シルクの肌、絹糸の髪、明度を振り切った白
「遠距離攻撃が欲しい!!」
俺達はギルドに併設された酒場でお昼を食べていた。ちなみに討伐から帰って来たばかりだ。
猩々狩りにもずふんと慣れ、反日で一食分の稼ぎを稼ぐことが出来るようになった。
「二匹倒すのに時間がかかり過ぎるんだ。だからすぐに援軍がくる」
食費を浮かすため、食事は小魚一匹と味噌汁、そして白米のみ。これが三食連続で、今日で三日目。そろそろ限界だ。
「お、ご飯が来たよ、ヒルコ」
ここのご飯はおかわり自由。
俺は茶碗を持って席を立つ。炊きたての米もたっていた。
「援軍の到着を遅らせることができれば、もっと深くまで森に入れるのに……」
やるせなくて奥歯を噛み締めると、米の旨味が広がった。
「問題は子猩々さ、アイツが侵入者を群れに知らせに行く」
ホスセリが残しておいたワカメ汁を啜った。
「一口くれよ」
「自分の分食べたろ」
「じゃあ、魚でいいから」
「はぁ、君は馬鹿か? だいたい一口で食べきるから……」
「はぁ、君は馬鹿だ。一気に食べるのが一番旨いんだ。一番旨い食べ方で食べるのが食べ物に対しての礼儀だろ? ほら、耳を澄まして。魚とワカメが嘆いているよ」
「……フンッ」
鼻で笑われた!? パーティーメンバーに向けていい笑い方じゃない!
「とりあえず、募集みたら? 誰か来るかもしれないよ」
「うーん、そうね」
俺はもう一度おかわりを貰おうと席を立った。
「白飯だけで何杯目だい?」
「三杯目」
炊きたてならこのくらいは余裕だ。
昼食を終えた俺達はカウンターに向かい、パーティーメンバー募集の張り紙を貼ってもらうお願いに行った。
「え……? パーティーメンバーの募集ですか」
嫌そうな声でセリが対応する。
午後だから気力が尽きたのだろう。もうなにもしたくないと言った様子だ。
よっこらしょと紙切れ一枚ををやたら重そうにカウンターの上に置いた。
何も書かれていないまっさらな紙だ。
「この裏紙上げるんで色々書いて掲示板に貼っといてください」
テキトー過ぎるだろ。
「勝手に貼ってもいいんですか?」
「あーいいですいいです。冒険者の方が自由に使ってるスペースがあるので」
それだけ言うとセリはスイッチを切ってスリープモードに入っていた。
目を開けたまま寝ているセリに一言お礼を言った
「さ、ヒルコ。何を書くんだい?」
「えーっと、どうしよ?どうする?こうしよ」
「お、早いね! もう決まったのかい?」
キサガイ姉さんの真似をしてみたのにスルーされた。元ネタが分からないから仕方ないか。
「とりあえず、どんなに神材じんざいが欲しいかでしょ。あとはこっちの情報も書いて、あとどんな冒険を目指してるか、とか」
詰まることなく、白紙の上が埋まってゆく。
「ね、最後にキャッチーな言葉がほしくないかい?」
ホスセリが用紙のしたの余白を指差した。
確かにここに何か格好いい言葉があると見映えがいい。
どうする?どうしよ?こうしよっと。
「未踏の地に足跡をつけに行きませんか?……とか」
「よし、決まり早速貼りに行こう」
掲示板にはいくつかの紙が貼られていた。もちろんパーティーメンバーの募集もある。
「もう島根に行くパーティーもあるみたいだね、ヒルコ」
「こっちは四国に渡りたいから船くれってあるよ」
みんな早いな。すごい。
口には出して、口角も上げて見せたが、内心はザワザワしている。
これでは未踏の地を——。
賞賛の声で隠した嫉妬の目で張り紙の書き手の名前を探した。
(……大国主か、覚えとこう)
その後、日が暮れるまで待ったが誰も来なかった。
「何ガッカリしてるのかい? 貼ってすぐ来るわけないじゃないか。また明日待ってみよう」
ホスセリの言葉で自分を納得させて、トボトボと重い足を引きずって帰路に着いた。
そして翌日、俺達の張り紙がビリビリに破かれていた。
「誰が……」
目を血走らせてギルド内にいる冒険者を見渡して俺たちを笑っている神を探した。
大きな荷物や武器を背負った冒険者ばかり。誰も俺たちを見ているもにはいないと思ったそのとき、一人だけまっすぐ向かってくる女神がいた。
腰まで伸びた髪も、和装の服も、短パンも、腰に巻いた上着まで、頭のてっぺんからつま先まで白一色の少女。
彼女は、敵意むき出しの俺たちに頭を下げた。
「ふざけんな、 謝って許されると思ってんのか?」
俺は静かに怒り、破れた張り紙をその少女に突きつけた。
少女は驚いて様子で足を引いた。そして手を交差してバツを作った。
俺は意味がわからずさらに問い詰めたると、バツを作ったまま頭を横に激しく振った。
「ストップ! ヒルコ、この子は犯人じゃないかもしれないよ」
「はぁ?」
「むしろ、その張り紙を見てきてくれたんじゃないかな?」
「……え?」
少女はコクコク頭を縦に振る。
「一緒に冒険してくれる……んですか?」
コクコク。
「やったね、ヒルコ。一緒に未踏の地に足跡つけに行ってくれる仲間だよ!」
それを後日他人から聞くと、なんかすごく恥ずかしいけれど、それ以上に今は嬉しいかった。
彼女はまたコクコクして、片足を上げてバタンバタンと足跡をつけるジェスチャーをして見せた。
「じゃ、早速自己紹介から始めようか。僕はホスセリ」
「俺はヒルコ」
次は彼女の番になった。しかし彼女は口を開こうとせず、自分の髪を掴んで見せた。
俺たちは彼女の不可解な行動に首をかしげる。
今度は服の裾を引っ張って指をさした。次は腰に巻いた上着を持って指指した。
彼女は指をさした後、必ず期待の目で俺たちの顔色を見て、ガッカリと目を伏せる。
何がしたいのかさっぱりわからないが、彼女の顔は真剣で、決してふざけているようには見えない。
なにかを伝えようとしている?
彼女がまた髪を指差した。
「綺麗な髪」
ふるふると頭を振った。
「白い髪」
彼女の顔がパッと明るくなって、今度は自分を差した。
「は地毛だぞ……?」
彼女が自分の太ももをバチンと叩いた。下唇を噛んで眉間と鼻に皺を寄せた表情はひどく悔しそうだ。
そして諦めず、裾を引っ張って差した。白い服だ。もしかして色のことを言いたいのか?
「白」
今日一番の笑顔になった。そして両手をわちゃわちゃ動かして最後に自分を指差す。
「ましかして名前のことか」
コクコクコクコク。
「白、じゃないのか……白、しろ、ホワイト、あとは音読みでシラ」
俺がシラと口にした瞬間、サムズアップした両手をビシィーー!っと突き出した。
「正解!?」
パチパチパチと拍手が帰ってくる。
「改めてシラ、これからよろしく」
シラは任せろと胸を叩いて親指を立てた。そして歯を見せて笑うのだった。