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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
白き賢者の楽園
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100話 整えられた試練 (2)

ご来訪ありがとうございます。

とうとう100話目。感慨深い……。

やはり来てくださる方がいると励みになります。


 その日、ドーミアの住民達は未曽有の光景を目撃した。

 魔馬に騎乗した魔法使いを先頭に、雪足鳥を駆る精霊族がゆうに五十名は後に続く。さらにその後を少し遅れ、灰狼の部族の戦士が百も続いた。


 森を出る間際、それぞれの村に声をかけた。「ちょっとそこまで殴り込みに行ってくるわ、手が空いてる人はついてきてくれると嬉しいな!」と。

 目立ちたくない、それはもちろん。だが今回に限っては、頭数は多ければ多いほどいい。

 ――徹底的に威圧感を与え。

 ――そして逃亡を絶対許さないために。

 いつの間にか増えていた精霊族は、たまたまその日森にいた全員が、そして灰狼の部族も、狩りから戻った連中が即座についてきてくれた。後者は村が森の端にあるため、防衛のために一部は残っているとはいえ、これだけいれば上等である。


《神殿ではありません。治癒院に向かってください》

「治癒院?」

《地下遺跡の入り口が治癒院に繋がっております》

「わかった」


 シェルローが何かもの言いたげに、しかし口をつぐむ。弟達は女王に呼び出され、一旦故郷の森に戻っているらしく、残念ながら今回は不参加だ。

 人の波が慌てて道の端に分かれ、空いた中央を突っ切ってゆく。

 やがて、治癒院の建物が見えてきた。


「展開し、逃げようとする者がいれば捕らえてくれ」

「わかった、任せろ」


 瀬名の意図をくみ、シェルローが指示を出す。灰狼の部族長が力強く頷き、おのおの足音もなく速やかに散らばった。さすが、狩りに長けた種族だ。

 彼らは何をすべきであり、何をすべきでないか、一から十まで説明されずとも本能的に心得ている。

 彼らが建物を取り囲み、精霊族は数名が出入口で目を光らせ、あとの全員は瀬名に付き従った。

 ――瀬名ひとりだと、愚かにも数に任せて追い帰そうとする輩が出るかもしれないからだ。


 神官衣を纏った人物が、泡を吹きそうな形相で何かを言っていたが、無視して廊下を突き進んだ。

 ドーミアの治癒院は、大きめの小神殿と呼べるつくりをしている。小鳥の先導により、瀬名とシェルロー、そして数十名の精霊族は迷いなく、奥まった位置にある大扉まで歩を進めた。

 その扉の向こうには〝奥の院〟と呼ばれる区域があり、祈りの間や治癒士達の住まいがあるとされているが、そんなことはどうでもいい。

 小鳥が随時知らせてくる内容に、怒りは最高潮に達し、反比例して熱がすう、と冷めていく感覚がある。

 無表情を通り越し、能面のようになっていた。


(本気で怒ると冷静になるタイプだな…)

(怒りが薄れて熱が失せるのではなく、慈悲が失せている…)

(シッ……)


 大切なものは一番奥に隠している。

 その定石にのっとり、目的の扉は治癒院の最奥にあった。





 両開きの扉を開いて真っ先に目に映ったのは、寝台の脇にぐったりともたれかかった少年の顔。

 血の気をなくして俯き、呆然と床に落とす視線は、紛れもない絶望、恐怖、後悔、悲しみ――

 ――今にも砕けそうな、ひび割れた精神状態がありありと見て取れる。

 寝台に横たわる人物を、食い入るように見ているのはリュシーだ。彼女の状態もアスファと大差がなく、両腕を抱えて小さく震えている。自覚していても止められないのだろう。

 そして――横たわる赤毛の少女は、血まみれだった。

 胸が少し上下している。生きてはいる。けれど意識はなく、衣類は凄惨な有様だった。

 彼女だけではない。この三人ともが、返り血なのか何なのか、先日新調したはずの防具が一部壊れ、服は破け、赤黒く湿っていた。

 一番それが酷いのは少女――エルダだった。


(腕が……)


 右腕が、ない。

 肘の上あたりから包帯でぐるぐる巻かれ、その先にあったはずの腕がなかった。


 ああ、これは。

 ショックだっただろう。

 エルダ本人もそうだが、傍にいる二人にとっても。


 神聖魔術では怪我の治癒が可能だ。

 けれど、失われた部位の復活はできない。

 既に失くした人体を、新たに創ることはできないのだ。

 自力で新たに腕や足が生やせるのは、人族(ヒュム)以外の種族――魔物や魔族ぐらいしかなく、それもすべての種が可能としているわけではなかった。

 神殿において、聖女や聖人とされる人物の起こす奇蹟、そのほか伝説級の秘薬などを求めれば、あるいは。

 そういうものなのだ。


 この三名を庇う位置で、剣呑なオーラを発しながら、大剣を構えて立ちはだかる大柄な男がいる。


「セナ、か……」

「やあ、ウォルド」


 苦渋と激怒に染め抜かれた形相を、彼は一瞬だけゆるめた。けれど剣を引く様子はない。

 ウォルドの前に立っているのは、万人が〝好青年〟と評しそうな面立ちの青年だった。

 今はウォルドの様子に、困惑と怯えを浮かべているように見える。


「あれかな?」

《はい。あれがサフィークです》


 瀬名に視線を向けて、どこかきょとんとした反応を見せた。


 ――余裕だな。この男……。


 瀬名はこの瞬間、はっきりとこのサフィークという男が嫌いになった。


(ウォルドを甘く見てる)


 いつも朴訥として、不器用で、人の好いこの男が、これほどの剣幕を見せているというのに。

 このサフィークという男は、この期に及んで「それほど本気で怒られてはいない」と甘く考えている。

 荒事に慣れていないから、剣を前にした一般人のありがちな怯えを感じているだけで、「話せば理解してもらえるだろう」程度にしか思っていないのだ。

 この世の争いはすべて対話でなんとかできると。善意をもって接すればわかってもらえるものだと本気で信じている人間の顔だ。

 他でもない自分自身が、相手との対話の機会を、ドブに放り込んだ自覚すらなく。


「なっ、なんですか、あなたがっ……!?」

「…………」

「うぅっ……」


 邪魔者が雑音を発しかけるところで、連れの青年が一瞥で静かにさせてくれた。

 扉の前に同胞が数名陣取り、この室内にいる全員の退路を塞ぐ。侵入者が来ても彼らが排除してくれるだろう。

 これほど眼福な生き物がたくさんいるのに、うっとり見惚れている場合ではないなんて、最低な気分だ。

 サフィークの隣に、口ひげをたくわえた壮年の神官が立っている。その背後に、神官が五名。位だけはそこそこの、ろくでなしが全部で七匹。


 寝台の傍に立つと、アスファがのろりと視線を上げた。リュシーもだ。

 この世の言語を、思考の仕方を、すべて忘れてしまったような顔。

 なんて酷い顔色だろうか。


「……ウォルド。エルダの腕は、どこかに置いてる?」

「――いや。彼女の腕は……もう、ない。今は俺の治癒魔術で、応急処置を施している」

「そう。ごめん、変なこと訊いて」


 腕の回収などできる余裕はなかったか。それとも回収など不可能なほど損傷してしまったか。

 それ以前に、()()()()()()という発想自体がないかもしれない。

 痛みと高熱で、少女の呼吸は荒い。ウォルドの神聖魔術はかなりのレベルとグレン達から聞いているけれど、雑菌などにはどの程度効果があるのだろう。後で調べてみなければ。


「すまない、ウォルド……その少女には、可哀想なことをしてしまった。しかしこれは人々のため、大いなる意思の」

「【黙れ。許可なき発言の一切を禁ずる】……穢れた言葉を紡ぐな、愚物が」

「っ!! ――っっ!?」


 こちらを無視してウォルドを懐柔しようとした、というわけでもなく、ウォルドとは別種の、ある意味天然なのかもしれない。

 突然声が出なくなり、サフィークは愕然として、口をハクハクさせている。もの凄くいい気味であった。


「さすがシェルロー」

「このぐらいなら、いくらでも」


 周りの神官どもが蒼白になり、中にはシェルローに食ってかかろうとした者もいたようだが、やはり全員が己の喉を押さえて鯉のようにハクハクと繰り返した。

 静かでいい。


「あの連中は放置でいいから、あんたから話を聞きたい。何があった? アスファ」

「あ……」

「大丈夫。ゆっくり息吸って、吐いて……」


 語りかけながら、瀬名はウエストバッグから皮紙の手帳と、筆記用の木炭を取り出した。

 周りに見えない角度で、さらさらと文字を綴る。


「…………」


 アスファが目を瞠った。



 〝この内容を声に出すな エルダの腕は必ず復元する〟

 〝詳しい状況が知りたい〟




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