美しいものはどこから見ても美しい。
「ねえ君、写真を一枚撮らせてくれないかい?」
朝露が乾かぬド早朝、俺は知らない男から被写体を頼まれた。
「ぇ、あ、すいません。急いでいるので」
知らない人にいきなりカメラを向けられる経験がないので条件反射的に断った。しかし相手はそれを予想していたように一切動じず、グッと距離を詰めた。
「一枚だけだから、すぐ終わるし」
めっちゃ嫌。
「そんなに嫌かい?」
男はしょんぼりする。
俺は心を読まれたと思って、さらにこの男を拒絶する壁を厚くした。
「記念だと思ってさ、一枚」
何の記念だ、お前と出会った記念か?こういうのをチャラ男っていうんだな。
ちょっと強めに断ろう。
「いえ、結構です」
お前は絶対拒絶だ。
「……そういえば、昨日はほとんどの冒険者が猩々にやられて帰って来たみたいだね」
男が話題を変えた。脳裏に昨日のギルドの様子が浮かぶ。
「あーそうなんですね」
心の壁に鉄板を仕込みながら、素っ気なく返す。
本当はとっととこの場を去ってギルドに行きたいのにこの男が進路をふさいで進めない。
もしかしてこの男、わざとか?
「その中で君は勝って来ただろう?換金してるのをたまたま見たんだよ。だからぜひ、ルーキーの写真が一枚ほしいのさ」
……おや?
心の壁に覗き穴から男を見てみると、なかなか良い奴そうだった。
「お、そっか。見られてたか。あの中で俺だけ換金するのは忍びなくてこっそりやったつもりだったんだけどなぁ」
「僕も運が良かったよ。僕はね、本来の姿を取り戻した自然や、更なる進化を求めて戦う神々の勇姿を写真に収めたくて地上に降りたんだ」
ちょっただけ壁からひょっこりと顔を出した。
降臨動機は俺と似てるな。写真か、面白そうだな。
「そこでお願いだ。これからどんどん活躍しそうなルーキーの駆け出しを、どうか一枚」
「貴方の夢を聞いてしまっては断れませんなぁ」
「おぉ、ありがとう!じゃ早速、刀に手を添えて遠くを見つめて!」
「フッフッフ、そう慌てずとも俺は逃げませんよ」
要望通りのポーズをとってあげた。
男のカメラは二眼レフのチェキでシャッターを切ったその場で写真が出てきた。
「いい感じですよ、ほら」
写真を見て、冷や水をかけられたように熱が覚めた。何だこれは恥ずかしいぞ。
「一枚いります?」
「いらない。では、仕事があるのでこれで」
「ああ、ちょっと待って!」
「……まだ何か?」
「クエストを発注したい」
「……何?」
何だと?
クエストだと?
この男、今クエストと言ったのか?
冒険者システムが施行したばかりでまだギルドからクエストは発注されていない。
自由な狩りや採集は冒険ぽくて素敵だが、冒険者と言えば、そう、クエストだ。
「……詳しい話を聞こうか」
最強のSランク冒険者然とした口調を心掛けた。振る舞いも余裕に満ちた感じを演出する。
しかし内心はお祭り状態。
この男の正体はいい子に欲しいものを運んでくると噂のサンタクロースという御仁に違いない。
「クエスト内容は僕の護衛だ」
護衛任務キター!
おぉ! この御仁の周りを十周して飛びついて雄叫びを上げたい。
しかし落ち着け、サンタクロースは嫌いな子には麻袋を頭に被せて拷問するときく。
「……報酬は?」
一度は言ってみたかったセリフ、言えた。
今日を記念日にしようかな。
「一日三万」
「ほう……」
でも相場がわからん。猩々が一匹千円だから……一日で三十匹分。いいのか?そもそも何処まで行くんだ?
「何処まで行くつもりだ?」
「何処までも、あのない旅さ」
は?何言ってるんだ?それってーー。
「パーティーじゃん」
「僕をパーティーにいれてくれるのかい!?」
「え?」
え?
「ありがとう!僕はホスセリ、よろしく!」
「ちょった待て」
話を勝手に進めるな。
「話を整理しよう」
「先に言ったのは君だ」
考え中にしゃべらないでくれ。また頭の中が散らかるだろ。
「確かに冒険者と言えばパーティーだが、しかしこの男とは組みたくない」
「心の声と台詞が逆になってないかい?」
結局この男ーー名前は確かにホスセリーーを振りきれられず、一緒にギルドの門をくぐった。
カウンターを挟んで目の前には、やる気に満ち満ちた受付嬢のセリがトビッキリのビジネススマイルで座っている。
「お早うございます、ヒルコ様。今日はどういったご用件で?」
冒険者登録のときとはえらい違いだ。一体彼女に何があったのか。
ニコニコのセリをまじまじと凝視していると、セリの隣にいた戌人の受付嬢ハナが苦笑まじりに教えてくれた。
「セリは朝だけは元気なんです。ただペース配分が出来ない子で……」
「私には体力が少ないので、あるうちに元気に振る舞っているだけです」
と、セリがさも当たり前のことだ言うようにツンとして要件は何か問い直した。
俺は何かクエストは無いものかと尋ねるが、予想通り色よい回答は得られなかった。
俺の隣でのほほんとハナと会話を始めたホスセリを見やる。
コイツがあんなことを言いだすせいで俺のクエスト欲は乾きに乾いているのだ。
「そうですか了解しました。じゃあ俺は冒険に出ます」
「はい、ご武運を!」
セリの元気な声に背を押されて、再び例の明るい森へ。ホスセリもちゃんとついてきている。
「すごい所だ! 感動ものだよ、ヒルコ」
道中で自己紹介も済ませてた。
「ホスセリ、ここからは気を引き締めて進む。写真はそのくらいにしてくれ」
俺に油断は無い。そろそろ猩猩と戦った場所……のははずなのだがどこだ。俺は隈無くあたりを探した。ここまで切り倒した木を目指して来たのにそれらしいものは一つもない。舞っていた葉も一枚だって落ちていない。
昨日の今日で木が無くなるとは考えられない。あるとすればそれを撤去する誰かがいたということ。
ここを通った神が他にもいたのか。
「ホスセリ、昨日俺以外に妖怪を狩って報酬を受け取ったヤツはいなかったか?」
「いや、僕が換金所を張っていたときには見なかったな」
だとすると他の妖怪が? 葉を一枚も残さずに何のために。
昨日の猩猩は強烈な青臭さを含んだ酒を噴霧していたことを思い出した。
猩猩が木を回収した可能性が高いな。しかし一匹では不可能、ということは複数で協力したことになる。
俺の中にいやな予想が膨らんできた。
もしも複数で協力して木を撤去したのなら、猩猩は群れで行動する習性がある可能性が高くなる。
とすらば昨日俺が相手した猩猩はその群れに入れなかった個体ということになる。そしてそういう個体は往々にして体が小さいまたは障害を向こうか持った弱い個体が多い。
つまりぎりぎり勝てたアレは群れに見向きもされないハグレだと仮定すると、これから遭遇する猩々は複数であって、倒木を撤去できるだけの協力が出来る妖怪である、と。
「あ、ヒルコあれ見てよ。向こうで木の葉がいっぱい舞ってるよ。すごい。風でもふているのかな、だんだんこっちに向かってきてる」
ホスセリが指差す方向、葉が舞っている。さなが通り雨のように。
最近、「アウェイキング・Ⅲリーブス」が頭から離れない。
エレベーター乗ったときにどうしても言いたくなる。「矢印が三つ!」って。