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エピローグ・永遠じゃない日々

 お姫様のキスで目を覚ました私たちは、そのまま末永く永遠に幸せに暮らしました――とはいかなかった。

 ……ああ、永遠を否定した私たちがそれを求めるのは、あまりにも虫がいい話だろう。だけど、だけど――

「なんでっ、なんでっ、なんでっ、こうなるのよおおおおお!」

 セミの鳴き声がすっかり聞こえなくなった9月の空に、私の絶叫が響く。

 残暑の照りつける、夏休みに修理されたピカピカの屋上、その一角。

 ビーチパラソルにレジャーシート、そこに座った私の双眼鏡が映すのは、仲睦まじげに弁当を一緒に食べる二人の男女。

 ……すなわち、わけがわからないことに、意味不明極まることに、世界7不思議なことに、暦とモブ男がお昼をともにしていた。しかも、暦の手作り弁当。

「なんであんな男と、よりを戻すの!?」

『好きだからだろ、お前が未だに諦めてないのと同じで。元鞘ってやつだな、私たちも含めて』

 傍ら、いつものように半透明なカレンが呆れるように言う。

 その首からは、やはり半透明な糸が私へと伸びていた。

 あのときはテンションが高すぎて気づかなかったが、糸は再生していたのだ。あれから一月以上が経ったが、未だに解決の見通しは立ってない。……別にいいのだが。

 そんなことより、問題は目の前にある。

「むきいいいいいっ! 何が元鞘よ! あの男は鞘じゃなくてナイフが刺さればいいんだわ!」

 そう言っていつものくせでポケットに手を突っ込むが、もうナイフはなかった。

『お前もいい加減諦めたらどうだ? ほら、目の前にいるだろ? 代わりになりそうなやつが』

「カレンは誰の代わりにもならないわよ!」

『うれしいけど複雑!?』

 糸は戻り、暦はよりを戻した……それでも一つだけ変わったことは、カレンがこうして私に対しての好意を欠片も隠さなくなったことだろう。それはそれで困るのだが。

「じゃあ、私なんてどうですか?」

 真横、カレンがいない方から非常に聞き覚えのある声がする。

「……」

 流石に幻聴であることを願いながら、首を油を差していないブリキのおもちゃのように回して声の主に振り向いた。

「やほー」

 昨日ぶりだね? とでもいいたげな軽々しさで、うちの学校の制服を来た少女が笑顔で手を振っている。

 五芒星の髪飾り、銀と赤の髪、中学生ほどの幼い顔、琥珀の瞳――どこかで見たような少女、しかしその髪は、腰まで伸びていた。

「か、髪伸びている!?」

『いやそこじゃねえ!』

「そ、そうよ、なんで生きてるの、ミヅキ!?」

 カレンの鋭いツッコミに、私は混乱から脱して目の前の少女――ミヅキに問いかける。

 そうしながらも、カレンは私に憑依――臨戦態勢をすぐさま作り出した。

「髪を伸ばしたのは、失恋したら切るって話を聞いたから。切る髪がないから逆に伸ばしてみました」

「いやだからそっちじゃなくて」

「やだなあ、言ったじゃないですか死なないって。死なないんですよ、私はどうやっても」

「――まさか、私に復讐を!?」

 思わず身構える。

「違いますって。そんなことより、暦さんたち、ちゅーしてますよ」

「――!?」

 声にならない悲鳴を上げながら、私たちは再び双眼鏡を覗き込む。

 ……キスどころか、普通に弁当を食べているだけだった。

「あんたねっ! 嘘つきやがって――」

 怒りと安心がないまぜになった気持ちのまま再び振り返ると、

「――むぐうううううううっ!」

 私たちは無理矢理に唇をふさがれた。

 そのまま押し倒され、口の中を触手のごときものが蹂躙する。いくら暴れても、とてつもない力がそれを押さえつけてくる。

 ……あまりにも濃厚、暦相手にもしたことのないやつだった。

「――ぷはあああああっ」

 やっとのこと、唇が離れる。よだれの橋が陽光に光っていたのを、私は見て見ぬふりをした。

「……私、暦さん見てて思ったんです。やっぱり殺すとか永遠とか、そういう極論は駄目ですよね。正攻法がいいに決まってます。急いては事を仕損じるとは人間風情のくせにいいことを言ったもんです。どうせ時間は永遠なんですから」

 口元についたよだれを拭い、頬を少し上気させたミヅキが興奮気味に続ける。

「安心してください、もう暦さんには手を出しませんよ。ここから先はまっとうに戦いますから。触手とかないですから。……あ、そういうプレイがお好みならそれはそれでいいですけど」

「……遺言は、それだけか」

 私たちは立ち上がり、肩をピクピクと震わせながら、静かに問う。

「何いってんですか、私は死にません――」

「――うるせええええっ!」

 魔力による身体強化、私たちはミヅキに襲いかかった。

 しかし、私たちの腕は空を切るだけ。

「いくらなんでも抱擁が乱暴すぎますって」

 見やれば、新造されたフェンスの上に器用にミヅキが立っている。

「じゃあ、またこの屋上で」

 そのまま手を振って、彼女は屋上から落下した。

「べろちゅー処女を奪っておいて、ただで済ますわけ、ないだろ!」

 省略された主語が、私たち二人の怒りを如実に語っている。ゆえに私たちはミヅキを追って、屋上から落下した。

「「……!」」

 中庭、華麗に着地した私たちを奇異の目で見るのは、暦とモブ男。

「待ちやがれっ!」

 しかし私たちはその視線を無視して、中庭の奥へ逃げていったミヅキを追った。

 まっすぐ二人の座っているベンチに駆けて、ハードルのように飛び越える。

 ついでにモブ男にはもったいない暦の手作り弁当から唐揚げと卵焼きをいくつか拝借しつつ。

「うまい、やっぱりあいつにはもったいないな!」

 そんなことを叫びながらも全力疾走。

 広場のような場所に出て、やっとミヅキの背中が見えてくる。あと少しでたどり着く。

「まったく、どんだけ私が好きなんですか」

「――!?」

 しかし突然、ミヅキは急停止、そのまま真後ろに振り返った。

 突き出されるのは唇、駄目だこのままじゃまたキスしてしまう!

((させるかおおおお!))

 ギリギリ、ミヅキの目の前で停止。

「だから思う壺ですって」

 そこに、唇が飛んできた。

 いいや、それもまた読んでいた。百戦錬磨の魔法少女を舐めるな。

 ゆえに私たちは足に魔力を込めて、派手に真横に跳躍した。

「……」

 空振ったキス。不服そうに私たちを睨みつけるミヅキ。

「……そんなに、そんなに私のキスが嫌ですかああああああっ!」

 絶叫。形勢逆転。私たちに向かって涙目のミヅキが走ってくる。凄まじい速度。

(に、逃げるわよカレン)

(ああ、これじゃあキスどころか処女まで奪われかねない!)

 私たちは駆ける、駆ける。己の貞操を守るために。

 ……だというのに、どうしてだろう?

「あははははははっ!」

 なぜか笑いが止まらなかった。

「あんなのほんの挨拶代わりです! 本当のキスを見せてやりますからね!」

 背後でとんでもなく物騒な声が聞こえるが、止まらない。

(ねえ、楽しいわ、私! カレンはっ!)

(ああ、楽しい! 楽しいぜ!)

「あははっ、あははははははっ!」「あははは! あははははっ!」

 なぜか釣られて、ミヅキも笑っている。

 ああ、楽しかった。

 いっときは殺し合ったはずの彼女との追いかけっこが、どうしようもなく。

「何が楽しいのよ、ミヅキっ!」

「わかりません、わからないけど、なんだか可笑しくてっ!」

「私もよ、きっとあなたと友達みたいなことができて、きっとうれしいんだ!」

 己の罪を認めることが出来なければ、きっとこんな光景は絶対に訪れなかっただろう。

 暦が許してくれなければ、きっとこんな光景は絶対に訪れなかっただろう。

 それだけじゃない、たくさんの偶然の末に、今がある。

 ああ、何もかもが奇跡的だ。

 永遠じゃないけれど、この刹那に、奇跡が詰まっている。

「あははははは!」「あはははっ!」「どさくさに紛れて胸を揉むのはやめろっ」「うわあああああっ、折れる、折れる! ギブっ、ギブっ!」「じゃかしいわ!」「あははは」「楽しそう、私も混ぜてよ!」「ちょっと、暦!?」「ちゅーだ、ちゅー!」「いえええいっ!」

 セミがいなくなった9月の空に、私たちのかしましい笑い声が、いつまでも響いていた。


                       【エピローグ・永遠じゃない日々・了】

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