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セミの魔法少女、クラゲの魔法少女④

『……最後に、もう一度だけいいます。今ならまだ、あなた方が魔力を分けてくれれば、それでなんとか一命を取り留められるでしょう。……もう悪事はしません。暦さんも返します――だから』

「あなたが死ねば暦は開放されるし、少なくとも私があなたを殺そうとしたのは、その所業じゃなくて――」

 私たちはフォスフォラスとの戦いに勝利し、

「あなたが暦に危害を加えたからだわ」

 私は銃の引き金を引いた。

『……なるほど、邪悪、ですね』

「ただのバカだ」


 私たちはなんとか穴から抜け出して、そのまま一直線に暦がいるという部屋のドアを開けた。

「……暦っ!」

 そしてそこには、あの男の言葉通りに暦がちゃんと存在していた。

 薄暗い研究室、配線に繋がれてその中央に位置する、縦にした棺の全面をガラスにしたような機械、その中で、彼女は安らかに目を閉じて眠っている。

「よかった、今助けるからねっ!」

 やっとたどり着いた、間宮暦。

 私の最愛の、間宮暦。

 世界を代わりにしても、あなただけはもう離さない。

 私はそんな思いとともに手を伸ばし、

「――ッ!?」

 その目の前で、棺ごと暦は床の下に落ちていった。

 手は届かず、配線が外れた棺、ガラス越しに目を覚ました緑の瞳と刹那見つめ合う。

 そう、わずかに刹那。

 私たちの再会は、たったそれだけで終わってしまい、残ったものは再び閉じた床だけだった。

「暦、暦、暦ぃいいいいいいっ!」


「……あなたは?」

 少女は無言で棺の前面にあるガラスの扉を外し、暦と目が会った。

「……」

 だが、その問いかけも無視して、ただ彼女は暦の触れれば折れてしまいそうな細い首に、その両手の平を触れさせた。

 ほんの少し力を入れるだけで、ものの数秒暦は絶命するだろう。

「……」

 少女は未だ状況が掴みきれていない暦を無視し、その手に力を入れようとして、

「暦ぃいいいいいい!」

 背後、天井を突き破り、落ちてきた少女の声に振り返った。

「――なんで、なんであなたがっ!」

 果たして落下してきた少女――セツナとカレンが見たものは、見覚えのある少女だった。

 五芒星の髪飾り、銀と赤のおかっぱ、そして琥珀の瞳――そう、それは。

「ミヅキ、なんであなたがそんなことをしてるのよっ!」

 ミヅキは暦を手に掛けようとしている現場を、よりにもよってセツナに見られてしまった。


 時間はかなり前後し、セツナたちがミヅキを置いて先に行った直後にさかのぼる。

 そう、フォスフォラスとの戦いさえも始まっていない、ずっと前のことだ。

《あははは、ママはいいなあ、壊しても壊れないから》

「……」

 ミナモの背後の巨大な単眼には、肉塊からすぐさまに正統派魔法少女の姿に戻っていくミヅキの姿が映っていた。

《よし、もう一回!》

 そして、もとに戻った次の瞬間には黒い触手の翼が襲いかかり、また肉塊になっている。……こんなことを、開始3分、もはや三桁に届きかねないほどに繰り返していた。

《あははははっ、もう一回――》

 飽きもせずに触手を振るうミナモだったが、その時聞こえたのは、ぐちゃりという粘性の音ではなく、床を破壊する乾いた音だった。

「……いい加減、セツナさんたちもいなくなったかな」

 ミナモの真後ろ、ミヅキは思案するようにつぶやく。

《逃げちゃ駄目だよお》

 振り返りもせずに再び触手が襲いかかるが、しかしまた、その全てが空振り。

《なんでっ、なんでそんなひどいことするの!?》

 気がつけばまた目の前に立っていたミヅキに対し、癇癪を起こした子供のように、手加減なしの本気の触手が襲いかかる。

《……あれ》

 だが、それはミヅキに届く寸前で、凍ったように動かない。

 見やれば、ミヅキの五芒星の髪留めが黄金に輝いていた。

「とんだクソガキ。親の顔が見てみたい」

 その言葉とともに、視界全てを埋め尽くすほどにその輝きは強くなっていき――

《……何、これ》

 天井に浮かぶ球体よりも遥かに高く、あまりにも巨大なクラゲが目の前にいた。

 そう、クラゲである。

 それ以上の何者でもない、ただひたすらに、途方も無いほどにバカでかいクラゲ。

 その幾千幾万あるいは幾億の触手は全て人間の胴ほどの太さと途方もない長さを有していて、うねうねとうごめいている、クラゲの拡大版。

 しかし一つだけ違うのは、その頭部に輝く、琥珀色のコア。

 冒涜的な輝きが、ミナモを照らしている。

 その輝きに照らされるだけでミナモは恐怖にまったく身動きが取れなくなり、

《あなたのお母さん》

 ミナモにもかろうじて聞き取れるだけの異形の言語とともに、その身体は触手に絡め取られ、彼女は捕食された。


「……ねえ、ミヅキ。私ずっと気になってたことがあったんだけど」

 私は、ミヅキが何かを言うよりも早く、口を開いた。

 目の前では、振り返ったミヅキが驚きと恐怖と悔悟の表情で、棒立ちに固まっている。

「そもそも、暦をクラゲにしようとしたのは、一体誰なの?」

「……それは、フォスフォラスが――」

 言葉を先取って、私は続けた。

「フォスフォラスじゃないよね。だって、実際に戦って、過去を覗いてみてわかったけれど、彼はド外道ではあっても、余興のために無意味な実験をしたりしない」

 あの男は、あの男なりに自分の正義を信じていた。人質をとるような卑怯な行いはせず、バカ正直にもあの部屋の向こうに暦がいたことが、それの証左だ。そんな男が、ただの余興や嫌がらせであんなことをするはずがない。

「だから、ミヅキが提案したんだよね? 暦を消すために」

「………ええ」

 長い沈黙の後、ミヅキは首肯した。

「まったくそのとおり。私がフォスフォラスに提案したんです。そうしないと、これからは実験に協力しないって」

 開き直ったような、乾いた自棄な声音。

「……どうしてそんなことをしたんだ、ミヅキ」

「なんでって、簡単じゃないですか。セツナさんが好きだったから、殺したかった、それだけですよ。好きな人に自分より好きな人がいたら、殺したくなりますよね、セツナさん?」

「……」

 ああ、まったくもって頷ける話だった。私もあのモブ男を何度も殺したいと願ったものだ。だが、だがそれでも――

「でも、ただ殺すだけじゃ駄目なんです。だって、それじゃ心に暦さんが住み着いちゃうから。だから、自分で殺させることにしました。そうすれば、暦さんはトラウマになって、ネガティブな印象とともに心の中に沈んでいく。さらに、一緒に殺したカレンさんとの関係性は最悪になる。となれば、そこで私が慰めれば、簡単に私のものになる予定だったんです。……現実は、あのざまでしたがね。混乱で頭がおかしくなりそうでしたよ」

 ミヅキは自虐的に笑う。

「だから仕方なしに、基地に侵入したときにどさくさに紛れて殺そうと思ったんです。そうすれば、私はあなたのために殺され続けたという負い目が出来ますし。……これもまた、失敗だったんですが。いくらなんでも早すぎますよ、フォスフォラス倒すの」

「……いいから、暦を返しなさい」

 私たちは、剣を構えなながら、ただ酷薄に返した。

「いの一番に言う言葉が、それですか。本当に最悪ですね。別に、返してあげますよ。バレちゃったら意味ないですもん」

 拗ねるように言って、懐から銃のようなものを取り出す。

「……!」

 しまった、このままでは暦が――私たちのそんな杞憂をよそに、その銃から放たれた光線は、私たちに直撃した。

(なんだこれ、体が――)

(――嘘でしょ、もしかしてこれって!)

 視界が暗転――次に視界が開けたとき、目の前にはカレンがいた。

 魔法少女の強制解除、否、それだけではない、私たちの間にあるべきものが存在していない。

『なんで、どうして、糸が!』

 そうだ、糸。私たちを強固に繋いでいたはずの糸が、その存在をまったく失っていた。

「感謝してください。これで離れ離れですよ!」

 目にも留まらぬ速度でミヅキが駆けて、気がつけば私は彼女に抱きかかえられていた。

「離しなさい、ミヅキ!」

「嫌です、もう離しません! ずっと一緒にいましょう!」

 そのまま彼女は駆けていって、私と暦たちとの距離はジェットコースターめいて離れていく。

「――暦っ!」

 私が伸ばす手は、やはり今回もなお、悲しいほどに短かった。

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