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願わくは  作者: 十八十二
山口編〜除け者達のファンファーレ〜
11/17

あと十五分で帰れるという油断

 就業時間まであと一時間。帰ったら寝る。帰ったら寝る。

 長針が動いた、あと59分。


「セリぃ~、手伝って~」


 私の友人のハナが泣きついてきた。いつものこととはいえ、さすがに今日は疲れている。だって今日は日曜日。

 

「ノー」


 私は今日は手伝ってあげないと態度で示した。これも境遇を同じくする親友のため。

 しかし悲しいかな、私の愛の鞭がハナには響かず、今日中に片付けなければならない書類をグイグイと押し付ける。私はそのウザい絡みに耐えかね、余計疲れるだけなのに、ハナに説教してしまった。


「何でいつもこうなの? ちゃんと計画的にやれば終わらない量じゃないでしょ」


「ちゃんと計画は立ててるもん」


「じゃあ何で終わってないの?」


「だって、だって」


 年甲斐も無くべそをかくハナに私はため息を禁じ得ない。


「教えて上げる。それはハナがいつまでもぺちゃくちゃ喋ってるくからよ!」


 同僚の方から冒険者の方まで、話しかけられれば来るもの拒まず、おしゃべりに花を咲かせるのだ。ハナだけに。

 ……いけない、相当参っているなこれは。一刻も早く布団に潜らないと死んでしまう。


「セリィ~、お~ね~が~い~」


「書類をグイグイ押し付けないで」


 鬱陶しいので書類をバシッと取り上げた。とたんに顔色が明るくなるハナ。


「セリィ~ありがと~。大好き~!」


 ムギューと抱きつき、ハナは私の隣のデスクで仕事を始めた。

 やられた。ハナは昔から仕事を他人に押し付けたりバレないようにさぼったりするのが得意だった。ただいくら得意とはいえ、しわ寄せをくらう人は溜まったもんじゃない。しかし世渡り上手というのか、ハナの独特の雰囲気がそうさせるのか、何故か許してしまう。


 私はさっと書類に目を通して、優先準備を付け、計画を立てた。就業時間にはギリ間に合いそうだ。

 深呼吸を繰り返して酸素を脳の隅々に行き渡らせる。スイッチオン。


 書類の山がどんどん削られていく。この上なく順調だ。

 帰れる。このままなら定時で帰れる。


「すみませーん」


 就業時間まであと15分を切ったとき、カウンターから声がした。

 私は心の中で頼むやめてくれと絶叫する。


 受付係の誰も動こうとしない。それどころか、お前がいけとチラチラと私に視線を送っている。

 おそるおそるカウンターを見てみると、知っている顔があった。

 黒い服の裾からチラッと見える義手、決まりだ。私担当の冒険者、ヒルコ様だ。

 

 てーんててーんてーんててーんてーんててんてんてーん。

 別れのワルツの幻聴が聞こえてきた。残業決定。

 ドンマイ、私。

 

 私はやりかけの書類を持ってカウンターに向かった。書類を持って行ったのは机の下でこっそり出来ないかなと思っての行動だ。悪いことだと分かっているが、許してくれ。私は帰りたいんだ。


 カウンターに向かえば、すすで汚れて真っ黒な三人がいた。


「こんにちは、セリさん。実は……」


 何だろう、聞きたくないな。


「カラカサお化けに遭遇しました」


 うっそ。それだけ——。


「うっそぉ!? カラカサって実在したんだ!」


 いつの間にか隣にハナが座っていた。一体何してるんだこのワンコちゃんは。せめて自分の仕事は終わらせてきたんだろうな。

 しかし、ハナのデスク上の書類の山は未だ健在。

 

「どの辺で遭遇したんですか?」


 ハナが興味津々に質問した。ここはハナに任せて私はデスクワークに戻ろう。


「ちょっとセリ、担当は貴方でしょ?」


 嘘ん。今この瞬間も刻一刻と従業時間が迫ってるのに。

 私の腕を掴むハナの手に力が籠る。この子、こんなに握力あったっけ。


「え、ではカラカサお化けに会った場所を教えてください」


 離してくれそうにないと判断して私はメモ用紙を出して聞き取りをすることにした。

 場所は長門峡の廃墟、おそらく道の駅だったと考えられる場所。

 容姿の特徴はスカジャンにジーパン? 何その妖怪、ホントにカラカサ? 話を聞く限り隻脚で傘さしてるおっさんだ。

 

 話をまとめて上に報告するのは明日にしようと、カウンター周りの片付けを始めた時、ハナと確かホスセリ様の会話が耳に入った。


「凄いですね。カラカサを生で見たのは、きっとお三方が初めてですよ」


「そうなのかい?」


「はい、カラカサは妖怪の中でもトップレベルに有名何ですけど、目撃情報や怪談は過去の文献をさかのぼっても一つだってないんですから。ということはカラカサはもともと山口県にいる妖怪なんですかね?」


「さあ、どうなんだろうね。でも、カラカサは何か言ってたんだよね? ヒルコ」


「急いでるから見逃してくれって。そんで好戦的なヤツだった」


「ほほぅん……好敵手の所に向かってる途中だったのかもしれませんね。それかお使いでも頼まれていたのかも」


 意思疎通が出来る妖怪が、何かの使命を持って行動していた。ハナはおしゃべり感覚でカラカサの行動を推測していたが、もしそれが合っていたら、使命を与え与えられる妖怪社会が確立していることになる。


 カラカサは使者。しかし好戦的な妖怪。

 なのだが目の前の敵よりも命令を優先させたとなると、その命令はかなり重大なことか、もしくは命令主がより大きな存在かのどちらかだろう。もちろんどちらとも当てはまる場合も考えられる。


 何だろう、胸騒ぎがする。


 私は報告書の作成を最優先にした。

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