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ふたりでひとつの魔法少女②

 私たちがなんとか倒した巨大殺人クラゲ――その残骸が、唐突に肥大化、爆発へのカウントダウンを始めた。

「逃げるぞ! こいつは洒落にならねえ!」

「ちょっと、待って!」

 カレンが逃げようとするのを、無理矢理に足に力を込めて止める。

「暦があそこにまだいるし!」

「そんなこと言ってる場合かよ!」

「それこそ言ってる場合じゃないわよ、バカ野郎!」

 カレンを無理やり振り切って、私は暦の方へ駆け出した。

 次の瞬間、視界の何もかもを埋め尽くすような閃光が瞬いた。  


 閃光が晴れる。夕日が沈み、夜の帳が下りた屋上。

 給水塔、ベンチ、フェンス、屋上に存在していた物は皆、黒焦げになっている。私たちとクラゲの戦闘など全てなかったかのように、全てが焼け焦げてしまった。

「……よかった、間に合った」

 私は全身を包む痛みを我慢しながらつぶやいた。

 私の腕の中には、ベンチの残骸の上に暦たちがいる。何事もなかったかのように、可愛らしい寝顔ですうすうと寝息を立てている。

「ああ痛いな、クソ」

 いかにも不機嫌そうにカレンが口を開いた。

「私が寸前でバリアを作らなかったら、こいつらごと吹き飛んでたぞ。バカ」

「……ありがとう」

「で、バカはなんでこの憎き恋敵も助けたんだ?」

 そう、暦の後ろに折り重なるように名前さえ覚えてない憎きあの男がいた。

「わかんないや、バカだから」

「あははは、バカは駄目だな。自分の感情が客観視出来ない。私にはわかるぜ。暦が好きなやつを見殺しに出来るほど、お前は度胸がなかったんだ」

「優しいっていいなさい。あとお前でもバカでもなく、私には天音セツナって名前がある」

「知ってるよ。……それにしても、私そっくりだなこいつ」

 物珍しげにカレンが暦の顔をしげしげと見つめる。

「中身は真逆よ。暦のほうが百兆倍優しくていい子だし。……いいや違うわね。あなたはマイナスだから倍にしたら駄目」

「ひどい言われようだな。お前を振ったくせに優しいのか?」

「……それも私のためだもん」

「わかってて刃物持ち出したのか? お前やっぱりバカだな。まあお前がバカなおかげで助かったんだが。バカバンザイ」

「……いい加減だまりなさい」

 いい加減減らず口が耐えきれなかったので、ほっぺたを両手で引っ張ってみた。

(やめろや)

(こういうときは空気読んで口でしゃべるものよ。これじゃ私が痛いだけじゃない)

(知らねえよ! 私も痛いんだから――そうだ)

 そこですっと、体から何かが抜けた。同時、魔法少女状態が解け、私は元の姿に戻る。

『これでお前が一方的に痛いだけだ、バカ』

 眼の前にかつての暦そっくりな少女が現れた。カレンが私の体から抜けたのだ。

 つまり、私は傍目にはなぜか自分のほっぺたを引っ張っている奇人に見える。

「……って、痛みがなくなった。しかも、髪も切ったのに伸びたままだし」

 それどころか、変身前より体が軽い気さえもした。

『感謝しやがれ。私が治してやった』

 ドヤ顔の暦……ではなくカレン。少年のような笑みは、暦のそれとは全く印象が違い、違和感が私を襲う。

「ええ、ありがとう……って、誰が感謝するもんですか。そもそもあなたが私に関わらなければこうならなかったもん」

 昔から思っていたのだ、事件の発端を自分で作って自分で解決することで感謝される物語の主人公たちの欺瞞を。放火して消火する消防署のごとくではないか。マッチポンプだ。

『言えてるな。だが安心してくれ。あんな中途半端な魔法少女じゃ戦いにくいったらありゃしない。他の宿主を探すよ。……バカと一緒にいるのも疲れるしな』

「最後のは余計でしょ。ていうか中途半端って何」

『本当ならば魔法少女になることで体のすべて乗っ取れたんだ。あんなふうに半端に混ざり合ったりしない』

「怖っ」

 思わず肩を抱く。とんでもない女に目をつけられていた。

『安心しろ。変身を解けば戻る。それに、再契約は出来ないから他の宿主を探すんだよ』

「ああ、良かった。見てくれ以外最悪の女に乗っ取られはしないんだ」

『ああ、良かったな、もう最悪の女とはおさらばだ。……世話になった、ありがとうよ、バカ。じゃあな』

 どこかもの惜しげに――勝手に私がそう思っているかもしれないが――カレンは言った。

「うん、さようなら。……やっぱりありがとう」

 軽く挨拶して、カレンはこちらから離れて屋上の出口に向かっていく。私はその背になぜか礼を言った。

『どういたしまして』

 こちらに顔も向けずに手を軽く上げるカレン。そのままいい感じに別れるのかと思ったら、その足が止まった。距離にして2mも離れていない。

『……おい、引っ張るなよ』

 しばらくカレンは無為に足踏みすると、こちらを振り返ってそんな事を言った。その睨みの利いた双眸は、暦とは文字通り似ても似つかない。

「引っ張るも何も、さわれないし」

 そこでまで言って、私の目はおかしなものを捉えた。

「……糸?」

 薄い透明の糸のようなものが、カレンの首の右横からこちらに向かって伸びていた。そしてそれは私の首の左横につながっている。触ってみるが、指はすり抜けてしまう。

『何じゃ、こりゃ』

 カレンは糸をさわれるようで、それをつまんで二人顔を見合わせる。

 私とカレンの間に、半透明の糸のようなものがつながっていた。


「『んぐうぅうううう!』」

 私たちはお互いに離れるように全力疾走するが、糸がピンと張るとそこから先、二人とも全く進むことが出来ない。全く、欠片も。クラゲとの戦いとはまた別の嫌な緊張感に冷や汗が止まらない。

 そんなことをしばらく続けて、

『ちくしょう、お前のせいだ!』

 カレンがついに暴発した。叫びは夜空を席巻する星星に飲み込まれていく。

『お前がバカだから魔法陣を描き損なったんだ! だからこんなことになってしまったんだ! こんなことしてる場合じゃないのに! このバカ、バカバカバカ!』

 指を差して早口でまくしたてる。その言葉の暴力に、私の中のハンムラビ法典が反応した。つまり売り言葉に買い言葉である。

「バカバカ言うけど! あのとき私のことを驚かすようなことを言ったカレンが悪いと思う! 『お前がやばくなったら最悪脱出する。次のやつを探すさ』って、あの場面で絶対言っちゃ駄目だよ! うん、これ私悪くない! 欠片も、全然! バカはカレンだ! 自業自得だ! このバカ、バカバカバカバカバカ!」

 カレンのことだけではない、今まで蓄積し続けたストレスが一気に爆発する。

『んだとバカ!』

「やんのかバカ!」

 睨み合い、どちらともなくその拳が飛びかかった。

 しかし私の拳は宙を切り、糸に引っ張られてつんのめる。

『やーい、私には触れないんだよバーカ! バカはバカだから基本設定も忘れちまうんだ!』

「てめえええっ!」

 私は振り返って叫び、学習せずにまた殴りかかろうとしたが、

「……セツナ? って、本木くん、なんで倒れてるの!?」

 突如かけられたその言葉に、動きを停止した。

 油を差していないブリキのおもちゃのように首を動かし、その声の主に視線を遣る。

「……暦」

 そこには、私の大好きな間宮暦がいた。やっぱり本物はずっと可愛らしい。しかし、腹が立つことに、本木くんとやらをぶんぶんと振って心配そうな顔をしていた。その表情が向けられるのは、私だけだったのに。

『安心しろ、私は魔力がないやつには見えない。せいぜい気まずい思いをしろ』

 カレンの憎たらしい声を無視して、私は暦に近づく。

「安心して、生きてるよ」

『残念なことにな』

 横でうるさいカレンを小突くが、無論それは空を切った。

「……本当だ。なんか屋上すごいことになってるけど、何があったの?」

 吹き飛んだ屋上をしげしげと見回して、暦は怯えるように言う。その声には心根の優しさが満ち満ちていて、カレンとはやはり大違いだった。

「わかんない。屋上からすごい音がして着てみたらこうなってた。……これだけすごいことになってるのになんで誰もこないんだろうね」

『その認識阻害あとちょっとで切れるから早くしろよ』

「……私、変な夢を見たんだ」

「夢?」

「私が本木くんと屋上で……その、なんていうか、逢い引きしてたら」

「逢い引きて」

「いいの、逢い引きで。いきなり扉が開いて、セツナなんだけどセツナじゃない、すごく暴力的な人に『いちゃついてるんじゃねえ!』ってすごい剣幕でどつかれたの」

「へ、へえ」

「私、本木くんのこと、そういえばセツナに紹介してないなって。それで、こんな変な夢を見たんじゃないかって」

 そこで言葉を切って、暦の足元で伸びている本木くんとやらを指さした。

「これ、私の恋人の本木くん」

「どうでもいいよ」

 ぴしゃりと言い切った。実際そこで倒れてるののことなんて死ぬほどどうでも良かった。

「どうでもいいって……」

「別に好きにすればいいじゃない。そのモブ顔と一生いちゃついてりゃいいのよ。もし振られたら私が次の相手になったげるから」

 あえて拗ねたように顔を背けて、そっけなく言う。実際拗ねているのだが。

「……髪、切ったこと聞かないんだね」

 その背に、どこか寂しそうな暦の声がかかる。

「……どうでもいいもん」

 こっちは全くどうでもよくなかった。暦の黒髪という世界文化遺産どころか宇宙文化遺産を切らせたこの男は、やはり爆発で塵芥にするべきだったかもしれない。

「どうせ、そこのなんとかくんが似合うとか言ったからでしょ。あーむかつくわ。死ねばいいのに。爆発すればいいのに」

「……なんで私が髪を伸ばしてたか、セツナは知ってる?」

「私が似合うって言ったから。前言ってたもん」

「そう、そのとおり。もっというと、いっつも楽しそうに私の髪を触ってくれたから、そんなセツナが見たくて伸ばしていた。……でも、だからさ、髪を触るたびに思い出しちゃうんだよ。セツナのことを」

『うわ、顔真っ赤』

 カレンの言うとおりだった。今の私は絶対に暦に振り返れない。心臓もうるさいくらいにバクバクしているし、涙腺だって崩壊しかけている。

「それで、またいっしょにいたいなあって思っちゃうんだ。私も人のこと言えないくらい依存してたんだよ。だから、そんな自分を戒めるために、気分を一新するために、バッサリ」

「……暦」

 涙腺がついに崩壊すると思った瞬間――

「まあ、本木くんが似合うかもって言ってくれたのもあるんだけどね」

 はにかむような口調の惚気にすぐに引いていった。顔の紅潮も収まって、心臓が不気味なくらいに静かになる。

「あっそ。爆発しろ」

 もう知らん。

 これ以上一緒にいたらなんとかくんをぶっ殺しかねない、私はそのまま背を向けてつかつかと早足に出入り口に向かう。無論カレンもついてきた。

「……でもさ、別に嫌いになったわけでも、友達じゃなくなったわけでもないんだからね!」

 その背中に、暦の大声がかかる。

「だからさ、セツナの心の整理が終わったら、いつでも遊ぼう! あんな言い方しておいておかしいかもしれないけどさ!」

 どこまでも優しい言葉。

 私の涙腺は再びポロポロと崩れていく。顔もまた赤くなったし、心臓だってドキドキと暦の言葉に負けないくらいにうるさい。

「………」

 けれども、私は素直になることが出来ない。

 だって言ったではないか、『おままごとは終わり』だって。

 ……優しいから希望を断つような言葉を言って、でも優しいからそれに徹し切れない――ああ、昔からよく知っている暦だ。

 だからこそ、何も変わっていないのに私を置いていってしまうことが悲しい。暦は変わってしまったのだ、だから私を拒んだのだ――そんな都合のいい現実逃避さえ許されない。

 心の整理など出来ているはずもなく、残酷な現実を直視することもできない私は振り返らず、ただ叫んだ。

「バッサリ切るなら切りなさいよ! そういう言い方してると、私ストーカーになるよ!」

 風情の欠片もない、照れ隠し。それさえも恥ずかしすぎて、その照れ隠しに出入り口に向かって全力疾走する。

『あそこで押し倒してたらいけたかもしれないのに、バカだなあ』

 カレンの無責任な言葉を、私は聞かなかったことにした。


『やっと起きたか』

「……寝てた」

 そのままカバンも回収せずに全速力で帰宅した私は、ただひたすらにカレンと離れるために思いつく限りの方法を試した。もう一度変身してみたり、剣だけ残して変身解除して糸を切ろうとしたり、服を脱いでみたり、ドアに勢いよく挟んだり――全部無駄だったのだが。

 それこそ、暦のことから目をそらすように。そっくりさんは常に近くにいたけれども。

 真っ暗な自室、未だに制服のまま、ベッドの目覚まし時計は夜の11時を差している。どうやら途中で疲れて寝てしまったようだ。

 目を覚ました私の目にいの一番に入ってきたのは、暦……ではなくカレンだった。スマホの液晶で輝くその顔は、やはり半透明でプカプカ浮いている。あれは夢ではなかったようだ。無論、その首元から伸びた糸は相も変わらずこちらとつながっている。

(私が起きるまで待ってくれてたとか、意外といいやつだったりして?)

『ああ、意外といいやつだよ私は』

「ちょっと、なんで分かるのよ!」

 今は憑依されていないはずのに、なぜか内心を見透かされて私はベッドから飛び跳ねた。

『糸につながってるからなーんとなく解る。ニュアンス程度だがな』

「こっちはわかんないのに、プライバシーの侵害よ!」

 枕を投げつけるが、無論すり抜ける。

『こっちだって侵害されてるわ。どうしてこの私がお前のようなバカと一緒に四六時中いなきゃならんのだ』

 空中であぐらをかいて、本当に悲しげにカレンはウンウン唸った。

「……うう、確かに私は暦とずっと一緒にいたいって言ったけど、偽物じゃない。しかもそういう意味じゃないし」

『人を勝手に偽物認定するな』

「それで偽物、いい加減あんたが何者か教えなさいよ。さっき魔法少女になったときもいまいち分かんなかったし」

『……まあ、情報を確認しようとするくらいに落ち着いたのはいいことか。なら話そう』

 カレンは滔々と語った。

 己が魔法が当たり前の異世界からこの世界にやってきたエージェントであること。

 一緒に来た10人の仲間たちはもれなくクラゲにやられたこと。

 カレンたち異世界人は体から意識だけを離脱させることで、次元の穴を抜けて他の世界にやってこれるということ。

 次元の穴はこの世界にはこの街にしか存在しないこと。

 その状態では何者にも干渉できないから、私のような魔力を持つものに憑依して戦うこと。

 本国に戻れば今の状況をどうにかできるかもしれないが、連絡手段さえなく、そもそも私というお荷物がある限り本国に戻ることは出来ないこと。

「ちなみに無理に私がその次元の壁を通過しようとしたら、どうなるの?」

『向こう側についた頃にはミンチ』

「……それで、何が目的でやってきたの?」

 聞かなかったことにして、私はずっと気になっていたことを訊ねた。

『そりゃあ、あのクラゲの主――フォスフォラスを倒すためよ』

「フォスフォラス?」

 確か明けの明星を意味する言葉だっただろうか、まあ異世界人だからあんまり関係ないかもしれないが。

『稀代の天才魔法使いにして最低最悪のマッドサイエンティスト。本国でも山ほど非合法な実験を行って街一つを滅ぼしたりいろいろしてる超凶悪犯罪者』

「……うわあ」

 ドン引きしたところで、一つの可能性にたどり着く。

「……でも、天才魔法使い、なんだよね? だったら、今の私たちの状況もなんとか出来るかも――」

『……なるほど』

なんて、流石に都合が良すぎるかな? そんなふうに続けようとしたけれど、想像以上に真剣な顔で唸っているカレンを前に閉口する。そしてしばし、ああでもない、こうでもないとブツブツ続けて、

『……お前天才かよ、見直したぞ! バカじゃないな!』

 カレンは心底感心するように言った。やけにテンションが高く、顔が近った。

 緑の瞳にまっすぐ見つめられる――暦そっくりの顔が至近にあってどきりと胸が跳ねた。だから私は、照れ隠しのように顔を背けながら疑問を挟む。

「……水を差すようで悪いけど、本当にいけるの?」

『ああ、あの変態野郎ならそれくらい出来るはずだ。聞いたことがある、あいつは解呪に関してもエキスパートだと! これで私たちはもとに戻れる!』

 カレンがそう言うならそうなのだろうが、私にはいまいち分からない。

 けれども何よりその喜びようったらなくて、そんなに私と離れられるのがうれしいのかと思うと少しばかり複雑だった。……まあ、私も離れたいけど。

『私たちは魔法少女になって、クラゲをぶちのめし、フォスフォラスをぶちのめし、この糸を外させる! これで決まりだ! 私たちは、もとに戻れる!』

 カレンは私を抱きしめようとして、派手にすり抜けた。

『しばらく一緒に頑張ろうな、セツナ!』

 そのまま振り返って、カレンは右手をこちらに向ける。満面の笑み。

(……あ、初めて名前呼ばれたかも)

「ええ、よろしく、カレン」

 私はその手に握手を返そうとして、やっぱりすり抜ける。

 またたく間にともに戦うことが確定してしまったが、不思議とそこには恐怖や面倒くささは感じられなかった。

 なんだかこの暦そっくりな粗暴で口の悪い少女と一緒にならば、何でも出来る気がしていたのである。あるいは、暦とのことを忘れたくて、これから起きるであろうことに身を投げてしまいたかったのかもしれない。

(でも、それでいいや。……今の私には、日常を忘れられるような何かが必要だもの)

 しかしそう考える頭の片隅で、私はなにか消化不良を感じていた。

(あれ、私、なにか忘れているような――)


「おやおやおや、これは興味深い」

 薄ら暗い、モニター類と男が発する光しか光源のない部屋。

 あちこちに並んだモニターにはデジタル数字やグラフ、魔法陣、そしてクラゲの単眼――コアが膨張し爆破する映像のループが映されている。それらを束ねるコンピュータの冷却のためにファンがせわしなく動き、物静かな薄暗い部屋で自己主張していた。

 広い部屋の中央には強化ガラス製の大きな筒があり、計器は皆、それにつながれている。筒の中には何やら黒焦げの中に紅色を覗かせた数㎝の破片。そしてそれは、何やら禍々しい黒いオーラのようなものを発していた。

「コアの残骸に残留した魔力……こんな数値は見たことがありません。455号のそれが膨張とともに変質したのか、それともあの魔法少女もどきの攻撃で変質したのか、あるいは彼女たちの魔力なのか……なんにしてもまだまだデータの絶対数が足りませんね――」

 モニターの一つを覗き込み、男がブツブツと興奮を隠しもせずに言う。

 黒いナチ将校のような軍服の上からもその体格の良さが伝わる、筋骨隆々の大男――それは、異様な仮面をかぶっていた。

 ヘルメットのように頭をすっぽり覆い隠す黒曜石めいた黒地に、顔の部分に十字の鋭いスリットが入っている。そこから覗くのは宝石のような青であり、それが光ることで数少ない光源の一つとなっていた。

「なんにしても、ありがとうございます、あなたのおかげでこの貴重なサンプルが手に入りました――ヘスペラス」

 仮面の十字がひときわ強く閃き、その視線が傍らに立っていた仮面の少女――ヘスペラスに向けられる。

「………」

 仮面の男――フォスフォラスとよく似た仮面をかぶり、華奢な身体を黒い軍服に包む少女は、しかしそれに返さない。ただ人形のように直立不動でいるだけだ。

「これからも魔法少女は泳がしておきましょう。その時はまたデータ回収、お願いします」

「………」

 やはり沈黙を貫く少女、しかし次の男の言葉を前に――

「これで私たちの研究が一歩前に進むかもしれません。……永遠は近いです」

 その仮面の十字を赤く輝かせた。

 

                       【第一話・ふたりでひとつの魔法少女】・了

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