セミの魔法少女、クラゲの魔法少女⑥
『帰ってきなさい、セツナぁあああああっ!』
「……はっ」
誰かに手を引かれ、私は現実へと帰還した。
……その手の暖かさは未だに残っていて、慣れたような、それでいて初めてのような感触であった。
「よかった、セツナぁあああああっ!」
しかしその感触を吹き飛ばすように、暦の抱擁が飛んでくる。
「ナイフで刺すって言ってたから本当に大丈夫なのかって思って、でもちゃんと帰ってきて! 本当に、本当に、よかったよ!」
「……なんかよくわかんないけど、ありがとう」
状況をうまく呑み込めていない私は、それでも抱擁を返しながらそう言う。
『ああ、暦はがんばったよ。こいつがいなかったら、今頃どうなってたか』
暦の背後で、相も変わらず半透明のままのカレンが言う。見やれば、その後ろには急速に萎びれていく触手があった。
「……髪、切ったの? 失恋でもした?」
『いまどきそれは古いぜ。似合ってるか?』
「前のほうが可愛かった。なのに、みんな切っちゃう」
「ごめんね、また伸ばすから!」
カレンじゃなくて暦が答えて、腕の力がさらに強くなる。
「大丈夫、暦ならどんな髪型も似合ってるよ」
『おい、見てくれは同じなのに露骨に反応が――』
そこで、カレンの声をかき消すように絶叫が響いた。
「――私を、無視するなああああああああああっ!」
ミヅキだ。
「私を無視して、いちゃつくな! なんで、みんな、私を邪魔するんだ! 私はただセツナちゃんとずっと一緒にいたいだけなのに!」
涙さえ流し、小さな子供のように地団駄を踏むが、しかし膂力が子供のそれではないので床は割れ、地鳴りが響き渡る。
「死ぬまで我慢してやるって、言ってるじゃないですかっ! なのにっ、なのにっ、どうして! あなた達にはもう関係ないでしょう!?」
「……それはきっと、友達だからだよ」
呆然として何も言えない私たちをよそに、暦が私から離れて一歩前に踏み出すと、静かにそう言った。
「友達がさ、嫌だって言ってるのに助けないはずがないよ」
「黙れよビッチ! 偉そうに、セツナさんを捨てて男になびいたくせに!」
「私はそれがセツナのためになると信じていたけれど、あなたはセツナのためになると思っていたの? 永遠の孤独を背負わせることが、セツナのためになるって。……自分のことしか考えてないのは、よくないよ」
あまりにも、それは正論だった。
『人類全体のためならば数十万の犠牲など誤差だ』とか『てめえが正しかろうが改心しようが友達を傷つけたてめえはぶっ殺す』とか『友達が死ぬまで待ってやるから私と永遠に生きよう』とか、そういった尖りに尖った僻論とは違う、あまりにも正しい、まさしく正論が、そこにはあった。
「………」
その言葉を真正面に食らったミヅキはただ、無表情に肩を震わせていた。
しかし正しさでは何も救えやしない。
それも、恋に溺れる亡者ともなれば。
「……黙れぇええええええっ!」
ゆえにミヅキは一気に表情を憤怒に変貌させ、暦に斬りかかった。
当たり前だ、私も同じ立場だったらそうするだろう。
「させるかっ!」
会話の途中ですでに憑依していたカレンとともに、私たちは暦を抱きかかえ、その斬撃を回避した。……偶然にも、いつかミヅキを助けたときのように。
「てめええええええっ、それは、それは、それは! わざとですかああああ!」
「違う。だけど、私は友達なら、みんなきっとこうやって助けるよ。だから、友達を傷つける相手は、倒すしかないんだ。……たとえミヅキが相手でも」
私たちは暦を下ろして、ポケットからナイフを取り出す。
(また変身、出来るよね?)
(ああ、当たり前だろ)
ゆえに私たちはそのまま髪を一束掴んで、ナイフでバッサリと切った。
「――変身」
左右非対称、ピンクと黒、青と緑のオッドアイ、魔法少女が現れる。
ミヅキは、先天的な不死性を持っている。
すなわち、分離剣は効かない。
ならば、一体どうやって殺せない、殺さねば止まらない相手を倒す?
「……」「……」
私たちは、間合いギリギリのところで剣を構えにらみ合いながら、その結論に達していた。
(……やはり、すべての細胞を跡形なく吹き飛ばすしかない、だろうな)
フォスフォラスとの戦いの時点で、構想にあった作戦。
なにもないところから何かを発生させるのは無理なのだから、当たり前だ。
すでに準備は終わっている。
……だというのに、私たちはそれをためらっていた。
(でも、やっぱり、ミヅキを倒すのは……いや、殺すのは)
たとえ暦に危害を加え、殺そうとしていたとしても、一片の躊躇もなくミヅキを殺すには、私たちは彼女を知りすぎてしまった。今でも彼女は、私たちの友達なのである。
そうだ、結局のところ、私たちはこの程度に健常なのだ。
フォスフォラスを殺せたのは、よく知らない相手であり、悪逆の限りを尽くしていて、もう戻れるところにいなかったからだ。
「……!」
しかし、私たちの思いとは裏腹に、ミヅキが先に動いた。
その琥珀の双眸に宿るのは、真っ直ぐな狂気、真っ直ぐな恋慕、真っ直ぐな情愛、そのすべては類義。
それだけで、他ならぬ私にはわかってしまう。
彼女は、殺さねば、いいや、殺してもなお止まらないと。
(……やろう、やるしかないっ!)
(……ああ)
((ふたりなら、心の痛みも、半分だ!))
「うおおおおおおおおおっ!」
ゆえに私たちは、放つ。
あのとき、ミナモに対して放った魔剣を。
ミヅキを丸々包む、否、目の前のすべてを蒸発させられるような太さの一撃。
「――ぎああああああああっ!」
失明さえしかねないほどの閃光とともに、それはミヅキを吹き飛ばした。
「……」
視線の先には、何もかも吹き飛び蒸発して、すでに微塵さえも残ってない景色だけがあった。
思わずぺたんと膝をつくが、しかし不思議なことに涙は出ない。
カレンが心の痛みを半分どころか全部受け止めてくれたのだろうか。
驚くほどに、心が乾いていた。
「……大丈夫、悲しまないでください」
その声は、どこからともなく聞こえてくる。
「……?」
最初私には、罪悪感が幻聴を聞かせたのだと、そう感じられた。だけど、その声は更に続く。
「私は死にませんよ。その程度じゃあ」
声とともに、視界の隅、真っ黒に焦げた野球ボールほどの断片が、一気に肥大化していく。
「……!」
そしてそのまま、文字通り瞬く間に彼女は、その姿をもとに戻した。
「だって、不老不死ですからね」
五芒星の髪飾り、赤と銀の髪、琥珀の瞳、白とピンクの魔法少女姿。
目の前には、まるで何事もなかったようにミヅキが立っていた。




