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Agapanthus

作者: 西澤 瑠梨

紫君子蘭(Agapanthus:アガパンサス)の君



この町にある図書館は、二階奥に机の置いてある閲覧スペースがあり、その上の窓がカラフルなステンドグラスになっている。


そのステンドグラスが梅雨明け、久しぶりに夕陽に照らされ煌めいていた中、たまたま、とあるシリーズ第一巻を手に取った。やけにその本に惹かれ、すぐにステンドグラスの下でその第一巻を読み、その巻末に挟まった手紙を見つけた。



裏返して見ても、どこにも宛名のないそれ。誰かの忘れものかと思い、開けない方がいいのかと少し躊躇したものの、好奇心が募ってつい、開けてみるとそれは、このシリーズを読んだ人へ宛てた誰かからの感想付きの手紙だった。


手紙の最初に書かれた日付は三日前のものであった。ココに惹かれた、ココは疑問だった、ココで泣いた、ココで幸せな気持ちになった、などの小説の中身についての感想と、中身に関連した沢山の思いが綴られていた。整った、一見落ち着いて見える字体なのに、感想の内容はとても表情豊かだった。


その感想部分は、素直で生き生きした印象が強かったが、文字と私見の部分はとても真面目そうな雰囲気で理路整然としていることに驚いたことも、この手紙に惹かれた理由だ。この手紙の末には


"あなたはどう思いましたか?"


と記されていたから、つい、ステンドグラスの下で机に向かい、返事を書いてしまった。


"手紙、読みました。ステンドグラスが煌めくココで、返事を書いています。……"


そうして書き上げた返事を再び巻末に挟み込み、棚に戻した。この町は小さく、図書館利用者も少ないからきっとこの本が借りられることはないだろうと思って。




数日後再びその第一巻を見てみると、新たな手紙が挟まっていた。


"お返事ありがとうございます。あなたと同じように、私もステンドグラスの下で手紙を書いてみます。今四巻を読み始めたところです。……"


手紙の主はどうやら二巻先を読み終わった所らしい。最初のシリーズを読み終わった後は、お互いのおすすめのシリーズを読んだり、新たなシリーズを読んだり。読むペースが大体同じくらいであること、小説の好みが近いことから成り立つ、手紙のやり取りだった。


お互いが読み終わった部分についてそれぞれ意見を書く、手紙のやり取りが当たり前になってからは、意見交換だけではなく、相手のことを知るのがなおさら楽しみになった。


手紙を通して、自分の価値観と相手の価値観が似ていることを知った。特に恋愛モノを読むことが多い相手に勧められ、恋愛小説を読むようになったことがきっかけで、恋愛観について語り合ったりもした。友情がテーマの小説を読むと友情について語り合ったり、今の社会のことについて真面目な話題や、もし魔法が使えたら?というファンタジックな話題も、それは幅広く語り合っていた。



手紙、というツールは古いもので、面倒だと思っていたけれど、やり取りを続けてその楽しさも知った。便箋を選ぶ時の気持ち。その時の気分に似たものを選んだり、内容のイメージで選んだり。家に便箋が増えるのも、相手がどんな便箋を選ぶか想像するのも楽しかった。いい意味でその想像を裏切られたこともある。便箋についてや、文字、言葉選びからお互いの性格の話に発展したこともあった。


手紙を書くようになって、相手はこの場面でどう思うだろうか、と想像しながらストーリーを読むのも、新たな視点に立つことができた気がして新鮮だった。




季節がいくつか変わり、家に便箋が増え、置き場所に悩んでいた頃、手紙を見返していてふと気づいた。手紙の相手は文字、文章からして自分と同じ男性、というより少年だと思いこんでいた。しかし、女性の可能性がないとはいえない。


寧ろ、恋愛観について語っていた時の手紙を見ると、相手は女性だと考える方がしっくりくる。価値観が合いすぎて、性別なんて気にならなかったのだろうか。今まで考えたことがなかった。相手が女性の可能性に思い至って、いろいろなことを考えてしまった。とにかく何を書いたか、書いてはいけないことを書いてはいないかという、焦り。


人間的に相手に惹かれていたことは自覚していた中で考えてしまった、欲望。



性別や、年齢、名前、そういった情報は手紙の中でお互い明かさないままだったし、必要ではなかったのだ。改めて考えてみると、確かにそういった情報は手紙の中に必要ではなかったけれど、それでも知りたいと思ってしまう自分がいた。相手が彼か、彼女か。自分は相手にとって、彼か、彼女か。そこまで考えて、もうひとつ気づいてしまった。


自分も本当の性別とは逆に女性だと思われているかもしれないことに。過去に習字を習っていたことがある。硬筆もやっていたので文字だけでは性別の判別がつかない可能性は高い。

そして女性関係が自由奔放な兄と、強めの姉のおかげで、女性について学ばされたのだ。多少ロマンチストではあるが、そこまででもなく、恋愛観は少し女性寄りかもしれない。



かといって今更、性別を尋ねるのも、自ら明かすのも何となく無粋と言えよう。悩んだ末、結局どうすることもできず、少し複雑な気持ちで手紙を見返した。次に手紙を書く時はまた悩むかと思っていたが意外とそうでもなかった。

気にならないといえば嘘になる。しかし、手紙の中では相手の性別は年齢などのステータスはやはり必要ではなかったのだ。



今までは週に二回、夕方に図書館へ行っていた。手紙はやり取りの回数を重ね、ほとんど読まれても、貸出されてもない本に挟むことになっていた為、週二回、一冊ずつ借りて帰っていた。


図書館で読む日もあれば、時間が無くて借りて帰るだけの日もあった。手紙も、図書館のステンドグラスの下で書く時もあれば家で書く時もあった。


相手も同じようだったのに出会ったことはなかった。正しく言えば出会っていても、わからなかった。手紙の相手は、やはり女性、というよりどちらかと言うと少女に近かったのだから。





いつしか何度目かの春が来ていた。生活環境の変化で、これまでにも手紙のやり取りのペースが変化することはあったが、今年は図書館に通う時間と曜日までもが変わることになった。手紙の相手がいつ図書館に来ているかは知らなかったので、出会えるとも思っていなかった。



生活も落ち着き、梅雨明けが発表されてすぐ、偶然暇ができた。最初に手紙を見つけた曜日だった。思い立って同じくらいの時間に、図書館を訪れる。


久しぶりの晴れの日で、夕陽に照らされて、煌めくステンドグラスの下で机に向かう女の子がいた。その手元には、数日前自分が書いて、挟んでおいた手紙があった。あまりにも、その光景に心を奪われて、立ち尽くす。出会えた喜びと、想像していた彼女と現実の彼女のギャップへの驚き。雰囲気は手紙の彼女そのものだったが、もう少し歳上だと思っていたのだ。それでも一瞬で、彼女に囚われてしまった。



立ち尽くし、彼女を見つめていると、ふと彼女が顔を上げてこちらを向いた。



「手紙の、方ですか?」



小首を傾げながらそう、聞かれた。



不思議と、きっとこの出会いは、数ある思い出の中でも煌めきを絶やさないものになるという確固たる予感があった─




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