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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
白き賢者の楽園
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99話 整えられた試練 (1)


 すっかり暖かくなり、天候も安定して崩れにくくなった。

 胸当てを外し、シャツのボタンも二つ外して、そよ風を楽しみながら円形広場の真ん中で仰向けになる。


「キレイな空だぁねー……」


 どこまでも透明で濁りなく、真っ青な空。

 つまらない決まり文句しか出ないけれど、綺麗なものは綺麗だと言いたくなるのだ。


(あー、素晴らしきかな、のんびりまったりな日々……こんな日がずーっと続けばいいなー……)


 異常気象と、それに伴う災害の多発、汚染された大気――東谷瀬名の故郷は、それらに歯止めをかけられないまま滅びてしまった。

 実のところ、いち国民に世界の真実など知り得るはずもなく、本当にそれらの原因で滅びたかどうかさえ、たかが一般人に過ぎない東谷瀬名には確かめようがなかった。あの頃は国民全員がドームの中に避難して暮らし、その内部は完璧に快適に設計された世界で、人々は自分達が避難している自覚すらなく、環境汚染やら世界滅亡やら叫ぶ連中は、いたずらに不安を煽る無粋な人種でしかなかった。

 もっとはっきり言えば、世界の行く末を真面目に論じる人間ほど、頭のおかしい変人として嘲笑の対象になっていた。

 ドームの外の平均気温が百度に達したとニュースで流れようと、ランチのデザートメニューにアイスクリームは定番で、海岸が今年また数メートル遠ざかっても、水着を買ってプールへ遊びに行った。

 疑いようもなく、安穏とした平和な世界だったのだ。


 たとえ未来に何が起こるかを正確に読み取れたとしても、どのみちすべてを救うことはできなかったろう。

 真実を知り得る立場にいたごくわずかな人々も、〝救われる一部人類〟の中に自分達だけを入れ、それ以外のすべての人々を見捨てた。


(民間企業の宇宙航路(スペースライン)が全廃されたのも、やっぱ隠蔽工作だったんかな…)


 ドームの天井は朝になれば明るく、夕暮れになれば夕焼けを、夜になれば夜空を映した。本物の空は排ガスや埃などで黄土色に汚れ、星空などどこへ行っても視認できないと教材には書かれていたけれど、民間で閲覧できる映像資料としては残っていなかった。

 美しく青い星――緑の大地――澄んだ海――目にできる画像は、決まってそればかり。

 ところがARK(アーク)氏に見せてもらった画像では、汚染された海は毒に等しく、雲の色は濁り、大地は大部分が土色になっていた。

 ここまで来たら、滅びなきゃおかしいだろう……誰の目にも一目瞭然。

 だから、本当の姿が明らかになってしまうのを防ぐために、宇宙航路(スペースライン)は廃止されてしまったのかもしれない。


 旅客機が宇宙ゴミの衝突被害に遭う事故が多発し、海面は荒れやすく船も危険。だから国外との行き来は、もっぱら海底ラインばかり利用されるようになっていった……それも分厚い多重構造のトンネルで、海の様子は見えないものだった。


 どこかの国のテロリストが、衛星を自爆させたという事件も大ニュースになった。細かく砕け散った破片の一部は大気圏再突入時にほとんどが燃え尽き、一部が旅客機を襲った。ほんの小さな欠片だけでも、当たりどころが悪ければそれは大惨事を引き起こした。

 ただでさえ長い年月をかけて、宇宙空間は細かい障害物だらけになっており、その事件がきっかけとなって、民間機の航行は全面的に禁止されたのだった。

 ただ、ARK(アーク)(スリー)が平然とシールドを多用しているように、民間機でなければ、宇宙ゴミの対策は既に万全になっていた。文字通り雲上の方々には見ることができたのだろう、あの世界が辿るであろう、正確な道筋を。

 そして彼らは、あれを民間の者には見せないよう細心の注意を払っていた――これが世界の現状だと教えてしまうと、彼らの思惑が露見してしまう恐れがあったから。


(一部の特権階級による情報の独占と遮断――ああ、やめやめ。せっかくリラックスしてんのに)


 そんなものをつらつら考えても、腹が立つだけで何のメリットもない。

 大の字になって身体を伸ばし、ごろんと寝返りを打つと、視界の向こうで何やら白い物体が、背後に小さなコンテナを引き連れて移動するのが見えた。


Alpha(アルファ)……じゃないBeta(ベータ)さんか。何やってんの?」

《あ、マスターこんにちはッス。ついさっき採掘してきたアレコレを運んでるところッスよ~》

「採掘……今さらだけどそれって危なくないの? なんて訊くのは変か……」

《イイエ~、ご心配ありがとうッス! でも大丈夫スよ、このへんの地下はARK(アーク)(スリー)がスキャンしてますんデ、空間のどこガどう繋がってンのかはわかるんス。迷子になっタリ、うっかり隙間に落っこちタリはしないスよ!》

「へえ?」

《ただ、形状トカ熱反応トカでだいたいどんなモンがあるかは推測できるンすけど、実際そこに行ってみるトいろいろ発見があったリするんス。なもんデ、調査は欠かせないッスね。まだまだ広くて回り切れてないんスよ~》

「へえ……まあ、気を付けてね?」

《はいッス! ARK(アーク)(スリー)ほどじゃないケド俺っちにもソナー機能ありまスし、これでもけっこう頑丈で有能なんスよ。安全策は常に取ってマスし、不測の事態にも対処できるッスからね!》

「そっか。――ご苦労さん。仕事の邪魔してごめんよ」

《イイエ~♪》


 白い物体を先頭に、奇妙な貨物列車もどきはゆっくりと進んでいった。


(あのコンテナ、確かマグマの保管に成功したっていうメーカーの……いや、やめておこう)


 自分はなにも見なかった。

 ゆえに、あの中身が何なのかなんて、知る必要はないのだ。

 瀬名は再び大の字になり、「空がきれいだぁねえ……」と微笑んで瞼を閉じた。





 どのぐらいそうしていたのだろうか。


≪マスター、お目覚めください≫

「!」


 念話で覚醒を促され、瀬名はびくりと身体を震わせた。

 聴覚で起こされるよりも刺激が大きく、効果は抜群なのだが、心臓にはあまりよくない。よって緊急時でなければ、ARK(アーク)氏はそんな起こし方をしないのだが。

 ――つまり、何か緊急事態なのだ。

 真っ先に視界に入った空は、恐ろしく鮮やかに煌々と燃え盛っている。

 不吉な赤と黄金を背後に一羽の小鳥が舞い降り、手短に告げた。瀬名にとって、不愉快極まりない報告を。


「アスファが……?」

《はい。――サフィークが接触しました》

「……もしそいつに会っても口車に乗るな、っつっとけば良かった」

《いえ、どうやらウォルド殿経由で、それとなく警戒心は抱いていたようです。ただ、その男によって()()()()()()()話を進められたのでは、と》

「……んの野郎。ざけんなっての!」


 腹筋に力を入れて跳ね起き、全力で駆けだした。

 一刻も早く、ドーミアへ。




今話から新章に入ります。

何話かアスファ君編になる予定です。

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