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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
白き賢者の楽園
104/316

103話 整えられた試練 (5)

風邪で2日間更新をお休みしてましたが再開いたします。

いつも来てくださる方々には申し訳ありませんでしたm( )m

初めて来られる方々も楽しんでいただければ幸いです。


 ドーミアの神殿の最下層、入り組んだ奥まった場所に、だしぬけに大扉が現われた。

 さっきまで行き止まりの壁でしかなかった場所に、唐突に出現した扉と、両脇を守って立つ門番の石像。


「幻影魔術なんですよ。かなり接近するまでわからないようになっているんです」

「うへぇ……」


 サフィークの説明に、新人パーティの中から気の抜けそうな声が出る。


「【偉大なる神々よ、その気高き御名において……】」


 朗々と詠うような神聖魔術の詠唱。本性を知らなければ聞き惚れそうな祈りの声に耳を傾けているうちに、サフィークの全身が淡い燐光に包まれ、呼応して大扉に刻まれた紋様が微かに発光した。

 そして自ら、重々しい音を響かせながら扉は開く。内や外に開閉するのではなく、左右にスライドして壁の内側に潜り込んだ。


「す、……っげー! なんだこれすげえ!」

「うわっ、なんだここ! 神殿にこんなとこがあったなんて……!」


 扉の向こうは露台のようになっており、手すりのないその下は、どこまで続くかも不明な、果てしなく遠い闇。


「では皆さん、お気をつけて。ラゴルス殿、お願いいたします」

「うむ」

「フェロール君も頑張るんだよ?」

「はい!」

「……」


 先頭は(ストーン)の新人パーティ、そしてフェロール神官、ラゴルス神官と続き、殿(しんがり)はアスファのパーティだ。

 アスファはにこやかに送り出す青年を睨みつけるも、サフィークは「?」と首をかしげるのみだ。

 こちらの憤りも不信感も、まるで意に介さない……どころか、そもそも理解しているかすらあやしい様子に、苛立ちと徒労感のみがつのる。


「アスファ、行きましょう。仕事の前に疲れてしまいます」

「ん……そうだな」


 リュシーが小声で労わり、エルダも頷いて、アスファの中の不愉快さが少し薄れた。

 リュシーやエルダの存在が、いつもより頼もしく、ありがたみを感じる。話がしっかり通じる相手とは、こんなにも安心できるものだったのか。

 露台から、壁を這う蔦のように階段が繋がっている。そこをいくらか進むうち、入り口の扉が音をたてて閉まり、アスファ達はぎくりとした。


「……ラゴルス様。あの扉、引き返した時にちゃんと開けられるんだろうな?」

「いや、あれは内部からは開かん」

「な!? じゃあどうやって出るんだよ!?」

「順路を通って進めば、その先に出口専用の扉がある」

「聞いてねえよ……」

「問題なかろう?」

「……」


 (ストーン)パーティのリーダーが振り返り、アスファに呆れた表情で「おいおい」と言った。


「命にかかわることじゃねえんだからさ。あんた、有望株って言われてる割にゃ、肝が小せえんじゃねえの?」

「んだと……?」

「あ、あの、皆さん、お願いします。どうか喧嘩はっ……」

「喧嘩じゃねえよ、大丈夫大丈夫」

「そ、そうですか?」


 気にするなと笑顔で手をひらひら振り、フェロール神官がほっとするのを横目に、彼らはこっそりアスファ達を睨みつける。


(……おまえらな。ガキかよ……って、脱力してる場合じゃねえな。ラゴルスも油断ならねえけど、こいつらも別の意味でなんか危なっかしい……)


 あまり考えたくはないが、まるで自分の黒歴史を垣間見ているかのような連中だった。エルダも同じことを思ったのか、口角を少し引きつらせている。

 初っ端から暗雲が漂いまくりの〝依頼〟であった。

 しばらく階段を下りていくと踊り場があり、先ほどより幾分小さな扉があった。フェロール神官がどこか初々しさを滲ませる詠唱で扉を開き、一行はその中に吸い込まれてゆく。

 通路や階段の石材は月輝石と呼ばれる鉱物を含んでおり、全体的にぼんやりと明るい。戦闘時に光源の確保を気にする必要がなく、地下探索においては非常に助かる点だった。

 想像より広く、埃やカビ臭さもない。フェロールが時おり簡単な浄化の詠唱を紡いで、サア、と心地良くすっきりとした空気が周囲に拡散した。


 ウォルドなら、一度の詠唱でもっと広範囲を浄化できる。それを知っているアスファ達からすれば、フェロール神官の神聖魔術は効率が悪く、どうしても未熟に映った。

 が、新米神官ならばこんなものだろう。ウォルドを比較対象にしてはいけない。それに、アスファ達には浄化などできないのだから、上から目線で評価するべきではなかった。

 それよりも、新人パーティの面々だ。アスファ達もベテランには程遠いが、この連中は輪をかけて危ない。

 彼らは興味深そうに、きょろきょろ目移りさせながら歩いていた。警戒している様子は微塵もなく、初めて来た場所を好奇心で見回す子供の反応だった。

 気持ちはわからなくもない。アスファにとっても、生まれ育ったあの小さな農村では、すべてが想像すら及ばなかった光景である。

 これだけの遺跡を、かつて誰が、どんなふうに造ったのだろう。

 ただ、どんなに心が浮き立っても、警戒心を薄れさせてはいけない。自分達は調査ではなく、護衛依頼で来ているのだから。


 リーダーの名はロイク。見た目、言動ともに、いかにもなガキ大将。武器は剣。

 二人目はコルネ。ロイクより体格が大きく力も強いが、素早さで負けるそうだ。武器は剣。

 三人目はヴァノン。少々お調子者のムードメーカーの少年。武器は剣。

 四人目はシモン。気弱そうな少年。常に三人の後ろを付き従うような雰囲気がある。武器は長弓。


(なんっじゃこいつら? バランス悪ぃったらねえな?)


 四名のうち、三名が剣。それも野外に向いた剣だ。そこそこ広さがあるとはいえ、四角い通路がひたすら続く屋内で、その長さの剣はどうなのか。

 唯一の遠距離武器を持つシモンも、どうしてその大きさの弓にしたのだろう。こんな場所で長距離を射る必要性などほとんど想定できないのだから、せめてもっと邪魔にならない小型の弓にしておけば――いや、考えても無駄だ。今さら、武器を交換するために引き返せもしない。

 足を踏み入れる前の準備が肝心なのだ。――この連中もそれを教わったはずなのだが。


「ロイク達はこの町で登録なさったんですか?」

「うんにゃ違うぜ、フェロールさん」

「そうそう。ここよか田舎でさー、すげえ遠いとこなんだ」

「俺ら、仕事探してドーミアに来たんだよ」

「そうなんですね。四人とも、登録してからお知り合いになったんですか?」

「うんにゃ、俺ら全員、幼馴染みってやつだ! 小っさい村でさー、しみったれてるし、仕事も少ねえし、畑仕事は儲からねえし」

「んで、男に生まれたからには、いっちょ名をあげてやりたくねえ? ってロイクが言い出して」

「一攫千金を狙うならやっぱ討伐者だろ!! って言い出して」

「んだよ、てめえらも乗り気んなったじゃねーか!!」

「けけっ! だってしょうがねえじゃん、さすがに農民のガキが騎士は無理だしなー!」

「そうじゃなくとも俺、騎士なんざ無理。決まりごととか訓練とかすんげえ厳しいんだろ? そんなん、俺向きじゃねえっての。やるからには自由気ままな大冒険だよな、こんなふうにさ!」

「そんでまぁ、いつもつるんでる俺ら四人でパーティ組んだってわけ!」

「あはは、そうなんですね」


 明るい笑い声が響く。

 楽しい会話に参加していないのは、唯一気弱そうなシモンと、無表情で沈黙したままのラゴルス神官と、アスファ一行だ。


「なあ、アスファ! あんたらは…」

「ロイク、ちょっと待て。声を抑えろ」

「は?」


 ロイクがきょとんとして首をかしげた。某神官を想起させる仕草に、アスファは不愉快さを呑み込む。


「ロイクだけじゃない。コルネ、ヴァノンもだ。おまえら、護衛依頼で来てるって、まさか忘れてねえか?」

「――んだと?」


 馬鹿にされたと受け止めたか、彼らの纏う気配が剣呑になる。


「あああの、皆さん、喧嘩は……」

「フェロールさんは黙っててくれ」

「は、はひ?」

「おい! てめえそんな言い方――」

「だから、静かにしろ。魔物を呼び寄せる気か?」

「っ?」


 途端、ロイク一行とフェロールがぎょっとする。「ま、魔物?」とうろたえながら、剣を抜こうとする少年達に、アスファは「最後まで聞け!」と押し止めた。

 この連中、この反応は……。


(……なんかこいつら、素人みてえ?)


 いや、まさか。いくらなんでもそれはないだろう。

 一般的な(ストーン)ランクの連中はこんなものなのかもしれない。


「いいか、まずフェロールさん。俺はこいつらに〝確認〟をしてるだけだ。いきなり喧嘩なんぞと、早とちりで決めつけんのはやめてくれ。神官は〝公正たるべき〟なんだろ?」

「!! ――すっ、すいませんっ!!」


 新米神官は、言いがかりをつけたに等しい己の言動を悟り、羞恥で真っ赤になった。


(よし、これでいい)


 こちらは重要なことを尋ねているだけなのに、何度も「喧嘩はやめろ」で止められてはかなわない。

 ロイク達は無駄に狼狽し過ぎて恥ずかしかったのか、あからさまにムスっとしていた。


「確認ってなんだよ? 護衛だろ? 忘れるかよ、バカにしてんのか?」

「なら、もっと声を抑えろ。世間話は帰ってからやれ。邪霊は寄ってこなくとも、魔物は声に反応して寄ってくるんだ」

「お、脅かすなよ!?」

「脅してねえよ、事実だろ。話も、必要な時に必要なことを話せ。ここは酒場じゃねえんだぞ」

「ぐっ……てめえだってキレイなねーちゃん侍らせて、何様だってんだ!?」

「――は?」


 ロイク達は見当違いな方向へ激昂した。

 エルダとリュシーもぽかんとする。


「期待の新人サマはお偉そうでいいな! つうか、あんた青銅(ブロンズ)ランクだろ? いもしねえ魔物なんぞにビクビクおどおどしやがって、情けねえんじゃねえの?」

「つうか、日帰りだってのに、なんだよその大荷物? そんなん持って来てんの、あんたらだけだぜ?」


 コルネとヴァノンも参戦し、シモンだけがフェロールと一緒にハラハラしながら、喧嘩腰の仲間とアスファ達を交互に見ていた。


「大荷物? せいぜいが三日分ぐらいの携帯食と水ぐらいしか入ってねえぜ? あと念のために、細々したもんをちょっとばかりか」

「はあああ?」

「三日ぶんんん?」


 動きを阻害しないよう、アスファとエルダとリュシーは革ベルトで身体に固定できるタイプの荷袋を背負っていた。きっちり最低限の量でまとめ、大荷物というほどではない。

 しかしロイク達は目を丸くし、次いでゲラゲラ笑い始めた。声を抑えろと言ったのに、ちょっと時間が経てばこれである。……子供か。


「ばっっっかじゃねえ!? マジでバカ!?」

「三日分て!! 日帰りできる距離だっつーのに!!」

「あのなー、おたくら、日帰りって言葉の意味わかってる!? 依頼の時にちゃんと話聞いてた!? 何そんな重装備で来てんだよ!?」

「ええわかってますわよ、日帰りできる〝とは限らない〟という意味ですわよね」

「――――」


 エルダの冷ややかな指摘に、ロイク達の馬鹿笑いがひゅんと引っ込んだ。


「あなた方こそ、事前にちゃんとお話を聞いていなかったのかしら? 森や平原といった場所ではなく、ひたすら地下を進む、と」

「食べ物を調達する手段のある野外での依頼とは異なり、遺跡という建造物の内部で、長くて往復一日ほどの距離、という意味を考えましたか? 不測の事態に見舞われた際、どのように生きる糧を確保するつもりです? 私達はここに来るのは初めてであり、本当に半日から一日程度で戻ることができるかなんて、わからないのですよ」

「だよなあ。それ考えたら、これでもいざって時に足りる保証はねえんだけどよ。だって〝護衛依頼が必要なほどの距離〟っつーことだろ。シュンッて行ってシュンッて帰ってこれる距離なら、こんな大人数いらねえんじゃねえの?」

「……っっ!?」


 ロイク達はグッと息を呑んだ。

 そう、そんなに単純で簡単な依頼なら、いくら低ランクとはいえ、二つものパーティに依頼を出す必要はない。実際に魔物の出る可能性がないと言い切れないからこそ、討伐者が雇われているのだ。そしてその魔物は、少なくとも非戦闘員の神官達で倒せる確証がない程度と予想される。そういうことだろう。

 アスファ達は依頼を受ける前に、思い付く限りの確認をしていた。その際、今回の試練とやらがどのような環境で行われるかもきっちり聞き出していた。

 地上ではなく、地下。床も壁も天井も石材で、草の一本も生えておらず、いるのは弱い邪霊か小型の魔物。順調であれば朝に入って、夕方頃には出てこられる。その予定だと。

 事前の情報収集と準備を怠るな。そう叩き込まれた。

 だからこそ、一度足を踏み入れたら専用の出口を使わなければ出られないなんて、そんな重要なことを話さなかったラゴルス達に怒りを覚えている。

 縄を伝って下りるような場所ではなく、神聖魔術で開く扉があるのだと聞いてはいた。

 だが、「入り口をくぐった後、そこからまたすぐに出られますか」なんて普通は訊かないだろう。

 それは本来、サフィークやラゴルス達のほうから、事前に説明しておくべき〝注意点〟ではないのか。


(戻ったら、ギルド長に訴えてやる)


 命に危険が及ぶことでもあるまいし、悪意で黙っていたのではなく説明の義務を感じなかっただけだ――そう言い逃れられるかもしれないが、少なくとも〝悪意と誤解を招く依頼を出した〟点は問題視される、はずだ。


「おまえら、食べ物はどのぐらい持ってきてる?」

「……ねえよ」

「は?」

「持ってきてねえっつーんだよ、そんなもん!」

「はぁああ?」

「信じられませんわ……」

「嘘でしょう……?」


 アスファ達は呆れ返った。


「お、おまえらなー……」

「ンだよ、さっきからフソクの事態とかいざって時とか、んなもん、そうそう起こりゃしねーだろ!」

「優秀な青銅(ブロンズ)様と違って、こっちゃ切り詰めてんだよ! 一日ぐらい食わなくたって、どうにでもならぁ!」

「あのな、そーゆー根性論とかの話じゃねえんだよ。基本だろ?」

「コンジョーロン? んだそりゃ、わけわかんねえ! それの何が基本つーんだよ!」

「……」


 いよいよ、開いた口がなかなか塞がらなくなってきた。

 根性論という言葉は、そんなに高度な言葉だったろうか?

 ……そうなのかもしれない。自分達にあれこれ叩き込んだのは、グレンやウォルドや魔法使いといった、揃いも揃って頭脳方面にも強い連中だった。ローグ爺さんは……まあいい。

 そうと気付かない内に、高度な言葉を刷り込まれていたのかもしれない。アスファは頭痛をこらえながら続けた。


「あのな……絶対に起こらねえっつー確証はねえだろ? そーゆーのに備えるのは基本だ、っつってんだ。それにおまえら、なんだよその武器は……」

「はッ、どうせ安モンだよ!!」

「値段の話じゃねえ、〝長さ〟を言ってんだ」

「は? 長さ?」

「屋内で振るうなら短めの剣だ。斧でも短剣でもいい」

「は? ……斧なんざ、木こりじゃあるまいし……短剣なんざ格好悪いだろ、女の武器みてえな……」

「――本気で言ってんのか?」

「……んだよ!! こんだけ広けりゃ充分だろうがッ!?」

「ここはな。でも広い通路もありゃ、狭い通路もあるって話だけどよ、事前に聞いてねえのか? シモンの弓だってそうだ。屋内向きにもっと小型の弓が安モンでも売られてるってのに、なんでそんな野外向きの大きさの弓にした? まさかと思うけど、おまえも短剣なんざ持って来てねえとか言わねえよな?」

「そっ……」

「それは……」

「……」


 なんとも言えない沈黙が支配した。

 これは……本気で、どうも、おかしくはないか。


「あなた達……どちらのギルドで登録なさったんですの?」

「は? ――田舎の町、っつったろ」

「つうか、お喋りやめろとか、そこの偉そうな兄ちゃんが言ってたろうが」

「とても重要なことを質問しているのですわ。教えてくださいます? その町の名前を」

「あ、あんたらにゃ関係ねえだろ……」


 挙動がおかしくなり、明らかに怯んだ。

 この連中は――


「おまえら、討伐者じゃねえな……!?」

「う、うるせえ、討伐者だよ!」

「そうだ! と、登録だってしてるかんな!」

「どもりやがって、嘘くせえんだよ! ――ラゴルス神官! あんた、なに考えてこいつらを――」

「まって、待ってくださいっ!」


 フェロール神官が割り込んだ。


「お願いします、喧嘩はやめてくださいっ」

「喧嘩って、あんたまた……」

「あっ、す、すいませんっ。ええと、争うのはやめてくださいっ! たとえどのような事情があれど、あなた方は皆さん、私の護衛として来てくださっているんです! ですから私にとって、皆さんは等しく、守ってくださる頼もしい方々なんですっ」

「いやあのな、そういう問題じゃ」

「ですからっ! お願いですからどうか、この方々を責めないであげてくださいっ! 先ほどのお話しでも、切り詰めていらっしゃるとのことでした――私にも至らない所は多いと思いますが、神官として、伏してお願いいたしますっ」

「……」


 何を言っているんだこいつは。アスファは言葉を失った。

 何をどう説明すればいいのか、もはやひとことも思いつかない。言葉が通じるのに、投げた言葉が跳ね返ってこない、会話がまったく成立しない感覚。

 神官とは、どいつもこいつも、こんな妙な生き物しかいないのか?

 村にいた神官の爺さんは、そんなふうに感じたことなど一度もなかったのに。

 筆舌に尽くし難い違和感からくる沈黙をどう曲解したのか、フェロールは「ありがとうございます…!」と瞳を潤ませた。


「……チッ、あほらし!」

「ろ、ロイクさん」

「うるせえよ! 大事な試練なんだろ!? ごちゃごちゃくっちゃべってねーで、とっとと終わらせんぜ!」

「あ、ありがとうございます。あ、待ってください!」


 庇われてバツが悪いのか、本気で苛立っているのか、単に照れているだけなのか、ロイクは憎まれ口を叩いてずかずかと歩き始めた。

 フェロールを置いて、勝手に。

 ここまで一本道だった。迷うわけでもない。彼が先に行ってしまって何があるわけでもない。しかし。

 アスファの背筋に、ぞくりと嫌な予感が這った。

 感情的になり、打ち合わせにない単独行動を勝手に始めた輩は、大概が真っ先に――その危険性をアスファに教えたのは、あの黒髪の。

 通路の先は、左右に分岐している。


「ちっ、ここへ来て分かれ道かよ……!」

「おいロイク、先に行くな! そこは死角…」

「うるせえッ!! おいフェロールさんよ、右か左か、どっちだ!?」

「え、え、え、ええええと……」


 突き当たりで立ち止まり、ロイクがイライラと振り返った。


「さっさと答えろよ! もう好きに行っちま――」



 その瞬間。

 分岐した左右の通路から、何かがずどどどど、と飛び交った。


 細長い何か。

 それらは一瞬で、少年の左右両脇から貫通し、突き刺さり、熟れた果実がはじけるかのごとく、床や壁に赤を散らす。


 ほんの数秒で人の原形が曖昧になるほどの、それは、天井まで埋め尽くす大量の矢だった。




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