セミの魔法少女、クラゲの魔法少女⑧
私が暦を殺そうとし、それをミヅキが治癒能力と記憶改変で防いだという、本当の記憶。
「……!」
私はそこで意識を取り戻し、現在へ戻ってきた。
目の前には相も変わらず酷薄な笑みを浮かべるミヅキ、背後には信じられないと言った表情を浮かべて固まっている暦。
「どう、思い出しましたか? あなたは、暦さんを一度手にかけているんですよ」
「……う、嘘だ」
私は、絞り出すように、ただそう言った。それ以上言えなかった。
「嘘じゃないですよ。その分離剣、反則級な性能ですけど、それがたかが“暦さん相手に無理心中しようとした”なんて理由で生まれると思いますか? 未遂じゃあ、無理ですよね。その刃は、すでに暦さんとの関係を一度断ち切っているんです」
その言葉に膝が折れ、私はただ震えることしか出来なかった。
「ねえ、暦さんも思い出して幻滅しましたよね」
「……」
暦は答えない。どんな顔をしているのか、絶対に振り返りたくなかった。
「……嘘を、つくな!」
しかし、絶句するしかない私に代わって、カレンが声を上げる。
「もしお前が記憶操作なんて便利な能力を持っていたとして、どうして今使わない? 適当にお前とセツナの関係をでっち上げれば、それでいいだろうが」
「なるほど、もっともな疑問ですね。理由は主に3つあります。……ひとつ、魔法使い相手にはそもそも効かないから。ひとつ、暦さんに使ったところで、他ならぬ彼女を傷つけた忌々しい分離剣が無効化してしまうだろうから。ひとつ、細かすぎて使うのが面倒だから。……最後のが一番ですね。私にとって、あなたたちと関わるのは細心の注意が必要なんです。スケールが小さすぎて、手加減が大変なんですよ。最悪、記憶ごと吹き飛ぶかも」
懇切丁寧な、まるで力を誇示するかのような解説。
しかし、私の耳にそれは届いていなかった。
「……カレン、私は他ならぬ当事者だからわかるんだ。これは、本当にあったことよ」
ああ、まったくもってそのとおり。
いくら否定したくとも、あれが正しい歴史だとわかってしまう。
「だからそうだって言ってるじゃないですか。さあ、私と一緒になりましょう? 他ならぬあなたが、暦さんを傷つけてしまったんですから。あなたには暦さんを守る資格も、暦さんのそばにいる資格もありやしません」
「……ああ」
ミヅキの言うとおりだった、今の私に暦に関わる資格はない。
ゆえに私は力なく立ち上がり、彼女のもとに行こうとして――
「待って!」
その背中に声がかかった。暦だ。私は振り返りもせずに答える。
「……でも、私にはあなたのそばにいる資格が――」
「資格って何!? 誰かの近くにいるのに資格なんて必要ないよ! 資格よりも必要なのは何!? 悪いことをしたなら、謝るのが一番大事だよ!」
「……ごめん」
「こっちを見て言ってよ!」
両手で無理矢理に顔を向けさせられて、暦の緑の瞳がまっすぐ見つめてくる。そこにあるのは怒りでも悲しみでもなく、ただ一心の心配だった。
「ごめんなさい」
「……でも、言葉だけじゃ駄目」
頭を下げた私に、満足そうにウンウンうなずいた後、翻って彼女は言った。
「約束。お詫びに私とデートする。言ったよね、また遊ぼうって。なのにセツナは私に全然話かけてくれない! やっぱり怒ってるんだと思って話しかけられなかった! ……だから、本当に悪いと思ってるなら、デートして」
そう言って、暦は小指を突き出した。少し考えた後に、私たちは小指をしっかりと絡ませる。指切りげんまん。
「……わかった、約束する。デートしよう」
なるべく笑顔を作って、私たちはそういった。
「……そういうわけだから、どいてくれないかしら?」
振り返り、ミヅキに言う。
「……」
その表情は、能面のように凍りついていた。
「……殺す」
そして小さく、しかし今までで一番強い意思のこもった呪詛を吐いた。
「じゃあ、私たちは殺されない」
そう言って、私は首にかかった忌々しい剣――分離剣の刃を掴む。
(……大丈夫、よね)
(ああ、大丈夫だ。お前言っただろ――)
カレンはいたずらっぽく続けた。
(私たちは水と油の関係、絶対に混じり合わないって)
「絶対に帰ってくるから」
私はうなずきを返す代わりに、暦に言う。振り返っていないが、それでも笑顔でうなずき返してくれているのが見えた。
「まさか、あなた――」
意図に気づいたミヅキが表情を崩す。
それと同時、私たちは刃を握り、軽々と砕いた。
――ああ、ふたりでひとつの魔法少女が生まれる。
「……」
果たして私は一体誰なのだろうか、まったくわからない。
異形が浮かんだガラス管には、初めて見る私の姿が映っていた。
薄桃色の髪をツインテールに結い、夏のセーラー服をベースにした、ミニスカートに半袖、フリル満載のピンクと黒の格好。その小物は手袋や髪留め、全て黒にピンクのラインが入ったもので統一されている。
そして、その瞳は真っ青な空色に染まり、自らの姿を無感情に見つめていた。
「……そんな、分離剣を壊して自ら融合するなんて」
震える声の方に目をやると、そこにはミヅキがいた。私は彼女を一瞥すると、次いで背後でこちらを心配そうに、しかし確かに信頼に満ちた瞳で見つめている少女を見る。暦だ。……果たして、私は二人の名前をなぜ知っているのだろうか。
だが、知っていると言うだけで十分だ。
私にはどうしても果たさねばならない約束があり、そのために暦を絶対の絶対に守り抜き、ミヅキを打倒せねばならないと、私は知っていた。
「……どうして、そこまで出来るんだ、あんな女のために! 暦さんは、裏切られたのに!」
覚えのない怒りをぶつけられて、ミヅキの腹部の前に暗黒の空間が発生――人間の胴ほどの太さはあろうかという触手が襲いかかる。
「……」
私はそれを、無意識のうちに生み出した剣で、反射的にバラバラにみじん切りにした。そこからは意識的に、流れるように驚きの表情のミヅキを触手同様に解体した。
剣に纏うピンクの光の輝きが、私の顔を照らしている。
「……そうか、融合したことで、常時融合魔力を生み出しているのか。だが、それだけではない。それだけじゃあ、ここまで強くならないはず!」
しかしミヅキはその断片同士が集まって、すっかり再生してしまった。
思い出した、この少女は確か不老不死だったのだ。
「――ならば、これならばっ!」
再び触手が発生する。
ただし今回は2本――その全てが先ほど以上の速度で瘴気をまといながら私に向かって襲いかかる。斬った。断片が床に落ちる。
「……嘘だ、たかが魔法少女風情が融合しただけでっ!」
「愛の奇跡」
気がつけば、そんなことを言っていた。こんな声だったのか、私は。
「ふざけるな、たかが愛で奇跡が起こるならっ、とっくの昔に私が起こしてる!」
次の現れる触手は、三本。
それに纏われた瘴気は先ほどまでの比ではなく、透明なはずの触手を真っ黒に染めていた。それがただそこにいるだけで、周りのものが腐り落ち、空間が歪曲している。
「……」
私は悟る。
これを食らえば、私だけではなく背後の暦までもが確実に死ぬであろうと。
それだけは絶対に駄目だ、約束を違えてでも、彼女だけは守られねばならない。
「もろともに滅びろ、暦、カレン、そして私をどこまでも拒んだ天音セツナァあああああああっ!」
ゆえに私は襲いかかる触手たちに対し、対策を講じた。
それは、巨大な刃。
ミヅキごと飲み込むような、巨大な刃を私は生み出す。
私は知っていた。
死なない相手には、その破片さえも残さずに消し飛ばすしか策などないことを。
「うおおおおおおおおおっ!」
ミヅキの絶叫。触手と、ピンクの刃がぶつかりあう。
憤怒の表情、美しいはずのミヅキの顔は、もはや原型がないほどにぐちゃぐちゃに崩れ去っていた。その感情の奔流が載せられたかのように、かの触手は力強くおぞましい。
私は、一体どんな顔をしているだろう?
「させるかああああああああっ!」
わからない、わからないが、私もまた呼応するように雄叫びを上げていた。こんなにも声を上げるのは、初めてだ。それほどに、私は暦のことが大事なのだろうか。
「……!」
彼我の力は確かに均衡していたが、それはすぐさまに崩れる。
歪曲している空間ごと真っ黒な触手たちが削られ、刃は徐々にしかし確実にミヅキに向かっていく。
私の暦への思いが、ミヅキの何かへの思いを凌駕していく。
そしてそのまま、
「嫌だ、私は、私は、ただセツナさんと――」
彼女は私の知らない誰かの名を呼びながら、呑み込まれていった。
「……倒した」
そしてそこには、何も残らない。
ただ、刃に穿たれた大きなクレーターがあるだけだ。
「……いえ、私は、死にません」
クレーターの奥から声がする。
「死ねないんですよ」
そのまま、ミヅキは、その身を浮遊させてここまで上がってきた。
まったくの無傷、しかしそこに浮かべられた表情は、どこまでも痛々しい、自虐の笑みだった。
「……死ぬことも出来ないから、玉砕できない。玉砕されても、気づかない。気づかないから、諦められない」
「……!」
再び、三本の触手が発生する。
しかしそれは途中で穴ごと消え去り、ミヅキは派手に吐血した。
「……どうやら、ここいらが限界みたいですね。無理を、しすぎました」
言葉の端から、彼女の体がまばゆい光の粒子に還元されていく。
「……あなた、いいや、あなた達の勝ち、ですよ。愛の勝利、です。だけど、それでも、私は、私は、セツナさんのことか――」
今回もまた、言い切ることが出来ず、ミヅキの体はすべて光になって虚空に消え去っていった。もはやそこに、彼女がいた証はない。
「……ああ、よかった、これで、勝ちだ――」
彼女の散り際を見上げた私は、電池が切れたかのように真後ろに倒れた。
「セツナ! カレンさん!」
暦が駆け寄ってくる。
今にも泣きそうな顔。それが、私を抱きしめてすぐに決壊した。涙の雨が頬に降り注ぐ。
……どうした、私は彼女を守らないといけないんじゃなかったのか。なのに、泣かせてどうするんだ。
「……ごめん、約束、守れないかも」
私は暦の頬に手を触れさせて、私は声を振り絞る。暖かく、柔らかい頬が、涙で濡れていた。
「嫌だ、約束したよねっ、指切りげんまんしたよねっ、だから、だから死んじゃ――」
声を聞き届けることさえ出来ずに、私の意識はそこで断絶した。
……果たして、約束とはなんだったんだろうか?




