水と油の関係なら油側がいい
昨日、薄暗い砂利道を踏破して、帰還した俺達はカラカサに遭遇戦闘したことをギルドに報告した。そしてその翌朝には掲示板にカラカサを始め、妖怪に関する情報を随時募集するとの張り紙がでかでかと張られていた。
その張り紙にはひと際目を引く文言があった。
『百鬼夜行の危機』
たくさんの冒険者が掲示板の前に集まっていた。
「お早うございます、ヒルコ様」
「お早うございます、セリさん」
朝、覇気のある声で挨拶してくれたセリにこちらも笑顔を返した。
「もう、張り紙が張ってあるんですね。それに百鬼夜行って。大げさじゃないですか?」
俺はただカラカサっていう妖怪に遭遇して、しかも逃がしちゃったから皆気をつけてね位の感覚で報告したのに、大事になっていて少し怖い。
「念には念を入れて、です。あれ位の危険が迫っているともなれば冒険者の方々も遊んでばかりじゃいられなくなりますから。ここだけの話、日本大掃除計画はかなり遅れているんですよ」
まだ誰も山口の県境を越えたという話は流れていない。しかしそれは妖怪が思いのほか強いからじゃないのかと首を傾げたくなる。
「それで、今回はどんなご用件でしょうか?」
「えっと、俺達はこれから広島に向けて出発するんだけど、お勧めのルートとか注意するべき妖怪の情報があれば教えてほしいなと。さっきの話だとなさそうな気がしますけど一応……」
セリは難しい顔でそれらしい情報を探してみてくれたが、案の定、有意義な情報はなかった。
「ちなみに一番遠くに行った冒険者でどの辺りまで?」
少々気になったので聞いてみた。するとよく聞かれることなのか、何も見ずにすぐに答えてくれた。
「美祢市にある秋吉台を越えて萩市のあたりですね。到達した神は三柱、山津美様、綿津見様、志那津様です」
セリが地図を出して見せてくれた。地図上ではそっからそこの短い距離に見えるが実際に歩くとなるとかなりの時間と労力がかかることをつい昨日知ったばかりだ。
「その辺の妖怪の情報とかは?」
「変わらず猩猩やシイなどしかいなかったと聞いています」
「シイ?」
知らない名前の妖怪が出てきた。俺が記憶に問いかけようとしたらまだ気力があるセリがすぐに教えてくれた。
「シイも猩猩と同様に獣型の妖怪で、四速歩行を行ないます。一見、大きな犬のような妖怪で、顔以外の全身を覆う長い毛は自信から分泌される油で常に濡れているとのこと。狐面のような顔には目が二つ、その上下に一つずつ目に擬態した模様があるそうです。
分泌した油を敵に飛ばし、皮膚から体内に浸透させ、敵対内の水分を体外に押し出すことで、敵を脱水症状で動けなくさせるという能力を有し、さらに油を一定量敵体内に浸透させれば、簡単な動作なら操れるようになるみたいです」
「……詳しいな」
「ええ、とある冒険者の方が傀儡にされた大量の猩猩に襲われたそうですよ。まるでゾンビ映画の中にいるみたいだったと」
マジか、想像しただけでゾッとする。
しかし、いい情報をゲットした。これで遭遇前に何かしらの対策を立てられる。
セリから情報を聞いている途中で、シラが合流した。
やはり朝が弱いのか眠そうに目を擦っている。
セリがシラに朝の挨拶をすると、シラはやんわりとした表情で頭をゆっくりと下げて挨拶を返した。
「シラ様、昨日のすすで真っ黒に汚れた服は大丈夫でしたか?」
セリが心配そうな気の毒そうな声で尋ねた。
昨日、俺達がカラカサをおびき出すために廃墟をダイナマイトで吹き飛ばした後、それでもカラカサが出てこず、死んだんじゃないかと思って、二時間かけて飛び散った木材をめくって退かして探しまわったのだ。
爆破したから木は燃え、黒々とした煙やすすが舞う中の作業。あっという間にシラの純白の服は黒くなったのだ。
回想から帰ると、シラは指先から出した生糸を操って織り、一枚の布を作ってみせた。これがさっきセリがした問いの答だろう。
「え? じゃあ、今着てる服は作ったのですか? ギルドに報告してから?」
セリも俺も出来立てほやほやの純白の服に目を向けた。
シラがコクと頷いて、その場で一周回ってみせた。
セリが尊敬の眼差しを向けている。俺はシラの腰に巻いている、弓になる貫頭衣に目を向けた。これも例の漏れず白い。
「その貫頭衣も作り直したのか?」
シラが腕を組んでコクリ。
弓は特別制と思っていた俺はまた驚いた。
談笑も一段落して俺とシラはギルドを後に。背中からセリの見送りの言葉が追いかけてきた。
ホスセリとは街からでる門の前で待ち合わせだ。
今街の外周では壁を建設中だ。最初の建設理由はファンタジー感がより出るからだったが、今後は街を守る外壁として機能しそうだ。
門までの長い大通りをのんびりと歩いた。
ずいぶんと色々な建物ができていた。
貯金が出来る程度に稼げるようになったらこの辺をぶらぶらしてみたい。
シラはようやく眠気が晴れてきたようで、あっちを指差したこっちを指差し、楽しそうに歩いている。
お気に入りの店を見つけたようだ。シラが目を輝かせなから俺の手を引いて駆け出そうとした。
急に動いたから、シラのギルド証が和装の襟の間から溢れた。
クリスタル製のギルド証は冒険者個人で形が異なる。
俺は六角中で、ホスセリがカメラの蓋のような円盤。シラのそれは蹄鉄の形をしていた。
シラの過去、馬娘婚姻譚を思い出す。
まだ、忘れられないのだろうか。
俺の視線に気付いたシラはギルド証を服のなかにしまって、取り繕った笑みを浮かべた。
その表情は似合わないな。
ごめん、見すぎだった。
同時に産まれた二つの感情、処理する前にまた別の思いが産まれた。
「ホスセリが待ってるから、早く行こうか」
謝罪も気の効いたことも言えない自分がいやになる。
シラがコクリと頷いて俺の少し前を歩いた。
何故か知らんが歩き方が可笑しい。
勝手に腹に力が入って、変に腰が曲がっているような気がする。