101話 整えられた試練 (3)
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ちょっと短めです。
――新米の神官が、ドーミアの神殿で試練を行う。
――試練と言っても、すべての神官が一度は経験する通過儀礼だ。墳墓であったり、遺跡であったり、場所は毎回変わるが、指定した場所へ赴き、祈りを捧げて戻ってくる。試練というからには、もちろん散歩がてら行って戻ればいいというわけではない。
――なに、一日で戻って来られるような場所だ。ただ、もし邪霊のたぐいが出てきた場合は神聖魔術で祓えるものの、それ以外の魔物が棲みついていた場合は対処が難しいかもしれない。
――そのために護衛を頼みたいんだが、引き受けてくれるだろうか。
まだサフィークという青年の存在を知らなかった頃、彼が現われる数日前、神殿まで荷運びの依頼を受けた際、アスファ達は神官に声をかけられた。
最近になって移住してきた連中の狩場は遠く、低ランクでは足を踏み入れない危険地帯ばかりなので、獲物が被ったり中ランク以下の仕事が減るような心配はあまりない。危険を伴わない単純な依頼は内容に見合って低報酬だったものの、単にたまたま、他にちょうどいい依頼が出ていない時だった。
茶髪に茶色い口ひげをたくわえたラゴルス神官は、神々に仕える者としての矜持と威厳を纏う一方、アスファ達に対しても気さくに話しかけてくるような人物だった。
たとえば、神殿からすれば魔術士にあまり好意を抱いていないとか、魔術士達も神殿を刺激しないようにそこそこ距離を置いているとか、そういう話はアスファにはぴんとこなかった。ドーミアへ来る前は平凡な農村にいて、小神殿で時々祈りを捧げる一方、英雄や魔法使いの物語に憧れる少年時代を送った。神々も聖霊も、どちらも人々の生活に根付いており、あえて区別をつけて隔離するような存在ではなかったのだ。
だから、自分達を徹底的にしごいた指導員の一人が魔法使いであったことは、アスファにとっては神殿を敬遠する理由にはならず、ラゴルス神官もそれを気にしているようには見えなかった。
雰囲気が立派なので自分からは近寄りがたいけれど、いわゆる〝素晴らしい神官様〟――そんな人物だと思っていた。
低ランクでも構わない内容とはいえ、ただのチンピラに神官の護衛を任せたくはない。ラゴルス神官はそう言って、討伐者ギルドに、人となりを知っているアスファ達へ指名依頼を出した。
ごく自然な流れだった。内容も何らおかしい依頼ではない。荒事の不得手な新米神官のために、日帰りで護衛をしてやるのだ。
アスファ達以外にも、石ランクの討伐者パーティが声をかけられていた。
「羨ましいなあ、あんたら。あんな豪華なメンツに鍛えられてさあ」
正式に依頼を受け、指定された日に集合し、神殿の応接間で顔合わせをした。
チンピラ不可の指定があっただけに、無意味につっかかるような刺々しさはない。かといって好意的でもない。
全員がアスファ達と同年代ぐらいで、歳の近さもあり、同じ新人でありながら彼らのランクを飛び越えて青銅になった連中に、悔しさが捨てきれないと顔に書いてある。
「……どんな指導だったか、何ならお前らにも教えてやるぜ?」
「へえ~、そりゃ聞きてぇなあ、青銅さんよ。俺らみてえなアホの頭にも入るように、是非わかりやすく教えてくれや?」
「よしきた、耳かっぽじってよく聞け。まず手始めに、心が砕ける」
「くだけ!? 手始めで!?」
「粉砕と言ってもいい。そして二段階目に、身体が悲鳴をあげる」
「あ、いや、やっぱいい。やっぱいいわ。ゴメン」
「遠慮すんな、こっからが本番だ……!」
「いやいや、ほんとにいいから! 悪かったって!」
苦労の記憶は、時に人と人の友好の懸け橋になるらしい。
もともと性根は悪くない連中だったので、衝突はほんの軽い程度で終了する。
「引き受けてくださってありがとうございます! よろしくお願いします、皆さん!」
新米の神官は最近見習いから昇格したばかりらしく、頬を紅潮させて微笑ましかった。まだ二十歳にはなっていないぐらいだろうか。この青年に対しては、どちらのパーティの面々も、ついほっこり笑顔になった。
新米神官と石の面々が先に部屋を出て、アスファ達がそれに続こうとした瞬間、「待ちなさい、君らにはもう少し話がある」と応接間に引き留められた。
怪訝に思っていると、通路側ではなく、部屋同士を繋ぐドアが開いた。
「こんにちは、また会ったね。私を憶えてくれてるかな?」
「……!?」
アスファの背筋にゾッと寒気が走った。
忘れるはずもない。
――サフィーク、と呼ばれていた男だ。
(な、なんでここに!? 関わらないようにしとこうぜって、エルダやリュシーとも話して決めてたってのに!)
そして直感した。
「ラゴルス様……あんた、もしかしてグルだったのかよ……?」
「グル? どういう意味だね?」
「え、私の顔を見るなりそれ? 酷いなぁ……どうしてそんなことを?」
困ったような顔で首をかしげるサフィーク。
いきなり妙な疑いをかけてきた少年に、呆れた様子で溜め息をつくラゴルス神官。
二人ともきちんとした身なりの、立派で、知的な、誰が見ても人に好かれそうな、尊敬を集めそうな神官だった。
けれどアスファの背には、冷や汗が滝のごとく流れていた。
横目で仲間二人の様子を窺えば、やはりどことなく引きつった表情で目線を返してくる。
(やべえ。もしかしてこの依頼、なんか〝裏〟があんじゃねえか?)
だがもう、しっかり引き受けてしまった後。そして今日がその依頼の指定日であり、今から断ることも、誰かに相談することもできない。
アスファは拳を握りしめ、内心で「やられた…!」と歯噛みした。
(まずいことになっちまった。何がとは言えねえけど、こいつと関わったらやべえ感じすんのに)
アスファから先日の話を聞いていたエルダとリュシーも、わずかに眉をひそめていた。
ウォルドからは口止めをされていなかったので、アスファは彼の様子が妙だったこと、ウォルドの旧知らしきその青年が妙に引っかかることを二人に話していたのだ。
ひとりよがりに突っ走ったせいで、とんでもない失敗をしでかした経験の身に染みている少年は、すべてを思い込みで判断してしまわないよう、常に二人に相談するくせがついていた。
二人の意見も聞いてみた結果、やはりどちらも「聞く限りではアスファと同じ印象」とのことだった。
今回、依頼を撤回できなくなったタイミングで出てきたことで、あやしさは確信に変わる。
(わざとか……? 狙ってやったっぽい? ……くそ、わかんねえなこいつ)
若干腰を浮かせたアスファに、サフィークは「座ってくれていいよ」と、いかにも好青年な微笑みを向けた。
座りたくねえんだよ。ちくしょう、逃げてぇ――葛藤を抑え込み、アスファはサフィークを睨みつけながら、再びちゃんと座り直した。
あやしさ漂うサフィーク、こ奴は天然です。
だからこそタチの悪い典型。
可愛くて許せる天然の対局にいる存在。