20 電車に乗って
今私が忠彦と隆弘を待っている場所、さっき少し調べてみたんだがおそらく二十五年ほど前の駅前。今は西暦一九八〇年前後だ。学生の服はほとんどがセーラー服に学生服で、ちょうど今が下校時だからか、駅前にいる者の大半が学生だ。
その学生の中に快活な顔をしている忠彦とどこか優等生っぽい雰囲気のする隆弘がいる。待ち合わせをしていたはずの二人が一緒にいるということはおそらく途中で会ったのだろう。だから私が待ち構えていたところは通らずに、そのまま切符を買いにいってしまった。折角待っていたのに……私は少し悲しい気持ちになった。
まぁそれはいいとしよう。とりあえず私は仕事をこなすため、忠彦と隆弘を追いかける。すぐに追いつき、二人の会話が聞こえるくらいにまで近付いた。
「隆弘、切符いくらだ?」
料金表を確かめながら忠彦が尋ねる。
「お前、何のために料金表を見ているんだ?」
もっともな質問だ。実は私も同じことを考えていたんだ。
「え? だって、料金表見てたらそれだけで料金表の見方を知ってるみたいに見えるだろ」
隆弘に振り向き、えへんというように自信を持って言う忠彦。しかしどう考えても、料金表を見ながら隣の者にいくらかを訊くと、ただの馬鹿にしか見えないと思う。フッ、忠彦、周りを見てみろ。周りの学生達がクスクス笑っているではないか。隆弘は隆弘で目を半分閉じて、呆れた様子で忠彦を見ている。
「はぁ、お前は……わかってはいたけど本当に馬鹿だな。ここから五駅西へ行くんだ。だから……」
説明しながら料金表を見る隆弘。その背中は頼れる高校生、という感じがして凛々しい。フフフ、ナレーションだというのに私も思わず隆弘に憧れてしまったよ。それに比べてすぐ右隣で忠彦は隆弘を眺めている。料金表を見て理解してる人のフリは辞めたようだ。しかし隆弘に送られる忠彦の感心した目線は、残念ながら頼れる高校生というよりは、鼻水を垂れているとても幼いやんちゃ坊主のようだ。
「二二〇円だな」
お目当ての駅を料金表に見つけたようで、独り言のようなつぶやきでふという隆弘。忠彦はそれを見事に聞き漏らさなかったようで、すぐさま財布から二二〇円を出す。隆弘も財布から二二〇円を出す……ああいや違う! 出せない。どうやら十円玉がなかったようで、三〇〇円を出した。自動券売機にて切符を買う二人。
無事に切符は買えたようで、忠彦は早速改札口を通り、隆弘はお釣りの八〇円を財布に入れて、少し遅れながら改札口を通った。
向かいの電車が発車してこちらからみて右に進んで行く。その電車を目で追いながら忠彦が隆弘に話しかける。
「なぁ隆弘、電車はいつ来るんだ?」
「お前な、少しは待とうとは思わないのか?」
「だってよ、暇でしょうがねえんだよ。このままじゃ俺暇すぎて寝ちまうぞ」
「それなら自分で時刻表を見て来いよ。」
「だって俺――」
「ま・さ・か、時刻表も読めないなんてダサいことはないよな?」
ちょっとした口論は隆弘の威圧的なセリフによって終止符を打った。忠彦は読めないと言うのはどうしても悔しかったのだろう、大人しく時刻表を見に行ったが、疑問符を頭に浮かべてすぐに帰ってきた。
「隆弘、時刻表って数字しか書いてねぇからわからねえよ」
「は? おま……なら諦めろ」
わからない、という忠彦のセリフに驚きを隠せず嘘だと思ったが、忠彦の真剣に悩んでいる顔を見て力なく言う隆弘。その顔にはどこか諦めたような感じもある。なんだか、いつもご苦労さんと言いたくなってしまうような疲れた顔をしている。
と、そこへ電車が到着した。その寸前隆弘は忠彦の背中を引っ張り白線の内側へと引きずり込んだ。お母さん、不意に私の脳裏にはその言葉が浮かんだ。
私が思うに隆弘にはこの呼び名が合うと思うんだがどうだろう? 今の場面だけでそれは言いすぎだろうか?
「ラッキー、椅子が空いてるぜ。隆弘、早く乗ろうぜ!」
明るく言う忠彦。その顔は期待に輝いているように見える。おそらく遠出できることがとても嬉しいんだろう。料金表も時間表も見れないことから、電車に乗ったこともあまりないとみた。あながち間違いではないだろう。
忠彦と隆弘は電車に乗り込み、椅子に座る。その後から結構な人数が入ってきてすぐに空きの椅子はなくなってしまった。
おばあさんを最後に電車の扉はしまった。
「隆弘、良いベルが見つかるといいな!」
「あぁ、そうだな……」
隆弘は心ここにあらずといった様に答える。何か気になることがあるようだ。
突然隆弘は持っていた鞄を置いて席を立ち、扉付近に立っているおばあさんに声を掛けた。
「どうぞ座ってください」
場所取りに鞄の置いてある席を手で示して譲ろうとする隆弘。おばあさんは嬉しそうだ。
「おや、ありがとね」
そう言って持っていたみかんを取り出して隆弘にお礼にくれた。隆弘はおばあさんにお礼を言い、座席から鞄を持って忠彦の前につり革を持って立った。
……私は予想以上に好青年の隆弘に感動している! 心の底から拍手を贈ろうと思う。
パチパチバチパチバチパチパチバチ……
うぅ、あまりにも全力で叩きすぎたために、ときどきバチバチとなってしまった。おまけに私の手の平は真っ赤に染まっている。いや、しかし後悔はしていない、私は拍手がしたくなったんだ!
「おい、隆弘待ってくれよ〜!」
私が拍手に夢中になっていると、忠彦の慌てた声が聞こえた。不覚にも私は二人から目を離してしまっていた。どうしよう、話の流れがわからない……。いや、泣き言を言っている場合ではない! ふと忠彦の声のした方向を見る。電車の扉がしまっていた。
え、嘘だろ? まさか、もう降りたのか!?
窓の向こうを見る。忠彦と隆弘の後姿があった……。失敗だ、二人とはぐれてしまった。
しょうがないので、私は次の駅で降りてまた戻ってきてから二人を探すことにしよう。
最後に、雇い主であるゼンさん、マジで、ほうと〜うにもうこのような失態は致しませんので何とぞ、何とぞ解雇だけは勘弁してください!!
遅くなった上に短くてすいません!




