セミの魔法少女、クラゲの魔法少女⑦
ミヅキの琥珀の双眸に宿るのは、真っ直ぐな狂気、真っ直ぐな恋慕、真っ直ぐな情愛、そのすべては類義。
それだけで、他ならぬ私にはわかってしまう。
彼女は、殺さねば、いいや、殺してもなお止まらないと。
(……やろう、やるしかないっ!)
(……ああ)
((ふたりなら、心の痛みも、半分だ!))
「うおおおおおおおおおっ!」
ゆえに私たちは、放つ。
あのとき、ミナモに対して放った魔剣を。
ミヅキを丸々包む、否、目の前のすべてを蒸発させられるような太さの一撃。
「――ぎああああああああっ!」
失明さえしかねないほどの閃光とともに、それはミヅキを吹き飛ばした。
「……」
視線の先には、何もかも吹き飛び蒸発して、すでに微塵さえも残ってない景色だけがあった。
思わずぺたんと膝をつくが、しかし不思議なことに涙は出ない。
カレンが心の痛みを半分どころか全部受け止めてくれたのだろうか。
驚くほどに、心が乾いていた。
「……大丈夫、悲しまないでください」
その声は、どこからともなく聞こえてくる。
「……?」
最初私には、罪悪感が幻聴を聞かせたのだと、そう感じられた。だけど、その声は更に続く。
「私は死にませんよ。その程度じゃあ」
声とともに、視界の隅、真っ黒に焦げた野球ボールほどの断片が、一気に肥大化していく。
「……!」
そしてそのまま、文字通り瞬く間に彼女は、その姿をもとに戻した。
「だって、不老不死ですからね」
五芒星の髪飾り、赤と銀の髪、琥珀の瞳、白とピンクの魔法少女姿。
目の前には、まるで何事もなかったようにミヅキが立っていた。
「ねえ、セツナさん、死ぬって怖いですよね? 私と一緒に、どんな状況でも絶対に死なないようになりませんか?」
言葉とともに、その腹の目の前に、真っ黒な穴が生まれる。
そしてそのまま、そこから胴ほど太さの透明な触手――私が先ほど腹に入れられた、あの触手が襲いかかった。
「――セツナ!」
私よりも早く正気に戻ったカレンが、剣の腹でそれを受け止めるが、それでもなお衝撃はまったく緩和されず、
「――がっ」
私たちは派手に吹き飛ばされた。
剣はスクラップになり、何度も回転し、床を削り、血を撒き散らしながら、私たちはやっとのところで止まる。
(……嘘、だろ)
(……なんで、立てない)
今まで、これくらいのダメージは何度だってあったはずだ。
だというのに、体がまったく言うことを聞かない。
まるでミナモに初めて出会ったときのように、吐き気と震えが止まらない。
少しでも気を抜けば、背中を向けて逃げ出しそうになる。
「私の本当の力の、一端中の一端。たかが魔法少女風情のために手加減しましたが、それでも辛いみたいですね。これも、何万年後になるかはわかりませんけど、私と一緒になれば手に入りますよ? 大切なもの全てを問答無用に守ることの出来る力。素敵だとは思いませんか? それに、こうやって気に入らない相手を叩き潰せる」
すでに触手を引っ込めたミヅキは、静かにそう言いながら隅に隠れていた暦に近づいていく。
「……ひっ」
恐怖と怯えに目を見開く暦――その姿を見るだけで、
「……やめろ」
私たちは立ち上がっていた。
「止まらないと、死ぬぞ」
そしてそのまま、自らの首に剣を突きつける。
それは、いつかはまったく見当はずれだった信頼の再来。
しかし、今回だけは絶対の絶対に的中している信頼。
「……」
予想通りにミヅキは立ち止まり、私たちは幾度も倒れそうになりながらも、暦とミヅキの間に立ちはだかった。
「……どうして、そこまでするんですか」
震える声で、涙を浮かべながらミヅキは私たちを睨みつけた。
「暦さんはあなたを捨てたんですよ? よりにもよって、あんな男のために、あなたを裏切った! なのに、どうして、どうしてあなたはっ!」
「……だったら、なんでお前はどこまでも暦暦うるさいこのバカに、いつまでも執心し続けるんだよ」
カレンの言葉に、ミヅキは息を呑んだ。
「……好きだからに、好きだからに決まってるじゃないですか!」
「……ええ、私も暦が好きだから、大好きだから、超々愛してるから、戦う。暦を傷つけようとするあなたを、絶対に許さない」
やはり私たちは、どこまでも似たもの同士だった。
ただ、好きになる相手のタイプが絶望的に違うだけで。
「……そうですか、暦さんを傷つける私を、絶対に許さない、ですか」
無感情に、ただ確かめるように彼女はつぶやいて、
「だったら、これならどうですか」
私たちに向かって、静かにその左手を振りかざす。
背筋が凍りつきてバラバラになりそうなほどに、その笑みは酷薄だった。
それは、追憶だった。
私が魔法少女になった日、その放課後の記憶。
その時の私は、暦の教室を目指して歩いていた。
カバンには抜き身のナイフを忍ばせて、暦と無理心中するために。
……そんなこと、出来るはずがないのに。私に暦を傷つけるなんて、出来ないのに。
そして私は、教室の出入り口で動きを止め、教室で歓談する2人を凝視しする。
髪を切った暦と、本木武夫。
彼女が髪を切っていたことに苛立ち、そうさせただろう本木武夫に殺意さえも抱きながら、それでも私は暦の幸せそうな笑顔を前に泣きながら逃げていった――
(……あれ)
はずだというのに、どういうわけか、私は教室の中に入っていった。
おかしい、しかし、抱くべき違和感がない、まるでこれが正しいとでも言うかのように。
そのまま迷いなく、二人の元へ私は行く。
『どうしたのセツナ――』
私は暦の声など聞きたくない、そうとでも言いたげにナイフをカバンから取り出して、
『暦を返せ』
男の向かって斬りかかった。
私はその行為に、なんの疑問も抱けない。
だって、私は暦がいくら幸せそうでも、我慢できるほどに大人ではなかったのだから。
むしろ、あそこで引き下がった自分が、今では信じられないほどに。
『……!』
しかしその刃は、男には届かない。
『……う、嘘でしょ』
男は怯えるように私を見ているが、しかし傷の一つもついていなかった。
それでも、その手には肉を突き刺す生々しい感覚が確かにある。
『なんで、暦が』
そのかわりに、彼をかばうように前に出た暦の心臓に突き刺さっていた。
震える手とともに、私はナイフを思わず放して、暦はそのまま倒れる。
『……セツナ』
真っ青な顔でこちらを見上げ、力なく手を伸ばす少女は、何度見たところで、やはり暦である。本木武夫ではない。
私の目の前で、最愛の少女が、私にとって何よりも守るべき少女が、私が絶対に傷つけてはいけないはずの少女が、間宮暦が生々しく息絶えようとしていた。
『……嫌だ、嫌だ、嫌だ』
だというのに、私はただ膝をつき、呆然とすることしか出来ない。
本来ならば聞こえるはずの喧騒も聞こえず、ただ血溜まりに倒れる暦しか視界に映らない。
『……こんなのは、夢だ、悪夢に決まっている』
そうだ、私がかつて見た悪夢だ。これは、ただの悪夢なのだ。
『あははは、夢か』
震えながら言い聞かせる私に、場違いな声が聞こえた。
『……?』
何故か聞こえた声の主に、私は顔を上げる。
そこには、当時の私が知る由もない顔が、確かに存在していた。
五芒星の髪飾り、赤と銀のおかっぱ、琥珀の瞳――ミヅキが。ただし、その身を包むのは制服ではなく、真っ黒なローブである。
『あなた、面白いね。最愛の人を自分で殺しちゃうなんて珍しい。まったく同じパターンがこれで12人目だよ。でも、女同士は初めてかな』
言いながら、ミヅキは暦の心臓に突き刺さったナイフを無造作に抜き取って、そのナイフで指先を切ると、ぽたりと一滴、暦の傷口に血を垂らした。
『……!』
すると、それだけで傷口がみるみるうちに修復されていって、すぐにまるで何事もなかったかのように治ってしまった。
『でも、これだけじゃ足りないよね。……安心して、全部私が忘れさせてあげるからさ』
そう言ってミヅキはにっこりと笑って、私を琥珀の瞳で凝視する。
『記憶改変は大変なんだけどね』
言葉とともに、私の視界は真っ黒に染まった。




