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鉄仮面は正統派魔法少女③

(……たしかにそうだが、それとこれとは別だろ)

 私に憑依したカレンを無視して、放課後、私はミヅキと連れだって歩いていた。

 昨日ミヅキを付け回したあのアーケード街である。

「ところで、カレンさんは?」

「用事があるってさ」

「じゃあ、セツナさんのこと独り占めできますね!」

 そう言ってにっこり笑う。昨日見たあのつまらなそうな顔は面影さえ残していない。

 しかしそれにしてもだ、出会ってほぼ2日の人間に言うことではない。デレてからが早すぎるのも、友達がいない感マックスだ。

(お前、なにげにめちゃくちゃひどいやつだな)

(私そっくりって意味よ)

「そうだ、私スタバに行きたい! もしくはマック!」

「あー、なるほど」

 普通の女子高生的なことに飢えていたのだろう、やはりぼっちである私にはその気持ちが痛いほどに分かった。

 そうだ、私たち以外の女子高生はスタバで暗号みたいな名前のメニューを空で注文したり、マックで何やら考えさせられる雑談をして拍手されたりしているのだ。

 私たちだっていかに常識や規範から脱していようとも女子高生なのだ、そうしちゃいけない理由などないだろう。

「よし、じゃあマックに行こうか! なんか考えさせられる雑談の種を持って――」

「きゃああああああっ!」

 私の言葉を、特大の悲鳴が遮った。

(……クラゲだ)

 最悪のタイミング、ここのところ夜間にばかり現れるからすっかり油断していたが、もとよりクラゲは理不尽かつ意味不明な生き物なのである。

「ったく、空気読みなさいよ――」

 私は苛立ちともに悲鳴の方向へ視線を遣って、

「――本当にあれ、クラゲなの!?」

 その異形に思わず叫んだ。

 猪突猛進、モーゼの十戒のごとく人垣を割ってやってくるそれは、鎧の巨人であった。

 私たちを足元に見下ろす、漆黒の騎士。その手には大量のトゲをたたえた鉄球を持ち手から鎖に繋いだ武器――モーニングスターが握られ、その巨体が進むたびに引きずられ地面を削っている。

(ああ、あんなナリだが、確実にクラゲだ!)

 カレンの言う通り、その頭部の一部を覗かせている薄黒のV字バイザーから、あのクラゲの黄色い単眼が妖しく光ってこちらを見据えているのが確認できた。

(おそらくは、弱点を守ろうとしたらああなったんだろう)

(それにしたって、人型になるのはおかしいでしょ!)

《ぎああああああっ!》

 私たちがうだうだ言ってる間にも、クラゲ巨人は行動を開始した。

 絶叫とともに、モーニングスターの巨大な鉄球が振り下ろされる。

「危ないっ!」

 魔力強化と同時に、背後で硬直したままのミヅキをお姫様抱っこし、巨大な鉄球を回避、つい先ほどまで私たちがいた場所に地響きとともに大穴が空いた。

「はあ、危なかった――」

(――駄目だ、まだ来やがる!)

 視線の先、鉄球の表面のトゲが一斉にあたりに一面に撒き散らされた。


「……嘘、でしょ」

「……う、あ」

 反射的に避けたはずだが、私たちの眼前には目を背けたくなる事態が映っていた。

「……ミヅキ、ミヅキ!」

 本来ならば、少女の触れれば折れそうな華奢な右足があるはずの場所に、それがない。代わりに、肉片が周囲に散らばっている。

 すなわち、トゲがミヅキの右足を屠ったのだ。

「大丈夫、大丈夫!? ねえ、返事をしてよっ!」

「……あははは、大丈夫ですよぉ」

 うろたえる私に、ミヅキが力なく答える。そしてその右足は……昼間のときと同様に、逆再生しているかのように再生をしていた。ありえない速度。地面の血液が集まり、骨が集まり、肉が集まり、脂肪が集まり、皮膚が集まり、瞬く間に右足がすっかり修復されてしまった。その痕跡は、吹き飛んだ靴や靴下しか存在しない。私はこれとよく似た現象を知っている。……クラゲだ。

「……かすり傷が治るだけならまだしも、こんな化物は、嫌ですよね?」

 足の痛みよりもそちらが重症だとでも言いたげな上目遣い。体も声も震えている。その視線には、多分な諦観が含まれていた。

「……嫌じゃない」

 私はミヅキを下ろして、彼女を守るように背を向ける。

「不死がどうしたのよ」

 私たちはナイフをポケットから取り出して、

「――私たちなんて、魔法少女よ?」

 その髪を切った。


「ミヅキ、逃げて!」

「う、うんっ!」

 左右非対称、ピンクと黒の魔法少女――私たちは叫びながら、両手に剣を携えて鎧の巨人に向かって疾駆する。まっすぐ、その頭部を目指して。

 もしミヅキが不死じゃなかったら、今頃どうなっていた? お前はついさっき、一人の女の子の一生を台無しにしようとしたのだ。

「――ぶっ殺す!」

《ギアああああああああいいああああう!》

 絶叫。再びトゲが抜けた鉄球が襲いかかる。

 その直径はゆうに私たちの上半身ほどあり、直撃すればたとえ魔法少女であっても無事ではすまないだろう。

「――すっとろいんだよ、ボケがあああああああっ!」

(怖いぞ、今日のお前)

 だが、あまりにも遅い。

 鉄球をたやすく横に跳ねて回避、融合剣・簡易式――ピンクのオーラが鉄球をつなぐ私たちの腕ほどはあろうかという鎖を引きちぎる。

 そのまま全力で跳躍、目の前には薄黒のバイザーに包まれてもなお輝く忌々しい黄色。

「死ねやあああああっ!」

 そのまま、ピンクの刃がバイザーごと単眼を切り刻もうとして、

((――!?))

 バイザーが唐突に真っ黒に染まり、黄色を闇に隠した。直撃したはずの刃はしかし、かすり傷さえも与えることが出来ていない。

(反応装甲だ! 魔力にセンサーが反応して硬化する!)

 カレンが真相に気づいたとき、左拳が私たちに襲いかかった。

「させるかっ」

 以前と同じ失敗をしてたまるか。

 私たちはその拳が届くよりも速く、その指々を蹴り飛ばしあえて吹き飛び、華麗に着地する。アスファルトが砕け散るのはご愛嬌である。

(また来たぞっ!)

 着地の一瞬後、モーニングスターだった棒がこちらに向かって槍のように襲いかかったが、私たちは容易く避ける。これで相手は丸腰――とはいかないようである。

《……ぎいあああううう》

 巨人の近くの空間が暗黒にゆがみ、そこから巨大な剣が現れた。しかもそれだけではない。

「……け、剣道?」

 巨人が取るその構えは、剣道のそれに酷似していた。すなわち、正眼の構え。面を叩かれたら一本――事実、この巨人が臨んでいる戦いはそうなのだから、この対応は正しい。

(何よ、これ)

(……まるで人間だな)

《ぎああああああああああっ!》

 やはり剣道のように叫びながら、独特の脚さばきとともに私たちに向かって巨大な剣が襲いかかった。


「さあ、どうしますか。魔法少女もどきさん」

 薄暗い研究室。仮面の男が、試すように言いながらモニターを覗いている。

 モニターには無論、正眼の構えを取る巨人と魔法少女たちが映っていた。

「クラゲの弱点……すなわち、攻撃力の低さと防御力の低さ。この二つを改善した彼相手に、あえて攻撃を食らうなんてありえないでしょう? かといって避けてから攻撃も今の彼相手じゃあリスクが高い」

 そこで声音が、やけに自慢げなものに変わる。

「それにしても、我ながらナイスアイディアですね。鋼鉄の骨格にクラゲの筋肉。最高ですよ。彼らの筋肉はいくらブチ切れようともすぐさま再生するから常時全力が出せる。しかも柔らかいから、衝撃が骨格まで届かない。この世界で言うところの、スモウ・レスラーにさらに甲冑を着せたようなものです。……偉大すぎますよねえ、私って。ヘスペラスもそう思うでしょう?」

 そう言って振り返って、仮面の男はいくらなんでも視野狭窄すぎることを恥じた。

「そりゃあ、ついさっきまで魔法少女もどきたちと一緒にいたんですから、ここにいるはずないですよね。私としたことが、夢中になってしまうと他の何もかもが目に入らない」

 そう言いながら、再び仮面はモニターに向けられた。


《ぎああああああああっ!》

 夕焼けを背に、こちらに向かって巨大な剣が襲いかかる。

 私たちはそれをバックステップで回避し、懐に潜り込もうとするが、

「……!」

 すぐさま剣は持ち上がり、定位置に戻ってしまう。

 そう、刃は重さを持て余して地面を破壊することもなく、ただ隙を最小限にするかのように振る舞っていた。

(だったら、これなら!)

 私たちはあえて一歩踏み出し、剣はそれに反応して振り下ろされる。

 そこで私は真横に移動、そのまま斜めに単眼に向かって跳躍――

「――嘘、速っ」

 横薙ぎの刃が私たちに襲いかかった。

 反射的に剣で受け止めるが、しかしその大質量は私たちを豆粒のように吹き飛ばす。

(小手先の即応でこれって――)

 そして私たちの背中が地面に叩きつけられるよりも一瞬速く、その刃は再びに私たちに向かって振り下ろされていた。

(――だったら、これよっ!)

 刃が届くよりも速く、左手に銃を召喚。その一撃を持って地面を叩きつけて、その刃の間合いから脱した。

「……どうやら、小手先でどうにかなるわけじゃないみたいね」

 どうにか着地すると、そこには再びあの忌々しい正眼の構えを取る巨人がいた。

「それなら、こちらも正攻法で叩きのめすまでだ」

「まったくもって同意」

 そう言って、同じく正眼に構えた剣にビリビリとスパークが走り始める。

 今までの簡易式融合剣ではない、あのときクラゲを一刀両断した本物の融合剣を発動するために。

(……ふふふ、思ったとおり攻めてこない)

(あれは基本的に後の先狙いだからな)

 そう、基本的にあの巨人はカウンタータイプだ。

 まず、その巨体ゆえにいかに技術で補うにしても、攻撃後の隙はやはり大きい。

 そしてそれ以上に、そこには慢心が存在している。

 小手先の一撃でも十二分に私たちを屠れるという慢心と、強固な鎧にその身を守られているという慢心が。

(だから、その慢心やら鎧やら剣ごと、叩き斬ってやるわ!)

 鋭く長い、ピンクの光の刃がついに顕現する。

 その刀身は、かの剣と同等。

「これで、終わりだああああっ!」

 私たちは跳躍し、巨人に向かって真の必殺技を叩き込んだ。

《ぎいいああああっ!》

 呼応するように巨人の刃が迎え撃ち、視界さえも遮るほどの凄まじい火花が巻き起こる。

 鍔迫り合い、凄まじい質量が迫りくるが、しかし圧倒的な融合魔力がそれを押さえつけた。

 まるで超新星爆発のごとき、壮絶なエネルギーのぶつかりあい――この場だけが、まるで真昼になったかのように眩い。

 体感時間にして数時間、実際時間にして数秒の攻防は――

「――があああああっ!」

 しかし私たちの敗北で終わった。

 私たちの必殺の刃は、その巨大な怪物を前に、届かなかったのだ。

 今までとは桁違いの衝撃に私たちの体は台風に煽られるレジ袋のように無力に空中を舞い、そのまま隕石のごとく、クレーターを生み出しながらアスファルトに深々と突き刺さる。

「ごがああああっ!!」

 吹き飛ばされたときよりもさらに巨大な衝撃が、私たちを襲った。生身で全速力のトラックに正面衝突されたかのようなダメージに、内臓どころか脳みそ、いいや頭蓋骨まで全て吐き出してしまいそうだった。

 対する巨人の剣は、中程まで確かに亀裂が入っているが、それだけ。

 私たちの脳裏に、あの容赦ない追撃が過る。

(……駄目だ、体のダメージが大きすぎる、避けられない!)

(クソ、こんなところで――)

 しかしその瞬間、私たちは見てしまった。

((……これなら勝てる!))

 確かに存在する勝利の糸口を。


「……大丈夫、私たちならやれる。これくらい、暦に振られたときと比べれば全然大したことないもの」

 勝利の糸口を掴むために、私たちは体を無理矢理に命を燃やすように立ち上がる。

 そして、銃に魔力を込め始めた。

 融合剣・簡易式とまったく同じ要領で。

《ぎいいあうああああい!》

 私たちのその動きに呼応して、未だに健在の剣を振るいながら巨人が駆けてくる。

 彼我の距離は100mほど。

 今までの精密な脚さばきとは違う、完全にこちらを舐めきっている動きだった。

「……ふふふ、それでいいのよ」

 一般に、魔力はその主から離れれば離れるほどに減衰していく。ゆえに、銃から放たれた魔弾は大した威力を持たない。だから私たちは、融合魔力が減衰されていくのを嫌って今まで銃で使ったことが一度もなかった。

 しかし、今はそれでいいのだ。

(やっと、出来た)

(これで、私たちの勝ちだ)

 彼我の距離が30mまで狭まったとき、私たちの融合魔力銃は完成した。

 銃という得物において、30mは超至近距離。ゆえに私たちの魔弾はその頭部にある半透明のバイザー――反応装甲に直撃する。

 同時、そのバイザーが真っ黒に変色した。

 最初、私たちがバイザーを斬ったとき、巨人はすぐさまに殴りかかってきた。だから私たちは勘違いしてたのだ――『色が変わっただけで、こちらを見ることはある程度出来るのだろう』と。

 しかし、その勘違いはつい先程、脆くも消失した。

 巨人があの絶好の隙に、何も行動を起こさなかったからだ。その真相は、相手が舐めていたからでも何でもなく、ただ一つである。

 私たちの融合剣が撒き散らした火花は巨人の反応装甲を黒く染め、ゆえに遠くに飛んでいった私たちを巨人は認識できなかった――それだけである。一度目、巨人はただ近くにいた私たちを当てずっぽうで攻撃しただけだったのだ。

(そう、今しか私たちが勝つチャンスはない! やるぞ、セツナ!)

(ええ、言われなくても!)

 ゆえに私たちは、巨人の視界を奪ったこの絶好の隙に駆ける。

 目指すのは頭部――ではなく、その右足の関節。

(これが、ミヅキのぶん!)

 刃がピンクのオーラに染まり、融合剣・簡易式がその柔らかい部分を切断した。断面からは触手たちがおぞましくうねうねと現れるが、私はそれを無視して背後に駆ける。そのときにはすでに巨人の視界は回復していたが、それでもなお遅い。

(これも、ミヅキのぶん!)

 そしてそのまま、全体重を支えている左足を両足でドロップキック、蹴り飛ばした。たまらず、前向きにその巨体が倒れていく。再び、視界が失われた。

「そしてこれも、ミヅキのぶんだあああああっ!」

 ついでに私の私怨に付き合わされるカレンのぶんも含めて、私たちは剣に魔力を込めていく。

 狙いが定まらない触手たちはめちゃくちゃに動き回るが、しかし私たちを捉えることはない。今のズタボロの私たちにとっても、その巨体を両手で持ち上げる時間はあまりにも長かった。

 ゆえに融合剣は今この時を持って完成する。

 先程放ったそれよりもさらに巨大な、天を裂く光の帯のごとき刃。

《ぎああああああっ》

 それと同時、巨人がやっと顔を上げる。

 だが、その黄色い単眼に私たちの姿は映らない。

「――後ろだあああああああああっ!!!」

 真後ろから、私たちの新必殺技が巨人を頭ごとかち割った。


 巨人を包んでいた鎧が、一気に透明に変化していき、次いでガラスのように割れていく。

 そんな中で赤い光を放つ単眼は、先程の刃を持ってしても両断することは出来ず、凄まじい速度で膨張していた。

「あのときと同じだ、最初のクラゲのときと!」

 すなわち、予想される未来は爆発。鋭い切り傷から漏れる光は、夕焼けよりもなお明るい。

 しかも、加えたエネルギーはあの時とは比べ物にならないのだ。爆発の規模も桁違いだろう。

「嘘でしょ、ここ街よ!?」

 予想される大惨事を前に、しかし彼女たちはあまりのダメージに膝をつくことしか出来ない。

「嫌だ、せっかく倒したのに、こんなところで――」

 私たちが嘆く間にも、その膨張は止まらない。そしてそのまま、私たちをまるまると飲み込むほどに大きくなったとき、

「安心してください、それは私がさせませんよ」

 声が響くとともに膨張がピタリと止まった。同時、裂傷から漏れる光も消える。

「嘘だろ、お前は……」

 声の主に目をやると、カレンが驚愕の声を上げた。

 先ほど剣を召喚した暗黒の穴を背に立つ大男。

 ナチ将校のような、つい先日見た黒い軍服。そしてこれもまた、つい先日見た、十字にスリットの入った漆黒の仮面。そこから青い光が漏れて、膨張を止めた単眼を舐めるように見つめている。

「……フォスフォラス!」

 ついに、私たちの前にクラゲの親玉が現れた。

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