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#5   加賀崎町

「よし、帰るか!」


 超小声で「兄貴の機嫌がまた悪くならないうちに」と言い添えながら、誠二は提案した。礼一と朝河は断る理由もないので誠二に賛成する。


「そうそう兄貴、さっき電話で言ってた後輩、朝河っていうんだ」


 運転席に乗り込もうとする礼一に向かって、思い出したように後輩の紹介をする誠二。突然紹介された朝河は小さく礼をして改めて自分でも名乗る。


「初めまして、2ヶ月前から土産屋のバイトしてる朝河宗也あさかわそうやっす。誠二先輩にはいつもお世話になってるっす」

「そうなのか、それはご丁寧にどうも。俺は17年前から誠二の兄貴やってる浅生礼一だ。いつも弟が世話になってるな」


 朝河には自分の世話になってると言われ、礼一には自分が世話になってると言われ、矛盾が気になる上に目の前でそんな話をされると何言っていいのかわからん、と誠二はきまりが悪いようだ。みんな感じたことがあるだろう。対面した親と教師が挨拶しているときのような感じだ。


「んな硬い挨拶はいいからさ、早く帰ろうぜ」


 居心地悪い雰囲気を打開すべく、誠二は礼一を運転席へ急かし、ロックの開いた後部座席へ朝河を追いやった。8人乗りで3列に別れている中、朝河と誠二はもちろん真ん中の列に座った。入り口の段差がなかなか高く、初めて乗る朝河は暗いのもあって少し戸惑っているが、そんなことも気にせずに誠二は急かす。


「早く乗れって」

「いやいや、ちょっと待って、暗くて高さがつかめな――アガッ」

「は? ぶっははははダッセェ」


 誠二よ、さすがに背中を押して急かすのはやりすぎたな。色々と戸惑った朝河は体制を崩し、車の段差にあろうことか弁慶の泣き所――スネを打ってこけた。スネを抱え込んで悶え苦しむ朝河。そしてそれを笑う誠二。運転席に乗り、エンジンを掛けかけた礼一は、そんな2人が気になって真ん中の座席へ振り返るが、いまだに車に乗っていない2人を見ることはできない。仕方がないので運転席を降りて、2人を見に戻ってくる。誠二はいまだに笑っていた。


「あはは、あっはは、あ〜っはっはっはダッセェ、普通車でスネぶつけてもそんなに悶え苦しまねえよ!」

「んなに笑うことないじゃないっすか、マジに痛いんっすよ!」

「なんだなんだ2人とも、俺だけのけ者で楽しそうじゃないか! ずるい!」

「これを見て楽しそうとか言うな! マジに痛いんですってば!」


 礼一は駄々っ子のごとく拗ねている。しかし朝河からしたら楽しくもなんともない、ただスネが痛いだけだ。そんな2人にお構いなしに、誠二はさらに笑い続ける。笑い上戸である彼は、一度ツボにはまると何にでも笑ってしまうようになる。今の礼一と朝河のやり取りを見ていても笑えるほどだ。


「は〜っはっはっはひゃはやひゃひゃひゃひゃ……」

「誠二先輩、さすがにわ・ら・い・す・ぎっす!」


 アクセントをつけて誠二に言うが、おそらく当の本人は自分の笑い声で耳に届いていないだろう。


「誠二、あひゃ、一体何がそんなにおかしいんだよっびゃっははははは……つられて笑ってしまうだろうびゅえははははは……」

「うわ、気持ち悪っ つか、つられ笑いの領域じゃないし、なんだその笑い方! はっはははははははは……」


 人は、人の全力で笑うさまを見ると笑ってしまう byアッハッハ

 言葉の通り、確かに全力で笑う誠二に礼一はつられ、全力で笑い出した礼一を見て朝河が笑い出す。この状況は一言で言い表すならカオス! そしてご近所迷惑極まりない。


「ちょっと、あんたたち、今、何時だと思ってるんだい!? 近所迷惑だよ、静かにおし!!」


 突然土産屋から三軒ほど離れた家の玄関前から元気なおばちゃんの叫び声が轟いてきた。場にいる礼一、誠二、朝河の3人はあまりにも突然の耳への強い衝撃に、驚いて咳き込む。しかし、どう考えてもおばちゃんの怒鳴り声の方が近所迷惑だ。それほどまでにおばちゃんの声量は凄まじく、うるさかった。


「はっは、ゲヘゲヘッゲヘ……」

「びぇへへへへ、グホッガハ……」

「はははは、ッグハ、コホッ……」


 3人はすぐに反省して謝るべく声を合わせようとするが、それよりも早く次は礼一たちから見て右側の2階の窓から男の声が響いてきた。


「一番うるせえのはあんただよ!」

「ちょっと、あんたがすっごい声で叫ぶから、うちの子が泣いちゃったじゃないの!」


 次はその隣の家の赤ちゃんのお母さんから苦情が来た。

 

「おい、あんたのものごっつい声のせいで、ドラマのセリフ、聞き逃しちまっただろ!」


 お次は左側から30台前半。ものごっつい、という最近ではあまり聞かない言葉を窓から叫ぶ男。相当ご乱心のようだが、怒っている理由がしょぼい。


「おばちゃんの方こそ近所迷惑を考えろ!」


 まるで打ち合わせをしていたかのように、見事に息ピッタリな加賀崎町の皆様方。珍しいくらいに一致団結している。しかしここで間違えてはいけないのは礼一たちが騒いでいたことであって、おばちゃんはただ注意をしただけだということだ。

 大騒ぎしていた当の本人たちは、申し訳なく思い口を開く。


「あの――」

「お前らもお前らだ!」

「そうだそうだ! 今何時だと思ってんだ? 9:45だぞ、9:45!!」

「今、一番テレビの見所だってこと、わかってんのか!?」


 あちこちから20台後半男性が乗り出して怒鳴り、3人に何も言わせない。この時間は20台後半男性を狙ったドラマが放送されているのだ。本当に良いシーンだったようで、男たちの怒りはハンパではない。住人たちの怒りの口撃はまだ続く。


「しかもなんだ? その背の高いヤツ、お前だよ、お前!! ありえねぇだろ、なんだよその変な笑い声は!?」

「マジでそうだよ! お前のせいでうちの奴ら、俺以外みんな爆笑しちまったんだぞ!!!」

「マジで? うちもなんだよ、ここからがいいとこだってのに、妻も娘も、息子さえも爆笑しちまってんだよ……そのせいで、テレビなんてな〜んにも聞こえねぇ!!」


 次に窓から身を乗り出して叫んだのは30台前半の男たちだ。おそらく新婚や初子供で、家族で楽しくテレビを見ていたのに、邪魔されて悔しいのだろう。その時、不意に土産屋の向かいから若い男の声がした。


「つーか、うちは、せっかく気持ちよく家族全員で笑ってたってのに、そのオバハンのせいで、笑いが止まっちまったんだぞ! どうしてくれんだよ!?」


 さて、新たな意見が出てしまったわけだが、どうだろう。違和感を感じるのは私だけか? 否、おそらく礼一ら3人含め、窓から身を乗り出しているもの、玄関前に立つおばちゃんさえも同じ気持ちだろう。


――怒るとこ、そこかよ!?


 その推測の信憑性を高めるように、身を乗り出す男の1人が叫ぶ。


「おいおい、そんな文句を言うために、窓から顔を出したのか?」


 もっともな疑問だ。その疑問に対しての応答や、同じような意味のセリフがあちこちで交わされている。聞かれた方――答える側の人はあっけらかんとこう答えた。


「そうだけど、おかしいか?」


 おかしいだろう。普通、あんなに騒いでいては迷惑に思うものだ。しかし、確かに礼一の笑い声は凄まじかったが。


「そうかなぁ、うちも同じ気持ちだったんだけど……というか、生で笑ってるとこ見たかったんだっ」

「へぇ、そっちの人も? 実は俺も、同じ気持ちだったんだよ!」

「え、あんた、テレビのことは!?」

「とかいって、あんたも笑い声がおもしろかったから出てきたんだろ?」

「あ、バレちまったかぁ、こりゃ、一本とられたぜ、へヘッ」


 なんということだ、本当はみんな礼一を生で見たかったから窓を開けたらしい。恨み言を言っていた者も賛同していることから、どうやら本当に怒鳴るために出てきたものはいないようだ。最初のおばちゃん以外は。


「おい! 松田のおばちゃん! あんたも笑い声がおもしろかったから出てきたんだろ?」


 おばちゃん改め、松田のおばちゃんに話を振る30台後半男性。しかし、あんなに勢いよく怒鳴ったのに、そんな理由はないだろう。


「そんな訳ないだろう! あたしは、本当にうるさかったから出てきたんだよ!!」

「まぁたまた、そんな興味なさそうな顔して、この地域で一番おもしろいものが好きなのは、おばちゃんだろ?」


 すぐさま否定するおばちゃんだが、30代後半男性は諦めない。


「へっ、そんなことは……」

「地域の運動会でも、リレーの最中に全員一斉にこける指示、出したのはおばちゃんだっただろ? 今でも集会場の押入れにビデオがしまってあるんだぜ」

「そうよ、そうよ。他の地域の人は騙されても、この加賀崎町のみんなは騙されないわよ!」


 言いよどむおばちゃんに対し、二十台くらいの女性が自信を持って言うが、まさか――


「へっ、あたしも一本とられたねっ」

「やっぱり! アハハハハハ」

「アッハッハッハッハッハ……」


 おばちゃんは観念したように答え、この地域の人たちはより一層一体感を増しながら笑う。この一体感、どうやら近所迷惑なんて考えなくてもよいようだ。

 最初のおばちゃんの凄まじい剣幕は、ただ単に礼一を見たかっただけらしい。それほどまでに礼一の笑い方はおかしかったのだ。しかし、この町は少々変だ、それは否めない。

 こんな場所にいては気がおかしくなる、と誠二を中心に礼一と朝河は帰るべく動き出した。3人とも車に乗り、いざ出発という時に誠二が止める。


「あ〜、あのさ、さっきから気になってたんだけど、軽車の前で困ってる人いるだろ? もしかして、ガソリンが切れたんじゃないかな?」


 確かに、土産屋近くの街灯の下で、立ち尽くしている20歳前後の男がいた。


「このままここに置いていったら気が変になりそうだし、一緒に連れて行く?」


 ただ、住民の人たちが笑っているだけなのだが、酷い言い様だ。しかし否定できないというところに加賀崎町の恐ろしさがあると思われる。


「誠二先輩、そんなに大変ですか?」

「何言ってんだよ朝河、事は一刻を争うんだぞ? 大変に決まってる、つか緊急事態だろう!」


 もう一度言おう、ただ、住民の人たちが笑っているだけだ。それなのに気分は沈没寸前の豪華客船。どうやら誠二は頭が混乱しているらしい。


「わかった。誠二、行って来い。ただし、無事に戻って来いよ」

「おう!」


 まるで火事の家に乗り込む弟を見送るかのように言う礼一。朝河は2人の少しタイミングのおかしいやり取りを見て、自分は今夢を見ているんじゃないだろうか、と思い出した。しかし、これは紛れもなく、正真正銘現実だ。誠二は後部座席のドアを開け、軽車に向かって走り出した。

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