7 笑いにつつまれた加賀崎町
単純な礼一は、立ち直った。
誠二先輩もお兄さんも単純すぎて、なんか、この中で一番年下の俺が弟の面倒を見ているようで、微笑ましい気分になってきたよ……。山道や田んぼだらけの道に行くだけなのににこんなに嬉しそうにするなんて……。
とりあえず、顔を引きつらせないように気をつけてお礼を言っておこうか。
「お、お願いします」
「……、フッ……」
え? 『ふ』? も、ももももももしかして、また大爆笑!? 兄弟だからツボまで一緒なの!?
「フッ、ハハ! よっしゃー! やったー! 池田に行けるぞ! ハッハッハッハ〜」
よかったぁ、大爆笑じゃなかったぁ……。つか、喜びすぎだろ……。
「おい! 聞いたか誠二! 送ってっていいんだって!! ……、おい? 誠二?」
お兄さんが誠二先輩に笑って話しかける。
ひとつ言わせて欲しい。あんたは一体何歳なんだ!?
なんだ、この喜びよう。なんだ、この変わり身用……。こんなの、スーパーでお菓子をせがんでる幼稚園生たちじゃないか!!!! この駄々っ子め!!!!!
つか、誠二先輩まだ笑ってるよ……。
「アハハハッハッハッハッハッハフッフウッヘッヘッへハハアッハハッハ……」
なんかもう、息できなくて苦しそうだよ……。
「あは! なんだ? 誠二、楽しそうだな! つられて俺も笑いそ……、ブフッ、ビェャッハッハッハッハッハ……」
なんだ? その変な大爆笑? つられ笑いどころじゃねぇよ!! つか、何、この笑い声……? 可笑しすぎてありえねぇよ!
「え? ビェャッハッハッハって……ブハッ、あ、ハッ、ありえねぇ……、アッハッハッハッハッハッハッハッハ……」
ダメだ……、目の前でこんな変な笑い声聞いたら、笑わずにいられるかってんだ!!!
つか、え? なにしてんの?
一体、なにしてんの? 俺たち……、アハハ、暗くなったり明るくなったり……、そして今は大爆笑か?
帰るんじゃねぇのかよ、ハハハッ、……まぁ、楽しいからいいか!
「…………ちょっと、あんたたち、今、何時だと思ってるんだい!? 近所迷惑だよ!! 静かにおし!!!!」
キーーーーン・・・・・・……
「!? ……ハッハ、ゲヘゲヘッゲヘ……」
「!? ……ブェヘヘヘヘ、グホッガハ……」
「!? ……ハハハハ、ッグハ、コホッ……」
き、近所のおばちゃんが、わざわざご自宅の中から出てきて、有りえねぇ声量で叫んだ。耳がぁ……。
しかも、ビックリして3人とも咳き込んでしまった。
おばちゃんの絶叫、マジ半端ねぇ……。でもその声も十分近所迷惑だと思う。
でも、確かに俺たちうるさかったよなぁ……。
「おい、兄貴、朝河、せーので謝るぞ!」
すかさず誠二先輩が指令を出した。
さすが先輩! 頭の回転速ぇ! マジ頼りになるよ!!
「せーの……」
よし、タイミングを合わせて……、今だ!!!
「「「すいま――?」」」
「一番うるせえのはあんただよ!」
ん? なんだ!? 右側の二階建ての窓から顔を出して、四十台前半ぐらいの男が叫んできた。
「ちょっと、あんたがすっごい声で叫ぶから、うちの子が泣いちゃったじゃないの!」
次はその隣のお宅の、多分赤ちゃんのお母さんから苦情が来た。つか、悪いのは俺等なんじゃ?
「おい、あんたのものごっつい声のせいで、ドラマのセリフ、聞き逃しちまっただろ!」
次は左側から三十台前半の男……、つか、ものごっつい!? 今時そんなセリフ聞かねぇよ!!!
「「「「「「「あんたの方こそ近所迷惑を考えろ!」」」」」」」
うわ、なんて一致団結した地域なんだ!? みんなの声がハモッたぞ!? 「せーの」とかも言ってないのに……、なんかすげぇよ……。
でも、おばさんにちょっと悪いことしたな……、注意しただけなのに……。
「あの……」
謝ろうとするが、遮られる。
「お前らもお前らだ!」
「そうだそうだ! 今何時だと思ってんだ? 9:45だぞ! 9:45!!」
「今、一番テレビの見所だってこと、わかってんのか!?」
そ、そんなことで怒ってたのか……? テレビの見所だからそんなにご乱心だったのか!? なんかおかしい気がするんだけど? 気のせい!? 気のせいなの!??
しかも、みんな二十台くらいだ。あ! そうか、今日はこの時間、二十台を狙ったドラマがあったんだった! 納得だ!!
「しかもなんだ? その、車に乗ってる奴、お前だよ、お前!! ありえねぇだろ? なんだ? その変な笑い声は!?」
「マジでそうだよ! お前のせいでうちの奴ら、俺以外みんな爆笑しちまったんだぞ!!!」
「マジで? うちもなんだよ、うちも!! ここからがいいとこだってのに、妻も娘も、息子さえも爆笑しちまってんだよ……。そのせいで、テレビなんてな〜んにも聞こえねぇ!!」
おお!? 怒りの矛先が、お兄さんの笑い声になっちゃった!?
まぁ、でも頷けるよなぁ。今のは三十台前半ぐらいの人たちだ。多分、新婚や初子供で、家族で楽しくテレビを見ていたのに、邪魔されて悔しいんだろうなぁ。
「つーか、うちは、せっかく気持ちよく家族全員で笑ってたってのに、そのオバハンのせいで、笑いが止まっちまったんだぞ!!! どうしてくれんだよ!!?」
(((((((((怒るとこ、そこかよ!?)))))))))
多分、今、窓から顔を出している人も、俺らも、みんな同じ気持ちだったような気がする……。
「おいおい、そんな文句を言うために、窓から顔を出したのか?」
「「「「そうだ、そうだ」」」」
何人かの人も、口々に言っている。
俺も、同感だ。つか、それなら、俺等に怒ってるわけじゃなくて、指摘してる住民の人達に怒ってるって事なのか?
「そうだけど、おかしいか?」
「おかしいだろう!!」
本当におかしいよ!! なんか変だよ!!!
「そうかなぁ、うちも同じ気持ちだったんだけど……」
「へぇ、そっちの人も? 俺のとこも、同じ気持ちなんだよ!!」
「おう! 仲間だな!!」
「おう!」
「えぇ!? それなら俺んとこも混ぜてくれよ!」
「ズルい! 私のとこも!!」
「えぇ!? あんたのとこも? テレビの音が聞こえなかったからじゃないの!?」
「とかいって、あんたも笑い声がおもしろかったから出てきたんだろ?」
「あ、バレちまったかぁ、こりゃ、一本とられたぜ、へヘッ」
「「「「「「「「「「「アッハッハッハッハッハッハ」」」」」」」」」」」
ダメだ!! 展開が速すぎて、なんかわかんなくなってきちゃった!!
なんかわからないけど、 実は怒っている人はいなくて、いや、おばちゃんは本気で怒っていただろうけど、でも、本当はみんな、お兄さんの笑い声を生で聞きたかっただけなんだな? 納得……、する訳ないだろ!!? 有りえねえよ!!!
え? つか、なんて仲がいい地域なんだ? ってか、はっきり言って変だ!!
でも、こんなんじゃ、このおばちゃんが可哀想だなぁ……。
「おい! 松田のおばちゃん! あんたも笑い声がおもしろかったから出てきたんだろ?」
三十台後半の、明るそうな男性が同意を求めるけど、流石にそれはないだろう……。
「そんな訳ないだろう!! あたしは、本当にうるさかったから出てきたんだよ!!」
やっぱり……。そうだよな。そういう人もいないと、この地域、壊れちゃうよ。
「まぁたまた、そんな興味なさそうな顔して、この地域で一番おもしろいものが好きなのは、おばちゃんだろ?」
え? そんな訳無いんじゃないのか!? たった一人で俺たちに注意したのに?
「へっ、そんなことは……」
「地域の運動会でも、リレーの最中に全員一斉にこける指示、出したのはおばちゃんだっただろ?」
えぇ!? そんな指示出したの!? 何考えてんだよ!?
「そうよ、そうよ。他の地域の人は騙されても、この加賀崎町のみんなは騙されないわよ!」
二十台くらいの女性が自信を持って言ってるけど……、まさか、なぁ? そんなおばちゃん、いないだろう?
「へっ、あたしも一本とられたね。」
「やっぱり! アハハハハハ」
「「「「「「「「「「「「「アッハッハッハッハッハッハッハ」」」」」」」」」」」」」
おばちゃんは観念したように答えて、この地域の人たちはより一層一体感を増しながら笑っていった。
え? まじで……? なに? この町は?
なに? この、近所迷惑なんて考える必要もないような、この一体感は?
え? なんなの? マジで!!
ってか、結局うるさいからって出てきたって人はいないの? おばちゃん!? あの剣幕は一体なんだったの!?
そして、なによりも、この、地域一帯を笑わせるほどの笑い方をする、先輩のお兄さんって、一体何なの!!?
何って、なんか物扱いしちゃった……。まぁいいや……、そんなこと……。
え? ってか、ここ、本当に現実なの? え? 違う? 夢? そうか、夢か……。
なんか楽しい? 夢でよかった。
ほっぺたつねっても痛くないんだよね? やってみよう……。
ギュウ
「いたっ」
あれ? 夢じゃないの? じゃぁ異次元? あぁ、異次元かぁ……。早く元の世界に戻りたいなぁ……。
ってか、『いたっ』って言っても、誰も気づかないくらいに笑いに満ちてるよ……。
「……」
「おい? おい! 朝河! お〜い! 頑張れ! 気を確かに持つんだ!」
ん? なんか、先輩の声が……。
「しっかりしろ! 帰るぞ!」
「へ? 先輩?」
「へ? じゃねぇよ! さっさと帰るぞ! こんなとこにいたんじゃ、気が変になりそうだ!」
うん、確かに。すっごく同感できるよ!
本当に同感できるよ? でも、なんでそんなに切羽詰ってんの? ねぇ!?
俺に呼びかける先輩の声は、低くガラガラで、なんだかこの世の終わりから逃げ出そうとしている人みたいだ。
「おい! 兄貴も! 早く行くぞ!」
そして、誠二先輩はお兄さんにも呼びかけた。
それにしても、さすが誠二先輩だ。頼りになるなぁ。でも、やっぱり俺の疑問は晴れない。一体、何故誠二先輩はこんなに必死なんだろう?
「……お? お、おぉ」
「しっかりしてくれよ? じゃぁ、行くぞ? 早く乗れよ」
誠二先輩は、助手席に乗りながら、俺にも乗れと言ってきた。
「はい。 お邪魔します……」
そして俺は車に乗った。
ボロボロな外見に合わず、中はきれい?
……じゃなく、CDやMDが、散らばっていた。
「おいおい、また中身が散らばってるじゃねぇか! 変な道ばっかり行くから……」
「い、いいだろ? 俺の趣味なんだから……」
「ん〜、ま、あとで綺麗にしろよ!」
「おう!」
誠二先輩は、助手席に乗って、俺は後ろに乗って、行こうとした。けど、誠二先輩がなぜか止めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「へ? どうしたんだ?」
「あ〜、あのよ、さっきから気になってたんだけど、あの、軽車の前で困ってる人いるだろ?
もしかして、ガソリンが切れちまったんじゃねぇのか?」
あ、確かにそんな感じの人がいる! よくそんなことに気づけるなぁ。やっぱすげぇ!!
「本当だ」
「う〜ん……、このままここに置いていったら、気が変になりそうだし、一緒に連れて行く?」
ただ、住民の人たちが笑っているだけなのに、酷い言われようだ……。納得いくけど……。
「え? でも、あの軽車はどうするんだよ?」
「何言ってんだよ? 事は一刻を争うんだぞ? そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ?」
えぇ!? いくらなんでもそれは言いすぎじゃぁ……。
「う〜ん……、確かにそうだなぁ……」
えぇ!!? そこ、認めちゃうの? なんでそんなに危機感がいっぱいなんだよ!?
「だろ? じゃぁ俺が走って連れてくるから、待ってろよ!」
「おう、くれぐれも、気をつけて行けよ!」
「おう!」
なんだ? この兄弟……。
なんでこんなに警戒してるんだ? 意味がわからなくなってきた……。
意味はわからないけど、誠二先輩は本当にダッシュで走っていった。
うん! 決めた!! 俺、今日から誠二先輩の見方を変えるよ!
これからは、変な先輩だ!!!
色々迷ったけど、どう考えても、もうすごい先輩よりも、変な先輩にしか見えないよ……。
本当に変な町になってしまいました……。




