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セミの魔法少女、クラゲの魔法少女①

『おはよう、セツナ』

 私が目をさますと、隣の席にはカレンが座っていて、私を笑顔で見つめていた。

 夕焼けの教室、はためくカーテン、うるさいセミ――カレンは半透明ではないし、よく見れば糸も繋がっていない。だというのに、私はすぐさまにカレンだと分かった。

『……おはよう、カレン。ここどこ? なにか大切なことを忘れている気がするんだけど――』

『なあ、セツナ。お前、あのナイフ使ったとき、いろいろと見ただろ。私のこと』

 私の質問を遮って、少し照れくさそうにカレンが訊ねる。

『……ってことは、あなたも見たの、私の隠してた気持ち』

『ああ、見たよ。正直引いた。お前どんだけ暦好きなんだよ』

『今更よ。私はあなたに暦への好意を隠した覚えなんかない。……そういうあなたも、実は私のこと大好きだったじゃない』

 だというのに、私はカレンの想いにまったく答えられていなかった。なんだか申し訳ない気持ちだ。

『……ばっ、あれはそういうあれじゃねえからな。あくまで友情の範疇だ』

『でも、そもそもなんであなたに好かれてるかわからない。いつもナイフ取り出したり暦暦暦うるさいし、私』

『……まあな。最初はただのバカだと思って、次は救いようのないバカだって思った。でもって、こうも思ってたんだよ。「こいつ私のことをきっと暦の代用品として見るんだろうな」って』

『見てくれが似てるから? バカね、そんなわけないじゃない。中身が違いすぎるもの』

 私にとってはそれだけだったが、しかしカレンはそうではなかったらしく、さらに続ける。

『正直かなり参ってたから、たったそれだけのことでも心が救われたんだよ。……共同生活に、戦い、そして恋人ごっこなんてシャレにならないからな。まあそれ以上に面倒な目にはあったんだが。けれど、毎日毎日バカやったり一緒に戦ったりで、それにも愛着が湧いてきた』

『……ありがとう』

『でもって、こう思ったんだよ。……暦とお前の関係を取り持ってやりたいってさ。だが実際はあのざまだ。……あのときは本当にごめん。セツナは自分で決めたかったんだよな』

 そう言って、深々とカレンは頭を下げた。どうやら、これが言いたいがための前置きだったらしい。

『……いいわよ、許す。カレンが本当の本当に善意でやったってわかったから』

『そうか、ありがとう』

 私たちは笑い合って、そこで視界が暗転した。


((……夢っ!?))

 私たちは跳ね起きる。

 目を開いてすぐに見えるのは、東の空、地平線から太陽が登ってくる光景。

 そこで私たちは、自分たちがどこか屋上のような場所でコンクリートに背中を預けていたことに気づく。魔法少女の変身はとっくに解けていた。しかしどこにも、意識が途絶する前に狂おしいほどに求めた少女はいない。

「……待って、暦は!?」

 私が声をあげると、横から声がかかった。

「……暦さんはいません」

 声の方に目を向けると、そこには申し訳なさそうに目を伏せるミヅキの姿があった。

「あのとき、私はなんとかセツナさんたちを助けてここまで逃れることが出来ました。けれども、暦さんは……フォスフォラスに」

「待て、どうやって私たちの心臓を治したんだ!?」

 カレンが彼女に近づいて、その肩を抱いて驚愕の声音で訊ねる。

「私の血を垂らしました。それだけで、死んでいなければどんな傷もあっという間に治せます。……私は、今の今までずっとあなたたちを――」

 そのまま申し訳なさそうに語り始めるミヅキの言葉を遮って、私は言った。

「――今はいいから、早く暦のところへ行こう」

 自分でも驚くほどに冷淡な声だった。


 フォスフォラスたちの前線基地は、驚くことにミヅキの自宅の地下に存在していた。

「本来ならここに移動用のワープホールがあったんですが、今は閉鎖されてますね。……仕方ありません、こっちの階段から降りましょうか」

 ミヅキの言葉にしたがって、すでに変身した私たちは家の地下室のそのまた地下から延々と伸びる螺旋階段を下っていた。

 一歩ごとにギシギシと唸る錆びた鉄製、光源といえば点々と置いてあるロウソクくらいのものであり、かなり薄暗く、足元さえも覚束ないほどだ。

「……先程の話の続きなんですが、私はフォスフォラスに協力し、体の一部を提供していたんです。私の体組織をある一定以上与えられると、人はあの化物――クラゲになってしまう」

 先頭を歩きながら、振り返りもせずにミヅキがとうとうと語り始めた。

「……なぜあの男がそうやってクラゲを作り出してきたのかというと、その理由はただ一つ――不老不死の実現のためです」

 その言葉を聞いた私たちの反応は、まさしく真逆だった。

 私の反応はシンプルに、『ああ、やっぱり』というものだった。

 ベニクラゲという生き物がいる。

 白い半透明の体に、頭部の一部だけが真っ赤なクラゲだ。それこそ、ミヅキのように。

 彼らは一定時間以上生きると、その成長を逆転させ、幼体に戻ることが出来る。そしてそれを延々と、いいや、永遠と続け、中には一億年以上生きているという個体さえいるらしい。……つまり、不老不死なのだ。

 私たちが戦ったクラゲはすぐさまに傷を回復させていたし、ベニクラゲのそれとは似ても似つかないが、それでもこの連想から私はかなり早い段階でその事に気づいていた。

 だが、カレンの反応はまったく違った。

「……嘘、だろ。なんでそんなことのために」

「私がいうことでもないけど、よくある研究じゃないの? 不老不死なんて。陳腐なくらいに」

「……確かにそうかもしれないが、そうじゃないんだ。だって、私たちのいた世界では、とっくの昔に不老不死は実現してる」

「……まさか、精神体?」

 そうだ、たしかに彼女のいうとおりだった。こうして体に縛られずに生きていくことが出来るならば、すでにそれは不老不死ではないか。カレンは不老不死を実現している。

「ああ。そのとおりだ。しかも、私たちがいた世界には精神体が憑依して生活するために、スワンプマンという魔人形があったんだ。そうやって何百年も生きてる人を、私は何人も知っている」

「……なら、どうして」

「……わかりません。ですけど、あの男は永遠にやたらとこだわり、今の今まで数え切れないほどの人々を犠牲にしてきました。……そして、私もその共犯者です」

 最後の一言で、声が沈む。

「大丈夫、悪いと思ってるならこれから償えばいい。暦を助けるのが、その最初の一歩」

「……ありがとうございます」

 ミヅキの声が少しばかり明るくなって、そこで私たちの目の前に大きな扉が現れた。

「……ここを通れば、戦場」

「はい、覚悟してください。フォスフォラスはとても強く、とても恐ろしく、そして何よりも悪辣です」

(……大丈夫だ、セツナ。私たちなら出来る。暦を救うんだろう)

(うん、言われなくてもわかってるわ。……私たちは最強だもの)

((私たちは無敵だ))

 私たちは心の中でうなずきあって、ミヅキはついにその扉に手をかけた。

「……それじゃあ、開けますよ」

 ぎいいいいと重苦しい音がして、光とともについに扉が開いた。

 戦いが始まる。


「……ふむ、今のところ、何の面白みもない結果ですね。至って普通。ただの人間です」

 仮面の男は、手元のタブレットを見つめながらただつぶやいた。

 薄暗い研究室、男の目の前には、棺を縦にし、その全面をガラスにしたような機械が置いてある。あちこちに配線が施されたそれの中にいるのは、目をつむりすうすうと寝息を立てる、短い黒髪の人形めいた少女――すなわち、間宮暦だった。

「ですが、クラゲになってからこれに戻ったというならば、十二分に興味深い。あるいは検査項目にないものが変異している可能性もありますし、もう少し検査を続けてみましょう。将来的には解剖にしてみたり、あるいはクラゲに戻してみたり――」

 そこで、仮面の内部にアラームが鳴り響く。

「……来ましたか。待ってましたよ、セツナさん、カレンさん。あなたがたも私たちの研究には不可欠なのですから――」

 男はそう言って、傍らにおいてあった武装を拾い上げると、そのまま部屋から出ていった。


 私たちが扉を開いた先には、体育館ほどの広い空間が待っていた。

 大理石めいた床、とても高い天井には白に輝く巨大な球体が何の支えもなしに浮かんでいる。歩くたびにコツコツと響くその床は、さらに下に何かがあることを予感させる。

 その奥に狭い通路が伸びていて、そこは普通のリノリウムのようだった。

《あ、ママだ》

 そしてその出入り口の前に立ちふさがるように存在しているのは、私たちを瞬殺した、巨大な単眼を背にする、かのおぞましい盲目の化物――ミナモだった。

 ただそこにいるだけで、私たちの足は今もなお微かに震えている。……覚悟したつもりだったのに。

「……ママじゃないですよ、私は」

 私たちをかばうように、白とピンクの正統派魔法少女――ミヅキがミナモの前に歩いていく。その足取りは力強く、私たちのそれとは大違いである。

《でも、パパがママって呼べって》

「反吐が出る」

《パパが言ったの。ママとパパはいつもはとっても仲良だって。でも、今はちょっと喧嘩してるから、ここで捕まえてって。一緒にいる子は壊しちゃうといけないから放っておけって》

 図らずとも私たちは助かるが、しかしそれが逆にバカにされているようで不愉快だった。

 しかし、それだけの差があれと私たちのあるのもまた、認めざるを得ない事実である。

「こいつはラッキーですね。……さあ、セツナさんたちは先に行ってください。こいつは私がどうにかしますから」

「……本当にいいのか?」

 カレンが問いかけるが、ミヅキはただ静かに首を振るだけだった。

『無茶だ、あの化物には勝てないっ!』

 私がすぐさまに暦の奪還を提案したとき、いの一番にカレンは反対した。

 たしかにそのとおり、私たちはあれに勝つすべなどないかもしれない。それでも、私は行く気しかなかった。その化物がいる場所に暦を置いておけるものか。

 そのとき、ミヅキが口を開いたのだ。

『私がどうにかします』

『無茶だ、私たちにも勝てなかっただろ、お前!』

『ええ。ですけど、私は死にません』

『……お前、何回殺される気だ』

『わかりませんが、私は死にませんから、理論上は無限に戦い続けられますし、無限に足止めできます。無限に死ぬことで』

『でも、死ななくても、痛いんだろう?』

『ええ。ですけど、この痛みがセツナさんたちを騙し、暦さんをああしてしまった私の贖罪になるなら、それでいいんです』

 そう言って、ミヅキは力なく、しかし強がるように笑った。

「……死なないでね」

「死にませんよ。お二人も、死なないでくださいね」

 振り返らず、ミヅキは返す。

「ああ!」

 だから私たちは、その通路に向かって駆け出した。

「さあ、あなたの相手は私ですよ、化物!」

 そんな力強い声を背後にしながら。

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