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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
白き賢者の楽園
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105話 整えられた試練 (7)


「では皆、急ぎましょう! 大丈夫、私がいれば迷う心配なんてありませんから!」


 フェロール神官が神聖魔術を口ずさむと、先ほどまでいくつも開いていた横道がすう、と消えた。

 エルダいわく、これは道が消えたのではなく、そう錯覚させられているだけだ。神官と行動をともにしていれば、正しい道がわかる仕組みというわけである。

 そして、ラゴルスともども、そんな大事なことを知っていたくせに説明しなかったこの新米神官を、アスファはまともに相手にすることをやめた。

 何故黙っていたのか問い詰めたとしても、こいつは自分が問い詰められている理由を理解できそうにない。


 そこそこ裕福な商家の次男坊で、昔から神々に仕えることを夢見て、地元の神官に目をかけられて見習いになり、何年もの努力がついに実って――等々、訊きもしないのにフェロールは誇らしげに、嬉しそうに喋りまくった。唯一気にしているのは少し童顔なこと、二十歳前に間違えられやすいが実際は二十代前半になっていること――

 右から左へ聞き流し、誰も相槌を打ちもしないのに、まあよく喋る。どうせなら商人になればよかったのではないか。

 アスファが先頭を行き、次にフェロール、その後にシモン、エルダ、リュシーが並ぶ。分断されないよう、前方だけでなく足もとや背後、両脇の壁から何かが飛び出てこないか、全方位に神経を集中させなければならない。

 精神的な疲労度合いが、外での行動と段違いだった。


(もう金輪際、神殿の依頼なんざ受けてやるもんか……!)


 護衛は結構大変だ、慣れないうちは安易に引き受けないほうがいい――いろんな連中が教えてくれたのに、対象が神官ひとりなら何とかなるかと思ってしまった。

 一時的に雇った護衛を己の手下と勘違いして便利に使おうとする、どこぞの我が儘お坊ちゃんやお嬢様ではない。

 神官なのだから。

 三人で一人を守るぐらいなら。

 ――甘かった。

 対象がどんな人間か、もっと見極めてから結論を出すべきだった。

 定期的にフェロールが唱える浄化の魔術で、辺りに清々しさが満ちるのさえ、いっそ嫌味たらしく忌々しかった。


 来る時は駆け抜けてきた距離を歩いて戻ったため、じりじりと時間は過ぎる。

 やがてもとの地点に戻ったが、そこには誰の姿もなかった。

 待っているようなことを言っていたくせに、ラゴルスもコルネもヴァノンも、とっとと先へ行ってしまったのだ。

 のっぺりと赤黒い靴跡の様子でわかる。何かに襲われ、慌てて逃げたふうでもなく、普通に歩いて先へ進んでいる。学習しない少年二人が、性懲りもなく勝手に行ってしまおうとするのを、ラゴルスが止めようとした――そんな痕跡がどこかにないか、この期に及んで微かな希望にすがろうとしている自分に気付き、アスファは自嘲する。

 あいにく綺麗な足跡は、ここにいないあの連中が、落ち着いた精神状態にあったことをはっきり示していた。

 少なくともコルネとヴァノンの二人は怯えていただろう。けれどシモンのような半発狂状態にはならなかった、なのにここにいないのが何故かなんて、考えるまでもない。

 この展開はどこか想像がついていたので、フェロール以外のメンバーはまったく動揺しなかった。


(嫌な感じだぜ……そもそもこんだけ大量の矢、どっから出てきたんだ?)


 壁のどこにも、射出口など見あたらない。これも幻術なのだろうか。

 こういう遺跡全体にはりめぐらされた、設置型魔術と呼ばれるたぐいは、エルダでも見抜くのが難しいらしい。

 散らばった矢を踏みしめ、神官の詠唱で示された〝一本道〟を慎重に進む。

 足跡も消えてしばらく経ち、何度階段を下りて、何度角を曲がったのか、もう憶えてもいない。

 途中、新米神官が魔力切れを起こし、休憩をはさんだ。朝に地下へもぐり、空腹の程度からして、今は昼頃だろうか。時間の感覚があやふやになっていた。

 無駄に体力を消耗させられたせいで、携帯食料を多めに食べてしまった。不幸中の幸いは、その携帯食があの魔法使い考案のレシピで作られていたので、食べやすく味が良かったこと。悪かったのは、味が良いせいでもっと食べたくなってしまうことか。

 補給した水分の、この四肢に染み渡りそうな旨さ。

 さっさとここから出るために食べて飲んで回復し、荷物もそのぶん軽くなる。そう前向きに考えよう。

 こんな所、一日たりと長居したくはない。

 だからエルダも、自分用の魔力回復薬をフェロールに分けてやったのだ――呆れたことに、神聖魔術を何度も行使することになるとわかっていながら、この男は回復薬を持っていなかった。

 それに比べたらシモンはまだマシである。彼は懐に干し肉を隠し持っていた。硬くて食べにくいものだが、ないよりもずっといい。


「シモン君、食べ物を持ってきてたんですか? 自分だけこっそり、なんてよくありませんよ。コルネ君やヴァノン君と喧嘩にならないように、後でちゃんと分け合うようにしましょうね?」

「……っ」

「自分の準備不足を棚に上げて、偉そうにすんな。シモン、気にすんなよ」

「ひ、酷い……アスファ君、なんか私に冷たくありませんか?」


 無視した。

 フェロールの魔力も回復し、再び歩き始める。

 立ち上がりざまシモンがぼそりと、「食べ物、いつももらえない、から…」と。

 威勢の良かったメンバーの中で、唯一シモンの雰囲気だけが違っているのに、アスファ達は気付いていた。大人しいを通り越し、暗いほど無口。おどおどこちらの様子を窺うか、視線を合わせようとしないか――四人の幼馴染みの中で、つまり、シモンはそういう立ち位置だったのかもしれない。

 食べ物を見つけても四等分ではなく、シモンだけ減らされるか、食べさせてもらえない。だから体格のいい幼馴染み達の中で、彼だけがこんなに小柄で、細いままなのか。

 シモンの声はか細く、アスファ達の耳には届いたが、無駄に元気な新米神官の耳はきっちり拾い逃している。


(ひょっとして、「大変な時こそ私がしっかりしなければ!」とか皆を鼓舞しているつもりだったりしてな。うぜえ)


 この休憩以降から、シモンの態度にさりげなく変化があった。

 気付けばアスファ一行の誰かの傍にいて、フェロールとはあまり接近しようとはしない。フェロールから話しかければ答え、近寄られても拒絶はしないが、徐々にさりげなく距離をとる。

 気弱でパニックになりやすいところは難点だが、意外と回避力に長けているというか、危機意識は低くないようだ。

 そうしてしばらく歩き続け。


「……!」

「こ、これは……」


 落とし穴があった。

 慎重に近付けば、かなり深い――けれど底が視認できる程度に浅くはある、垂直の落とし穴だ。

 灯りがなくともそれなりに明るいせいで、犠牲者の姿がはっきりと見えてしまった。


「ヴァノン……」

「ああ、なんてことでしょう……神々よ、哀れな少年に安らぎを与えたまえ……」


 底から天に突き出している無数の槍に、全身を貫かれていた。

 エルダとリュシーは再びの凄惨な光景に息を呑み、けれど耐性がついてきているのか、目を逸らしはしなかった。

 シモンがたまらず、顔をそむけて嘔吐する。先ほど食べたものが全部出てしまっても、まだ胃が何かをひねり出そうとする苦痛に涙を滲ませていた。

 フェロール神官が回復の魔術をかけ、いくらかは楽になったらしい。


「可哀想に……友達が、二人もあんなになってしまって……」

「……がう……」

「え?」

「……ち、がう。ともだち、じゃない……」

「シモン君?」

「ぼくを、手下あつかい、して……こき使った……。ぼくは、来たくなかったのに、無理やり! あんなやつら、ともだちなんかじゃ、ない……!」

「シモン君……」


 涙と一緒に怒りと憎しみを吐き出す少年に、神官はハッと突かれたように胸をおさえる。

 そして。


「いけません、シモン君。たとえ思うところがあろうとも、彼らをそんなふうに悪しざまに言っては可哀想だよ。彼らはもう、笑うことも怒ることも、泣くことさえできないんだからね。彼らが天上の門に招き入れてもらえるよう、せめて祈ってあげなくては……」

「――――」


 誰が聞いても立派な正論をかました。

 お手本になりそうな、とても神官らしい正論であった。


「……あー、シモン。そのおっさんのセリフを鵜呑みにすんな、聞き流せ」

「おっさん!? おっさんじゃありませんよ!?」

「アスファの言う通りですわ、気にすることありませんわよ、シモン」

「そうですね。もうこの男はこういう珍獣か何かだと思って、あなたは前向きに生きなさい、シモン君」

「…………は、い……」

「ちょ、ちょっと君達……酷くないですか?」


 無視した。とりあえず、先を急ぐ。

 ろくでもない嫌な予感ばかりが強まっていった。

 さらにしばらく歩いて行くと、ヴァノンよりも視覚的に悲惨な姿になったコルネがいた。

 壁から倒れてきた巨像に、潰されたらしい。

 しかもこの痕跡からすると、その巨像は倒れた後、どう見ても自動的に起き上がって、元の位置に戻ったのでは……。


「ここで、潰されて……像が、起き上がった……?」


 エルダが呆然と、震えながら言った。

 通路の中央に大量の血だまりがあり、コルネだったものは巨像にはりついているのだから、そうとしか思えない。


「なんて酷い……! もしや、邪霊の仕業でしょうか?」

「ラゴルスがいるのにか?」


 こいつは相手にしないと決めていたのに、つい反射的に突っ込んでしまった。


「ひょっとしたら彼も、ロイク君のように、ラゴルス様が止めるのも聞かず先走ってしまったのやも……」

「こんな目に遭った少年を、悪しざまに言ってはいけないのでしょう? あなたの言葉ですよ」

「相手にしては駄目よリュシー。証拠もないのに先走ったと決めつけるような男、疲れるだけですわ」

「それよりこの像は何がきっかけで倒れたんだ?」

「あ、アスファ……」

「ん? なんだシモン」


 ええええみんな酷いよ、とぼやく神官を放置し、シモンが回収していた弓を示した。


「あ、そうか。頼めるか?」

「う、うん。やってみる……」


 おどおどしながら矢をつがえ、――意外にも姿勢が良かった。もっと腰が引けているかと思ったのに。


「待ってください、危険です! 邪霊がいてはいけない、私が先に浄化をかけますから!」

「――……」


 シモンが出鼻を挫かれ、フェロールは気にせずさっさと浄化の魔術をかけてしまった。

 ……まあ、念のためかける分にはいい。


「はい、これでもう大丈夫ですよ。さあ行きましょう! って何するんですかアスファ君? うぐっ、く、苦しいですよっ?」

「先走んな。シモン、構わねーからやれ」

「…………ん」


 シモンはアスファに頷きを返し、アスファに首を固められている神官をうろんな眼差しで見上げた。

 気を取り直し、なるべく離れて矢を放つ。

 それは過たず、石像の前をかすめるようにまっすぐ飛び――



 ぐちゃ!


 どん!


 どん!


 ずどん!


 どどん!


 どご!


 ごが!


 ……



「…………うぉ……」

「ひ……」

「……こ、れは……」

「…………」


 最初の妙に湿った音は、言わずもがな、例の石像の音だ。

 それに続いたのは、左側の壁が倒れ込む音、右側の壁が倒れ込む音、天井が落っこちる音――


「……神聖魔術は、効かないみたい、ですわね……」

「そ、そそそ、そう、ですね……あ、はは……」


 知らずにのこのこ通っていたら、自分達もあの下敷きに……。


「……足跡だ。ラゴルスの靴だな。この上を通ってったのか……」

「え。あ、本当だ――よかった! ご無事でいらっしゃったんだ、ラゴルス様……!」

「……」


 赤く点々と続く足跡には、躊躇う様子が微塵も窺えない。

 この罠は時間が経てば元の状態に戻る仕組みで、その間に上を通っても問題ないようだ。

 上司の無事を手放しで喜ぶ神官に、改めて悪寒を禁じ得ない。


(まさか…………まさか……)


 その可能性に、アスファは小さくぶるりと震えた。


(シモン達が……俺らが、雇われたのは…………罠の……囮の、ため…………?)


 だとしたら。


 ――この遺跡には、確かに魔物がいる。


 白い聖衣を纏った魔物が。




シモン君はいじめられっこでした。が、一念発起。

同年代なんですが、アスファ君は微妙にアニキ認定されてます。

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