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願わくは  作者: 十八十二
山口編〜除け者達のファンファーレ〜
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可視不触

この物語に登場する神様を紹介した小説を始めました。

よろしければそちらもどうぞ。

 葉が雨のように散っている。それの原因は猩猩だと分かる。

 しかし猩猩の姿を確認することは出来ない。

 赤い体毛が保護色になっているのだろう。樹木の上部は葉が茂っており特にオレンジ色が濃いのだ。


 何も知らずにこれを見たらホスセリのように何だ何だと凝視してしまうだろう。


「なんか猿がこっちに来てるよ! あれが猩猩かい!?」


 え、ホスセリって目がいいのか?

 俺は驚いてホスセリを見ると、彼の手には双眼鏡が握られていた。


「それどっから出した?」


 俺達はどうせ日帰りだからと多くの荷物を持ってきていない。

 俺は黒縁一本と水筒と軽食のみ、ホスセリは肩掛け鞄を一つのみ。鞄の容量なんかたかが知れている。

 ん? いや、持ってただけか。猩猩のことを俺よりもすぐに見つけて少々悔しかったのだろう。大人げなかった。


「あー、済まない。これ、僕の神力で出したものなんだよ」


「……何だって!? 神力? どんな能力!?」


「おおぅ、ずいぶんな喰い付きだね。でも期待を裏切るようで悪いんだけど、僕の神力は戦闘向きではないんだよね」


「いいから、もったいぶらんでさっさと教えてくれ!」


「……圧がすごい。えっと僕の神力は写真の中から写っている物を取り出せる能力さ。ただし条件があって取り出せるのはこのカメラで撮った無生物のみ。生き物は引っかかって取れないのさ」


「ほぉぉ、すげぇ」


「そこまで喜んでくれて僕も嬉しいよ。でもホントに戦闘には使えない能力だけどね……だからあの猩猩達の討伐、お願いねヒルコ」


 ホスセリが示した方向に目を向ければ二匹の猩猩が顔がはっきり見えるほどの距離まで近づいていた。


「一人で三匹はちょっとキツいな」


 しかも、昨日の猩猩よりも明らかに体格がいい。


「僕も出来るだけのことはするつもりさ! ……パーティーだからね」


「……当然だ」


 鼻頭がかゆみを訴えた。

 黒縁を抜くときに後ろにバレないように義手で掻いた。

 剣先まで膿でコーティングされた愛刀を正面に構える。


「「ガアアアァァァーーーー!」」


 猩猩の荒々しい威嚇が黒縁を越えて顔を撃つ。敵の声から動物には感じない強い覚悟を感じた。

 しかしながら二つの威嚇に隠れて異質の鳴き声が聞こえてきた。


「ガウガウガウガウ————」


 甲高いその声は徐々に遠ざかっている。

 子供の猩猩だ。慌てふためきながら森の奥へ逃げている。


 わずかに芽吹いた情を即座に摘み取り、眦をつり上げる。

 命のやり取りには不要な感情だ。

 

 逃げて行く子猩猩から意識を大人の猩猩に切り替える。


野性的な殺意に対峙して、あわてふためく訳ではなく、冷静に頭が回ることに自分でも驚く。

数的優位性はどちらにもない。


どう動こうか。

ホスセリは自身の神力を戦闘に向かないと表していた。

と考えると、俺はお荷物を一つ抱えて戦うことになるのだが。


「よし、バトルスタートだ!」


意気揚々と俺の前に出たホスセリ。何故か自信満々だ。


「お前、戦闘向き違う言うたじゃん!」


「フッフッフ、神力は、ね」


肩掛け鞄の中からアルバムを取り出した。サササとページをめくって写真を一枚取り出す。

 その写真にはPOLICEの文字が入った盾が。

 ホスセリがその写真の中に手を突っ込んで引き抜いた。その手には写真にあったはずの盾がある。


「武器を取り出せば僕だって戦いには参加できるのさ」


 改めて猩猩と対峙する。

 先に動いたのは猩猩だった。

 一匹が突貫。口を膨らませている所から何をしたいのか予想はつく。


 俺は猩猩が酒を噴霧したタイミングで刺し殺そうと考えて、ホスセリの影で身を屈めた。しかしそうそう巧くは行かない。

 猩猩は中距離で酒を吹いた。俺の義手が伸びない限り、届かない距離。

 ホスセリがウッと息を詰まらせた。


「ホスセリ、ガスマスクないの?」


「……撮ってきてなかった」


 そんなやり取りをしている間に次が来た。しかもさっきと同じ猩猩だ。もう一匹は何をしているんだ。

 二度目の噴霧。猩猩はこの時必ず足が止まる。だから俺はその霧の中に飛び込んだ。

 腕を伸ばせば黒縁が胸を貫ける距離。


「取った……!」


 そう確信したとき、猩猩の目が俺から左にズレた。

 

 ガンッ。


 何が起こったのか分からないまま視界がゆっくりと傾き始める。遅れて左側頭部から鈍い痛みが広がった。


「ヒルコ!」


 ホスセリが盾で俺を庇う。その背中を俺は地面に倒れて見上げた。近くには拳だいの石礫が転がっていた。

 二匹の猩猩が並んで枝から枝へ飛び回る。一匹は魔法で酒を口内で醸しながら、もう一匹は両手に石を持ちながら。

 近づかなければ効果が見込めない魔法、カウンターを恐れて石礫で掩護射撃と役割分担がしっかりしている。

 これはコイツらが考えたのかそれとも進化の過程で遺伝子にそう組み込まれたのか。


「遠距離武器が欲しいな……」


 次の義体の改良には銃でも仕込んでもらおうかな。


「奇遇だね。僕もそれが欲しいと思っていた所だよ」


 得意げなその声にまさかと期待してホスセリを見ると、ホスセリは見せつけるようにシュビッと銃の写真を見せた。

 

「おお! すごいぞ、どこが戦闘向きじゃないだよ」


「ありがとう……でもね」


 ホスセリが言いかけたとき、猩猩が突貫。さっきと同じパターンだ。


「この拳銃はなんの神力もないから、妖怪には効かないんだ」


 ダァンと銃声。

 弾丸は綺麗に口を膨らませた猩猩ののどを捕らえた。が、弾は数本の赤い毛とともに地面に落ちた。

 ゴフッと猩猩が咳き込み、口内で醸造した酒も地にぶちまけられた。

 臭い酒の噴霧を免れた、銃弾のもたらした結果はそれだけだった。


 ホスセリが言っただろと目で語った。

 なるほど、戦闘向きではないな。俺は二つのことを理解できた。


 既に距離を取った猩猩達はしきりに撃たれた喉を触っては血が出てないかを確認している。


「グアアアァァァ!!」


 出血がないと分かると驚かせるなというように威嚇した。そして適当に葉を毟って口に運ぶ。また来るのか。

 ホスセリが盾を構えた。一応俺も黒縁を構えて機を窺う。


 そんなやり取りが何度続いただろう。すぐにケリがつくと思っていた戦いは消耗戦になっていた。

 猩猩が葉を口に運んだ。ホスセリが盾を構えた。

 しかし、この消耗戦も長くは続かないだろう。


 ホスセリの頬が赤い。酔ってきている。

 猩猩が木から降りた。さっきまで俊敏に枝を飛び回っていたのに、今は身を屈めて——まるでクラウチングスタートのような態勢——ゆっくりと横移動だ、俺達の死角に入るように。

 モグモグと咀嚼している猩猩。


「ホスセリ、銃を出せ。さっき見たいに喉を撃て」


「さっき見たろ、意味ないんだよ」


「でも、咳き込ませることはできた。動きも止まる。狙うならそこだ。俺の後ろから撃て」


 さっきホスセリは突貫してきた猩猩の喉に弾をさも当然のように当てられた。銃の腕は高いと評価できる。

 ホスセリは首を傾げながら銃を構えた。


「ゴアアアァァ!」


 猩猩が馬鹿にするな怒りながら、突貫。


「やっぱ動物だ、分かりやすくて助かる」


 俺はホスセリを信じて猩猩に向かって走った。

 後ろから銃声が轟いた。

 猩猩がとっさに喉を手で覆った。

 

 あ、しまった。


 しかし、ホスセリは最初から喉を狙っていなかった。

 弾丸が猩猩の右目に吸い寄せられて——。


「グアアァァ!?」


 猩猩の右目から血が噴出。手で目を抑えて動きが止まる。

 俺は下段に構えた黒縁で猩猩の股下から切り上げる。


 残りは一匹。


「ゴッ、グアッ——」


 その最後の一匹は口いっぱいに葉を詰め込み始めた。高濃度の酒の霧でも作るのかそれとも広範囲に噴霧するためか、分からないが、俺のやることは一緒だ。


 俺は先と同じく突貫。葉で口いっぱいの猩猩も来た。両手には拳だいの石。

 轟く銃声。今度は喉に命中。

 俺は勝ちを確信しながら黒縁を振り上げた。


「ゴハァッ!」


 猩猩が咳き込んだ。

 俺の目の前は、猩猩の咀嚼物が弾幕のように広がって迫ってきた。

 生理的な拒否反応によって俺の足が止まった。

 弾幕の合間から猩猩が石を振り上げたのが分かった。銃声も聞こえた。猩猩の左目が血を吹いた。

 それでも猩猩は石で殴り掛かった。


「ガアアアアアア!!」


 その猩猩の顔を見て、俺は眦をつり上げた。

 猩猩の攻撃を防ぐように黒縁を構え直す。しかし俺の神力では防御は出来ないのだ。

 

 振り下ろされた石に黒縁の刃があたり、石の中へ沈む。

 どんなものでも斬る。

 俺は黒縁を振り抜いた。

 猩猩の体が腕から胸、反対の肩にかけて裂かれ絶命した。


「長い戦いだったね、ヒルコ」


 初戦を終えたホスセリが汗を拭っていた。


「ああ、そうだね……」


 ホスセリの方を振り返ると、遠くから見覚えのある光景が。

 それは緑のにわか雨というよりも、緑のカーテンだった。

 大量の猩猩がここに来ている。


「逃げろ逃げろ逃げろ——!」


 こうして俺達の初のパーティーでの冒険は終わった。

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