狂った赤貝と車いすの蛤
寝苦しさで目が覚めた。
それもそうだろう。お隣に遺骸が転がってるんだから。
それでも幾分か気分がスッキリした。陽の傾きから時刻は午後三時くらいと予想した。
そろそろ帰ろう。
「痛ッ」
土の混じったカサブタが猩猩に噛まれた肩を覆っていた。肩を庇うようにのっそりと移動する。
服や体から異臭がするし、口の中もゲロの臭いがして気持ち悪い。
どこかで洗わないと、人前には出れないくらいだ。
首から下げた、ギルド証であるクリスタルのペンダントが目に入った。
そうだそうだ、忘れてた。これで猩猩の魂を吸い取らないと報酬が貰えないんだ。
俺はせっかく立ち上がったのにまた屈んで、横たわる猩猩にクリスタルを押し当てた。
クリスタルは一瞬だけかすかに濁った。多分これで猩猩の魂はこの中に入っただろう。
「よしよしよし……」
俺はよいせと立って、元来た道を戻った。
それから二時間くらい歩いただろうか、ようやく木箱みたいな冒険者ギルだが見えた。
それから俺の足は速くなった。歩いているうちに臭いのことなんか頭になくなっていた。
街のあちこちで大工の格好をした家屋の神々が鎚を振るっていた。
好き放題に生えていた植物は伐採され、木造建築の土台があちこちにできて、簡素な小屋もいくつか立っている。
わずか数時間の間でこれだけの土地開発を可能にする家屋の神の技量に感動しながらギルドを目指す。
開け放たれた大きな扉からギルドの中の様子が見える。中にはたくさんの冒険者の姿があった。その多くは広いロビーに腰を下ろしていた。
何があったのか、見れば分かる。皆、冒険で負傷したのだ。
俺のように酔い潰れているものも、噛まれて血を流しているもの。
皆口々に言っていた。
「聞いてない」
「あり得ない」
「おかしい」と。
俺もその意見には多いに同意したい。
こんなに深手を負うとは思っても見なかった。雑魚妖怪だと高をくくっていた。
それだけ妖怪達をナメていて、ソロで帰って来れたのは運が良かった。
報酬はたったの千円。最初に貰ったときは冗談かと思った、猩猩一匹千円て。
割に合わなすぎる、死ぬ思いをしてたったこれだけなんて。だから堪らず問いつめた、可笑しいって。
そしたら、換金してくれたギルド職員は、こちらも妖怪が予想外の強さで驚いている、報酬の見直しを検討中だとと。
報酬の増額が決まったら不足分を支払うということで納得し、その場を後にした。
俺にとってはもっと重要な問題がある。左の義手の件だ。今も噛み砕かれた傷から膿が滲んでいる。
雑囊から一枚のメモを取り出した。そのメモには四角とバツ印それから一言、この辺の土地を買いました。
義肢装具士の買った土地の場所だ。場所と言ってもかなりアバウトだが、まだここに道もないから仕方がない。
「四角がギルドのことだと仮定して、十時の方向かな。とりあえずその方角に歩いてけば見つかるだろ」
ちょうどその方角に小屋が建っている。アレで間違いない。
「ごめんくださーい。ヒルコでーす」
玄関をノックすると、中からダダダと激しい足音がして、勢い良く玄関が開いた。
「やぁぁ、待ってたよぉ」
長身の女性が出てきた。名をキサガイと言って身長は187センチ。下敷きで擦ってんのかと思うくらいのぼさぼさの髪の間から、ギラギラした目が覗いている。その目元はマジックで書いたような黒々とした隈が出来ている。
でも寝ずに俺を待っていたんじゃない、神に睡眠は不要と言って、この人は寝ないのだ。
「おぉやぁ? 義手が壊れてるね。これどうする?どうしよ?こうしよ。強度を上げて改良しよ。どう改良する? どうする?どうしよ? って、あぁれぇ? 肩もなくなってるね。ここも義肢付けよ。そうしよ。どんな義肢にする? どうする?どうしよ? 肩は腕を上げるだけだけだから、こうしよ。仕込み義肢にしよ。何仕込む? どうする?どうしよ?こうしよ。ミサイル仕込も。どんなミサイルにする? どうする?———」
「痛い痛い痛い、かさぶた剥ぐ楽しみを奪わないで!」
キサガイが俺を人形のように弄びながら、どうする?どうする?どうする?と爛々とした目で自分の世界にトリップしている。
俺は助けを求めて小屋の奥に目をやった。
「お姉ちゃん、ヒルコが困ってますわ。離してあげて」
小屋の奥から車いすに乗ったウムキが声をかけた。ウムキは足が動かない。だからキッチンや机の高さが調整されて俺の腰くらいの高さしかない。
「いらっしゃい。紅茶でいいかしら?」
ウムキは綺麗に整えられたブラウンの長い髪を揺らしてキッチンへ。
「入れぇ入れぇ。実は新作も作ってるぅ」
「じゃあ、さっきの独り言は?」
「うぅぅ……次回作の案だ」
そんなことを喋りながら少し低めのテーブルについた。
ウムキがことりと紅茶を出した。彼女はキサガイと違って身長はだいたい160後半といたって普通サイズだ。
キサガイがいると余計にテーブルが小さく見えた。
「肩、大けがですわね」
「さっそく、肩の義肢の原案を出し合おう。どうする?」
「ダメですよ、治せる傷は治療しなくては。私たちの専門は再生医療ではありませんか」
「え、そうなの? 義肢装具士の神だと思ってた」
「アァハァァ! もちろん義肢装具士の神だともぉ!」
「嘘を言ってはいけません。私たちは言うなれば医療の神ですよ。圧死した大国主を再生させた仕事が有名ですね。その当時、大国主はまだオオナムチって名前でしたけど」
「……いや、知らないけど」
「ハハァー、まぁ大したこと話じゃないから忘れろぉ」
キサガイが二つの瓶を持ってきて、俺に床に座れと支持した。いわれるがままに腰を下ろすと、これ邪魔だとキサガイが左義手を外した。
「おぉいぃ、ヒルコ、このナイフに膿を塗れ」
俺はキサガイが何をしたいのか察して二本のナイフに膿を塗った。俺の神力を纏った二本のナイフでキサガイとウムキが肩のカサブタを器用に剥がして行く。
切れ味が上がったナイフは一度も肉に引っかからずにカサブタを剥がした。
「こりゃぁひでぇ。ぐちゃぐちゃだ」
「モグモグされたのですか?」
二人は傷をまじまじと見て、噛み切られてないからすぐに治ると言った。ウムキが運が良かったですと笑いかけた。
「じゃあぁ、これを塗るから」
キサガイが瓶を一つてに取った。中身は白濁した液体、みそ汁みたいだ。それを傷にまんべんなく塗ると、キサガイとウムキの神力がふわっと膨れた。
「……はぁいぃ、おっけー」
「これでぐちゃぐちゃだったお肉が元の位置に戻りましたわ」
さらっと言われたが、俺はどういうことと声を上げた。
「あら、いってませんでした? 私たちの神力は並び替えてくっつける能力なのです。では次行きますわ」
ウムキがもう一つの瓶を開けた。中にはクリームが入っており、それを二人は手に取った。そして『働く奇妙な小石達イナビリティー・ポリファニー・ストーン』とクリームの名を呼んだ。
名を呼ばれて目覚めたようにクリームに神力が発動。それを俺の肩に塗った。
俺は説明を求めて、会話可能なウムキに目で訴えた。
「これは私たちが作った万能細胞と細胞増殖の効果がある養分を混ぜたクリームです。これであっという間に失った体の組織を再生できるのですよ。略してiPSですわ」
「あぁ……うぅん、万能細胞は俺らの神力で遺伝子をいじったヤツだ。今はお前の遺伝子と同じ遺伝子になっているはずだ」
「このツーステップで岩に潰されて死んだ大国主の体を再生したのです」
「たぁだぁ、なんかコイツらが異様に頑張って大人の姿になったどな、そんなことよりもぉ、次はお待ちかね、義肢のおじかーん! どうする?たのしみ?どうする!?」
キサガイはさっきの瓶を持ってくるよりも二倍、いや五倍も早さで作っておいた義肢を両手に抱えてやってきた。キサガイの瞳はヤバい感じにギラついている。
「でぇはぁ……先ずは義肢を外しまーす」
少年のように頬を上気して義肢を外して行く。ものの数分で俺は首と胴だけになった。包むものを無くした服の手足が力なく垂れ下がっている。
「その、あの、このままじゃ付けられないから服を脱がしますわね」
おっとりとした所作でウムキが服を剥く。引っかかる手足がないから剥くという表現が似合うくらい簡単に裸になった。
「じゃぁぁぁ、つけるよぉぉぉ! ウヒョヒョヒョヒョヒョ」
「お姉ちゃん、その笑い方止めて」
マックスハイテンションのキサガイによってまたも数分で新しい義肢が俺の体についた。
「あぁ……終わった」
キサガイがさっきの変なテンションが嘘のように項垂れている。
「今回も神力で義肢と体を付けていますから。あ、肩も完璧ですわ」
元通りになった体に目を走らせた。そして治してくれたウムキとまだしょげてるキサガイに目を向けた。
そこでふと思い立った。もしかしたら俺の体はパワーアップしているかもしれない。
「キサガイ姉さん、この義肢、何か改良してる?」
その言葉を聞いたキサガイの顔がパアッと晴れた。
「よっよよよよぉくぞ聞いてくれた!」
それから二時間、俺は改良点の解説を聞かされた。
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