ある日の日記・21
21
【9月7日】
昼間、ママさんが言っていた。
声→『事が済んだらポイッと捨てるつもりなんだわ』
『ガロさんが、あんなに薄情な人だとは思わなかった』
『もうあの子とは縁をきりますわ』
‥その言葉を聞いて、自分はハッと、忘れていた気持ちが取り戻された。
あの時の文章で、ママさんに誤解を受けているということは知っていたが、それの弁明をしていなかったのが悪かった。
あの時は、もう彼女の事もあきらめなければならないだろうという状態にあったし
本当に 田舎に帰ろうか、どうしようか?と、気が動転していたから、意識が正常でなく……
しかしその時には、本当にミツエさんの言葉からしては、そのように感じてならなかった。
だからあの時書いた文意は、感じたままの事を書いたものである。
俺には、そのように決めつけるのは、実に悲しい事だった。
しかしそのように感じて仕方がなかった、本当に………。
しかしママさんが、また、むこうの店の人達が、本当にそこまで自分の事を思っているということであったら、やはり済まないとゆう気持ちで一杯だ!。
『あの子はウチのことをそのように思っていたのかしら』
『ウチは、今までそのつもりでやってきたというのに。』
『ガロさんの気が知れないわ!』
‥本当にママさんさえ迷惑でなければ、この先づっとここに居るのだったら、自分の姉さんになってほしいと思う、とても……。
どうして俺がそのような、薄情にポイッと捨て去ることが出来るとゆうのか……。
ママさんこそ自分のことをそのように受け止めていたのかと思うと悲しんだ。
しかしその後、気を取り戻したから良いようなものの
やはりこの先、一人であろうと、彼女と二人であろうと
色々、これからづっとよき姉であり、よき相談相手であってほしいと思う。
しかし俺には、あまり人付き合いとゆうものがないから
時には無意識的にそのような過ちを犯しそうになる時がある。
しかしママさんだけは、意識的に気を使ってにせよ、そのような悲しい縁で終わらしたくない。
何としても……。
今は資金が整っていないので、最初はその点で色々とゴタつくと思うが
それを乗り越えさえすれば、平常な生活が出来るようになると思う。
だから彼女さえ、その気でぶつかってきてくれさえすれば、俺はどのような努力も惜しまないつもりでいる。
仕事もバリバリやるし、他の面でもキチッとしようと思っている。
しかし彼女にその気持ちが、まだ残っているのやら、今は皆目、見当もつかない。
また、このような気持ちで飲みにいくことは、辛いことである。
行ったってチッとも気が晴れず、また、沈んだままで飲み明かすことだろう。
もう酒もあまり飲めない身体だとゆうのに、今の気持ちでは、とても耐えられないし
また、昼間のママさんの誤解を晴らすためにも
これから行ってこなければならない。
本当は彼女と二人でいきたかったけれども
今は……
どうしょうもない。
とにかく行ってこなければ……。
・ ・ ・ ・ ・ ・
本当に腹がたつ。
このような仕打ちをされてまで、まだ彼女のことが捨て去れないのかと思うと、実に腹立たしい。
いっそ、自分の方からキッパリと捨て去ることが出来るなら、どんなに自分のプライドが保てることかと思う。
しかし今は、そのプライドさえも、彼女の為にキズつけられるままにするしかない。
金もないことだし、あまり飲めない身体でもあるし、無理しないで、早目に切り上げてこよう。
とにかく、今月一杯はどうしても居なければならないので、その間だけでも彼女をあきらめないつもりでいる。
本当に…
本当に、彼女が自分のもとに来てくれたなら、どんなにか嬉しいことだろう。
そして自分のこれからの人生も、どんなにか素晴らしくなることだろうと思う。
彼女さえついてきてくれれば……!
今は、現在の自分の姿を見て、人は色々表面的な批評をかさねているようだ。
気が小さい、臆病、殻に閉じこもっているなどと……。
そう言われても、今の自分にはどうすることも出来ない。
今の自分の姿を意識的に変えることは出来ない。
自分はいつでも自分の心に従っている。
ちっぽけな我にしがみついていたんでは、人間、成長するものではない。
一本気、男らしい、明朗、たくましい……
人は二十歳にもなれば、おおよそ、その人の人格、人間性が固まると言われている。
だからそれを越した人間には、何らか個性やら、我とゆう臭いが強くなってくる。
そしてそれに縛られることになる。
人と論じ合い、自分の意見が通らなければ、それで色々自分の意見を肯定しようとして
あるいは、全面的に相手の人間性を否定しようとする。
相手の人間性、意見など微塵も理解しようとはせずに。
今の自分の姿からして、このようなことを言えるような立場にはないが
しかし、いくら自分が人と馴染めない、かかわり合わないといっても………
イヤッ! 今までどうしても、そのようなことが出来ず
何とかそれを打開しようと相手の人間性、心を理解しようと努力してきたことで、自分はある程度、相手の素性はパッと見て分かるつもりである。
だから自分の心さえ相手に合わせる気になれば、馴染めないとゆうことわない。
マァ、俺は今までも、今も、これからも
続く限りにおいて、今のような小っぽけな我に縛り付けられることなど望んでいない。
だから今までもそうだったが
本当の自分にないような素振りをして、あたかも本当にそのような人達の姿になりすまして、そのような人の心を知ろうとしてきた。
そうする事によって、そのような人の心が理解できるようになるし、それでまた、自分の心も豊かになり、スケールの大きい人間になれると思う。
人は、自分の今の姿を見て、何をホラをふいているんだと思うだろう。
確かにそうかもしれない。
また、本当にそうでないかもしれない。
自分にその心がある限り、そのペースでこれからもいくしかないし
たとえ、その結末が今の自分が求めているものでないものになっても、今の自分は、やはりこの道を、このペースで生きていくしかない。
今は悲しいことであるが、いき過ぎかもしれないし、本当に気が狂っているのかもしれない。
自分も、そうではないかと疑ってきている。
しかし……
マァ……
そのようなことは、どうでもいいことなんだ。
俺は自分自身、とことん納得いく、満足のゆく人生を送りたいということを念願の一つにしてきた。
だから、やりたい事をやり、またそれをすることによって、どのような苦しみを受けようとも
そのようなことに、はばかることなく、やっていきたいと思っている。
これからも………
づっと……!!
我を通すことは大切なことだ。
イヤッ! 我を通すことこそ人生そのものだと思う。
我を表現することこそ、もっとも人間らしい、最高の人生芸術だと思う。
それがこの多くの人間世界においては、小っぽけなもの、大きなもの、強いもの、弱いもの、美しいもの、醜いもの、優れたもの、劣ったもの、云々と、さまざまに現れている。
それは、そのままで、この世の定めを言い尽くしていると思う。
大抵の人間は、より優れた自分であることを望んでいる、ある時期までは……。
しかしこれくらいの歳※(現在24歳)にもなれば、おおよそ自分の人間的なスケールというものは分かってくるはずだ。
しかしそこで人間として大切なことは、限りなく自己を拡大しようという気持ちを持ち続けることだ!。
今現在の優れたものを安売りして、自分より弱い立場の者には、いばりちらし、去勢を張り、しいたげようとしたり
自分より強い者にはへいこらへいこら、頭を下げようとする。
そのような人間は、これから生きていく限り、ある程度の成長はしていくだろうが、たかが知れている。
現在の自分に甘んじて、自己を成長させようという努力をはらわないからだ。
このようなことを言うのは、生意気なのかもしれない。
しかし本当にこのことを理解できる者であったら、腹を立てることもないことだ。
それで自分としては、生意気にもまだこれから自己を拡大させたいという気持ちがあるから
いつも現在の自分を省みて、力の足りなさに、弱さに、小っぽけさに腹を立てて悲しんでいる。
だからある程度、人よりも優れた面を持っていても、そのようなことには微塵も満足できず
したがって、それを鼻にかけて、いばりちらしたり、人の先頭に立って 誘導させたり、また 手をかして助けようということは出来るはずがない。
そのようなことでいつも開けっ広げに出来ず、考え込んでいる。
今の所は……。
途中で挫折するかも分からない。
あまりにも目標の高い道のりだから……。
しかし、今の自分にはどうすることも出来ない。
この道を変えることは出来ない!。
ある時には、もうこの苦しみにはとても耐えられなくて、放り出しそうになる時がある。
酒に酔いしれ、無茶苦茶な生活をして、捨て去ろうとする事もある。
しかし、それも長くは続かない。
また我に返って、そのような事を考え巡らすようになる。
もういい加減、捨て去れ!
捨て去りたい!と思っても、どうしても捨て去ることが出来ない。
これが自分の持って生まれた業というものなんだ……と。
そのようにあきらめるしかない。
今は……。
今は、このような深刻なことばかりに手をつけていて、くだけた知識を吸収することが出来ず
したがって、くだけた話の出来ないことが辛い。
早くこのような深刻な悩みに煩わされることのないようになりたいものだと思う。
イヤッ! だからそのために今は、このように考え込んでいるのだが……。
いいさ!
キッと来るさ!
心晴れ晴れとなる日が!
いつか…きっと…。




