割り算の魔法少女④
暦がクラゲになってしまった。私は諦めてただ暦に捕食されようとしたが、カレンが私を説得する。
「――諦めるなよ、本当に好きなら! 今まで諦めなかったんだから! ずっと一緒にいるんだろう!? それは消化されることじゃない!」
私はその想いに応え、魔法少女に変身しているときに使っているナイフが変化したものを、クラゲの頭部に突き立てるのだった。
「……何、これ」
ナイフを突き刺されたクラゲは私たちを吐き出し、私たちは床に投げ出された。
……それはいいのだが、そんな私たちに、異様な光景が待っていた。
「嘘、でしょ」
私たちは先程、たしかに下半身を溶かされ、クラゲと融合しかけたはずだ。
……だというのに、まるで何もなかったかのようにその両足は健在だ。
それだけではない、体どころか服や靴に至るまで、全てが一切無事である。
「……そういうこと、か」
カレンがつぶやいて、その目を先ほどクラゲに使ったナイフ――私たちの首に普段はアクセサリー代わりについているそれを見つめていた。
……ナイフの刀身が、どういうわけか金色に輝いている。
(きっとこれが、私たちの下半身を取り返したんだ)
(……いや、そんなはず、だっていくらなんでも都合がよすぎる)
(ああ、確かに都合がいいな。だが、都合がよかったのは最初からだ。私たちが中途半端な魔法陣で変身したときから、今の今までずっとな。……あの魔法陣は、本来ならば私たちをお互いの区別がつかないほどにぐちゃぐちゃに融合させてしまう、そんな代物だった。それでも死ぬよりはマシだと思って使ったが――実際の私たちは糸で繋がってるとはいえ、ちゃんと別個の人間のまま、他人同士だ)
(……つまり、このナイフが、私たちが変身するときに使ってるこれが、融合を止めていたって、そういうことなの?)
そこまで言って、私の頭に納得がひらめいた。
(そうか、このナイフは、元々暦との関係を断ち切るために用意されたものなんだ。無理心中なんて言うけど、結局は殺した後に自殺するだけだし。……だから、このナイフにはきっと何かと何かの関係性を断ち切る能力がある)
「……つまり、これを使えば――」
もはや心の中で語り合う暇さえ、今は惜しかった。
次の瞬間には私たちはすでに、ナイフを片手にクラゲに向かって駆け出す。
《ぎあああああっ》
全力疾走。
青いコアのクラゲの触手では私たちを捉えることは出来ず、もはや避けるなどという低次元な行いはそこにはない。
(暦を返してもらうわよ、化けクラゲがっ!)
そして私たちは、そのコアにひときわ輝く黄金の刃を突き刺した。
(……何、これ)
ナイフを突き刺すと同時、私に感情と情報の怒涛が押し寄せ、目まぐるしくその景色は変わっていった。
その全ては、カレンのもの。
そうか、今私たちはナイフを使うことで一時的に境界が曖昧になってるんだ。
『髪の毛がピンク……! やった、魔力保持者だ!』
(しかもバカそうだ、こいつなら簡単にやりこめる!)
『お前がバカだから魔法陣を描き損なったんだ! だからこんなことになってしまったんだ! こんなことしてる場合じゃないのに! このバカ、バカバカバカ!』
(嫌だ、こんなバカと一緒に過ごしていくなんて……あそこでクラゲに殺されたほうがマシだった!)
『まだバカはいい。扱いやすいからな。だが、キチ○イは駄目だ。特に刃物を持ったのは』
(マジでどうしよう、こいつやべえよ……、どうしてこんなことに……)
(まさか魔力融合が本当に成功するとは……やるじゃねえか。こいつはキ○ガイでもバカでもねえな。いや、バカではあるか)
『……お前、昨日あんなことがあったのに、だいぶ余裕じゃねえか』
『別に、気にしても仕方ないし。また来たら倒せばいい。私たちなら出来るでしょ』
『……っ、あのなあ、お前』
(……恥ずかしいことをシラフで言うんじゃねえ)
『私は暦が好きなだけで、別に女の子全般が好きなわけじゃないし!』
『……そうか、ならよかった』
(よかったのに、何だよ、この残念の気持ち? それに、あいつがミヅキと仲良くしてると、なんかイライラするし)
『……仕方ないな、私が教えてやるよ。これくらい簡単だ』
『えっ、まじで!?』
『ああ、マジだ。……別にお前のためじゃないからな。ただ補習になったら私もついていかなきゃならないだろ』
『あ、ありがとう!』
(そんなにニコニコするなよ、こっちまでニヤニヤしちまうじゃねえか。……これじゃ、まるで私がお前を好きみたいだろうが)
『少なくとも私は、天音セツナは、あなたが大好きよ。いまも、むかしも、ずうっと』
(ああ、あいつはお前が大好きだよ。私がセツナを好きなのより、ずっと強く)
『……そうだよな、しょせん、他人だ』
(他人の私が、勝手に体を使って勝手に好きになってるだけだ。……セツナのことを考えりゃ、さっさと糸を切って私がいなくなるのが、きっと一番正しい)
「……!?」
情報と感情の奔流を抜けて、私たちはとある光景にやってきた。
(……これは?)
それは、手術室のような場所。仮面の男が横たわる暦の腹に向かって、何やら異様なものを入れようとしている光景だった。
その手に握られているのは、私たちの胴回りほどはありそうな巨大な触手の断片。
ゼリー状のそれが、今にも恐怖に表情を歪める暦に触れそうだった。
(……やることは一つだろう?)
(ええ、そうね! 暦、今助けるわ!)
私たちは怯える暦の手をそっと握って、そのまま力強く引っ張る。ゆえに触手は届かない。
同時、全ての風景が崩れていき、私たちの意識は暗転した。
「……嘘、だろ」
次に目を開けるとそこには、目を疑う光景があった。
「……本当の本当に、成功するなんて」
いや、確信はしていたのだ。けれども、いざ目の前にするとその異様さに頭がついていかなかった。
「……ちゃんと、もとに戻ってる」
そうだ、視線の先には、目をつむり肩を上下させてすうすうと寝息を立てる少女――暦と、それから少し距離の離れた場所に、急速に萎びていく巨大な触手の断片がある。
……ああ、どこからどう見ても、暦は健在だった。
「――よかったあああああ!」
思わず絶叫して、私たちは膝をペタンとついた。
(ああ、本当によかったな!)
(うん! まさかあのナイフにあんな力があったなんて!)
(よかった、本当によかった!)
私たちは心の中で抱き合う。気分だが。
(お前が食われるとかトチ狂ったことを言わなけりゃこうならなかったんだ! 最高だよ、セツナ! 結果オーライだ!)
(あなたが説得してくれなきゃナイフも使えなかったわよ! あなたのおかげだわ!)
(そもそもセツナが最初にナイフを持ってなかったら今頃私たちはいなかったんだ、セツナのおかげだよ!)
私たちはお互いを称え合い、どちらともなく地平線に沈んでいく太陽に向かって叫んだ。
「――ああ、私たちは最高だ!」
「ええ、最高ですよ!」
そんな私たちに、力強い拍手とともに、あの不吉な声が聞こえた。
「――お前はっ」
声のした方に視線を向けると、そこには仮面の男と、その横に立つ仮面の魔法少女。背にはやはりあの暗黒の穴が中空に浮かんでいた。
「また会いましたね。フォスフォラスですよ」
「……よくも暦をッ!」
そう言いながらも、私たちは飛びかかりなどせず、ただ暦を背に守るように剣を構える。
「ええ、暦さんをクラゲにしたのは他ならぬ私ですよ。ほんの余興だったのですが、まさかこのような興味深いこととなるとは。天運というやつでしょうか」
「……黙れ、そしてさっさと消えろ」
自分のものとは思えない、背筋が凍りそうなほどの冷たい声が腹の底から出た。だが、男はどこ吹く風と言った様子で肩をすくめて続ける。
「そういうわけには行きません。融合剣ならぬ、分離剣とでも呼びましょうか。覆水を盆に返す。水と混ざりあった絵の具をもとに戻す。……マクスウェルの悪魔のごとき所業です。こんな現象を見せつけておいて、ただで帰れるはずがないでしょう」
「二度と帰れないようにしてやろうか」
「何、悪い話ではありません。ただ、お三方には私の研究の手伝いをしてもらいたいのです。謝礼は弾みますよ? たとえばセツナさんとカレンさんの糸を切断したり――」
「断る」
冷たい声が、それを一刀両断した。
「……そうですか。仕方ありませんね、ヘスペラス、頼みます」
「……」
仮面の男の前に、コクリと頷いて仮面の魔法少女が立つ。そしてそのまま、魔法のステッキの先端から青い光の刃が現れ、
(――来るっ!)
私たちもまた剣とともに駆け出した。
「おやおや、花火みたいでキレイですねえ。実力伯仲、と言ったところでしょうか」
戦いに加わる気など欠片もない、相撲中継を見る老人のようにのんびりとしたフォスフォラスの声が響くが、しかし私たちには届かない。
「――ッ!」
光の刃と私たちの剣が幾度も交差していた。
青とピンクの共演、夜の帳が落ち始めた屋上に美しい二条の光が軌跡を描いている。
かつてあまりにも容易く受け流された融合剣・簡易式――私たちはそれが光刃に触れて受け流されるよりも速く剣を引き、さらなる一撃を放つ。
そしてかの魔法少女の青い光刃は全ての一撃を正確に受けきり、十字の仮面から覗く赤い光が私たちの隙を獰猛に狙っている。
(……このままじゃ、私たちの体力と集中力が尽きてそこをやられるぞ!)
カレンの言う通り、ヘスペラスの動きは最低限、すでに何百もの刃のやり取りをしたが、しかし彼女の足場は最初の位置からほとんど変わってない。仮面ゆえに表情はわからないが、その動きは刃を交差させるほどに鋭くなっているような気がした。
(わかってる、だけど打ち続けないと、こっちがやられる!)
そうだ、きっとこれが彼女の狙いなのだろう。
しかし気づいたときにはもう遅く、術中から抜け出せなくなっている。
「……はぁ、はぁ――」
この状況になってから開始からすでに数分。荒い息を無理矢理に振り立たせて、放つ剣はどう見ても最初期の精細が欠けていた。
それでもなお、私たちは斬撃を放ち続け、
(駄目だ、この一撃は――)
そのうちの一撃が、大きく外れてしまった。
「――隙あり」
あまりにも巨大な隙を、青の光刃が襲いかかる。
私は肩を掠りながらもそれを回避するが、しかし攻勢に転じた怒涛の如き刃たちが私たちを決して逃さない。
こちらが剣を振るう隙さえも与えない、おぞましいほどの連撃。
かろうじて全て直撃は避けるものの、肩、二の腕、脇腹、頬、あちこちにかすり傷が生まれ、青の光とともに真っ赤な血が流れていく。
ただのかすり傷だ、しかしそれでも、一撃一撃が徐々に、しかし着実に私たちの体力を奪っていき、血液の欠乏が目の前を霞ませた。
(……いいや違う、これは全て、わざと外しているんだ!)
かすり傷が二桁を超えた頃、私たちはやっと悟った。
ああ、このまま動けなくなるまで私たちは削り続けられるのだと。
そのときにはすでに、体は鉛のように重くなり、肺が悲鳴を上げ、霞はより濃くなっていた。
(このままじゃ、あと持って一分――)
しかしそこで、私ははたと気づく。
そしてそのまま、回避さえも止めた。
頭に向かって、超速の突きが襲いかかる。
ああ、尋常ならば次の瞬間には私たちは息絶えているだろう。
「……!?」
――ただし、相手に殺意があれば、だが。
反射的に私たちの頭部に向かって放たれる刃はすんでのところで止まり、私たちはその隙に一気に跳ねるようにバックステップした。
(よし、今だっ!)
((これで、止めだあああああっ!))
融合剣・本式――巨人を両断した、天をも衝くような鋭く長い刃――それがつんのめった状態からやっと姿勢を整えたヘスペラスに向かって振り下ろされる。
「うおおおおおおおっ!!!」
鼓膜が破れてしまいそうな爆音。
そしてそのまま、土煙が舞い上がり、私たちの視界は遮られる。
「……やったか?」
「それ、負けフラグ」
どこか聞き覚えのある声とともに、土煙を切って左側からヘスペラスが光刃とともに現れる。あのときの再現――ああ、予想通りだ。
「――!?」
ヘスペラスが見たであろう光景は、両手に拳銃を構え、ニヤリと笑う私たちだった。それもただの銃ではない、銃身がとてつもなく長い、非常に使いにくそうなデザイン。
そう、私たちは先程の一撃を放った直後、すぐさまに剣を捨てて両手に銃を顕現させたのだ。
そして、私たちを――私たちの真後ろにいる暦を傷つけることが出来ない彼女は、あの火球を使うことが出来ない。……ああ、私たち相手に刃を引いた彼女ならば、絶対に。
となれば選択肢はたった一つ、光刃による斬りつけしかない――それがカレンが瞬時に考えた作戦であり、私はそれを信じた。暦に決して危害は加わらないという、カレンの言葉を。
ゆえに距離による魔力減衰という弱点を銃は失い、
「……私たちの勝ちだ」
ゼロ距離、仮面に左手の銃が突きつけられて、魔力融合――ピンクの魔弾を私たちは放った。
「――がっ」
ヘスペラスが吹き飛び、床を削りながら進み、屋上の縁ギリギリのところで止まった。
「おやおや、まさかヘスペラスがやられてしまうとは」
「……次はあなたよ、フォスフォラス――」
しかし私の言葉は、屋上の縁に広がる衝撃の光景に塗りつぶされてしまう。
「……嘘、でしょ」
私たちが視線を向ける先には、その十字の下面を真っ二つに割った少女が膝をついていた。
金色の五芒星の髪飾りをした、首筋まで伸ばしたおかっぱ頭。絹めいた銀髪、その前髪の真ん中が帯状に真っ赤な紅色に染まっている。未だ見慣れない、異質な髪色。
そして何よりも特徴的な琥珀の瞳は、私たちから目をそらしている。
「なんで、ミヅキが、なんでミヅキが、ヘスペラスなのよっ!」
……その仮面の下は、ミヅキだった。




