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願わくは  作者: 十八十二
山口編〜除け者達のファンファーレ〜
13/17

シャワーは面倒いが風呂は好き

 広島に向けて出発した俺達は歩きやすい道を探しつつ南に下っていた。

 三人とも大きなバックパックを担いでの行軍だ。これが重くて仕方がない。

 便利な神力の持ち主、ホスセリ曰く、何かしらの理由でアルバムが消失したときの保険らしい。全く心配性なヤツだ。


 背中が熱い。汗で気持ち悪い。

 三十分も経たないうちに、大きな荷物のせいで気が落ち込む。

 出発前のご機嫌はどこへやら。地獄のような重い空気が流れる。


「やっぱりこんなに荷物要らなかったって」


「万が一のときを考えたら絶対に必要なものなんだから黙って持て……」


「現地調達でいいだろ」


「……僕たちは街から出たんだ。現地調達できるような店はないんだぞ」


「分からんじゃん。まだ生き残りの人間がいてお店開いてるかも知れないじゃん」


「いるわけないだろ! 僕たちが管理してないのに生きられる訳ないじゃないか」


「なんでよ?」


「先ず妖怪が蔓延って人間の生活圏を奪うだろ」


 ホスセリとおしゃべりしていると、シラがばしばしと肩を叩いた。シラも重い荷物を背負わされて言いたいことあるって訳だ。これで形勢は荷物不要派に傾いた。


「シラも文句言ってやれ」


 仲間を得たと思った俺は期待いっぱいに振り返った。しかしシラはそういうことじゃないと首を振って前方を指差した。

 シラがさす指に沿って視線を飛ばしてみる。そこにはモクモクと湯気が立ち上っていた。一つ二つなんて数じゃない。何十という数が束になって巨大な湯気の樹幹と化していた。


「温泉だ!」


 ホスセリがすぐにアルバムからスーパーパイナップルの地図を取り出した。

 指をギルドがある山口県庁からページの下へずらして行くと『湯田温泉』の文字にぶつかる。

 よっぽど嬉しいのだろう、シラが腕をぐるぐる回してその感情を表現していた。


「そこで少し休憩しないかい? 足湯とかあるかもしれない」


「温泉水を持って行くのもいいかもな」


「それ余計に荷物が重くなるだけだけじゃないかい?」


 その横で喜びを表現していたシラの腕の回す速度が倍になった。


 俺達一行は湯気の発生源に向けて行軍を開始した。


 平原を進んでいると、体感温度が徐々に上がってきた。

 霧のような真っ白な湯気に足を踏み込むと、ドバッと汗が吹き出した。

 まるでサウナだ。服が玉の汗を吸ってじっとりと体に張り付く。


 視界が悪くなるのを覚悟していたが、思っていたほど悪くはなかった。

 浴室のように遮るものがない平原では、湯気が上空に逃げて行ってくれるからだ。


  はじめての光景に逸る気持ちを抑えることがです、駆け出さんと義手を振った。


「おわ!?」


 第一歩目で大きな石につまづいた。


「おっと、危ない!?」


 隣でホスセリもつまづいて手をついている。

 この辺は石が多い。至る所に大小さまざまな石が転がっている。

 しかも石は姑息にも苔やカビを被っているので、草原の中だとなかなか見分けがつかない。さらに湯気で日光が地面まで届きにくいのも、瓦礫を見えにくくするのに一躍買っている。


 ホスセリが土で汚れた手を叩きながら、俺達に注意喚起した。


「この辺は昔、温泉街だったみたいだ。だから建物の瓦礫がそこかしこに転がっている。足下に注意して進もう」


 言われた通り足下を中止ながら源泉を探した。

 石に見える瓦礫から、さびた鉄筋が飛び出しているのがちらほらある。

 湯気の奥にはぼんやりと半壊の建物のシルエットが見えた。


「ホスセリ、あっち何か建物がある。昔の温泉宿じゃない?」


「ああ、確かに。それっぽいね」


 シラの腕が再び旋回を始めた。

 そのうちプロペラ飛行機のように飛べるようになったりして。


 つま先を温泉宿の向けて数分。遂に我々、探検隊は温泉を発見した。

 しかし我々が目にしたものは想像を絶する光景だった。

 湯がどこまでも張っている。


「……ウユニ塩湖」


  ホスセリの小さな呟きが耳を掠めて過ぎていく。

  スポンと抜かれた度肝を取り戻すのに数秒、帰ってきた肺の空気を腹筋を力んで押し出した。

 

「何これー!? 思ってたのと違う。もっとこう、カポーンてカポーンてなるヤツ想像してた!」


「カポーンて何か分からないけど、僕も昔の湯船があって、そこに湯が張っているのを想像していたよ。でもこれは想像以上だ……!」


 シラはお腹を抱えて笑っていた。期待値マックスからの斜め上の結果でツボに入ってしまったようだ。相変わらず声は一切出ていないが髪を振り乱したり、手を叩いたり、その場駆け足したりと、笑いすぎて苦しいけれど抑えられないといった感じだ。

 その大爆笑につられるように俺達も声を出して大笑いした。

 ひとしきり笑い合った後、じゃあひとっぷろ行きますか、となるのは自然な流れだった。


「ホスセリ、水着出して」


「僕は未来から来たロボットじゃないんだ。写真に撮っているものしかないよ」


「じゃあどうすんの!?」


「このまま入るしかないだろう? ここには女性もいるのだから」


「それは温泉のマナー的にどう何だよ」


 スルッ……。

 俺達があーでもないこーでもないと話していると、布の擦れる音が聞こえてきた。

 俺とホスセリは時間が止まったように固まった。


 いくら温泉を楽しみにしていたとはいえ、男の前で裸になるなるかね。いやさすがに下着は着るから厳密には裸じゃないな。


 グルグル思考を回していると、トントンと後ろから左肩を叩かれた。ホスセリは俺の右隣にいる。ホスセリが腕を回して肩を叩くか?

 まさかまさか、シラは痴女なのか!? そんな、シラのイメージが……。


 パシャ……パシャ……足音がゆっくりと回り込んでくる。シラが俺達の前に来る。

 見せたがり痴女だ。俺はショックで膝から崩れ落ちそうになりながらも頑張って耐えた。


 とうとう目の前にシラが来た。俺は必死に顔を下に向けて目をそらす。

 突然、義足しかなかった視界に真っ白のTシャツが割り込んだ。Tシャツの下には短パンもある。


「……え? 何これ?」


 ばっと顔を上げると同じ白のTシャツと短パン姿のシラが立っていた。


「あ、ああ、そういうことね」


 俺とホスセリが言い争いをしている間に服を作ってくれたようだ。

 あんなにドギマギしたのが恥ずかしい。


 赤面しながらその服に手を伸ばすと、ひょいっとシラがそれを引っ込めた。


「えっ……!?」


 シラが少し頬を赤くしながら、小悪魔チックに口元を緩めた。


「カッ……!? もったいぶらずに頂戴よ!」


 俺は奪うように服を取って袖を通す。フッと鼻で笑った呼吸音が聞こえ気がした。


 三人お揃いの服で温泉湖を歩いて回る。

 くるぶしに届かない位の水位。肩まで浸かれそうな所は、宿の湯船跡地か、崩壊してできた建物の地下部分に湯が入ったところなど限られている。

 足湯をしようにも座ってしまえば尻も濡れてしまう。


 迷った末、宿の湯船跡地に入った。

 少し熱めの湯によって疲労感が抽出される。自然とほうとため息が漏れた。


「こんないいとこ、何で誰も見つけなかったんかなー?」


 だらしなく間延びした声で思ったことを声にしてみた。


「そりゃ、皆島根に行きたいからじゃないかーい」


 同じく間延びした返答が帰ってきた。


「でも地図を見れば近くに温泉あるってならーん?」


「冒険者で地図持ってる人が少ないからー」


「でもギルドの受付で見せてもらえるじゃーん」


「へーそーなんだー。皆知らないんじゃなーい」


「でも、南に行ったって話聞かないねー」


「そもそも話できる友神いなくないかーい」


「だまれー」


 一方、シラは別の湯船跡でしっぽりしている。

 やっぱそっちの方が余計な気を使わなくていいよね。


 指がしわしわになるまで湯を堪能した。

 タオルはバックパックに入っていた。ホスセリがここぞとばかり準備の重要性を説き始めた。

 それに耳を傾けながらシラが作ってくれた服を絞り、早く乾くようにバックパックの外に上手いこと引っ掛けて、再出発した。

 瓦礫が多いから靴は履いたまま温泉湖を進む。

 そして知ることになる、どうして湯田温泉が未だギルドに報告されていないかを。

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