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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
白き賢者の楽園
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104話 整えられた試練 (6)

遅くなりましたが副題・アスファ君の受難6話です。


「…………」


 しん、と静かになった。

 横殴りに射出された矢が、まるで藁束のように隙間なくみっしりと〝的〟へ突き刺さっている。

 どこか現実味のない、奇妙な物体と化した人形が傾ぎ、どちゃり、と床に落ちた。


 ……。


「……うわああああぁぁあああ――っっ!!」

「!!」

「ひっ!?」


 狂乱して悲鳴をあげたのはシモンだった。頭をかきむしり、長弓が石床で乾いた音をたてて転がる。

 一歩、二歩後退って踵を返し、全力で走り出した。己の武器を放り出したままで。


「シモン君待ってください、おひとりでは危ないです!!」

「ちょ、――おい!! おまえこそ待て、追うのは他の奴に――って聞けよ!!」


 正気を失って駆け出した少年を、よりによってフェロール神官が、止める間もなく追いかけて行ってしまった。

 胃の奥からせりあがってくる気持ち悪さを必死でこらえていたアスファは、護衛人と護衛対象のふざけた行動に憤るあまり、皮肉にも瞬時に持ち直した。

 おぞましいものを目撃した恐怖や生理的な嫌悪感を、それ以上の怒りが凌駕した。


「何やってんですの、あのお馬鹿は!?」

「私達も追いましょう!」


 見ればエルダやリュシーも同様に怒りをみなぎらせ、先刻の衝撃が抜け落ちたらしい。


 コルネとヴァノンは腹を抱えて膝を突き、床に額をつけそうな勢いで丸くなっている。

 ラゴルス神官が、神官らしく彼らの背をさすりながら魔術の詠唱を紡いでいた。あれは吐き気を抑えるのと、撒き散らした汚れを浄化するやつか。

 浄化して、悪臭も防ぐ。悪臭は吐き気をもよおし、悪いものが近寄りやすくなるので、二重の意味の対策になる――そう教えてくれたのはウォルドだった。

 ラゴルス神官が顔を上げてアスファを見る。


「この者達が動けるようになるまで、ここで待っている。気にせずに行きなさい」

「……わかった!」


 迷う暇はない。これは〝フェロール神官の護衛依頼〟であり、アスファ達が優先すべきもラゴルスではなかった。討伐者を騙っている可能性が濃厚になってきた〝護衛もどき〟など、言わずもがなである。


「ちくしょうっ、ろくでもねー依頼受けちまった!! ……二人ともマジごめんっ!!」

「これはっ、無理ないと、思いますのよッ!!」

「こんなことになるなんて、想像なんかできませんよ!! こんな、悪意の塊みたいな……っ!!」


 悪意の塊。ああ、本当にそうだ。勢いで口にしたリュシーも含め、その言葉は三人の胸にしっくりとおさまった。

 何者かの陰湿な悪意が、順番通り降りかかってくる。錯覚ではなく事実だと言われても、すんなり納得してしまいそうなことが連続して起こっていた。

 アスファやリュシーはエルダの脚力に合わせて走り、多少遅くなっても、彼女を置いて先に行く選択肢はない。

 分断されてはいけないと、肌で感じていた。

 こんな状況でさえなければ、神殿の地下深くにある太古の遺跡など、冒険にうってつけの場所だったろうに。あちこちに何があるかを眺めながら、様々な想いを馳せて、きっと素晴らしいひとときを過ごせたに違いないのに。


「ところでさっきのアレ、魔物と思うか……?」

「いえ、ち、違います、わ……気配が、ありませ、でしたも、の……」

「私も違うと思います。直前まで音もなく、風の揺らぎも感じませんでした。――遺跡に設置されていた罠、なのでは」

「……」


 アスファの目がぎりりと吊り上がった。


(ペテン神官どもがぁぁっ!! 話違い過ぎんじゃねーかよ!?)


 既に一度、大人数で通った通路を引き返すだけなら、罠はないはずだ。何より彼らの目の前では、あの新米神官が「待ってくださあああい!」と、未だにシモンを追いかけている。


「おまえが止まれよ馬鹿神官!!」

「超、どうかん、ですわねッ……!!」

「あの連中、さっきの矢でやられてしまえばよかったのに……」


 リュシーの危険な呟きに、二人は全力で頷いていた。


「――う!? なんだこりゃ!?」

「どこまでも祟りますね……!」


 曲がり角や階段はいくつもあり、通路の幅や天井の高さなどに違いはあれど、来る時は確かに、道は一本だった。迷いようのないルートだった。

 なのにいざ引き返せば、何故、分かれ道などが出来ている?


「な、なんてこと……これ、幻術ですわ! 迷いようのない単純な道、なんかでは、なかったのよ……ここは、本当は迷路なのよ!」

「マジか……!」

「怖気づいて引き返そうとしたら、本当の姿を現わす……?」

「多分、ね……だから、進まなければいけなかった、のかも……」

「おもっくそ逆行しやがってあの野郎!! しかもご丁寧に道間違えやがって!! ここは左じゃなく右だろッ!!」

「ですよね。というかよく憶えてましたね?」

「このカッケー像に見覚えあんだよっ!! 仕方ねえ追うぞ、あいつらが無事通った後なら、罠はねえだろっ」

「ああ、英雄王の像ですね。――わかりました、行きましょう。むしろどこかで引っかかってくれてたら、後腐れなくていいんですけど」


 危険な呟き再びだが、誰も咎めなかった。

 エルダはベルトに固定していた小物入れから、大きめの木炭を取り出し、先端を壁に当てる。走りながら線を引いていけば、正しいルートを辿って戻ることができるだろう。幻術は視覚を騙すものであって、実際に書いた文字を消すものではない。魔術関連では、この中で彼女が最も強かった。

 ただ、無理な姿勢で走るのがつらそうだったため、途中でリュシーが交代した。

 幸い、ようやくシモンの体力が尽きたのか、ぐったり座り込んでいる。フェロール神官のほうが体力的に勝っていたらしく、呼吸を整えながらも、優しそうな声で話しかけていた。

 叫び狂っていたシモンはやっと落ち着いてきたのか、嗚咽を漏らしながらうずくまっていた。


「……おい。フェロール神官」

「あ、アスファ君、来てくださったんですか? よかった! シモン君、もう大丈夫ですよ……」

「『よかった』じゃねえよこのアホッ!!」

「ひぇぇっ!?」


 心からの安堵を満面に浮かべた無邪気な笑顔から一転、突然怒鳴りつけられてフェロールは仰天した。


「よくねえに決まってんだろ!? 護衛対象が勝手な行動を取んな!!」

「あ、アスファ君……」

「俺らは護衛だ。いくら新人に毛ぇ生えたような未熟モンでもな、きっちり仕事をこなさなきゃっつープライドぐらいはあんだよ!! 守る対象のあんたがさっさと行っちまったら、それがどんなやべえ場所でも、俺らは追っかけて行かなきゃなんねーんだよ!! わかってんのか!?」

「アスファ、君……」

「ついでに言えばそいつ――シモンもだ」


 少年がびくりと震えた。

 か弱そうに、怯えた顔をしたって駄目だ。何故なら。


「いくらモドキっぽくてもな、帰り着くまではそいつもあんたの護衛のひとりだ。あんたがそいつを守るんじゃない。そいつがあんたを守る立場なんだよ!! そうだろうが、シモン!?」

「……っ!!」


 しっかり、少年に目を合わせた。暗く霞んでいたシモンの目が、こぼれ落ちそうなほどに見開かれる。


「だから――」

「待ってくださいアスファ君! そんなにこの子を責めないであげてください!」

「あ?」


 だが、この男はどこまでもフェロールだった。


「私達よりもずっと細くて小柄なのに、こんなに頑張っているんですよ? なのに、あんな恐ろしい目に遭ってしまって……さぞかし、恐ろしかったに違いありません。正気を失ってしまったって、無理はないでしょう?」

「……はあ?」

「守る立場も、守られる立場も関係ありません。大変な思いをしている人がいれば、手を差し伸べてあげなければ」

「……」


 じゃあお友達と一緒に来いよ。護衛とか連れてくんなよ。

 今まさに俺らが大変な思いしてんだけど、あんたそのへんどう考えてんの?

 他人に手ぇ差し伸べる余裕があんのは、あんたが呑気に守られてる立場だからなんだけど、わかってる?

 胸中で突っ込んだが、声に出す気力がなかった。この男には通じないだろうとわかってしまった分、余計に。


(やべえ……こいつ見てたら、昔のエルダが並んでも、多分すげえまともな女に見える……)


 キリ! と擬音を背負っていそうな表情で語ったかと思えば、すぐにふにゃ、と笑み崩れた。


「でも嬉しいです、そんなふうに私のことも気にかけてくださって。ただアスファ君、いくら法律では成人といっても、君はまだ十代後半の少年なんだよ? 私達に比べたら、君達もまだまだ子供なんだから、そんなに気を張り詰めることなんてないんだ。依頼とか護衛とか重く考えず、遠慮せず、私のことも頼ってください。ねっ」




◆  ◆  ◆




「…………」


 ここまで聞いただけで、瀬名は本気で涙が出そうになった。

 不憫。

 本当に、本当に、本当に、本当に、心底、これでもかと、大変な想いをさせられたのだと、最後まで聞かずとも理解できてしまった。

 普段はクールな精霊族達も、もの凄く同情をこめた眼差しをアスファ少年にそそいでいる。

 同時に、神官どもを拘束している魔術の鎖の、絞る力をギリギリ強めていた。神官どもが苦しそうな形相になるも、発声を禁じられているので、うめくことさえできない。

 いいぞもっとやれ、と瀬名は心の中で声援を送った。


≪つうかこの子、成長率やばくない……!?≫

≪伸びしろが相当ありましたからね。英才教育で開花してしまいましたか≫


 小鳥が念話で返した答えに、瀬名は胸中で頷いた。

 英才教育――そうかもしれない。深く考えなくとも、〝教育〟した面子が普通ではないのだから。

 エルダとリュシーもかなり成長しており、教官(せんせい)の一人としては、草葉の陰でうるうる瞳を潤ませたいところだ。

 しかし、アスファに関しては、悪ノリというか……洗礼の後の追撃をきっちりくらわせるつもりで、苦手分野を集中的に叩き込んでやったのだけれど、負けず嫌いを発揮してきっちり投げ出さずに向かい合って来たものだから、ちょっと調子に乗って、いろいろあれこれ徹底的に叩き込み過ぎたかも、とは思う。

 もしやそれらを余さず吸収し、自分のものにしてしまったか……?


≪お、恐ろしい子……!≫

≪結果的に弱点が消えましたね。よろしかったのでは?≫

≪ウ、ウン、ソウダネ……≫


 今度からはもっと優しくしてあげよう。瀬名は思った。


 ――いや、冗談抜きで、こんなに頑張ったアスファは、優しくされたっていいと思う。

 今うかつになぐさめてしまうと、この後の話が続けられなくなってしまいそうなので、心を鬼にして、もうしばし距離を保っておく。


(安心しなよ。あんたやエルダやリュシーに舐めた真似をした連中は、この後きっちり、落とし前つけさせてやるからさ…)


 少なくともこの場に、フェロール神官とやらに該当する人物はいない。

 残念だ。

 もしいれば、アホ面に拳の一撃でも喰らわせてやったものを。




強い味方が一気に増えましたので、アスファ君はきっちり報われると思います。

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