レジスタンス!
闇夜に包まれる帝都。
日が出ている時の騒々しい空気は住民の就寝とともに身を潜め妖しい雰囲気が漂う、そんな街の一角。そんな街を行く怪しげな一人の男がいる。黒いトレンチコートに身を包み闇にとけ込むようにして歩く姿は只人では無い事が伝わってくるーーーーーそして、その男の背後に忍び寄る陰……男が後ろを振り返ろうとする動作を見せるたびに建物の陰にさっと隠れる少女。
「……」
男が進むたびにその少女がこそこそと建物の陰から陰に移動していく。
その様子はまるでーーというか完璧に「だるまさんが転んだ」状態だ。
……と言うか、バレバレなんですけど。
巧妙に自分の姿を隠してるつもりだろうけど気配が!殺気が消せてないんですけど!!
男もなんか「なんか明け透けすぎて振り返らなくても尾行が分かっちゃうんだけど、これって罠なのか?」みたいな表情してるじゃん!
「……サッ」
振り返った!ちょっとぎこちないけど男が銃を引き抜きながら振り返った!
あいつはーー尾行と呼べるかも怪しい行動をしている、艶やかな長い黒髪、綺麗な顔立ちをしているその少女、アイル・ルートはーーあわてて隠れようとして石畳に脚を引っかけ、転んだ。
目と目が合う。
「…………」
「…………」
「…………パタッ」
「いやそのまま死んだふりすんのかよ!!!!!!」
夜中なのに叫んでしまった……。
もうどこから突っ込めば良いのか分かんないぞ……っていうかどうしてこんな事にーー
ーーー半日前
「ふぁ〜……」
欠伸が出る。辛すぎてそろそろ死ぬかもしれない。ぼぅっと人がセカセカ行き交う夕方の大通りを見ながらそんなくだらない事を思ってしまう。
いくら帝都が発展開発のまっただなかで町に仕事があふれているとはいえ、浮浪者や仕事が無い者、ニートは後を絶たない。ーーその典型的な例が俺だ。
いや、高度なボケとか自虐ではいっさいないからな!?
働きたくとも高い学歴が必要とされ家柄や容姿も関係してくる公務や、他の一般職と呼ばれる物についても専門的な技術や経験が必要とされている仕事が多いせいか今年の無職率は帝国創設以来、最低を記録したと聞く。つまりーーーそう。働きたくとも働けないのだ!!!決して働こうとしないのではない!
それに俺だって今日こそは働こうと思って3つほど雇い仕事の面接に向かったんだ。
1つ目ぼ仕事は建物のペンキ塗り。大きくがっつりとした体つき、厳つい顔をしたベテラン感満載の採用面接のおっちゃんは……
「まあっ!こんなに若い男は久しぶりだわ!!」
OKAMAだった。
「……………………」
「採用!即採用よ!!頑張って頂戴ね♡」
現場の皆もやる気が出るわ。と低く渋い声で言いながら腰をくねくねする。
「………………………………………………」
絶句して声も出ない俺。
「ここにくるのはみんなOKAMAなのよ!どうしてかしら?まあいいわ。見たところアナタちょっとなよやかだけど大丈夫。最初は私が手取り足取り教えて、ア・ゲ・ル♡」
ーーーと。貞操の危機を本能的に察した。
追いかけてくるOKAMAから逃げるようにいった2つ目の仕事は書簡配達。
そんなに難易度は高くないが集中力が試される仕事だ。俺にとっては楽チンだと思った。
そう、思ったんだ………………
「そこの新人君。君は一体何をしているのかね?」
「え、はい?」
面接は普通に合格し日雇いバイトとはいえ当日から仕事にありつけたとその時は嬉しかった。だけど仕事していた最中に眼鏡をかけた神経質そうな上司が怒ったように話しかけてきたんだよ。で、
「新人はまず上司への挨拶。これは社会人の基本だろう?」
「は?」
って。
日雇いバイトに何を求めてるんだコイツは。
その時は上司とか関係なく素直にそう思ってしまった。
そしてなんとそれから2時間ほど「社会人の見本」を自称するすんばらしい上司によるご高説をいただいた後に俺の面接書類を見て一言ーーー
「あ、君は日雇いバイトか。ならちゃんと働かないか!」
切れそうになった。精神的にも物理的にも。でも俺は真の男であり真の大人だと。これこそが”セクスチュアルハラなんちゃら”かと、社会の洗礼なんだと思いながら歯を食いしばって耐えた。でも、でもーーー
「こんな事だと今日の給料は出せないからな」
この一言で上司の顔面を眼鏡ごと吹き飛ばしてしまった。
精神的にも肉体的にも時間的にも追いつめられた俺は最終手段として3つ目の仕事。
「へい!らっしゃい!!」
店番ーーそれは王道にして最強。給料はやや低いものの1日に社会のヤバい顔をたっぷりと感じさせられた俺にとっては天職みたいに感じられた。だがここでも俺は裏切られる。
「おお。今日は元気のいい店員だな。お兄さん今日の入荷物はなんかね??」
恰幅の良いじじい、変装しているものの軍人……それもかなりの高官かと思われる雰囲気が隠しきれていない男、殺気がだだ漏れの女…………それらが客としてくる店。
「へい!今日は隣国E国から密輸された対多人型拡散弾頭ですぜ!!」
「ほう!最近開発された国際で禁止されているアレかね!流石は国内最大の暴力団!じゃあそれを全部もらえるかな?」
「へい!全部あわせて4000万ガルになります!」
「ふふふ……これであのうるさいボンボンを事故に見せかけて…………ふはははっ!」
恥部や理不尽に加えて暴力面まで見てしまった。
もう何でも良いと店番と言う文字だけで応募したらそこは国内最大級の暴力団だったし肝心の給料はと言うと、どうにか接客を乗り越えたら今度は暗黒面を見たと言う理由で消されかけたんだから給料どころではなく……
「ああ……俺は何してるんだろう」
自分の哀れさに涙が出てきた。
涙に滲んだ目を半ばやけくそになりながら拭う。ため息をつきつつ夕日の射す大通りに目を戻すとーー
「ん……?」
相変わらず行き交う人々の雑踏の中にひと際目立つ影が一つ。
その長い影を追っていくと一人の少女に行き当たった。美しく吸い込まれるようかの漆黒の長髪、さらさらとした前髪に隠れているが時々見える綺麗な顔だち、髪に対して透き通るかのような肌、それらに夕日の紅い光が合わさって普通の人とは思えない雰囲気を醸し出している。
「綺麗だ…………」
思わず呟いてしまうほどの魅力が彼女にはあった。
だからなのだろうか、それとも今日1日の疲れがあったせいか、ふと気づくと彼女の後を追っていた。
彼女は何かを追うように小走りで行ってしまう。
……よく見ると彼女が追ってるのは3つ目のバイトのときに見た変装した軍人。なんで彼女がと言う疑問を抱えながらもなおスピードを上げて走る。その時には周囲はすっかり暗闇に覆われていた……
そしてーーーーこうなる。
なんでなんだ!なんでそうなる!?
自分で説明しといてなんだがとても突っ込みがいがあるなこれは。うん。自分で突っ込むなんて悲しい事をしているけどしょうがない気がする……だってそれほどおかしい事なのだから。まあいい。俺はすぎた事は考えない(最大の矛盾)!それよりも、だ。
大声を出してしまったせいか銃を構えている男と少女が同時に振り返りこっちを見ている。
「…………」
「…………」
「…………失礼しましッ、!?ぎゃあっ!?」
そっとその場を後にしようとしたけど男が逃がしてくれる筈も無く、無言で銃を撃ったーーーーと思ったその瞬間、
「はあッ!!」
下からあり得ない体勢で振り抜かれた脚による鋭い蹴りが男の手に握られていた銃を蹴り飛ばし、次の瞬間一瞬動揺を浮かべた男の首筋に手刀が入る。なんと排出された薬莢が地面に落ちる頃には全て片付いていた。気を失いがくりを膝をついた男を少女が苦もなく片手でーーー片手で!?持ち上げてこっちを振り返るとふらふらとあまりの事に呆然としている俺に近づいてきた。そして急にぼそりと呟く。
「…………アイル」
「え?」
「アイル・ルート」
さらさらと流れる水を連想させる声だった。
「……ア、アイル、助けてくれてありがとう」
「……なんで?」
「え、ええ〜〜?」
名前を教えてもらったから助けてもらった礼を言ってみたものの可愛らしく小首をかしげながらなんでって聞かれても……ていうか少女の2倍くらいある男を担ぎながら小首をかしげるって絵面がやべえ。
それにアイル・ルートって言う名前はどっかで聞き覚えが…………うーん。うーん?と唸りながら思い出そうとする俺を尻目にアイルはふと何かに気づき背後を振り返る。何があるのかと視線の先を追ってみると微かにほんの微かに点灯の明かり見える。おそらく帝都の夜回り警備だろう。アレに音だけで気づくなんて、どんだけ耳がいいんだ。
「一緒に……来て」
「え、それって……」
「捕まったら……多分、死んじゃうよ」
はっとする。帝都の夜回り警備は冤罪だろうがなんだろうが疑わしき物は罰せよという信条を持つ悪名高きタシカフ警備隊が担当している。ただせさえ恐れられ忌み嫌われているのに、つい最近帝都の高官が殺害される事件があったせいでますます警備は厳重になっていると聞く。そんななか夜間に一発とはいえ発砲事件なんて起こしたらーーー
「つ、ついていきます……」
「……わかった」
ーーーー今日はなんて日だ!と少女の後を着いていきつつ、俺はそう思わずにはいられなかった。
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