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セミの魔法少女、クラゲの魔法少女⑤

「私は不老不死ですから、誰かとずっと一緒にいることなんて出来ないんですよ」

 ミヅキは私が思いを寄せる暦に嫉妬し、彼女を殺そうとしていた。

「人の生はあまりにも短すぎる。あなた達にとってのセミのようなもの。セミはそれなりに長いあいだ土に潜り、成虫としてごく短いあいだ地上で鳴き喚き瞬く間に死んでいく。人はそれなりに長いあいだ血脈を繋ぎ、しかし人としてはごく短いあいだを瞬く間に死んでいく」

「離しなさい、バカ!」

 そして今、真っすぐ進んだ道の突き当たり、しばらく抱えられて走った私は、手足に手錠をかけられて、仰向けに倒されていた。辺りには、やはりホルマリン漬けの異形がたくさんある。

「ですけど、これを使えばずっと一緒にいられる」

 そう言って、彼女は胴回りほどの太さの触手を取り出した。

「私がフォスフォラスに協力していた理由はたった一つ。彼の不老不死の研究が成功した暁には、どんな人間とも一緒にいることが出来ると、そう思っていたからなんです。……だけど、これは運命と言うものでしょうか、私が好きになったのは高レベルの魔力保持者であるセツナさん、あなたでした」

 恍惚と言った表情、ミヅキの言葉にはどんな裏も感じられない。

「……つまり、あなたは私を不老不死にしようって、そういうこと?」

「ええ、そのとおりです。あなたはセミからクラゲになるんです。安心してください。それが終わったら暦さんでもカレンさんでも好きなところに戻っていいですから。……でも、結局は私のところに戻ってくるしか無いんですけどね。だって、あなただけ老いも死にもせず、ただ孤独を噛みしめるしか無いんですから! 好きになった人は、絶対に先立ってしまうんですから! でも安心してください、あなたには私がいる! 私にはあなたがいる!」

 ミヅキの言葉は、むせ返るほどに濃厚な狂気に満ち満ちていた。

 だが、もしも私が彼女と同じ立場だった場合、同じことをしないとは決して言えないだろう。しかし、それでも、私は――

「そんなの嫌よ! 私は、暦と、カレンと、みんなと同じ時間を生きていきたい!」

「私だってそうですよ。だから、一緒になりましょう? この星が滅んだら他の星に、この星系が滅んだら他の星系に、この銀河が滅んだら他の銀河に、この銀河団が滅んだら他の銀河団に、この宇宙が滅んだら他の宇宙に――そうやって、何億何兆何京年も……文字通り永遠に、ずうっと私と一緒にいましょうよ?」

 もはや説得は無用――ミヅキは暴れる私を無視して、腹に触手の断片を振りかざし、それは吸い付くように私の中に入っていく。体がとてつもなく熱い。

「嫌だ、嫌だ、私は、私は……!」

 ああ、永遠が始まってしまう。


「それ以上好きにはさせねえよ、勘違いストーカー野郎」

 短い黒髪に大きな緑の瞳の人形めいた少女が、ミヅキの背に声をかけた。

 ミヅキはと言うと、今は静かに眠っているセツナの寝顔を恍惚の表情で見つめていたのであった。

「……セツナさんのことですか? カレンさん」

「なるほど、たしかにそのとおりだが、しかし違うな。お前だよ」

 振り返ったミヅキに、カレンは中指を立てた。

「わざわざ暦さんに憑依してのご登場ですか。もう遅いですよ、何もかも。……確かにセツナさんはあと数十年はあなた達と一緒にいることは出来るでしょうが、しかしその先は私と一緒に過ごすんです。永遠にね。永遠の前では、あなた達と過ごす時間なんて刹那にすらなりません。いつかあなた達は忘却の彼方に塗りつぶされるんですよ」

「あいつはそれを望んだのか?」

「いいえ。でも、嫌でも私を受け入れるしかないですよ。私はそれを気長に何百何千何万年でも待てばいいだけの話です」

「なあ、根本的に矛盾してねえか? なんでお前は、永遠に生きられるくせに、わざわざ暦を殺そうとしたんだよ。待ってりゃいいだろ」

「……乙女心に、人外も人間もありませんから」

 震える声で、ミヅキが言った。

「……そうか、意外と人間味があるな。これなら、私でも勝てそうだ。セツナを救える」

「もう遅いって言いましたよね?」

「やってみなきゃ分かんねえだろ」

 そう言ってカレンは懐から、先端に多面体の黒いハートマークの宝石が象られた、短い白いステッキを取り出す。

「――変身」

 そしてそのまま、彼女は魔法少女に変身した。


「実に正統派魔法少女な変身グッズでしたね。見た目も、あのピンクと黒よりだいぶ可愛らしい。二号魔法少女って感じで」

 カレンが変身したのは、ブレザーをベースに黒と白を基調にした、フリル満載の格好だった。そこには左右非対称の意匠など無く、傍目だけならミヅキのライバルとして登場したと言った風情である。

 これこそが、本来のカレンの魔法少女形態だった。

「黙れよ、邪神」

 緑の光刃をステッキの先から展開し、ミヅキに斬りかかる。無論、ミヅキもまた紅い光刃でそれを受け止めた。

「いいですよね、カレンさんはっ!」

 刃が弾かれ、しかし次の瞬間には再び襲いかかる。薄暗い室内に、緑と紅の閃光がぶつかりあい、片時も休まるときはない。

 さながらそれは、星々の輝きのようだった。

「セツナさんの相棒っていう、得難い地位があって! だから暦さんがいても平気な顔をしてられる! 余裕ぶっていられる! でも、私にはそれがない!」

 深い怨念のこもった刃は、その紅を深く深く色付け、血のように染め上げ威力を上げていく。その一撃を持ってして、カレンの刃は大きく軌道を逸らされた。

「なのに、あなたはそれさえも簡単に捨て去って、そうやって暦さんに鞍替えしてしまうんです! それだけじゃない、暦さんも、みんなみんな! 私が欲しかったものを、簡単に! 私だってセツナさんとずっと一緒にいたいのに!」

「だから、どうしたっ! ずっと一緒にいるってことはな、あいつの暦への想いをずっと受け続けるってことなんだぞ!」

 すかさず襲いかかってくる深紅の突き、嵐のごとき連撃を全て紙一重で回避――鋭い回し蹴りがガラ空きの横顔に向かって直撃し、歯をいくつも吹き飛ばしながらミヅキは尻餅をついた。

「耐えられるのかよ、お前にそれが! ええ!?」

 この機を逃すはずもなく真上から覆いかぶさるように襲いかかる刃を、なんとかすんでのところでミヅキは受け止める。琥珀の瞳と緑の瞳が睨み合った。歯はとっくに再生している。

「耐えられねえよなあ! 永遠に生きれるくせに、わざわざ暦を殺しにいったお前が! 不幸ヅラ、するなやっ!」

「黙れっ、あの子は私を受け入れてくれたんだっ!」

 膝蹴りがカレンの腹に直撃し、そのまま彼女はたたらを踏みながら立ち上がる。

「もげた足が再生するのを見ても、顔色ひとつ変えなかったんだ! 普通、好きになっちゃうに決まってるだろう!? なのに、相棒も親友も、全部埋まっていたんだ!」

 ミヅキが斬りかかり、ギリギリで姿勢を立て直したカレンと鍔迫り合いになった。

 紅と緑の火花が、彼女たちの前でバチバチと弾ける。

「んだと、あいつは内心ドン引きしてたぞ、お情けで友達になってやっただけだ! 昔の自分に似てるってな!」

「ドン引きされてようとも、お情けだろうとも! 似た者同士だと言うだけで十分です! 似ているってことは、一人でいる間もセツナさんを感じられるってことなんですから! それだけで、数百年くらい耐えてみせます!」

「妄言も大概にしろや、勘違いストーカー野郎!」

 深い深いおぞましいほどの恋慕の情念、セツナへの思いに呼応するかのように、深紅の刃がピンク――セツナたちの融合魔力のように変化していく。

 そしてその魔力はついにカレンのそれを超越し――

「――私の愛の勝ちです、負け犬っ」

 カレンの緑の刃は打ち負かされた。

「……ッ」

 流れるように、胴体に斜めに深い傷が生まれ、ミヅキは勝利を確信する。

 しかし、いくら待っても血は流れない。

 そのかわりに現れるのは、激しい火花と、露出した配線。

「――まさかっ」

「気づくのが遅いんだよ、勘違いストーカー野郎ッ!」

 驚きに硬直したミヅキの頭に、頭突きをかまし、そのまま距離を取ると叫ぶ。

「今だ、暦っ!」

「わかりましたっ!」

 視線の先、横になっているセツナに寄り添うようにしていたカレンそっくりな少女――暦がナイフを投げ、カレンはそれを確かに受け取った。

 そうだ、今の今までカレンが憑依していたのは暦ではない、フォスフォラスが遺したスワンプマンだ。

「私が、セツナ以外に取り憑くかよッ!」

 魔力を注ぎ、ナイフが魔法少女時の黄金のもの――分離剣へと変化する。

 そしてそのまま、分離剣片手にセツナのもとへ全力疾走した。

「させるかっ!」

 必死の形相でミヅキがそれを迎え撃ち、カレンの頭部が吹き飛ぶ。

 だが、それだけだ。

 デュラハンのごとく、少女は猛攻を止めない。

「バーカ」

 放物線を描く頭部が舌を出して、そういったのと同時。

「セツナぁああああああっ!」

 暦の叫びとともに、そのナイフは彼女の心臓へ突き刺さった。

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