結界ですべて弾かれ、床に散らばる大量の矢を見下ろして首をひねる。
「何度でも使えるタイプの罠がほとんどなのに、これは誰かが一回引っかかったら終わりじゃん」
「そうだな……」
シェルローも違和感を覚えたのか、首をかしげている。
例の広間が祈りの間ではなく、単なる宝物殿だったとしても、この遺跡の在り様は妙にちぐはぐなのだ。罠の仕掛け方に一貫性があるようでない。
「アスファ達が宝物殿から出る時は、一切の罠がなかった。でも今、同じルートを使ってるはずの私達の前には、こんだけいろいろ邪魔な仕掛けが稼働する仕組みになってる。神官がいないからにしても、なんか妙……神殿から入るルートとは逆パターンな感じがしない?」
「ああ――いや、そうか。瀬名、そもそもこの遺跡の存在する前提が違っているのかもしれん」
「前提?」
「建設当初の目的だ。例の宝物殿を目的地と考えるからややこしくなるだけであって、そもそもそれは無関係であり、ここは単なる通り道だったのでは?」
「通り道…………緊急時の脱出路?」
シェルローが頷いた。
なるほど、そう考えれば納得だ。祈りの間を挟むからややこしくなってしまうけれど、それがなかったとすれば――〝有事の際に神殿から治癒院まで繋がる脱出路〟と考えたら、すんなり腑に落ちる。
治癒院から侵入して神殿へ向かうのは困難。侵入者排除用の罠が大量に待ち受けて――
「……脱出路にまで罠があるのは、追手を引っかけるためかな? 昔の人は位置を記憶していたから問題なかったとか?」
「それにしては、悪質な罠ばかりだが。結界がなくば通り抜けできんようなものもある。これの意図はよくわからんな……」
再びシェルローと二人して首をひねっていると、その疑問の答えはARK氏から与えられた。
《おそらく、後世の者が後から設置したものだからでしょう》
「後から?」
「どういうことだ?」
《年代を測定してみましたが、一部の罠の年代が大幅に異なっています。とりわけ矢が大量に飛び出すような、再利用不可の罠などはそうですね。推測ですが、当初は純粋に脱出用であり、罠などなかったのではないかと。ところが例の祈りの間――そこに〝奇跡の剣〟とやらの宝物を隠してしまったがために、遺跡が別の意味を持つようになってしまった、ということなのでは》
「ほーん……つまり後世の欲深な連中が、大事なお宝を奪われまいとするあまり、やり過ぎた結果が今これ、と」
「あるいは、神々の奇跡を守るためと、敬虔な狂信者が熱心にやり過ぎた結果、だろうな。どちらにせよ、わたしはアークの推測が当たっていそうだと思う」
「私も思うわ。そんで、伝承とやらを都合よく曲解して、自分達の利益に使おうとしたのがあの連中、と」
「そうなるだろうな」
あの手合いは一匹いたら十匹はいるし、二度やるような奴は三度だってやる。この機会に、ドーミアの大神殿の大掃除をしてやったほうがいいだろう。
(尊い犠牲? ……よくもこの私に対して、ほざいてくれたもんだ)
――ならばおまえ達も犠牲になってもらおうじゃないか。この世の多くの人々のために。
「……シェルロー。あそこにいた神官ども、みんな神聖魔術使えなくなってるよね?」
「使えんだろうな。纏う魔力の流れが変わっているし、上手く説明できんが、神々との〝繋がり〟が断ち切られているような気配だった」
「サフィークとラゴルスの奴、いつから神聖魔術を使えなくなったと思う? 少なくともアスファ達が脱出する前までは使えたよね? ラゴルスは、出口の扉を開けるまでは問題なかったのに……」
「いや、瀬名。おそらくだが、アスファ達を地下遺跡に送り込んだ時点で資格を失ったのだと思うぞ?」
「え? でもさ……」
「奴らが唱えていたのは神聖魔術ではない。ただの【祈り】だ。決まった祈りの文言を唱えることで、この遺跡は扉を開き、道を示す仕組みになっている。神官見習いなどは、ろくに神聖魔術を習得できていない者もいるだろう? そういう連中でも使えるようにしているのだと思う」
「神官じゃないけど敬虔な信徒とかも逃げられるようにしてたってわけ? ラゴルスがコルネ達に浄化っぽいのを唱えてたことに関しては?」
「アスファ達は効果のほどを確かめていない」
「うあ、そうだったわ!」
ちゃんと効いているのを見届けてからその場を離れたわけではないのだ。
そして聞いた限りラゴルスの性格では、安全を確保するための贄相手に、誠実な対処などしそうにない。
適当に唱えたふりをしていてもおかしくはなかった。
「そうでなくば、わたしもたやすくは手を出せん。神々の領域など手に余る」
「な、る、ほ、ど~……そうかああ、考えてみりゃ〝幻術〟を多用してる時点で神聖魔術っておかしいわな」
視覚に影響する幻術は、複合魔術なのだ。――属性魔術の。
これは盲点である。
「祈りの間は魔術封じがあったのに、剣が視えなかったってのも気になるねえ。どんな仕組みなのかね?」
《是非、間近で解析してみたいですね。シモン少年を救出した後で結構ですので》
「うん、まず先にそっちね。――大きな怪我をしてる様子はないっぽいね?」
小鳥の前で拡大された偽サーモグラフィーの映像は、少年の体温が未だ失われていない様子を伝えてくる。
鼓動も多少速い程度で、安定しているようだ。
何が起こるか最後までわからないので、絶対に助けると断言はできなかったけれど、できればアスファとエルダとリュシーのために、彼には無事であって欲しいと心から願う。
(だってこれ絶対、トラウマ案件だもんな……)
新人が普通なら遭遇しないような目に遭っている。シモン少年が生還できたとなれば、彼らの心の傷にはこれ以上ない薬になってくれるはずだ。
フェロール? ソレはどうでもいい。
《意識が戻ったようです。精神的な緊張状態にはあるかと思われますが、最悪の状態にはなっておりません。……抱え込んでいるのはアスファ少年の荷物ですね。動かず、大人しく息を殺している様子です》
「うん、それ正しい行動だね。じゃあさっさと助けに行ってあげなきゃね、この坂道と階段と罠がほんともう邪魔だけど!」
「着く頃には日付が変わりそうだな。……ところで、アスファが手に入れた〝神々の剣〟とやらについては、まったく突っ込まんのだな」
「あとあと、そんなん後でいいって……つうか考えるの面倒。気分は『もとの場所に捨ててきなさい』って言いたい感じ」
《後ほど研究材料にしてよろしいでしょうか? 神輝鋼のようでしたので》
「拾ったのはアスファ君なんだから、帰ったらアスファ君に『貸して♪』ってお願いしなさい」
《承知いたしました。楽しみですね》
「…………」
シェルローは、何ともいえない表情で苦笑した。