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鉄仮面は正統派魔法少女②

 暦のクラスには何度も行ったことがある。一緒にお昼を食べるためにだったり、一緒に帰るためにだったり。

(でも、あんな子一度も見たことがないわよ)

 ミヅキと名乗った、五芒星の髪飾り、銀と赤のおかっぱ、琥珀の瞳の少女。いたら気づかないはずがない。

(……それは流石におかしいだろ。いくらお前が盲目だろうと、あんな目立つ髪色の女を覚えていないはずがない)

(うん。私もそう思う。適当なこと行って煙に巻かれたのかな?)

 そんな疑念とともに、放課後、私たちは1年6組を目指していた。そして教卓側のドアから教室を覗くと、私の動きは止まる。

(……ちくしょう、あのモブ男め暦と楽しそうに話しやがって!)

 そうやって暦たちを睨みつけると、突然振り返ったモブ男と目があってしまう。

「ひいいいっ」

 脊髄反射的に目を逸らした。……うう、目薬差したい。

(今回はそっちじゃねえだろ)

 無理矢理を首を動かされて、私たちの視線は窓際、最も後ろの席に固定される。

(……嘘)

(なあ、お前記憶力大丈夫か? いくらなんでもおかしいだろ。恋は盲目が過ぎるぞ)

 自分でも心配になってくる。

 そう、たしかに視線の先には、とてもつまらなそうな顔で頬杖を突き窓の外を見つめている、白銀と紅色の少女――ミヅキがいた。

(でも、本当の本当に覚えがないんだって!)

(……じゃあ、聞いてみるか)

 勝手に体が動いて、近くの男子生徒に向かう。

(ちょっ、私コミュ障だからそういうの無理!)

(安心しろ、私がやる)

「あそこに座ってる派手な髪の子、転校生だったり引きこもりがちだったりしない?」

「ああ、金星かなほしさんね。そんなことないと思うけど。入学式の時からいるし、基本毎日いるよ」

 特に嘘をついている様子もなく、男子生徒は普通に答えた。

「そうか、ありがとう」

(……おかしいわね)

(お前の頭がか?)

(違うわよ……って、いないし!)

 私たちは急いで教室から出る。すると、すぐ近くの階段の踊り場に彼女の後ろ姿を捉えた。

(おい待て、追うのかよ!?)

(だって気になるじゃない!)

 そんな会話とともに、私は階段を急いで駆け下りた。


(……ストーキングが板につきつつあるな)

(うるさいわね)

 照りつける陽光のもと、ミヅキはふらふらと覚束ない、まるで夢でも見ているかのような足取りで学校近くのアーケード街を歩いていた。

 私たちは近くの店の影に体を隠し、付かず離れずの距離で彼女を見守っている。

(見守るって、お前な、ずいぶん聞こえがいい言葉にしやがって)

(それにしても、あの子何がしたいのかしら?)

 たまにミヅキは立ち止まって、ショーウインドウを見つめるが、すぐにつまらなそうに歩き出す。そんなことを何度も続けていた。

(心底つまらなそうな顔。……ねえ、本当にあの子は昼間に見たミヅキなのかしら?)

 あのときの彼女は、いつも楽しそうにいたずらっぽい笑みをたたえていたはずだ。しかし、こうして見守り活動を続けている中、その表情は能面のように変わらなかった。それこそ、まるで別人かのように。

(といってもな、あんな派手な髪の女他にいないだろ。……それにしても、染めてるんだろうかあの髪)

(魔力保持者じゃないの? カレンが見えたし)

(そうじゃなくて、なんで二色なのかって話。普通一色に染まるんだよ。お前見たことあるか?)

(ないけど、私は記憶力の定評がないし)

「……お、立ち止まった」

 今度はショーウインドウではなく、いきなり道端で。

(何見てるんだろう)

 わからないが、彼女の近くを通り過ぎていく人々が、迷惑そうな、次いでどこか困惑した表情をしているのは見て取れた。

「って、走り出した!?」

 本当に唐突に、いきなりの全力疾走。私たちもそれに続く。

「――ちょっと、速すぎ!」

 陸上部もかくや。魔力を使うかどうか少しばかりためらっている間に彼女は建物と建物の間、すなわち路地に速度を維持したまま曲がっていった。

 私たちもそれを追うが、

「はぁ、はぁ。……あれ、いない?」

 しかしそこには薄汚い放置自転車や重ねられたビールケースなどがあるだけで、彼女の姿は一切なかった。

「……まかれた?」

「……気づかれてたのか?」

 まるで狐に化かされたような気分。

「……まあいいや、疲れた。もう帰ろう。炎天下で全力疾走は体に悪すぎたわ」

 全身を脱力感が征服する。汗でびちょびちょのセーラー服の前襟をバタバタと動かして体を扇いだ。

「やめろはしたない」

「余計なお世話よ。あんたにだけは言われたくない」

 そんなことを話しながら私たちは路地から出て、彼女がついさっき見とれていたものの正体を知った。

「……セミの死体」

 人々に踏みつけられた、セミの死体がそこにはあった。


「はあああっ、疲れたああ」

 自宅。私は汗を流すためにシャワーを使い、次いで湯船にその身を埋没させた。熱いお湯が、全力疾走で疲れた私の体を癒やす。

『……もう、あいつには関わらないほうがいい』

 そんな私に、カレンがドア越しに話しかけた。

「あいつ? ミヅキのこと? なんで?」

『ちょっと考えりゃわかるだろ。全部が全部異様なんだよ。関わらないほうがいい。絶対にだ』

 神出鬼没、初対面で人をセミ呼ばわり、友達がいない、髪を異様な感じに染めている、セミの死体を見つめている――なるほど、たしかに異様だ。

「……まあ、たしかにそうだけど、そこまで言うことないんじゃないかしら」

『やけに肩を持つな。何度か見かけても忘れてたくせに』

「それは関係ないわよ。私だって大昔は暦が同じクラスなのに気づかなかったし。それに……」

 そこで、私は口をつぐむ。

『それに? どうしたんだよ?』

「……別に、なんでもないわよ」

 ただ、昔の私にあまりにそっくりだったから、見放すことが出来ないだけだ。

 友達がまったくいないところも、人との距離感が掴めていないところも、セミの死体大好きなところも、そして何より、あの心底つまらなそうな顔も、全部含めて。

 ……私はそんなことを、カレンに伝わらないように精一杯秘匿しながら考えた。


「おや、おかえりなさいヘスペラス」

 仮面の男が、仮面の少女を認めて声を上げた。無論のところ、その返事は帰ってこないが、彼は気にせず続ける。

「見てください、このクラゲ461号を! あなたが昨晩回収してきてくれた魔法少女もどきの魔力を注いでついに作り出せました!」

 その仮面が見つめるのは、ガラスで仕切られた車の整備場のような場所である。そこに横たわった黄色い単眼のクラゲの周りを、中型犬サイズのブリキのクラゲが忙しなく動いている。その背後にやはりブリキの建材たちが積み重なっていた。

「あとは最終工程を残すだけです。これで私たちは永遠に一歩近づく。……いいえ、もう永遠は目前にあります! あと少しで、全ての犠牲が報われるのですよ! ……おや」

 そこで仮面の男は少女がいつもと違うことを感じとって、くるりと背後に振り返る。

「どうしたのですかヘスペラス。お腹が痛いんですか? 昨日の戦いが響いているとか? バイタルはオールグリーンのはずでしたが」

 そのまま幼子にするように巨体を腰をかがめ、仮面同士が見つめ合う。

「……なんでもない」

 しかし仮面の男の心配を他所に、少女はただそっけなく、蚊の鳴くような声でそう返した。

「……そうですか、たしかにそのようですね。スキャニングしてみましたが、至って健康なようです」

 仮面の十字がしばし輝き彼女を見つめて、安心したように男は言った。

「気をつけてくださいよ。あなたは私たちの希望なのですから。もしあなたに何かあったら……そう考えるだけで私は心臓が爆発しそうになります」

 真剣に彼はそう言って、心臓を抑える。

「……」

 しかしそんな彼を仮面の少女はスルーして、奥の部屋へ向かっていった。

「どうしたのですか?」

「宿題」

「ああ、なるほど。勉学は大事です。学生の本分は勉強ですからね。私のように偉大になりたければなおさらです」

 仮面の男はぽんと納得すると、再び立ち上がり視線をガラスの向こうへ向けた。

「ああ、やはり素晴らしい! 完成が楽しみで楽しみで仕方がありません!」


「また会ったね、セツナさん、カレンさん」

 翌日、屋上。相も変わらずセミがうるさく、炎天下。すでに先客がいた。無論ミヅキである。

「あなたが言ったんじゃない、明日もって」

「でも、今日はいつもより暑いし、来ないんじゃないかって」

(私はやめようって言ったけどな)

 その言葉のとおり、今日は8月中旬ほどの気温だった。黒焦げのままの屋上の片隅には陽炎が揺らめいている。彼女はすでに私のレジャーシートを勝手に敷いて、ビーチパラソルの下でうちわを扇いでいた。

「私の愛がそんなことで揺らぐわけないでしょ」

 そんなことを言いながら私はミヅキの隣に腰掛ける。この炎天下の中、パラソルの下はオアシスのごとき。ランチボックスから双眼鏡を取り出すと、いつもの場所に向けた。

「……って、いない」

『そりゃあ、これだけ暑けりゃ仕方ねえだろ』

「もう帰っちゃうんですか?」

 ミヅキがどこか切なげに私を見つめる。

「……し、仕方ないわね。今日はお休みよ」

 きっと教室で食べるから、変な雰囲気にならないだろう。……多分。

「声が震えてるよ?」

「ななななな、何のことかしらん?」

 めちゃくちゃ震えていた。だって仕方ないだろう、一度悪いことを考えるとそれは加速度的に頭の中を支配していくのだから。

「そんなにあの暦って子が好きなんですか?」

「……ええ、大好きよ」

 私は暦がモブ男をめちゃくちゃに振る妄想で心を落ち着けると、そう答えた。これは不安で心が死にかけたときにやるおまじないみたいなものだ。

「だからついストーカーしちゃうんですねえ。恋する乙女は大変だ」

「う、うん、そうよ」

 無邪気にうんうん頷くミヅキに若干引きながらも、私はとりあえず頷く。そしてそこで声のトーンを低くして、ミヅキはさらに続けた。

「……じゃあもしかして、私のことも好きなの?」

「『は?』」

 まったく予想外の言葉に、カレンとともに思わず声がハモっていた。

「だって、昨日も私のこと付けてましたよね?」

 事なげに言って、ミヅキはこちらに顔を近づけた。それこそ、今にも唇がくっつきそうなほどの距離に。

 琥珀の瞳が、私を覗き込む。私は彼女と初めて会ったときの感覚――このままでは琥珀に取り込まれた羽虫になりかねない――そんな感覚が私に襲いかかる。そこにあるのは、恐怖だ。

「ひ、ひいいいっ!」

 私はそんな感覚を振り払うように思わず両手を突き出し、ミヅキは尻餅をついた。

「ごっ、ごめん!」

「……いや、私こそいきなり近づいてごめんね?」

 そう言って、地面についた右手のひらを上げて振る。

「『……!?』」

 そして私たちは、またもや異様なものを見た。

 ミヅキの右手のひらには、何かが刺さったような傷があった。

 おそらくはレジャーシートの下にあった鋭い破片のようなものが、ミヅキが尻餅をついた拍子にシートを突き破り、ミヅキの右手に刺さったのだろう。

 だが、問題はそこではない。

 そうして出来た傷が、私たちの目の前で、あっという間に治っていくのだ。それこそ、巻き戻ししているかのように。

「……ひっ」

 私たちの視線に気づいたミヅキが、怯えるように右手を隠す。

「違うんです、これは、とにかく違くて! 治ったとかそういうんじゃなくて、私は化物なんかじゃなくて――」

 顔が真っ青だ。ひどくうろたえたまま、踵を返すように背を向ける。だから私は反射的にその右手を掴んでいた。

 ……何を考えていたというわけでもなく、ただ気がついたら、勝手に体が動いていたのだ。

 あるいはそこに、大昔の私の姿を見たがゆえか。

 思い出す、暦に彼女の体操服の匂いを嗅いでいるところを見られたときの私を。

 相手に嫌われたくない一心で、しかし卑屈に言い訳するしか出来ない、みすぼらしい姿。

 だけど、あのときも暦は――

「大丈夫だよ、ミヅキっ!」

 次いでその細い肩を掴み、今度は私が彼女の双眸を見つめていた。怯えている彼女の表情が、ただそれだけで徐々に和らいでいくのが見える。

「大丈夫、大丈夫だからっ!」

 私の口は何が大丈夫かわからないままに勝手にそう言って、後付に言葉が紡がれていく。

「……私はストーカーよ!? カレンなんて透けてる! それに比べれば、たかが傷がすぐ治るくらいただの個性よ! むしろ、便利なだけ私たちよりずっと素敵じゃない!」

 アドリブの叫びが、屋上に響いていた。

 そうだ、おまけに魔法少女である私が、彼女を拒む理由などあるはずがなかった。

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