表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
白き賢者の楽園
109/316

108話 整えられた試練 (10)

瀬名、秒読み開始の回。


 サフィークがドーミアの神殿に移った。それはきっとただの偶然ではない。

 ウォルドは直感し、サフィークの動向に注意していた。

 ところが、よりによってアスファが別方向から接触されていたと判明し、ギルドに出された指名依頼の内容を確認して、彼らの目的が読めた。

 ウォルドは神官騎士だ。ドーミアの地下遺跡の伝承については、噂程度ながら耳にした経験がある。

 太古の神々の力を宿した、強大な魔を祓う〝剣〟が、この地下遺跡の奥底に守られている。

 入り口には大神殿が建てられ、出口にあたる場所には治癒院が建設された――そういう話だった。

 それが眉唾の伝承ではなく大部分が史実であることを、神官騎士は己に与えられた加護によって教えられたのだ。


 ウォルドが気付いた頃には、アスファ達は既に神殿の中に入り、かなりの時間が経ってしまっていた。

 今から追っても間に合わない。ウォルドは伝書鳥に緊急連絡用の赤い筒をくくりつけ、灰狼の村へ向けて飛ばした。 

 そして治癒院に押しかけ、ぼろぼろになった可愛い弟分と妹分の姿を目の当たりにし、ブチ切れてしまったわけである。




◆  ◆  ◆




 精霊族(エルファス)の青年が懐から小さな包みを取り出し、小指の先ほどの香木をエルダの顔の近くで焚いた。

 沈痛と鎮静効果のある回復香だ。劇的に効果のあるものではないが、症状の悪化を遅らせ、怪我人の精神安定にも役立つ。

 さらに、小瓶に粉末と薬液を一緒に入れて振り、それを少女の唇の隙間に垂らした。

 あれは確か、気休め程度に血を回復させる薬と聞いたことがある。――すなわち、造血剤だ。今のエルダには最適な処方だろう。


 座り込んだまま、アスファは懸命に話しきった。疲労の濃い少年自身、今にも気を失いそうだ。


「わかった」


 目線を合わせるためにしゃがんでいた瀬名は、それだけ言って立ち上がる。

 そうして、魔術の鎖で拘束された獲物達を見やった。

 声を出せずに困惑する者、不安そうにする者、憎々しげに睨みつけてくる者、状況がいまいちわかっているのか不明な顔でこちらを見上げてくる者。


「一応、説明してもらおうか。あんた達はどんな意図があって、アスファ達に何をさせたのか。あらかじめ注意しておくけれど、無駄な長広舌なんぞで耳を汚されたくはないから、簡潔に、最低限に、事務的に要点を話せ。――さもなくば舌を斬り落とすよ」


 ゆっくりと剣を抜き、その切っ先をサフィークの顔面、唇に触れるか触れないかで止める。

 青年はごくりと息を呑み、神官達は蒼白になった。


「シェルロー。まずは、サフィークだけ話せるようにしてもらえる?」

「わかった。――【問いに答えよ、逆らうことは許さぬ】」


 ……こいつら、さりげに物騒な呪文が多いな。いやそもそも、これは呪文と呼んでいいんだろうか。

 とりあえず、もう話せるようになっているはずなので、瀬名はサフィークを目線で促した。


「あ……声が……」

「うん、出るね。じゃあ、説明してくれるかな」

「……あなた方は、このようなことをし」

「はい黙れ。記憶力がお粗末だね? ついさっき注意されたことを思い出してごらん、不出来なサフィーク君。『さもなくば』の後、私はなんと言ったかな?」

「…………」

「忘れたか、頭が悪いね。何も難しい要求じゃあないだろう。『簡潔に、最低限に、事務的に要点を話せ、さもなくば舌を斬り落とす』。あんた達にはどんな意図があり、それゆえにアスファ達に何をさせたのか、私の興味はその点に尽きる。あんたらごときのくだらない主義主張だの抗議だの、私には何の価値もないんだよ」


 反応はさまざまだ。青ざめる者、憎々しげに睨みつけてくる者、いまだに状況がわかっているのかいないのか刃物を前に若干怯えながら、あくまでも誠実そうに何かを訴える眼差しで見上げてくる者。

 最後の一匹が一番不愉快である。

 

「私達の目的は、太古の神に守られし〝奇跡の剣〟だ」


 サフィークは毅然と、真剣な表情で話し始めた。


「あなたは知っているだろうか? この世界のどこかに、魔王が出現した」

「ああ。有名な話だね」

「そのように気軽な言い方をしていいものじゃない。魔王とは、この世の絶望であり、圧倒的な暴威だ。私達はその脅威から、なんとしても人々を守らねばならない。それが私達、神々に仕える者の使命だ」

「うん、それで? 魔王の居場所でも判明したかな?」

「……いいや。だが、世界中で神託が下され、いることは間違いないんだ。私達はいずれ姿を現わすであろう魔王に対抗せねばならない。そのために、〝奇跡の力〟を求めた」

「……ほお?」

「それが――ドーミアの地下神殿に、永き時を眠り続ける、神々の剣だ」


 ……。

 なるほど。なんとなく、話が見えてきたような。


「で、それをかっぱらおうと」

「か、――とんでもないことを言わないでくれ! 私達は〝正当な者〟を導き、その者に剣を授けようとしただけだ! それこそが彼――アスファ君なのだから」

「なん……!?」

「アスファ、気持ちわかるけどちょっと静かにしててね。この残念なお兄さん、私が相手してやってるところだから」

「あ、ああ……」


 軽い調子で制止した瀬名に、何故かアスファ少年は半分怯え、半分は期待に満ち満ちた表情ですぐに引き下がった。

 こんないい子のアスファ少年を、よくもさんざん痛めつけてくれたものだ……サフィークを始めとする神官モドキどもの思惑を察し、瀬名は念話で小鳥さんに愚痴る。


≪あぁーくさぁーん……これってもしやあれでこれなパターンかねー?≫

≪まあ、そうでしょうね。もしやの〝魔王〟が存在したわけですから、まあいてもおかしくはないでしょうね≫

≪やっぱりかー≫


 なんとなく、そんな気がしなくもないでもないけどまさかなあ、と薄々感じていたけれど。

 まさか本当にそれだったか、アスファ少年よ……。

 ならば当然、辺境伯あたりも知っているだろう。自動的にギルド長のユベールもだ。

 事前にいろいろ予測し過ぎていたせいか、いまいち感動が薄い。素直に楽しめない状況のせいもあるだろう。

 そう、この愚物どものせいで、せっかくの新事実に素直に集中できない。

 今この瞬間、瀬名の頭の大部分を占めるのは、〝アスファ少年が実は何者だったか〟ではなく、この聖衣を纏った馬鹿どもへ如何に恐怖と絶望を叩き込むか、それだけである。


「で、要するにその剣を手に入れて、魔王に対抗するのが目的だったと」

「そ、そうだ。邪悪な力が世界を覆い尽くす前に、なんとしても――」

「で、アスファ達だけでなく、紛いものの討伐者パーティを雇った理由は? やっぱり罠避け? 神官二人と〝剣を持つべき者〟の安全のために、代わりに引っかかってくれる捨て駒の確保か」

「そんな酷い言い方をしないでくれ。――確かに彼らは、残念だった。けれど、それは」

「尊い犠牲だった?」


 瀬名に先回りされ、サフィークは一瞬だけ言葉につまった。

 ――そのまま黙っていればよかったものを。彼はすぐに調子を取り戻し、変わらず続け始める。

 瀬名の禁じた、彼お得意の〝長広舌〟を。


「その通りだ。彼らは人々を守るため、その崇高なる使命のために、尊い犠牲になったんだ。確かにそれはいたましく、悲しいことではある。けれど、大いなる目的の前には、少なからず犠牲が出てしまうものだ。それはどうあっても避けられない。他に方法はなく」

「もういい」

「私達は彼らの命に対し、感謝と敬意を――」

「も、う、い、い。人の話を聞きなさいサフィーク君、あんたは酒場でえんえん自慢話をぶちかます酔っ払いか?」

「なっ……」

「それで? ――アスファの仲間のエルダ、そこに寝ている彼女だけど。あの娘が腕を失ったことについてはどう思う?」


 これが最後のチャンスだった。

 しかし、サフィークはやはり、気付かずにそれを蹴った。


「その少女は……残念なことになってしまった。きっともう討伐者は続けられないだろう。けれど彼女の尽力もあり、無事に彼らは奇跡を持ち帰ることができた。決して不幸ではなく、多くの人々の輝ける未来のために素晴らしい一助となったのだと、己を哀れまず誇りを持って」

「なら」


 瀬名の刀が無造作に振り下ろされた。

 サフィークの腕に。


「尊い犠牲同士、これでお揃いだな」




次回、瀬名の仕返し炸裂の回です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ