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セミの魔法少女、クラゲの魔法少女⑨

『おや、ヘスペラスじゃないですか』

 完全に融合したセツナたちに敗北したミヅキは、気がつけば真っ白な空間にいた。

 相も変わらず悪趣味な仮面をかぶった男――フォスフォラスだけがいるだけで、他には何一つ存在しない、だだ広い空間。

『……』

 ミヅキはいつものように無視するが、男はいつものように一人で話を続けた。

『ここはどこなんでしょうかね? 天国でしょうか? だとすれば重畳なのですが。いいや、天国に決まっていますね、ヘスペラスがいるのですから。やはり神様は私をちゃんと見ていたのです。結果こそ出せませんでしたが、しかし私が人類のために努力したのは紛れもない事実――私の研究を引き継いでくれるものが現れたなら、私は人類史でも最大級の英雄なのですから』

 いつものマシンガントーク。さすがに我慢できずに、これが最後だと思いミヅキはツッコミを入れた。

『なわけないでしょ。それに、天国に邪神を招く神がどこにいるの』

『はは、それもそうでしたね。ヘスペラスが来てついついうれしくなってしまいました』

 そう言って頭をコツンと叩く。この男は頭はおかしいが、実はひょうきんだったりする。

『それにしても、まさか邪神のあなたが倒されるとは。本気を出せば星どころか宇宙も滅ぼせるのに、一体どうすれば負けるのですか?』

『乙女心がわかってない。あんな醜い姿、誰が見せるもんですか。触手三本が限界』

 それ以前に発狂死してしまうのだが、ミヅキはそれを乙女心の問題としてしか考えていなかった。

『私は好きですがね、あのクラゲ邪神の姿も』

『仮面と同じくらい趣味が悪いわね』

『これはかっこいいでしょう。あなたも付けていたじゃないですか』

『嫌々だったけどね。でも、そのおかげで正体をセツナさんに隠せた』

『……ああ、なるほど』

 そこで、ぽんと納得いったように男は手のひらを拳で叩いた。

『あなたは戦いではなく、恋に破れたのですね』

『デリカシーがない』

 だが、男の言うとおりだった。

 ミヅキにとっては体細胞よりも小さな存在だというのに、その心ひとつ自由にできない。

 まさしくミヅキの敗北としか言いようがなかった。

『奇遇ですね、私も恋しているのですよ、多分』

『は?』

『相手はあなたです、ヘスペラス』

 利き手を告げるかのように軽々と、フォスフォラスは告げた。

『あの砂漠で出会ってから、ずっと好きだったのです。さっき死に際に気付きました。私はあなたの孤独を解消するためにも研究していたのでしょう』

『知ってた。でも面倒だから無視してた』

 というか、今さら気づいたのかとミヅキは呆れる。

『そうだったのですか。私もあなたの仲間、恋愛敗北者です』

『一緒にされたくない』

『しかし、私ほどの偉大な男を振るとは、一体何が敗因なのでしょう?』

 本気でわかっていない様子で、男は問う。

『私のために研究していたって言えばいいのに、私のために“も”とか言っちゃうところとか、いつも一人でべらべら喋って一人で納得しているところとか、自信過剰なところとか、変な仮面とか、告白するのにその変な仮面をかぶったままなところか。……有り体にいえば全部』

『なるほど。来世があるなら全て改善したいですね』

『それはもうあなたじゃないでしょう』

『それもそうですね。……おや、本当に来世のお誘いが来ています』

 見やれば先ほどのミヅキのように、フォスフォラスの体が光の粒子に分解され始めていた。もう限界のようである。

『それじゃあ、さようなら。また会いましょう。楽しかったですよ、あなたとの500年』

『私はつまんなかった。二度と会いたくない。来世は海にいる方のクラゲにでもなれ』

『……ああ、500年分の会話が出来て、私は本当に――』

 言い終えるよりも早く、男は完全に光となって消滅した。

『……ありがとうくらい、言っておけばよかった』

 声は無為に拡散していくだけ。

 だだっ広い白の空間が、先ほど以上に広く感じられた。


 私の意識は、たゆたっていた。

 原始の海のような、あるいは母の胎内のような、何よりも暖かく何よりも心地よいところで。何も見えない白い闇に包まれ、しかしそこに不安は何一つない。

 きっと人は、死ねばここに還るのだろう。

 あの不老不死の少女はここに至れないのだと考えると、少し可哀想だ。

 ……ああ、このままずっとここに――

(……!)

 唇に、なにか柔らかくしょっぱいものが触れた。

 たったそれだけで、私の意識は暖かい場所から浮上して、けれどもそれ以上の暖かさを感じ取った。その源は、その柔らかいもの。

 幾度ともなく重ねた、心も体も覚えている、忘れるはずもない感触。

 私……いいや違う、今感じているのは、私だけの感触ではない。

『――! ――な! ――つな!』

 次いで、声が降り注ぐ。

 これもまた、聞き覚えのある、もはや耳にこびりついて絶対に離れないような声。

『――セツナ!』

 思い出した。

 そうだ、私の名前は、セツナだ。

 天音セツナ。

 ちょっぴり親友への愛が重いだけの、ごく普通の女子高生だ。

『――起きて、セツナ!』

 そして、この降り注ぐ声の主こそが、他ならぬ私の親友――間宮暦! 暦だ、暦の声が聞こえている!

(おい、私のことを忘れるな!)

 さらに声が、暦と似ているけれど、しかしどこか男勝りな声が近くから聞こえた。

 それだけじゃない、やはり暦そっくりな彼女が私に向かって来ている。

 それでも、髪型が同じになっても、私には彼女がカレンであると断言できた。ああ、己の半身を間違えるものか。

(……カレン、すっかり忘れていた!)

(忘れるな! いいから、来い!)

 そう言って、カレンが私に手を伸ばす。

 私は迷いなくその手を掴み――

「――はっ」

 私たちは現世に舞い戻った。

 視界の先には、私から離れて浮遊する半透明のカレンと、それよりも近く今にも顔がくっつきそうな位置で私を見下ろす暦がいる。

 その唇を見て、私は悟った。

「そうか、お姫様のキスが、私たちを起こしたんだっ!」

 私は納得とともに、お礼のキスを暦に返す。

「むぐうううううっ!」

 長々と濃厚なキス。最長記録を目指す。

 呼吸が苦しくなって名残惜しくも唇を放してから、私は快哉を叫んだ。

「初めてだ、初めて暦から私にキスをしてくれたんだ!」

『私たち、だけどな』

 カレンの茶々は聞こえないふりをして、私はただ歓喜する。

「私の、いいや、私たちの、愛の勝利だわ!」

 ああ、愛の勝利だった。

 私は調子に乗って、また暦にキスをした。

 塩辛い、愛の味がする。


                【最終話・セミの魔法少女、クラゲの魔法少女・了】

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