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掛け算の魔法少女②

 離れない糸で繋がった共同生活。暦とモブ男がいちゃついているのを見て、私は耐えられすにナイフを持ち出し、挙句の果てにカレンにマジギレされてしまった。

『別に謝らなくていい。謝罪が必要なのは両者にある程度近い知性がある場合だ。……お前は馬や鹿が粗相をしたときに本気で謝罪を求めるのか?』

 そんな中、遠くから悲鳴が響き、私たちはクラゲの襲来に変身するのだった。


 それは、巨大なクラゲだった。

 それも、以前天音セツナとカレンが出会ったものより、さらに一回り巨大で、頭部の単眼は青ではなく、黄色に染まっている。

「ひいいいいいっ!」

 校庭――そんな化物に追い回され、必死の形相で逃げる生徒たち。

「――痛っ」

 そのうちの一人が、派手に転ける。

《ぎああああああああっ!》

 クラゲがそれを見逃すはずもなく、生徒の群れから一人はぐれたその少女に向かって触手が襲いかかった。

 一方、少女は逃げることも出来るはずなく、絶望と恐怖に表情を歪めることしか出来ない。そしてそのまま、少女は死を覚悟する暇さえなく、その短い生涯に幕を下ろすに思われたが――

「させるかっ!」

 次の瞬間、少女は空を翔んでいた。眼下、触手が地面を、先程まで自分がいた場所に振り下ろされるのが見えた。


「……さっさと逃げろ」

 左右非対称、ピンクと黒の魔法少女――私たちは、その手に抱えた女子生徒を下ろし、彼女は一心不乱に向こうに駆けていった。

「一時休戦だ、わかってるよな」

「ええ、わかってるわよ。むしろあんたと別れるにはこいつを叩きのめす必要がある。俄然やる気が出るってもんね」

 緑と青のオッドアイが、以前見たものより一回り巨大なクラゲを睨みつける。

(目の色が黄色になってる。体も大きいし……もしかして前より強くなってる?)

(わからないが、やることは一つ――)

((叩きのめす、それだけ!))

 私たちは心の中で叫び、両手に剣と銃を顕現すると同時に踏み込んだ。

《ぎああああああっ!》

 それと同時に、触手が二つ絶叫とともに襲いかかる。以前見たものより少し速いが、それだけだ。私たちは片方を斬り落とし、もう一つを撃ち落とす。

(ふん、全然大したことがないっ!)

 勢いのままに更に駆け出そうとして、

《がぎいいいいいいっ!!》

 真後ろからやってきた触手に横薙ぎに吹き飛ばされた。

(嘘、何、これ――)

 私たちの真後ろに存在する触手――それは、つい先程叩き潰したはずのそれしかありえない。

(だったら、もう再生したって、そういうことなの!?)

 疑問を叫ぶとともに、私たちは朝礼台に叩きつけられた。


「……素晴らしい、この再生力! クラゲ456号! あなたは私の最高傑作です!」

 薄暗い研究室。黒い仮面に黒い軍服を身にまとった大男が、モニターに映ったクラゲと魔法少女を見て興奮の声を上げている。その心に呼応するように、仮面の十字が妖しく光っていた。

「まさか455号の残骸を投与するだけで、以前のクラゲの5倍以上の再生力を手に入れるとは、実に都合がいい! まるで神が私たちの味方してくださっているかのように! 神は私たちの不断の努力を見てくださっているのですよ!」

 早口、その仮面はもはやモニターにくっつきかねないほど近づいていた。

「私たちの研究は一歩どころか全力疾走の勢いで進んでいます! 永遠はあと少しで私たちのものになるのです! あなたもそう思うでしょう、ヘスペラス――」

 そこで顔を横に向け仮面の少女に同意を求めた彼だったが、しかしそれは不発に終わる。

「……おや、そういえば彼女は学校に行ってたんでした」

 そこで少し恥ずかしそうに咳払いして、再びモニターを静かに注視した。

「……ああ、やっぱり最高ですよ! 見てくださいこの数値、今までこんなもの一度も見たことないです!」

 もっとも、そんな沈黙はほんの数秒で砕け散ったのだが。


 襲いかかる触手たちを避ける、避ける、避ける、ひたすら避ける。

 返す刀が届かないほどに速く、速く、ひたすらに速く。

(すぐに再生するなら、あの単眼だけを狙う!)

 そのために。

「……ッ!」

 肩に掠る。太ももに掠る。頬を掠る。血が飛び散る。痛い、痛い、痛い。

 それでも、刹那あとに同じ場所にいることは二度としてない。

 一瞬でも止まったら、触手の群れが私たちを屠り殺すだろうから。

「……これでっ!」

 気の遠くなるような反復作業の末――本来は数秒のことだっただろうが――私たちはついにかの弱点である黄色い単眼、その文字通り目の前に躍り出た。

((終わりだっ!))

 刃には紅と紫のグラデーション――私たちの魔力をまとった剣を上段から振り下ろす。

 渾身の一撃。

「うおおおおおおっ!」

 たしかにそれは、ゼリー状の膜を斬り裂き、黄色に輝く単眼に直撃した。

「――!?」

 そう、直撃したのだ。まぎれもなく、確実に、まごうことなく。

((う、嘘でしょ!?))

 だというのに、単眼はびくともしていない。

 あまりに予想外の展開に、ふいに体から力が抜けていくのを感じる。

 そんなこと、している場合じゃないのに。

《ぎああああああああっ!》

 至近距離、耳をつんざく咆哮とともに触手の群れが私たちに殺到する。

(……もう、何もかも駄目だ。あれが通じない相手に、どうやって勝てばいいんだ)

 頭に響くのは、初めて聞く、カレンの弱気な声。

(……何言ってんのよ、、あんた!)

 だが、その言葉が却って私の体に活力を注入する。

 そうだ、この身体は私たちのものだが、それ以上に私のものなのだ。たとえカレンが諦めようとも、私は、私は――

(――まだ諦めるのは早いわよ、バカ!)

 剣を捨てて、両手に銃を召喚――私は全力でそれを単眼、否、それを覆う皮膜に向かって連射し、その反動で吹き飛んだ。

《ぎああああああいいいあああっ》

 高速で離れていく景色。触手の群れが、私たちの間近を通って、そのままについ先程まで私たちがいた場所――すなわち己の頭部にぶつかって悲鳴をあげるのが見える。

「ざまあ見なさい!」

 それを尻目に私たちは空中で一回転、なんとか着地し、クラゲと距離を取った。

(……すまん。ちょっと混乱してた)

 カレンが謝る。だから私は得意げにこう返してやる。

(『謝罪が必要なのは両者の知性が近い場合だけ』なんじゃなかったかしら?)

(……意地が悪いな)

(あなたと同じね。……って、そんなこと話してる場合じゃなかったわ)

《ぎあああああああっ!!》

 そんなふうに無駄口をたたきあっている間にも、クラゲは態勢を立て直している。

(でも、あれに勝てると思う? さっきの一撃が私たちの限界でしょ)

(……一つだけ方法があるにはあるが、出来るかどうかはかなり微妙だな)

(まあ、やらないよりはマシでしょ)

(それもそうだな)

 カレンから瞬時にその作戦の説明を受け、私たちは再び剣を召喚すると駆け出した。

「――今度こそ、真っ二つにしてやる!」


(言ったよな、魔力と魔力は水と油、決して交わらないって。だけど、それには例外がある)

(例外?)

(二つの魔力をまったく同じ媒質に、まったく同じ量注ぐ。すると魔力は融合しあい、通常なら足し算であるはずのそれが、掛け算になる。つまり、私たちなら最大で50%×50%で2500%――本来の25倍の魔力が使えるようになるんだ)

(すごいけど、たったそれだけで?)

(……言葉にすれば簡単に聞こえるが、実際はそうじゃない。許される誤差はプラスマイナス0.01%まで。さらに、ある程度近い数値になってくると魔力と魔力の反発エネルギーが大きくなり、私たちにも小さくないダメージを与える。しかも、それを戦いながらやるわけだ。出来るか?)

(やらなきゃ死ぬでしょ)

(ああ、そのとおりだ!)

 ああ、それしかない。

 だけど、それは想像を絶する難易度を誇っていた。

 いうなればそれは、空飛ぶ戦闘機の上に立って糸を針に通すような、おぞましい曲芸。

「……ッ!」

 私たちは剣に魔力を集中させるが、それが一対一に近づくたびに刀身にビリリとスパークが走る。激痛。小さくないダメージなんて嘘っぱちだ。そしてその痛みが集中力を遮断して、また振り出しに戻る。だが、それだけではない。

《ぎあああああああっ!》

 無防備な私たちをクラゲは放っておくはずもなく、触手がいくつも襲いかかってくる。それを避けるときにも、せっかく集めた魔力は雲散霧消していく。

 戦闘機の上で糸を針に通すなど、甘い。ベジータやミスターサタンの助けを借りずに魔人ブウ相手に元気玉を作るより難しい。

(その割に意外と余裕あるじゃねえか! ところで、いい作戦を思いついた! またもや最悪死ぬがな!)

(……バカじゃないの! 本当に死ぬわよ!)

 カレンの文字通り命がけの作戦を聞き、私の魔力はまだ乱れる。

(安心しろ、痛みはすべて私が受け持つ!)

(それで失敗したら二人とも共倒れじゃない!?)

(いつものことだ! 私たちは一蓮托生なんだよ!)

《ギイいいああああああうううう!!》

 私たちの会話を断ち切るように、触手が再び襲いかかった。3つ。

(ちょうどいい――頼んだぞ、セツナ、お前なら出来る!)

 名前を呼ばれたのは、これで二回目だった。

「――がっ」

 触手が、私たちの腹を貫き、血が派手に飛び散った。

 そのかわり、触手たちの猛攻が、ほんの一瞬だけ止む。

 私はリアルタイムで減衰していくカレンの魔力が込められた剣に、魔力を注ぎ込んでいく。

 どうしてか今の私には、その未来値が手に取るように分かった。

 今までとは比べ物にならないほどのスパークが剣を包むが、しかし痛みはない。

 カレンが全てを受け止めてくれているからだ。

 触手も、このスパークも、全てカレンが。

 こちらの動きを察したクラゲの触手が、さらなる追撃に襲いかかる。

 だが、遅い。あくびが出るほどに。

 私たちの前では、かの敵はあまりにも脆弱極まりない。

(……ありがとう、カレン)

 剣からスパークが消失し、代わりに桃色の眩いばかりのオーラが包んだ。

(どういたしましてだ、セツナ!)

 そしてそのまま、オーラは鋭く尖ると長く長く伸びていき、私たちの背どころかクラゲさえもゆうゆうと越えるほどにまでに成長する。

((これなら、やれる!))

 私たちはそれを上段に大きく振り上げて、一気呵成に振り下ろす。

「――これでも、食らえっ!」

 果たして私が言ったのだろうか、カレンが言ったのだろうか、わからない言葉。

 殺到する触手ごと、私たちの刃はクラゲの単眼を一刀両断した。


「……痛あああああっ!」

 一気に体から力が抜けて、私たちは痛みを共有する。

(おとなしくしてろ、すぐ治すから!)

(……あなた、すごいわね。なんでこんな痛みを平気そうに耐えられてたの)

(セツナのほうが意味わかんねえよ。いくら合体してるからって、あの一瞬で魔力をあそこまで調整できるとか)

(出来ると思ってなかったの。……って、そんなことより目だよ、目!)

(そうだ、このままじゃ爆発に巻き込まれる!)

 私たちは大慌てでゼリー状の組織だった水たまりの中に浮かぶ、真っ二つになった単眼の残骸に目を遣ったが、しかしそこには予想されるものはなかった。

 以前は指数関数的に膨張していたはずのそれが、しかし今回は逆にしぼんでいる。

「……もしかして、今回は真っ二つにしたから?」

「わかんないけど、爆発しないならそれに越したことはないんじゃない?」

 私たちが疑問に頭を捻っていると、唐突に歓声が響いた。

「おお、まるで英雄だな」

 うちの学校の生徒たちだ。私たちを遠目に囲んで拍手をして、思い思いに叫んでいる。

「……ねえ、これってバレてないわよね。私の正体」

「ああ。魔法少女といえば正体が何故かばれないのがお約束だからな」

「……アバウトな理由ね」

 私がカレンに呆れながらも歓声に酔いしれているとき、私たちを遥か遠くから見つめている存在がいた。

「………」

 私たちが知る由もない彼女は、爆発で立入禁止になった屋上から私たちを興味深げに見つめていた。……その視線の理由が一体何だったのか、少女は一体何ものなのか――それを私たちが知るのは、これよりだいぶ後のことになる。


「疲れたああああっ!」

 私はその身を湯船に預けて、誰にいうでもなく叫んだ。浴室に声が響き渡る。

 疲れたから今日くらい早退してもいいだろう――そんな理由で昼過ぎに贅沢にも私は湯船に浸かっていた。疲労が蓄積しきった体が熱いお湯に浸かると、まるでとろけていくような感覚である。そうやって湯船に入る私の裸体に、傷は一つとしてない。カレンが全て治してくれたのだ、実にありがたいことである。

「そういえば、カレンはお風呂はいらないの?」

『入っても意味ないぞ。精神体だからな』

 浴室の扉ごし、カレンが言う。糸が扉に挟まれて伸びている。

『それとも私と一緒に入りたいのか?』

「……遠慮しておくわ」

 暦そっくりな彼女の裸体など見た日には、いろいろとあれではないか。……いろいろはいろいろである。

『それにしても、見直したぞ。大バカどころかキ○ガイだと思っていたが、まさかあの場面で銃を召喚して飛ぶとはな。これがなかったら、私はそもそも魔力融合を提案さえしなかった』

「私もやるでしょ」

 そう言って水面に映る私の顔は、傍目から見て本当にドヤ顔だった。

『ああ。お前なら私の相棒として十分及第点だ』

「合格点ではないのね」

『落第点じゃないだけマシだと思え』

 手厳しい言葉だったが、しかし糸を伝って感じ取れるニュアンスは湯船と同じくらい暖かなものである。このツンデレめ。

『ツンデレじゃねえよ。デレないから』

 そういうカレンだったが、やはりそこには暖かさがあった。

「……ねえカレン、あのときはごめんね」

 だから私も、つい素直になってしまう。

『はて、なんのことかな。謝られることが多すぎてわからないな』

「それに、ありがとう」

『? それは本当にわからないぞ』

「……私がモブ男に斬りかかろうとしたとき、止めてくれて」

「……は? あたり前のことだろ。お前何言ってんだよ」

 カレンはたっぷり間をおいて、疑問符だらけの声を上げた。ここからでも目を丸くしているのが簡単にわかる。

「もしカレンがいなかったら、私はナイフを取り出そうとさえしなかったと思うの。だって、止めてくれる人がいないから、本当にやってしまうもの」

『お前なあ』

「だから、ありがとう。あなたがいなかったら、私は暦を喪失した重みに耐えられなくて、きっと自壊してたわ」

『……そうか、ならどういたしましてだ』

 照れくさそうにそう言ってから、カレンは続けた。

『でも、もうナイフを出すのは本当にやめてくれよ』

「……うん、わかったわ。なるべくそうする」

『なるべくってなんだよ!?』

 そんなツッコミが、扉越しにも明瞭に私の耳に届く。

 暦と一緒にいるのとはまた別の心地よさが、そこにはあった。


                          【第二話・掛け算の魔法少女】・了

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